055 『最悪な要求』
「あいつの狙いは俺みたいだし、お前は下がってろ。俺が何とか空亡のやつを引き剥がすから、それまであのときみたいに準備をしといてくれ……!」
「っ! 分かりました……!」
依織を下がらせて、レイアと、――いや彼女の身体を乗っ取った空亡と対峙する。
「くくくっ、戯れで器にしたが思った以上に良いの、この娘は……! 弱りはしているとはいえ、我を身に宿してなお余裕のあるうえに、術の素養もあるとはのう……!」
レイアの身体を動かし、上機嫌に空亡は語る。
依織のときは、違いはあれど似たような部分も多くあった。けれど、今目の前にいる相手は、レイアとは全く違う。これは姿形が同じだけで、全く別の存在だ。
「楽しそうなとこ悪いが、結局お前は何がしたいんだ? 俺に復讐でもしようって言うのか?」
「先ほども言ったであろう? 我はお主の嘆きが見たい、ただそれだけであるよ。まぁしかし、まずはその苦悶の声を聞くというのも悪くはないの」
「やっぱろくでもない考えか。だが、簡単に当てられると思うな!」
こちらに迫る尾の一撃を飛び退いてかわす。日々レイアの攻撃を受けてきたのだ、その尾の軌道や間合いに関しては、下手をすれば彼女以上に詳しい自信がある。
「ふむ、そう言われると、是が非でも当てたくなるものよな……!」
興が乗ったとばかりにそう言うと、空亡の操る尾が激しさを増す。しかし、まだかわせないほどじゃない。たまに掠るなどしつつも、致命的な一撃だけは喰らわないようにかわし続ける。
「けど、このままやってもジリ貧だ……」
正直、体力は依織の件でほぼ限界に近い。いくら慣れているとはいえ、このままずっと避け続けるのは不可能だ。なにより、避けているだけでは何も変わらない。
「だが、下手な攻撃はできない」
その身体はレイアのものなのだから。
狙うべきは一つ、彼女の持つその刀――今の空亡の本体たるそこを一撃で仕留める。
「くくっ、一つ良いことを教えてやろう」
「……いいこと?」
唐突に空亡が笑い出した。嫌な予感を感じながらも聞き返す。
「お主が先ほどから伺っておるこれ、今の我が身たるこの刀が砕かれたとき、何が起こるかを教えてやろうと思っての」
「流石に狙いはばれてたか。それで、どうなるって言うんだ? 今度こそお前が復活も出来ず、滅ぶとでも教えてくれるのか?」
正直なところ、俺は今でも空亡を滅ぼしたくはない。だが、もう迷いはしない。レイアを救い出す為ならば、もういちど彼女を殺すことになっても俺は躊躇わない。
覚悟は出来ていた。けれど、空亡の言葉はそんな俺の思いを、根底から打ち砕くものだった。
「勿論、我は滅ぶとも。――ただし、それは我と繋がっておるこの娘も共にだがの」
「なっ!? どういうことだ……!?」
「我が滅べば娘が開放されると思っておったのだろう? だが、互いの魔力で深く繋がっておる今、その要たる我が消えれば、この娘の身体も同時に消し飛ぶであろうよ。そして、この身体から魔力を止めぬ限り繋がりは解けぬし、当然我は解くつもりは無い」
そこ言うと空亡は、攻撃をやめてその手の刀を俺のほうに向けて差し出す。まるで、壊したければ壊せばいいというように。
「嗚呼、よい顔をしておる。理解できたようでなによりだ。何も知らず、ただ砕かれただけではつまらぬからの。ほれ、どうした? わざわざこうしておるのだ、好きにするがいい」
「お前は、何を……!?」
「もとより拾ったこの命、お主の嘆きを味わえるなら、戯れに捨てるのも構わぬさ。さぁその手で我を、そしてこの娘を滅ぼすがよいぞ?」
そう完全に無防備に語る空亡のその姿は、先ほどまで待ち続けた最大の好機だ。
「そんな……」
――なのに、俺は動けない。
「なんだ、なにもせぬのか。ならば仕方ない、先ほどの続きをやるとしよう」
「彰さん、危ないっ!」
「あっ」
依織が後ろで叫ぶ。けれど、動けず固まっていた俺は、先ほどまで避けていた尾に容易く巻き取られ、捕らえられてしまう。レイアに巻きつかれたときには心地良かった締め付けも、いまはただ苦しく不快なだけの感触だ。
「心配せずともよい、我は別にこやつを殺めるつもりは無いのだからな。ゆえに蜘蛛の娘よ、お主はそこで大人しくしておれ。邪魔をされるというのは、どうにも好かぬ。もしお主が動いたならば間違って、締め付けを強くしすぎてしまうかも知れぬぞ?」
「くっ、彰さん……」
「気にするな、依織。悪いのは俺なんだから、お前はそのまま頼む。どうやら、命まではとられないみたいだしな」
