038 『ある少女の嘆き』
「早く見つけないといけないのは分かるんだが、どうなってるんだ、これは……?」
どれほど進んでも果てがない。まっすぐ進んでいるはずなのに、まるで同じところをぐるぐる回っているかのようだ。当然ながら、空亡の姿なんて見つかるはずも無い。
「というか、今更だけどこれ、鬼ごっこというよりかくれんぼじゃないのか」
――どうして?
そんな無駄なことをぼやいて気を紛らわせるも、また頭に記憶が流れ込んでくる。
けれど、それはこれまでと少し違ったものだった――、
彼をずっと見てきた。親の交友の関係で、幼い頃はいつも一緒にいたわたしと彼。
わたしが虐められたときには自分より身体が大きい相手に立ち向かい、家族と喧嘩して家出したときには一緒に付いて来てくれた。普段は大雑把でいい加減だけど、本当に困ったときにはいつも彼は助けてくれるのだ。わたしにとっての彼は、誰より素敵なヒーローだった。
だから、そんな彼への想いが好意に変わるのは必然だったと思う。けれど、いつも一緒にいた気恥ずかしさと、そしてもし断られてしまったらという恐怖から、告白なんて出来なかった。
その気持ちを誤魔化す為にゲームや陸上なんかに打ち込んでみたけれど、結局彼への思いは薄れたりなんかしない。
幼馴染で仲のいい友人という、普通の友人以上、恋人未満なんていう微妙な立場。告白なんてしなくても彼と私は繋がっている、そんなぬるま湯のような甘い関係。だけど、彼の周りに他の異性はいなかったし、この現状にわたしは満足していた。
けれど、そんな日々は唐突に終わりを迎えてしまった、彼と共に暮らすことになった少女のせいで。私が一番近かったはずのその場所より奥に、いつの間にか現れた彼女はあっという間に入り込んでいたのだ。
だけど、それも仕方ないと思えてしまった。学校に来た彼女と、親しげに接する彼の姿を見てしまったから。場違いすぎる豪奢な着物を着こなした、まるでお姫様のように綺麗でそして淑やかそうな、わたしなんかじゃ全く歯が立たない美少女。そして、そんな彼女はどう見ても好意を抱いているのが見て取れたし、付き合いの長さのお陰か彼も同じ気持ちなのが分かった。そう、あんな完璧な相手にわたしなんかが叶うわけがないのだ。
認めるのが嫌で彼にその様子を見たことは言わず、けれど少女の方を優先するような態度が我慢できずに最後には喧嘩腰で言い捨てるようにして逃げ帰ってしまう。そして、家に帰った私は部屋にこもってひたすら問いかけた。
どうして?
わたしが一番近かったはずなのに?
どうして?
わたしのいた場所にあの娘がいるの?
どうして?
わたしはずっとあの関係が続くと思っていたの?
どうして?
わたしは彼に告白する勇気が出せなかったの?
どうして?
わたしがこんなに苦しいのに彼は――、
『彰』は助けてくれないの?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
そんな心の問いかけに答える相手なんていない。なのに、その声は聞こえた。
『良い、嘆きであるの』
「えっ?」
頭に響く声に顔を上げる。けれど、暗く閉じきった部屋には私以外に誰もいない。
『よかろう。お主のその願い、我が叶えてやろうではないか』
戸惑う私を気にせず、声は告げる。だけどその提案はとても魅力的で、わけも分からないままに、わたしはただ声に導かれるままに進んでいく。そしてその先にある社までたどり着き、そこに祀られた黒い半球の御神体に触れる。――こうして、わたしは神様に出会った。
――そこで記憶が終わる。
「これ、は……」
今までのような、知らない誰かの体験ではない。これは俺にとって大切な、兄妹同然に育った幼馴染の少女の記憶だった。
「まさか、奈々のやつがこんな……」
幼い頃から共に過ごしてきた彼女が、そんな風に俺を想っていたなんて。けれど、それを知ると、おかしくなっていた奈々が何故あんなことをしようとしたのかも分かってくる。しかし、こんな形でその想いを知りたくはなかった。
きっかけは俺なのだろう。自分の無神経さがどうしようもなく恨めしい。けれど、それ以上に落ち込む奈々を唆して利用した空亡に怒りがわいてくる。
「そうだ、空亡だ……」
こんな状況に陥っているのは、空亡のせいだ。俺が苦しむ様子を眺めて、あいつはどこかで楽しんでいるのだ。
「なんか、すごく、ムカつく……」
奈々の弱みに付け込み、悪趣味な嗜好を満足させる為に俺にその記憶を見せ付けるなんて。
最初の方は、あいつも封印されたりして辛かっただろうし仕方ないと思えたが、こんなことを楽しむようなやつは封印どころか滅ぼされても仕方ない、寧ろそれが当然だ。
そんなやつのことを、俺が考えてやる必要なんてあるのだろうか? あるわけない。見つけたら、躊躇無く滅ぼしてやればいい。
俺は今空亡に怒っている。いや、寧ろ憎んでいるとさえ言ってもいいのかもしれない。そうだ、今の俺は空亡の行為を怒っているのではなく、空亡の存在自体を憎んでいるのだ。
「絶対に、許さない……」
自分の感情――空亡への憎しみを理解すると、何故か疲れきっていた脚に力がみなぎってきた。記憶の影響で受けた負の感情も、その矛先を空亡に向けると逆にやる気に変わってくる。
空亡が何処にいるのか、そもそもこの場に果てがあるのかすら分からないのに、このまま進んでいけばその先にあいつがいる。そんな根拠の無い確信が頭の中に広がってきた。
そして、その確信の通り、あれほど見つからなかった空亡の元へ俺はあっさりと辿りついた。
月曜零時の定期更新です。
次は月曜までの間に不定期更新予定しています。
もしかしたら、その前にお気に入り件数に対する御礼更新が入るかもしれませんが。
ちなみに、長かった四話もそろそろ終わります。
たぶん後二回くらいのはずです。
それでは、今回も読んでいただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




