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chapter01 2010-10-12T13:17+04:30

登場人物


阿万音鈴羽 愛称〝スズ〟 コゾフ8

リンダ・シンプソン 愛称〝タム〟 コゾフ4 元SAS


ジェイコブ・ヴァーノン 愛称〝ジェイク〟 コゾフ1 元デルタフォース


クリシュナ・ビスタ 愛称〝クリス〟 コゾフ5 元グルカ旅団


ロイ・ウェインライト 愛称〝レイニー〟 コゾフ2 元SBS


スティーヴン・スーザ 愛称〝ゼトロ〟 コゾフ3 元海兵隊フォース・リーコン


ボブ・エルズワース 愛称〝ブリッツ〟 コゾフ6 元SEALsチーム3


デニス・ベレンジャー 愛称〝スネイク〟コゾフ7 元JTFー2

「ファック!タム‼そのiPodを黙らせろ!」

また始まった……

「クラッシュだがフラッシュだか知らんが、下手クソすぎて俺の勘が鈍る!何度も言わせんなクソッタレ!」

「わかった、消すよ。ちなみにスラッシュ……正確にはスラッシュメタルだジェイク」

聞いちゃいない。

これだからデルタは嫌いだ。

まぁ、米特殊作戦陸軍の選り抜きDボーイズ全てがそうだとは言わないがーー

〝ベックウィズの子供たち〟に限っては、まともな奴に出会った試しがないのだ。今迄の私の経験では。

無論、それは人間性の部分に限定した話であり、腕に関してはほぼ間違いなく確かなわけだが……

本当に腕に関しては、だけだが。

とりあえず、私の敬愛するドイツの至宝と言っても過言ではない最高のトリオ、SODOMの良さがわからないのは、まぁ仕方がないーー

流そう。

スラッシュメタルの技術云々を超えた揺らぎの素晴らしさを理解できないーー

これも流そう。

だが、この男は他人の趣向を中傷するばかりでなく、自分の趣味を無理矢理にでも押しつけようとしてくるのだーー

こと音楽に関しては尚更。

しかも、この男が好む音楽が私の大嫌いなヒップホップであるのが心底腹立たしい……

全くもって不快だ。

デルタには協調性やチームワークといった概念が欠如していたのではないか?まぁ、実際そんなはずはないのだが、そういった疑いを抱いてしまうぐらいに、私が出会う元デルタ隊員は、いつも粗暴で傲慢、そして利己的なのだ。

何より優雅さに欠けているところが心底許せない。

どうせ薄いコーヒーばかり、馬鹿の一つ覚えでガバガバと飲んできたのだろう。胃も脳もただれているに違いない。

コーヒーで思い出したがーー

あの男は、私が常にティーポットを持ち歩くことも頻繁に馬鹿にする。

これも許し難い。

紅茶は我々《SAS》にとって、あって然るべき装備の一つだった。

〝作戦は、紅茶に始まり紅茶で終わる〟

砂糖の量で口論になるのが当たり前なほどにーー

この男は何一つわかっちゃいない。

内心穏やかでないまま、カーステレオにセットされたiPodを渋々停止しようとーーする振りだけで実際にはまだ停止するつもりはないがーー助手席からダッシュボード中央に体を寄せていると、背中に後部座席のジェイクがまくし立てる声が響いた。

「シット!こんなことになるなら俺のを持ってくればよかったぜーー最高《dope》な曲《shits》が満載のやつをな!スズもこんなクソうるさいだけの音楽なんざ聴いてらんねぇだろ?」

ジェイクの隣に座り、ウィンドウが開けられた窓枠から注がれる強烈な風を顔面に受けながらも、ぼんやりとした表情を変えることなく、ただただ流れる砂漠色の風景を眺めていた少女は、唐突に話題を振られて表情を困惑の色に変えることとなった。

