009 『幼馴染とうわの空』
「それじゃあ、家のものは適当に使ってもらって構わないが、あんまり外はうろついたりしないようにな。なにかあっても、俺はいないんだから」
玄関で見送る二人に言い含めておく。
「はい、分かりました。この爬虫類は私が責任を持って捕まえておきますね」
「ふん、言われなくても分かってるわよ。この蜘蛛を見張ってればいいんでしょ」
そう言って、お互い睨み合う依織とレイア。――とても不安だ。
「安心してください、お家のことはしっかりやっておきますので」
「このあたしに任せておけば、何の心配も要らないわ」
二人とも自信満々だが、逆にそこが心配だ。確かに家事は万能のようだが、依織はレイアが絡むと何をしでかすか分からない。そもそもレイアに関しては、家事は期待してないのだが。
「じゃあ、行ってくる。くれぐれも、俺が帰ってくるまで大人しくしていてくれよ」
――そう言って、二人に見送られて高校へ行き、気がつけばもう放課後。
「……俺、何しに学校にきたんだろう?」
授業の内容なんか完全に覚えてない。というか、ノートすらとってない。依織とレイアが何かしないか、心配事を考えていたら一日が過ぎていた。
「本当に、何しにきたのよ、彰。ちゃんと家帰ったら写しときなさいよ、ほら。まったく、あんたってあたしがいないとほんとに駄目なんだから」
呆れ交じりの言葉とともに、ポン、とノートが机の上に乗せられる。いつの間にか、髪の短い活発そうな女生徒が隣に立っていた。
「あー、さんきゅ、奈々」
「先生に怒られてもどこ吹く風で上の空、ちょっと心配になったわよ。一体、何があったのよ?」
彼女は浮神奈々。この町で古くから続いている浮神神社の一人娘である。
先祖が協力して武勲を挙げたとかで家同士が昔から親しく、そのお陰で俺と彼女は幼い頃からよく遊んだ仲、ありていに言えば幼馴染だ。
「いやー、ちょっとな」
昨日からラミアと女郎蜘蛛と同居生活が始まりました。
なんてこと、話せるわけがないだろう。そもそも信じてもらうのすら難しい。
「ふぅん、まぁ無理はしないようにね。一応、彰には昔色々助けてもらったし、わたしができる範囲のことなら手伝ってあげるからさ」
昔助けた、か。そういえば小学生の頃だったか、御神体が変な半球なせいで、『半卵神社の娘』なんて言われて虐められていたのを助けたこともあったっけ。
「あぁ。そこまで大きな問題って訳じゃないし、困ったなら相談するさ。ありがとな」
ちなみに、奈々はボーイッシュな容姿で顔立ちは悪く無い。部活動で陸上をやってるせいか、引き締まった身体つきをしており、スポーツ少女という言葉が良く似合う。陸上で鍛えた脚や少し日に焼けた肌は健康的な感じでいいと思うし、性格も気持ちのいいやつだ。
……ただ、兄妹同然に育った付き合いの長さと、なにより趣味的な理由で女扱いはできない相手だったりする。
「それじゃ今日は部活ないし、うちに帰って次のイベントのためのカップリング考えるかなー」
そう言って、奈々は教室から出て行った。本人曰く『ホ○の嫌いな女の子はいないのよ!』だそうな。つまりは、そういうことだ。流石にその趣味は許容できない。
「まぁ、それはさておき俺も帰るか」
奈々から借りたノートを鞄につめて、ある意味ちょっとした人外魔境となった我が家へ帰る。