027 『消えた幼馴染』
休日とは、読んで字の如く『休』む『日』の筈である。
なのに週明けの月曜、教室に着いた俺は心身ともに疲れ果てていた。
「いや、調子に乗って色々やりすぎたってのが原因なんだがさ……」
自分の机に倒れこむように身体を預け、思いだすのは土日の出来事。
依織と共にデパートで買い物したり映画を見たり、また遊園地に行って一日中遊んだりと、電車なども使ったちょっとした小旅行のような二日間。
普段は遠慮しがちな依織が今回は妙に乗り気だったこともあり、日頃の感謝も込めて彼女を楽しませるため、朝から遊びまわった分の疲れがここに来て一気に来たというわけだ。
勿論、依織が喜んでくれたことは嬉しかったし、俺自身彼女と一緒に出かけたある意味デートのような二日間はとても楽しかったので、気力的には十分充填できたといえる。
「けど、これからのことを考えるとなぁ……」
奈々の誤解を解くこと、そして依織を紹介すること、更にその際に起こる諸々の出来事を思うと憂鬱になる。それこそ、何もかも忘れて遊んでいた週末がとても楽しかったせいで余計に。
「はぁ……」
本日何度目かの溜息をつくと、始業のチャイムが鳴り響いた。けれど、奈々の姿はまだない。そうこうしている間に担任が来てホームルームが始まってしまう。
だが、結局そのまま一日の授業が全て終わっても奈々は学校には来なかった。
そして次の日も、またその次の日も――、結局金曜になっても奈々は登校してこなかった。
電話やメールをしても反応はなく、心配になり彼女の家に行ったりもしたのだが、明かりも点いておらず人の気配はなかった。聞いた話では、学校にもなんの連絡も行ってないらしい。
何かあったのかもしれない。そう思いはしても、どうすることもできない。そんな状況に、ついレイアのときのことを重ね暗い気分に沈み込んでしまう。
依織にはまた心配をかけてしまい申し訳ないが、流石に気持ちの切り替えはできそうにない。
「本当に、どうしたんだよ、奈々のやつ……」
今日も奈々は休みということ以外何もわからないまま、授業が終わる。帰り道、無駄と思いつつも彼女にメールをしてみようと携帯を取り出したとき、丁度着信が鳴り響いた。
その画面を見て、俺は目を見開く。
「奈々からだと……!?」
今までどれだけかけても繋がらずなんの連絡もなかったのに、いきなりあいつの方からかけてくるなんて。驚きながらも、俺はすぐに通話ボタンを押し、声を張り上げた。
「おい奈々、お前一体どこで何を――」
『彰、今からわたしの家に着て』
俺の言葉など異に返さず、そう告げるとすぐに通話は切れた。
けれど、その声は今まで何度も聞いた幼馴染のものだった。その後こちらから何度か電話をかけてみても、電話は繋がらない。
「なんなんだ? やっと連絡してきたと思ったら、家に来いってどういうことだよ……?」
そう文句を言いながらも、俺の足は進む方向を変えていた。依織の待つ我が家ではなく、突然呼び出してきた幼馴染のもとへと。
電話から十数分後、俺は奈々の家に――正確には神社兼住居である浮神神社に到着した。
平日の夕方ということもあるのだろうが、昨日様子を見たときと同じく辺りに人気はなく、普段なら灯っている筈の灯篭や奈々たちが暮らしている母屋のほうにも明かりは点いていない。
けれど、たった一つ決定的に昨日とは違う点があった。
砂利敷きの敷地内、その中心に奈々が立っていたのだ。それも何故か紅白の巫女服姿で。
「奈々、お前今まで何してたんだよ? それに、どうしたんだよその格好は? 確かお前って、行事のときとかも巫女服着るの嫌がってなかったか?」
近寄って声をかけるが、奈々は何も答えない。ただうつむいて、手に持った黒い半球に視線を向けている。その半球は、確かこの神社の御神体で、持ち出しなんて厳禁なはずなのに。
「本当に、どうしたんだよ……? つーかそれ、確かお前のところの御神体だろ。そんなもん持ち出して、何してんだよ?」
聞こえていないはずはないのに、やはり反応はなかった。その顔をよく見ると、目も虚ろで定まっておらず、とても正常な状態とは思えない。
「おい、奈々……!」
肩を掴んで揺らすも、なんの反応もなかった、――彼女からは。
『気にすることはない。今のこの娘は我と繋がっておるゆえ、意識がないだけだからの』
頭に直接響くように唐突に聞こえた声。
声音は幼い少女でありながら、口調はそれに反して古風なものだった。
「だっ、誰だ……!?」
辺りを見回すが、俺と奈々以外にはどこにも人影はない。けれど、幻聴や空耳ですませるにはハッキリと聞こえすぎている。
『くくくっ、誰、か。そうさな、ではお主らが呼んだ名で名乗ることとしようか』