「んーーリンダ・シンプソンの選曲は確かにうるさい曲が多いけど、嫌いじゃないよ。今日聴いてるのは、えっとぉ……〝戦争〟な感じ?いいんじゃないかなぁ」

頭の後ろを掻きながらスズが続ける。

「何にしても音楽って良いよね。あたしが育った環境は、流行りのものだったりマニアックなものだったり……兎に角、音楽を楽しむ余裕なんてなかっーー」

「そうか!スズにもわかるか!SODOMにはウォースラッシュの要素もあってだなーー」

私が、待ってましたと薀蓄うんちくを垂れ流そうとしたその時ーー

突如、武骨で大きな手が私の眼前に入ってきた。

「タム、少し黙ってろ」

私を制し割って入るジェイクーー

普段の軽口とは違う、低く、自らの体重が乗った重々しい口調。

巨漢の元デルタ隊員が、左右に分けた三つ編みを丸く後ろにめた、日本国籍のーーと聞いているだけで実際どうなのかは知らないーー少女を見つめる……

身震いするほど冷徹な視線で。

大柄な成人男性が、見た感じ十五歳ぐらいに思える幼い少女ーー実際には十八歳以上だろうがーーを視線のみで威圧する光景はかなり異様だ。

重い眼差しはそのままに、ジェイクは若干の間を置くと、再び口を開いた。

その言葉からは、捕虜を尋問するかのような冷淡な響きが放たれ、それはスズばかりでなく私をも突き刺すほどに鋭いものだった。

「音楽を楽しむ余裕がない……だと?」

私としたことが、音楽の趣向に関して同調の兆しがあることに興奮し、肝心な部分を聞き逃していたようだ。

こと好きな音楽の話となると、脳内麻薬が過剰に分泌され、冷静な判断が出来なくなる傾向がある。

自覚はしているのだが……

などと自責している最中さなかにも、ジェイクは続ける。

「おまえ、我に返るように口ごもったよな……〝失敗した〟って感じか?」

「…………」

〝失敗〟

この言葉がジェイクからき出された刹那、私は目撃したーー

少女の瞳に浮かび上がる深い哀しみの色を。

「そんなことないってば……もぅ、嫌だなぁ……単純にあたしが貧乏暮らしの田舎ーー」

「誤魔化すんじゃねぇ。おまえ、何者だ」

荒ぶることもなく、恫喝どうかつするわけでもない。

だが、凍るような冷たさと、鉄球を引き摺るような重みが少女を襲う。

「どんなに貧困であえぎ苦しもうが、どんなクソ田舎に住んでいようがだ、テレビやら何やら情報は溢れてるだろ?日本は俺の国の兄弟ブラザーたちが頻繁にヴァイナルを回しに行くぐらいの音楽大国だ」

スズの眉が微かに動いたように見えた……

どうやらジェイクは、私よりも日本の状況に詳しいようだ。

「つまりだな、〝音楽を楽しむ余裕がない〟なんて台詞は、かなり特殊な環境で生活していない限り出てくるはずがねぇ。そんな環境が、現代の日本に存在するって言うのか?今時、監獄にだってそういうもんに触れる機会があるだろうに……」

少女は狼狽うろたえた素振りを見せまいとしているのか、あるいは勘繰られる隙を与えぬよう警戒しているのか、顔色を変えずジェイクを直視していた。

しかし……

「おまえさんの物心つく頃、日本は戦時中だった……って話ならわからなくもないが、そんなはずあるわけがねぇ」

このジェイクの言葉に、少女の目は一瞬大きく見開かれた。

その瞳は少し前に見た哀しみの色にも似ていたが、もっと深い絶望の色とも思えた。

「おいおい冗談だろ?満更まんざら嘘でもねぇみてぇな反応リアクションしやがって……」

苦笑い交じりに言葉は続くーー

「とりあえず、おまえさんはとんでもねぇ地獄を見て来た……そんで、そいつを生き抜いてきた……違うか?」

ジェイクは更に些細ささいな変化も逃さんと、少女の眼球を凝視しながら、言葉を畳み掛けた。

真意を読み取るための揺さぶりーー

少女は若干だが苦悶に耐えるような表情を見せた。

何かを言い出すのを迷っているような……

ジェイクは問いの答えをただ待っている。

あの冷徹な眼差しで……

千切ちぎれかけのロープが、もうあと少しで分断されてしまう一歩手前のような空気。

私はその緊張感に耐えることができなかった。

「そうだスズ!日本にはジャパニーズ・ハードコーー」

「紅茶袋女!《ティーバッグ》黙ってられないなら砂漠に放り出すぞ!」

怒鳴られた。

クソッ!