悪いのは依織ではなく、簡単に捕まった俺のほうなのだ。
それに俺を殺すつもりが無いのなら、こうして捕まったことは傍に寄ることが出来たとも考えられる。近くにいるということは、隙を突つけば何かができるということなのだから。
「それで、お前は俺をどうするつもりなんだ?」
「ふむ、どうするべきかの。お主を殺さず、そして嘆かせるにはなにがよいものか……?」
どうやら何も考えておらず、とりあえず捕まえただけだったらしい空亡は思案顔を作る。俺を嘆かせるためになにをするか、そんな最悪な考え事をしているのだろう。
「……よし」
だが、その考えの内容はともかく状況としてみるなら、悪くない。
巻きつかれてはいるが、それは脚から腰にかけてであり手は完全に自由だ。そして、これだけ近いのだから声は必ず届くし、手を動かせば空亡にふれることも問題ない。
そう、刀を握った、その手を掴むことだって。
「言っておくが手から離れても、もはや我と娘の関係は切れぬぞ? だが、あまり騒ぐようだと、少し大人しくしてもらうことに――」
刀を触ろうとしたと思ったのだろう、空亡は少し鬱陶しそうに告げ、巻きついた尾を強めようとする。けれど俺が触れたかったのは刀ではない、――彼女のその手だ。
「むっこれは、我の身体が……?」
戸惑う空亡。俺を拘束していたの蛇の身体は、いまや二本の脚の生えた人間と同じものに変わっていた。俺の狙いは刀ではなく彼女の手、そして尾の拘束を解き彼女に伝えること――、
「いつまでもそんなやつに好き勝手にされてるんじゃねぇよ! やられっぱなしは好きじゃないんだろ! こいつがお前と魔力で繋がってるって言うんなら、そんなもん止めちまえ! それともお前はそんなこともできないぐらい弱いやつなのか、なぁレイア……!?」
その手を掴み、大きな声で呼びかける。依織のときにやったのと全く同じことだ。
あの時、一瞬だが依織は意識を取り戻した。ならばレイアだって、空亡を押しのけることができるかもしれない。そして俺の言葉が届いたなら、一瞬でもその魔力を止め、空亡との繋がりを断つことだって不可能じゃないはずだ……!
「………………ふむ。それで?」
けれど、帰ってきたのは退屈そうな問いかけ。そして、繋いだ手は無造作に払われる。
俺の言葉など、空亡は微塵も感じていなかった。当然、身体を奪われているレイアの反応なんてものは無い。
「何をするかと思えば、この身体に声をかけただけか。そんなもの、通じるはずも無かろう? 蜘蛛の娘のときならいざ知らず、宿った身体の意思などに負けると思うたか、この我が?」
「そんな……」
「ほう、お主の手を離せば戻るのか。あぁそういえば、刀に飲まれておった妖どもの記憶にあったのう、その手で触れた妖の身体を人のものにする、だったか。面白い力だが、捕らえる上で使われるのは少々鬱陶しいの」
「ぐっ……」
なんてことなく言うと、空亡は俺の身体を再びその尾で絡め取る。ただし、今度は腰から下だけでなく、両腕と共に身体までも。
「このっ、彰さんを放しなさい……!」
「お主はそこで大人しくしておれと言ったであろう。さすれば、そこまで悪いようにはせぬと、――む、そうだ。うむ、これはなかなかに良さそうだの」
声を荒げる依織を無視し、何かを思いついたらしい空亡は、にやりといやらしい笑みを作る。
「蜘蛛の娘よ、お主はこやつを放せと言ったな?」
「できればそのままレイアさんの身体からも出ていって、どこか遠くに消えて欲しいですがね」
「くくっ、我に対してそこまで言うか。だがよいぞ、その申し出を受けてやっても?」
「へっ?」
予想外の返答に戸惑いの声を上げる依織。ただの嫌味のつもりで言ったであろうことを、あっさり受けると言われたらそうなるのも当然だろう。
けれど空亡が、人の邪念から生まれたという彼女が、このような申し出を何も無く受けるはずがない。
「ただし、お主がこやつに殺されるというなら、だがの」
彼女が出したのはやはり最悪としか言いようがない、飲めるはずの無い要求だった。
月曜以外の不定期更新という名の定期更新。
まぁ色々矛盾してますが、もはや恒例なことなので、気にしないでください。
なんだかんだで空亡さんは一番好きなキャラだったりします。
幼女趣味は無いはずなんですけどねぇ。
それでは、今回も読んでくださりありがとうございました。
次回は月曜零時の定期更新予定です。
それでは、次回もよろしくお願いいたします。




