045 『彼女の見る夢』
そしてその後、前に三人で出来たように小物屋や本屋に寄って、最後にちょっと高めの店で夕食をとり家に着いた頃には、もう夜もだいぶ深まっていた。
「今日は、ありがとうございました。彰さん、それとレイアさん」
荷物を降ろし、居間で一息ついていると依織が口を開いた。
「礼を言われる筋合いなんてないわ、あたしは単に出かけたかっただけだもの。けど、感謝するなら態度で示しなさい。さっさと元に戻りなさいよ」
「えぇ、頑張ります。明日こそ、しっかり満足していただけるようなご飯を用意しますね」
照れ隠しだろうレイアのキツイ物言いに嬉しそうに答える依織。出会ったばかりの頃では考えられない様子だ。いがみ合ってばかりだった二人も、打ち解けたということだろう。
「連れて行った身としては、楽しんでくれて何よりだ。気分転換になったなら良かったさ。けど、無理はしなくてもいいぜ。調子が悪いのも、気にせずいればそのうち直るだろうからな」
「ありがとうございます。それで、そのことなんですが、実はお話したいことがあるんです。私自身、漠然としてよく分からずこれまで伝えなかったことなんですが……」
「そうか、俺としても気になってたんだ。何か悩みがあるなら、どんなことでもいいから相談して欲しい。絶対に笑ったりしないし、できる限りのことはするからさ」
「話したいならさっさとしなさい。聞いてあげはするわよ、なんの話かは知らないけど」
俺とレイアに促がされ、依織が語り始める。
「夢を、見るんです」
「夢?」
「はい、夢です。ですが、どんな内容かはいつも覚えてなくて。ただ、それがとても嫌なものだったとだけは、何故か分かるんです……」
「ふぅん、覚えてないのに嫌な夢か。まぁあたしも内容は忘れても、夢を見たってことは覚えてたこともあるし、おかしくはないわよね。けど、それがここ最近の不調の原因なの?」
「はい、そうなんですが、そうではないと言いますか……」
そう尋ねるレイアに、依織は曖昧な答えを返すと共に続きを話す。
「その夢なんですが、何故か普段でも頭の中に浮かんでくるんです。やはり内容は分からないのですが、痛くて苦しかったというような体験の感覚だけが頭に残る感じで。それで、気がつくと家事の方もそぞろになってしまいまして……」
「白昼夢ってやつか。けど、なるほど、それで最近調子がおかしかったのか。もしかして、前に蔵で固まってたのもそれが原因だったのか?」
依織の話を聞いて思い出す、空亡の資料集めで蔵を探していたときのことを。彼女の話に合わせるならば、あのときもそうだったのかもしれない。
「はい。というより、そのときが最初なんです。夢を見始めたのもその頃からで。あのときは色々立て込んでいましたし、ただの気のせいと思っていたのですが……」
「成る程な。だから、あれから調子が悪くなってたのか。けど、そうなるとその夢の原因が気になるな。夢って言うのは、深層心理に関係するとか聞くし、心当たりとかはあるか?」
「心当たりと言うほどのものではないのですが、もしかして私の記憶にかかわっているんじゃないかと思います。こんな風に何度も同じような夢を見るというのは、私に何か関係あると思うのですが、今の私は彰さんと出会う以前のことは何も覚えていませんので……」
「記憶、ね。けど、その夢を見るようになったのが蔵に入ってからだっていうなら、まずは蔵を調べるべきじゃないの? あんたの記憶に関係するかは分からないけど、きっかけがそこなら探せば何かあるんじゃない? 記憶があるのなら、だけど」
多分、彼女としては記憶というもの自体が疑問なんだろう。昨日の話からすると、依織が発生で生まれた魔族と考えているレイアとしては。
だが、その根底に何があるのかは分からないが、夢を見始めるようになったのが蔵に行ってからなら、そこに何かきっかけになったものがあるはずである。