しかも、〝ティーバッグ〟だ!

ジェイクが勝手につけた不愉快極まりない仇名あだなでだ!

あのジェイクは知っている。私が紅茶において〝ティーバッグなど邪道〟と思っていることを。

だが、私はこの忌々しいクソ愛称で呼ばれても、逆上することはない。

言われた瞬間こそ怒りが沸騰するが、すぐに適量の冷水をゆっくり注ぐように冷却を始める……

極度の緊張に耐えるべく、冷静にならざるを得ないと知っているからだ。

ジェイクが私をこの仇名あだなで呼ぶ時、おうおうにして彼が何かしらの〝限界〟に近づいていることを意味する。

身の丈二メートル近い、ズバ抜けた身体能力と完璧パーフェクト技術スキルを誇る、三十七歳のベテラン元・特殊部隊員の〝限界〟である……

私が忌々しいクソ仇名あだなで呼ばれた程度の怒りとはレベルが違う。

気を抜くことなどできるわけがない。

「…………」

彼女も〝何か〟を察知したのか、うつむき押し黙っている。

確かに、スズの過去には以前から興味があった。

そもそも我々は、彼女がどういった経緯で我社の社員オペレーターになったのかすら知らされていない。まぁ、この稼業にはよくあることだがーー

それよりもだ。気になるのは彼女との会話で感じる違和感の正体だ。聞き覚えのない単語を当たり前のように口にしたり、妙に感覚のずれた発言をすることが多すぎるーー

まるで、つい最近まで別の時間や場所を生きていたかのように。

私がそう思うくらいなのだから、〝勘のいい〟ジェイクも同じように感じているはずだ。実際に今もまた、ーー私は流しかけたがーー彼女はおかしな発言をしている。

しかし、〝仕事〟の前にこのムードは流石に良くない。しかも、今は通常業務とは比較にならないほどに深刻な状況だ。

そう思い、場を少し和らげようと薀蓄うんちくを入れてみたのだがーー

結果、私は今、地雷原のど真ん中に踏み入ったような精神的苦痛を強い《ハート・ロック》られている……

「質問を変えようかーー」

ジェイクが仕切り直すかのように話しはじめる。

「なぁスズ、おまえさんは誰が見たって青臭いお子様ティーンエイジャーランチだ。だが〝仕事〟の動きはお子様グリーンボーイランチどころかベテラン顔負けときてやがる……俺の見立てじゃ間違いなくプロだ。違うか?」