「くそっ、何処だ……!? それに、一体何が起きてるんだよ……!」
すぐ近くから声は聞こえるのに、どこを見回してもやはり人影はない。
『何処も何も、我は先ほどからお主の前におるではないか。けれどしかし、この姿ではそれも仕方なきことか。やはり、名乗るならばしかと姿を見せぬとのう』
そんな声が聞こえたかと思うと、いきなり目の前に小さな腕が現れる。
細く白い、幼い少女のような腕が、俺の頬に触れてきた。その冷たい感触が、顔に伝わる。
「なっ!?」
その腕の先にあったのは、奈々の抱いた御神体の黒い半球。
卵から何かが孵るかのように、半球からその腕は生えていた。そして、驚く俺にかまわず、更にそいつは半球から這い出てくる。
「――我は空亡[ソラナキ]。初にお目にかかるの、霜神の末裔よ」
「空亡……?」
これまでと違い直接その声で名乗ったそいつは、着物を着た幼い少女の姿をしていた。
小学生程度に見える幼い顔立ちに、容姿に似合わぬ地面に垂れるほど長い黒髪、そして喪服のような真っ黒な着物。けれど、そこから除く肌はその装いとは対照的に雪のように白い。
黒一色で、とても目立つ少女。だが、それ以上に眼を引くところがあった。
――いや、この場合は無かった、という方が正しいのかもしれない。
その腰から下には何も無かった。ただ着物の裾が揺れるだけ、そこから足は伸びていない。そう、この少女は地面に脚をつけること無く、上半身を浮かべて俺の目線に立っているのだ。
「我を知らぬのも仕方が無かろうよ。遥か昔のことなうえ、このように平和に染まりきった国ではの。だが安心するといい、すぐにその名は忘れられるものになるであろうからな」
「なんなんだよ、お前は……! お前が奈々をこんな風にしたって言うのか……!」
「我のことなど名だけでよかろう、詳しく話そうにも長いのでな。霜神の家ならば、どこかを探せば伝承か何かで残っておるだろうよ。それよりも、今はこの娘の方が重要であろう?」
「じゃあ、お前は一体奈々に何をしたんだよ……!? こいつは大丈夫なのかよ……!」
確かに今は奈々のことが何よりも優先とするべきことだろう。俺の幼馴染は何に巻き込まれ、どうなってしまったというのかを知ることが。
「心配せずとも良い。娘には何も危害など加えてはおらぬ。我の言葉を聞き、我を開放してくれた大切な巫女なのだからの。ほら、これで我との繋がりも弱まり、もう目を覚ますであろう」
そう言って空亡は奈々から自身が這い出てきた半球を、奈々の両手から取り上げた。
すると、先ほどまで虚ろだった奈々の瞳に光が宿り、ゆっくりと身体を動かし顔を上げる。
「う、ん……? ここ、は……?」
「奈々っ、目が覚めたのか! おい、大丈夫、なのか?」
「あぁ、彰だぁ。ふふっ、やっと来てくれたのねぇ」
「うわっ、なんだよお前いきなり!? というか、どうしたんだよ……!?」
気がついた、と思ったらいきなり奈々が抱きついてきた。しかも、何故か口調が押さないというか甘えるような感じで、普段の彼女とは雰囲気が大きく違っている。
「彰が悪いんじゃない。わたしって幼馴染がいるのに、いきなり他の娘と同棲しだしたり、言い訳ばっかしたり。神様がいなかったら、こんな風になんかできっこなかったもん」
「そりゃ色々説明しなかったのは悪かったと思うけどさ。それより、神様ってなんのことだ?」
「んー、神様は神様でしょ? わたしの願いを聞いてくれる、優しい優しい神様よ。ほら、今だって彰の隣にいるじゃない」
「隣って……」
隣に目を向けるも、そこにいるのは突然現れた上半身だけの少女、空亡だけ。彼女が神様だなんて、とてもじゃないが思えない。
「喜んでもらえたようで何よりだ。では、そろそろ我の方も用を済まさせてもらうとするかの」
「はい、神様。けど、痛くなんかしないでくださいね。彰は大切な幼馴染なんですから」
「一体何を……!?」
不穏な気配を感じ逃げようとするが、見た目に似合わぬ力で奈々に抱きつかれ、動けない。そんな俺を見て、空亡は実に楽しそうに口元を吊り上げ手に持った半球を撫ぜる。
「なに、痛みなどは無いとも。ただお主に預けてあるものを返してもらうだけだからの」
瞬間、その手の半球から何か黒く薄いものが飛び出し、俺の身体を通り抜けた。
「何だったんだ、今のは……?」
分けがわからず俺が呟いたとき、ドサリ、と何かが地面に落ちる音がした。
「えっ?」
視線を下に向けると、俺の腰から下が地面に転がっていた。
そんなわけで月曜以外の不定期更新。
次は月曜零時を予定してます。
ようやく幼女が出ました。
……下半身は存在しませんが。
それでは、読んでいただきありがとうございました。