052 『手を借りる』
「はあっ、はあっ。ふふっ、いくらその刀が魔力を吸うといっても、これではどうしようもなかったようですね……」
大技を使ったからか息を切らせながらも、勝ち誇る声。
――けれど、それは早合点というものだ。
「いいや、案外どうとでもなったみたいだぜ?」
内側から繭を切り裂き脱出する。
いくら量が多くても結局は糸なのだから捕らえるもの。そしてそれが魔力で作られた糸である以上、この刀の前では無力なのだ。
「まぁ流石に、驚きはしたけどさ。でも、その分、そっちはかなり疲れたみたいだな」
蜘蛛の身体を屈め、息を整えているところへ近づく。しかし彼女の元まで後一歩というところで、俺は後ろに飛びのいた。
「まだです! たとえ糸が通じずとも、私にはこの身体があるのですから! 少し手荒になりますが、覚悟してくださいね……!」
「くそっ、今度はそうくるか……!」
八本の巨大な脚が俺を襲う。疲れのためか、その動きはぎこちないが威力は洒落にならない。何とか脚で――神断ちの力の宿る脚で防いだが、まともに当たってしまえば一発でアウトだ。
「女を、しかも脚を蹴るのは趣味じゃないんだが、流石にそんなこと言ってられないか……!」
「お優しいですね。ですが、その余裕がいつまでもつでしょうか」
「いつまでって、最期まで続けるさ。余裕のある男を目指してるんでな……!」
我ながら空々しい強がりである。現状は有利と言えない、寧ろかなり不利な状況なのだから。
確かに、糸だけなら刀で消し去れるし、万一繭にされても中から切り裂ける。けれど、蜘蛛脚のほうはそうはいかない。受け止められるかがそもそもの問題だし、逆にこの刀の特性を考えると大きな怪我を負わせてしまうかもしれない。
中身が依織でなくとも、その身体は依織のものなのだから、傷つけるわけにはいかないのだ。
「……だったら、狙うは一つ」
問題は、どうやってそこまでいくか。そして、それに彼女が答えてくれるか、だ。
「そちらから来ないなら、こちらからいかせて貰います。なにを考えているか知りませんが、小細工なんて聞きませんよ……!」
そう言って相手は糸を飛ばしながら、こちらに迫ってくる。俺は糸を刀で防ぎなら、彼女の間合いに入らないよう後退して何とか凌ぐ。
けれど、下がりつづけるのも限度がある。
「さて、さすがにそこではもう下がるのは無理でしょう。大人しく、やられてください」
「確かに、そうかもしれないな……」
俺の後ろは石段。ここで糸を防ぎながら、後ろに下がるのは難しいだろう。その段を上がるところを脚に狙われれば避けようがない。仮に一度避けたところで、その後ろも段であり彼女の脚は八つあるのだから。
「では、これで終わりです……!」
「確かに、終わりだろうさ……」
出し続けられる糸、迫る蜘蛛脚、そして下がれない段差。もはや逃げ場のないように思える。
だが、それこそが、――この場所こそが俺の狙いなのだ。
「なっ!?」
「後ろがダメなら、前に行けばいいだろう? 脚にはちょっと、自信があってな」
俺は糸を防いでいた刀を手放すと、そのまま石段の角に足をかけ思い切り蹴り飛ばす。
当然、蹴られた石段がどうとなることはなく、代わりに蹴った俺の身体が前へと押し飛ばされる。そう、まるで水泳の飛び込みのように勢いよく。
「それじゃ、ちょっと手を貸してもらうぜ!」
「何をっ!?」
驚く彼女に飛び込んだ俺は、糸を出す為に前に出されていたその手を掴む。そして、そのまま彼女と共に部屋の奥へと吹っ飛ぶと、まるで抱きしめるような格好で倒れる
「なっ、抱きついて……!? それに何の為に、こんなことを……?」
戸惑いの声を上げる彼女を無視する。その身体に蜘蛛脚はないのだから、攻撃の心配はない。俺と手を繋いだことによって彼女の下半身は今、人のものとなっているのだ。
それより重要なのはここからだ。あいつが答えてくれるかどうか、それが全てなのだから。
「おい依織、記憶とか夢とかそんなもんに負けてないで、さっさと起きろ!」
全身全霊、心からの思いを込めて、ここにいない、けれどきっと残っているはずの依織に呼びかける。交渉によって救い出せないのだとしたら、彼女自身にこんな記憶なんて打ち破って戻ってきてもらえばいいのだ……!
そして、俺の思いが届いたのか腕の中の少女が、表情を変える。
戸惑ったような顔から、苦しげな、けれど俺のよく知ったあの依織のものに。
「ぁ……、彰、さ……ん……」
「よし、大丈夫か……! おい、気をしっかり持て、まてよ……! 依織、依織……!」
けれど、一言俺の名前を呼んだだけで、依織はまた元に戻ってしまう。戸惑ったような依織ではない誰かへと。そしてその後はいくら呼びかけても、彼女は戻ってはきてくれなかった。
「ダメ、だったのか……」
どうやら、俺は賭けに負けたらしい。あのまま依織に戻ってきてもらう、というのが俺の狙いだったが、彼女が戻れたのは一瞬だけ、それですぐに元に戻ってしまった。
「なぁ、ここまで散々やっといて言うのもなんだがさ、なんとか依織は戻してやってくれないか? 俺はどうなってもいいから、依織とレイアだけでも……」
いまだ彼女は俺の腕の中にいるが、その力自体は変わってない。だから振りほどこうと思えば簡単に俺など払えるだろう。そして、その脚で俺を仕留めることも容易なはずだ。
もはや万策尽きた俺は、腕の中の彼女に懇願をする。どうか、依織とレイアだけでも助けてくれるように。
月曜零時の定期更新――としようと思ったけれど、文字数及び、区切りの微妙さから、二つに分けて、連続投稿することに。
と、いうわけで、不定期更新。
次の更新は零時の予定です。
それでは、次もよろしくおねがいいたします。