沈黙ーー

長い沈黙ーー

反応はない。

即席爆発装置《IED》による危険を考慮し、荒野を真っ直ぐに伸びる舗装路から故意に外れて悪路を走行するSUV。

抗弾加工ボディに五十口径《fifty cal》をルーフに積んだ、重いキャディラック・エスカレードの車体が揺れ軋む。

その騒音に加え、車内には、強風による風切り音と、私が消すタイミングを失ったカーステレオから流れる爆音のSODOMが鳴り響いているーー

そんな不協和音の只中ただなかにありながら、私は静寂からごくわずかの音を聴き探すような緊張感に支配されていた。

先の緊張とは比較にならないほどのーー

そして、外の音から中の音に意識が向かう。

私の全神経が張り詰める音、鼓動、血液の流れが加速する音……。

無響室に入ったジョン・ケージの話を思い出す。

ストレスーー

正直に言えば、交戦中の緊張の方が楽と思えるぐらいだ。自ら望んで集中するのと、集中することを強いられるのでは話が違う。又、交戦中とは集中する感覚がまるで違う……

あれはそう、もっと機械のようにーー

「ハァ……」

ジェイクの深い溜息ためいきで沈黙は破られた。

私の心情を察するような思慮深さはあるはずもないので、単に本人が痺れを切らしただけだろう。

「まぁ、最近じゃあ女性自衛官もかなり増えたって聞くが……何だ?習志野ナラシノ陸上自衛隊特殊作戦群トクセンは小娘が選抜に残るくらい人手不足なのか?」

どうやらジェイクは、この阿万音鈴羽スズハ・アマネというーー自己申告に虚偽が無ければーー日本人の少女を、元・女性自衛官《WAC》と推測しているようだ。

確かに、彼女の身体能力や冷静沈着な判断力、〝仕事〟での働きなどは、どれをとっても一般的な兵士を軽く凌駕するレベルであり、軍歴のある者ならば、彼女の能力が過酷な訓練の賜物たまものであると信じて疑わないだろうーー

今ある彼女の能力が確立される過程をして〝地獄〟ととらえても納得はできる。

彼女ならば、社長ボスや私が経験したSAS選抜試験ーークソ忌々しいブレコン・ビーコンズやブルネイのクソジャングルーーをも、全てクリアするのではないかとこの私自身が思うほどだ。

しかし、この若さでそれだけの能力を有しながら、何故に軍歴を投げ捨ててまで傭兵稼業に身を投じているのだーー

わざわざこんな砂漠アフガンにまでやってきて。

金のため?

いや、ならばキャリアを明確にして大手に入った方が稼げる。それぐらいはわかっているはずだ。

ということは、まさかこの女……

嫌な憶測が私の中で膨らみ始めた。

「軍歴があることは認めるよ、でも……あたしはとある〝遺志〟のために正規兵を抜けたんだ。そして……その〝遺志〟に報いることは叶わなかった……」

彼女の口調が落ち着き払った冷淡な響きを帯びたものに変化した。それは、ジェイクのものと同様に思えたが、もっと荒涼としていて哀しみも携えた似て非なるものにも思えた。

そして、瞳は輝きを失ったかのような色合いに変わり、私とジェイクを通り抜け、遥か遠くを見つめるような視線に変化していた。

ごく一般的な十代の少女には似つかわしくない目。

我々が数々の戦場で見てきた目。

死線をくぐり抜けてきた者たち特有の目ーー

死の司祭の目だ。

「原理主義のターバン野郎共と同じたぐいか?ハッ!悪い冗談だぜ……」

一蹴するジェイク。

だが、彼女が口にした〝狂信者にありがちな言葉〟を、私は単なる妄言と笑い飛ばすことができなかった……

私の〝勘〟がそれを許さない。

あんな目をしながら思ってもいない虚言をけるような人間は、ハリウッドクラスの女優か一流のクソ詐欺師ぐらいだろうーー

だが、この少女は女優でも詐欺師でもない。

紛れもない〝戦士ひとでなし〟だ。

そして、私には妄言としか思えぬ言葉ーー

それに魂を宿した狂信者。

「私がローテーションで対革命戦《CRW》ウィングにいた時から現在まで、日本国内外で精力的に活動している危険度の高いテロ指定組織は皆無だったはずだが……新手のカルト教団か何かか?」

気がつけば、ジェイクではなく私が少女に質問をしていた。

努めて冷静であろうとしたが、実際のところは声が若干震え、それを悟られまいと少し早口になってしまった。

思うようにならない自分自身に腹を立て、余計に気持ちが昂ぶるーー

負の感情によって。

そんな気持ちを神は知ってか知らずか、私の憶測ーー嫌な予感ーーは彼女からいて出たこの発言によって、私のなかで確信に至ることとなった。

「テロ組織でもカルト教団でもないよ。そういうレベルの話じゃないんだ。信じてもらえないだろうけど、これから世界は三度目の誤ちを犯すことになる……だから、あたしたちはそれを回避するために……希望に満ちてるって信じられるような世界を目指してーー」