「レイアの言うとおりだ、なら明日は蔵の探索だな。三人で探せばきっとなにか見つかるさ」
幸い明日は日曜だから俺も朝から手伝える。流石に今から探すのはもう夜も遅いし、出かけで疲れていることも考えると、明日に回すべきだろう。
しかし、そんな俺の考えは、レイアはお気に召さなかったらしい。
「今からに決まってるでしょ。じゃないと、明日の朝食に間に合わないじゃない!」
……結局飯か。と、一瞬思ったが、依織のことを心配している気持ちもあるのだろう。もしかしたら照れ隠しの面もあるのかもしれない。食事というのは彼女らしい理由であるけれど。
「私は構いませんが、彰さんは大丈夫ですか……? 疲れなどがあるようでしたら、やはり明日に回したほうが……。今それに、まで大丈夫だったんですから、あと一日夢を耐えるぐらい問題ありません。明日の朝食だって、気をつければきっとなんとかなるはずです」
なんて、強がりを見せられて、断る真似ができるはずもない。
「いや、俺も問題ないさ。依織の腕を信頼してないわけじゃないが、やっぱり万全の状態で作って貰いたいからな。善は急げとも言うし、レイアの言うとおり今から探そうぜ」
明日に回す、なんてのはよく考えてみれば依織に今日も夢で苦しめと言うようなものだ。彼女の為にできることがあるのなら、疲れや時間なんて気にせず行動すべきだろう。
そして、休憩を終え俺達は蔵の中へと入る。しかし、ここで問題が発覚した。
「狭いな、うん、流石に……」
そう、狭いのだ。人が入る分には問題なくても、女郎蜘蛛の依織やラミアのレイアまで入るとかなり窮屈だ。前は入ったときは依織だけだったし、基本的に分かれていたのでそこまで気にならなかったが、流石に三人で固まるとかなり狭苦しい。……密着するのは少し嬉しいが。
「だったらこうすればいいじゃない、ほら」
「あぁ、なるほど、そうか」
レイアが俺の手を取ると、それで彼女の下半身が人のものになる。人外の身体が窮屈ならば、人の身体に変えてしまえばいいというわけだ。
「じゃあ、依織も手を借りるぜ」
「あっ、はい」
同じように依織の手を掴み、彼女の身体も変化させる。理屈は分からないが、なかなか便利な能力だ。何の為にこんなものが俺に宿っているのかは知らないが。
「それにしてもやっぱり埃っぽいわね、ちゃんと掃除しときなさいよ」
「仕方ないだろ、こんなとこ普段は入ったりしないんだから。そのぐらいは我慢してくれ」
「すいません、私の為に……」
「いや、依織が謝ることはないって。俺もレイアも好きでやってるんだし、そもそも一緒に暮らしてるんだから何事も助け合いだろ? 依織だって、今まで色々と助けてくれたじゃないか」
普段の家事は勿論、レイアの婚約騒動や空亡の一件でも依織は俺達を助けてくれてきた。だから、こうして彼女が困っているというなら俺達がそれを返す番だろう。
「彰さん……」
「というか、そんなことより何か感じたりはしないの、依織? よく考えたらあたし達、何を探せばいいのか分からないんだし、あんたの感覚だけが頼りなのよね」
「今更それを言うか……」
そもそも発案者はレイアじゃなかったか? だがまぁしかし、彼女の言うとおりではある。手探りの状態で探す指針は依織の感覚以外ないのも事実なのだから。
「なぁ依織、で、どうなんだ? って、おい、依織……!」
「………………………………えっ? なっ、何、ですか?」
呼びかけてから、しばらくの沈黙の後に返ってきたのは戸惑いの声。その様子は、まるで意識を飛ばしていたのが戻ってきたかのようだった。
月曜以外の不定期更新。
いちゃラブパートは終わり、そろそろシリアスパートです。
それでは、読んでいただきありがとうございました。
次回は月曜零時の定期更新の予定です。
次回もどうかよろしくお願いいたします。




