035 『結界と役割分担』
「そういえば、結局あの刀は神断のけんじゃなかったらしい。期待してたかもしれないが、すまん。だから、それ以外の方法で空亡と戦うことが必要になると思う」
空亡と戦うに当たって、まず何より重要になるのがどうやって倒すかだ。そして、空亡のことを記していたあの古書には『神断ちのけん』という武器をもってご先祖が空亡を倒したと書いてあったが、残念ながらそれは俺達の手元に無いのである。
「一応、少しは効きそうではあったんだが、あの様子だと空亡に対してあんまり効果があるようには思えない。そもそも、あそこにそのまま落としてきてしまったしな……」
俺と依織が蔵で見つけた刀は空亡の生み出した獣に通用はしたものの、空亡を倒した武器ではなかった。しかも、助けられたときについあの場に取り落としてきてしまったのだ。
「そうでしたか。ですが、流石に今から蔵の方に戻るわけにも行きません。勿論だからといって見過ごすなんてもってのほかですし、私達の力でどうにかするしかなさそうですね」
「あんたの武器なんか無くても大丈夫よ。あんなやつ、あたしが焼き尽くしてやるわ。それで、あたしを舐めたことを後悔させてやるんだから……!」
「そういってもらえると助かる。やっぱ、お前らがいると頼もしいぜ」
唯一の対抗手段だったはずの武器もなかった。そんな手詰まりといえる状況なのに、二人の闘志は全く消えていない。お陰で俺も、諦めずに戦う気持ちになれる。
「ひとつ思い出したのですが、確か古書に空亡と戦った際、結界を巡らせたとありましたよね」
「あぁ倒した武器の方ばかりに気をとられてたが、結界で封じられた空亡を俺のご先祖はとどめを刺したんだったよな。けど、その結界があれば空亡に効くのかもしれないが、そんなものどうやって用意するんだ?」
俺には読めなかったが依織に話がくれた古書の内容では、確かに結界で空亡を封じたとあった。だが、その結界がどういうものか分からないのでは用意のしようが無い。
「もしかして依織、お前その結界のこと分かるのか?」
記憶喪失でありながら様々なことを知っている彼女なら、この結界について知っていてもおかしくないのかもしれない。しかし、そんな俺の期待に依織は首を横に振る。
「いえ、私もその結界については読んだこと以外は何も知りません。ですが、分かたれた空亡の意識が宿った上部、それを封じたこの場所には結界が残されているはずなんです。結界を巡らせた場所に社を建てて空亡を封じたと古書にもありましたし、そもそもが彼女を封じる為だけに編まれた結界なのですから」
「なるほど。じゃあ、それをどうにかして見つけて、うまく空亡を結界にはめることができれば動きを止められるか。そうすると問題は、結界にはめてからどうするかだな……」
「勿論、あたしがやってやるわよ! あんな奴、あたしの魔術で焼き尽くしてやるわ!」
いきなり自信満々にレイアが言い放つ。根拠も作戦も、何もあったものじゃない。
だが、確かに俺達のなかで一番火力が高そうなのはやはり彼女だ。俺を助けたときの炎なら空亡もただではすまないだろう。結界で弱らせた状態ならばなおさらに。
「いえ、レイアさんは私のほうを手伝ってください」
「なんでよ、多分この中ならあたしが一番魔力もあるし強いと思うわよ? 彰のところにあった武器が無いっていうなら、あたしが戦うべきでしょ」
「えぇ、私も多分あなたが一番強いと思います。ですが、だからこそレイアさんには私の結界のほうを手伝って欲しいんです。空亡を封じる結界ですが、記録では複数の術者でなんとか起動するものらしいんです。私の魔力ではたとえ起動出来てもごく僅かな時間でしょうから……」
「だから魔力のあるあたしが魔力を注げ、と。言いたいことは分かったわ。けど、その場合空亡の相手はどうするのよ? あんたが結界を準備してあたしがそれに魔力を注ぐ。それまで悠長に待ってくれると思うの? そもそも、それじゃ誰があいつにとどめをさすっていうのよ?」
「それは……」
レイアの指摘に依織が言いよどむ。依織も分かってはいるのだろう。彼女達が結界のほうに回るとしたら、残った空亡と戦う役は必然的に俺になると。
「いいさ、俺がやる。もともと俺の都合で二人を巻き込んだんだからな。なに、時間稼ぎならさっきもやったし、武器だってここには無いが空亡のところに刀が落ちてるんだから大丈夫だ」
「待ちなさい、あんた本気でそんなこと言ってるの!? さっきじぶんがどんな目にあったのか、もう忘れたって言うの! そもそも、さっきはあいつが油断してたり、運が良かっただけで、本気になられたらただの人間のあんたなんか……!」
勿論、忘れてなんていない。それに、命の危険があることもよく分かっている。だが、こうするしかないのだ。彼女達のように特別な力があるわけでもない俺が出来ることは、空亡と相対して時間を稼ぐことぐらいなのだから。