「ふざけるな‼ーー」

彼女の言葉を遮り、私は叫んだ。

同時に半身を乗り出し、フロントシートの隙間からバックシートの一角に向け右腕を突き伸ばしていた。

腕の先にはSIG P226。射線上には彼女のあご

コンバットロード……

薬室チャンバーには既に9ミリパラベラム弾が装填ロードされている。

残り一行程で、目の前の少女はほぼ間違いなく即死する……

リアウィンドウを真っ赤に染めながら。

血が逆流する音を聴いた。

体が、驚くほど素早く、反射的に動いた。

水が上から下へ流れるようにーー

思考など一切していない。

動作自体は日々反復しているものだし、早いのは当たり前なのだが、それでも普段の倍は早く〝抜けた〟ように感じた。

そうだ、まるで奇襲アンブッシュの気配を察知したように、体が瞬時に反応したのだ。

思考を介さない神経信号が命令を伝達したのだ。

〝世界を変えるとか、未来を変えるとかなんて戯言たわごとやからは即刻排除すべきだ〟とーー

「クソッ‼」

間髪いれず、ジェイクの右手が目の前に飛び込んできた。

そして、デコッキング状態の撃鉄ハンマーてのひらを押しつけるように遊底スライドを掴む。

気にせず私は叫ぶーー

「テロリストの常套句《お決まり》なんぞクソ喰らえだ!今まで何人殺してきた!」

「やめろタム‼ーー」

「あんたも元Dボーイならわかるはずだ!どうせこのクソ女も、かつての敵と同じように、戦友や罪なき一般人を虫ケラのように殺してきたんだ!ご大層なクソ大義名分を掲げてだ‼」

阿万音鈴羽は、射線に自分のあごが入っているのも気にせず、不敵な笑みを浮かべているーー

まるで〝撃て〟と言わんばかりに。

負の感情に突き刺ささる〝あの目〟のまま。

「タム!こいつがクソッタレ活動家だって確証はねぇ!妄言に惑わされるな!考えてもみろ、そんな危険な奴を社長ボスが雇うと思うか?」

「ジェイコブ・ヴァーノン……リンダ・シンプソンが言ってることはある意味間違ってないよ。あたしは……人殺しだ。理由はどうあれね。生き残るために沢山殺してきた……それ以外でも……ついこの間だって、あたしのせいで大切な人が大好きな人を失っーー」

「貴様ァ‼ーー」

視界の中心にある阿万音鈴羽以外のものが、全て真っ白に抜けていった。

引金トリガーを絞るーー

銃口マズルは震えながらもまだ射線に顎を捉えている。

遊底スライド撃鉄ハンマーを抑えるジェイクの右手も震えている。ダブルアクションの重い引鉄トリガーを通して、凄まじい力が伝わってくる……

だが、知ったことではない。

〝撃鉄を落とせーー〟

かつての私の戦友たち、そしてこのファイア・アンド・ウォーターという民間軍事会社《PMC》の同僚、その殆どが人殺しだ。

残念ながら、世間のPMCに対する悪評の火種そのままな無法者ビッグ・ボーイ会社ウチには沢山いる。

奴らのことは私もクズだと思っている……

生きている価値などないと。

しかし、ボスやジェイクのように、今でも兵士の尊厳の範疇で、この稼業を生業なりわいとしている人間も多い。特別な理由もなく非戦闘員を手に掛けることなどは絶対にない。当然、私もそうだ。

だが、テロリストは違う……

外道だ。

無法者より始末が悪い。

明確な目的のために手段を選ばず、一般人をまるでゴミ掃除でもするかのように無慈悲に殺す……

見つけたら直ぐに排除すべきだ。

この女は、五年前ロンドンの事件《同時爆破》で父の命を奪った、あの忌々しいクズ共と同じなのだ。

そうだ……

私は確信した。

このクソ女は外道テロリストなのだ。

まるで別世界から来たようなあの態度もこれで納得がいく。どうせ幼少から社会と隔離され、洗脳の後に自衛隊なり外人部隊なりに従軍し、めでたく一人前の人殺しになってからテロ組織に戻った……そんなクソッタレな話に決まっている。

ならばこの女も犠牲者?ーー

ファック!

