031 『神断ちのけん』
「まだ見てるのか……」
新たに数本の候補を抱え依織の元の戻ると、彼女はまだ先ほどの刀を見つめ続けていた。心なしか、目が虚ろになっているようにも見える。
流石に少し様子が変なので、肩を叩いて声をかけてみる。
「おい、依織、大丈夫か?」
「へっ、彰さん!? いきなり、なにを……!?」
「うぉっ!?」
ひゅん、と目の前を抜き身の刃が迫り、後ろにしりもちをついてしまう。声をかけられて驚いた依織が、その拍子に手に持った刀を放ってしまったのだ。
「流石にちょっと、集中しすぎじゃないか……?」
「すっ、すいません、私、また……!?」
地面に突き刺さった刀をみて腰を抜かす俺と、焦った様子で頭を下げる依織。
どうやら集中して刃を眺めていたせいか、古書を持ってきたときと同じようにまた惚けてしまっていたらしい。
「まぁお互い怪我は無かったからいいさ。それで、結局その刀はどうだったか分かったか? 一応、それ以外にもあっちからいくつか持ってきたんだが」
「微妙なところです。この刀、明らかに普通のものでない妖刀の類であることは分かるのですが、これが私たちの探しているものなのかまでは……」
「そうか、流石にそこまでは分からないよな。けど、普通の刀じゃないってことはやっぱりこれは候補の一つってことだな。それじゃあ、続けてで悪いがこれも見てもらえるか?」
「はいっ、分かりました。今度こそ、しっかり見るよう気をつけます……!」
意気込んで言う依織から最初の刀を受け取り、代わりに俺が持ってきたうちの一本を渡す。
受け取った刀と、残りの刀は棚のあいているスペースに置いておき、この辺りに他になにか無いかを探してみる。
「結局、最初の一本しかなかったわけか……」
「はい、それ以外はそれなりな業物などはありましたが、どれも普通の刀のようでした。あの古書にあったように、『神秘』と言えるようなものはこの刀だけです」
そう依織が言うとおり、結局『けん』として考えられそうなのは最初に俺が見つけた刀だけだったということだ。結果論だが、あの後探したり調べたりしたのが全く無駄なことだったということになる。
「それでも一つあっただけでも御の字だな。むしろ、これ以外に無いってことはこの刀が『神断ちのけん』でほぼ間違いないってことなんだろうしな」
「そう、ですね。確かに、それが私たちの探していたものの可能性は高いと思いますが……」
「どうしたんだ? 何かあるなら言ってくれ」
何故か歯切れの悪い依織の言葉が気にかかる。なにかあったのだろうか?
「いえ、ただの感覚なんですが、なんだかこの刀、私は好きになれないんです……」
「好きになれない? けど、何の備えもなしって訳にはいかないし、悪いがやっぱりこれはもっていくことにするぜ。もしこれが俺たちの探してたものじゃなかったとしても、妖刀っていうなら、それなりの武器にはなる気もするしな」
正直なところ依織の感覚を信じて、置いておくのもいいのかもしれない。けれど空亡と戦うなら、それがどんなものであれ準備をしておくべきだろう。
「確かに、そのとおりです。多分、私の勘違いか、気のせいなんだと思うのですが……」
「あぁただの杞憂ってことを祈りたいな。それじゃあそろそろ蔵の探索は切り上げにするか。もう流石に奈々も起きてるだろうし、一度居間に戻るぞ」
「はい、分かりました」
こうして色々ありながらも古書と刀という収穫を手に、蔵を後にしようとしたそのとき、
「彰……! あの娘がいきなり外に……!」
――慌てた様子でレイアが飛び出してきたのだった。
目覚めた奈々がいきなり立ち上がると、そのまま何も言わすに外に走り出たというのだ。突然だったためとめることも出来ず、追いかけようにもドレスのせいで追いつけそうもなくレイアは俺達の方へ報告に来たらしい。
「くそっ、次から次へと何だってんだ一体……!」
悪態をつきながらすぐに外へ出るも、当然ながら奈々の姿はもう何処にも見えない。レイアが伝えに来る間に走り去ってしまったのだろう。
「ごめん、あたしがもっとちゃんと見ておけば……」
「いや、お前だけのせいじゃない。そもそも奈々を驚かせないように裾長のドレスを着るよう頼んだのは俺だしな。それより、奈々が何処に行ったかだ」
今はレイアを責めるより、いなくなった奈々が何処に向かったかを考えるのが先決だ。いきなり走り出たという話からすると正気じゃなさそうだし早く見つけないと。
「話を聞く限りですと普通の様子ではありませんし、やっぱり空亡が関わってるんじゃないでしょうか?」
「確かに、この状況ならそれを疑うのが自然だよな、現に最初奈々は空亡に操られてたんだし。それなら奈々がいるとしたら空亡のところ、つまりあいつの家か……!」
奈々は空亡に操られていたのだから、きっと危害は加えられたりしない筈だ。しかし、空亡が気まぐれを起こさないとは限らない。あの古書にあったような、災厄を振りまくような存在なら、万が一のことだってありえる。
そんな不安が頭をよぎり、俺はすぐさま走り出していた。
口うるさくてお節介な、けれど家族同然に育った大切な幼馴染を助けるために。
月曜零時の定期更新――、のつもりでしたが、なんだか短く、けどその続きまで載せると、話の分が微妙な感じになりそう。
というわけで、不定期更新扱いで分割しました。
なので、いつも通り月曜零時の更新もこれとは別に行います。
それでは、読んでくださりありがとうございました。
次話もよろしくお願いいたします。