「ちょっと依織、あんたもなんとか言いなさいよ! こいつがどんだけ危険なことをしようとしてるか、分かってるでしょ! そこに関しては、あんたも同じ考えのはずよね!」
「私だって、分かってます。ですが、これしかないんですよ。たとえ逃げても、すぐに見つけられて捕まってしまいます。私達が助かるには空亡に服従するか、ここで倒すかだけです。そして、倒すにはこの方法しか……」
声を張り上げ激昂するレイアに淡々と答える依織。けれど硬く握り締められたその手は振るえている。彼女自身、頭で分かっていても苦渋の案ということなのだろう。
「二人とも、当事者の俺抜きで話して喧嘩するなよ。レイアが心配してくれるのは嬉しいが、俺は依織の案が確かにいいと思う。なにより、俺だけ何もしないってのは嫌だからな」
「べっ、別にあんたの心配なんてしてないわよ……! ただ、あたしはその、あんたが死んだら色々迷惑、なんというか気分が、そう寝覚めが悪いだけなんだから……!」
「いや、ここでそういうのはいいですから……」
いつものテンプレートなツンデレ台詞に、依織が溜息をつく。
なんというか、こんな状況なのに、急にいつもの調子に戻ったようでほっとしてしまう。
「ははっ、まぁレイアの寝覚めを悪くしない為にも、頑張らなくちゃ――ん?」
――がさり。
不意にレイア達の向こうで草が揺れた。二人はまだ言い争っているようで気づいてない。
風にしては不自然な小さな揺れ。それはまるでこちらに向かうように距離を縮め、近づいてきている。しかも、その速度も徐々に増して。
「まさか――、二人とも危ない!」
「へっ?」
「どうしましたか?」
俺の声に二人が振り向くがこっちじゃない、危険なのは彼女達の後ろなのだ。
草の下を這い動いていたのは黒い影。もう隠れることをやめたのか、そこから俺を襲ったあの黒い獣が這い出し、振り向いたままの二人に襲い掛かろうとしている。
「ッ、やらせてたまるか!」
固まる二人の間を飛びぬけ、そのまま大きく開いた口めがけて蹴りを突き入れる。
とっさにおこなったとび蹴り。そんなもの獣に効くはずも無く、俺の脚はそのまま食いちぎられてしまうだろう。あの刀のような特別な武器でもないただの蹴りが通じるわけもない。
「えっ?」
戸惑いの声は、俺の口から出たもの。その理由は、目の前に広がる惨状だ。
二人を守れたなら脚ぐらい安いもの、そう思って突き出した脚は今も健在に伸びている。逆に俺を食いちぎるはずだった獣は、まるで口から縦に引き裂かれたかのように身体を上下真っ二つに断たれ絶命しているのだ。
「いったいなによ、これ!?」
「多分、こいつはレイアの炎を喰らわなかった獣で、俺達を襲いにきたんだと思うが」
空亡は、自分は動かないと言ったが生き残った獣は放置した。そして仲間の復讐か最初の命令を守るためかは知らないが、こいつが勝手に俺達を探し襲ってきたということだろう。
「いえ、レイアさんが言ってるのはそこではなく、この結果だと思います。彰さん、一体何をしたんですか? どうしたら、ただ蹴っただけでこんなことに……?」
「いや、それが俺にもまったく……」
依織の言う通り、確かに単に蹴っただけでこんな風に獣が真っ二つに裂けるなんておかしい。だが、やった俺自身が一番驚いているのだから、分かるはずもない。
『さて、そろそろ我も待つのに飽いたのだが、策の方は練れたかのう? はたまた逃げ出したか、もう暫し待ってもお主らが来ぬようなら、そろそろ我も動かせてもらうぞ』
頭に響く空亡の声。いい加減、焦れたということなのだろう。
それにしても、なんというタイミングのよさ、もとい間の悪さ……!
「よし、それじゃあさっき依織が言った作戦で行くぞ、二人とも!」
さっきの蹴りは気になるが、ここでゆっくり話している余裕は無い。どう動くか、もう答えは出ているのだ。ここからはもう一分一秒でも、時間を無駄に出来ない。
「ちょっと、彰あんた……!」
「彰さん……」
「心配するな、なにもまだ俺がやられるって決まったことじゃないだろ。というか、お前らもう少し俺を信頼してくれよ。時間稼ぎぐらい、ちゃんとやってやるさ。だから、そっちはそっちで、しっかり結界のほう頼んだぜ?」
心配げにこちらを見る二人に笑いかける。俺は死ぬ気なんて更々無いのだ。
「分かってるわよ、あたしが見せ場を譲ってやるんだから絶対に成功しなさいよ!」
「彰さん、御武運を。私達が必ず結界を用意しますから、それまで持ちこたえてください……!」
二人の言葉を背中に受けて俺は彼女達と反対側――空亡の待つ神社の中心部へと向かう。
月曜零時の定期更新。
ようやく次で再びの戦闘です。
今度はしっかり戦います……多分。
次の更新は月曜までのどこかで不定期更新入れます。
お気に入り数溜まったら、先に御礼更新入れるかもですが。
それでは読んでいたただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