知ったことか!

こいつは純粋さにつけ込まれた学生でもなければ、教唆された白痴野郎でもない!

あの目を見ればわかる……

更生の余地など一切ない、完璧な仕上がりのクソ殺人者だ!

だからーー

「そうだよリンダ・シンプソンーーあたしは救えなかった!だから沢山の人々が死んだ‼だから‼ーー」

「煽るなスズ‼ーー」

ジェイクが叫びながらP226に左手を被せようとしてきたが、私は瞬時にそれをさばき、逆に手首を掴んだ。

「ファック‼なんて馬鹿力だクソッ‼」

「ジェイク‼撃たせろ‼この淫売ビッチは危険だ‼殺すべきだ‼今すぐに‼」

撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て殺せ撃て撃て撃て撃て撃て撃て殺ーー

人差し指に送られる信号。頬をつたう涙の感触ーー




「ーーーー‼」




喉に冷たい金属の感触ーー

血とオイルの混じり合った臭いが鼻を突く。

気がつけば、私の首にはブーメランのように湾曲した刀剣ククリの刀身が、首の形に沿うように突きつけられていた……

それは、本来汎用の大型刃物なのだが、まるで元々首を斬るために作られたものかのように、意匠からただならぬ冷酷さを放っている。

私はもう、呼吸以外の動作をすることができなかった。

「遊びは終わりだ。もうすぐ現着する」

クリスと呼ばれているネパール人は平坦な口調でそう告げたーー

左手はSUVのハンドルを握り、右手で私の命を握りながら。

その言葉の響きには、感情など微塵も感じ取れなかった。

クリスは顏すら私に向けず、二時方向に見える舗装路を見つめ運転を続けている。

それは、現在進行している運転と同じく、機械的に私の首を斬り、絶命させることが可能なことを物語っていた。

私は言葉なく頷き、脱力する他なかった。

ジェイクがP226を私の右手から取り上げ、素早く弾倉マガジンを抜き去り、矢継ぎ早に遊底スライドを引き、薬室チャンバーからコンバットロードされてた実包カートを抜いたーー

発射されることなく宙を舞うそれは、ほどなくシート下のラバーマットに虚しく落ちた。

ジェイクは一連の動作をほんの一瞬で行うと、銃《P226》と弾倉マガジンをシートの脇に置いた。そして、さっきよりも深い溜息を漏らす……

その、やれやれという感じの表情を見て、私は我に返った。

どうやら、私の激変によってこの男の〝限界〟はどこかにいってしまったようだ……

ばつが悪い。

まただ、またやってしまったーー

実際にはものの数分の出来事。だが、何時間も悪夢を見ていたかのような疲れが私を襲う……

五年前から何もかもがおかしい。

荒くなっていた呼吸も落ち着き始めたその時、視線に気づいた。

阿万音鈴羽が哀しげな表情で私を見つめている。

もう〝あの目〟はしていない。

ファック!ーー

テロリスト風情に、〝欠陥品エラー〟と哀れみをかけられるとは……

「コゾフ5より指揮所《CP》へ、約三分後に現着予定。送れ」

「CPよりコゾフ5へ、了解《copy that》した。現着後、再度連絡」

「コゾフ5、了解《roger》」

クリスがCPとの交信を終えた後、誰一人として言葉を発する者はいなかった。

車内にはまだSODOMが流れたままだったが、ジェイクはもう止めろと言わなかった。

よりにもよって、今流れている曲が『Peacemaker's Law』とは、皮肉なものだな……

そんなことを思いながら、私はクリスに声を掛けた。

フロントウィンドウの先に見えてきた、立ち上る黒い煙を見つめながらーー

「クリス、もう大丈夫だ……首傷ネックレスをする趣味もないから、そろそろ得物ナイフをどけてくれないか?」

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