025 『欠けた日常』
「もう、どうしたのよ彰! こないだからずっと辛気臭い顔して!」
苛立ちを隠さない叫び声をあげたのは、幼馴染である奈々だ。
幸い放課後のこの教室には俺達しかいないため、注目は集めずにすんでいる。しかし、あまりに騒ぎすぎると、誰かが来てしまうかもしれない。
「ん、いや、ちょっとな……。とりあえず、落ち着こうぜ」
「ちょっと、じゃ分かんないわよ。そっちが相談に来るまで大人しく見守ろうとかも思ったけど、流石にもう我慢の限界だわ。何があったか、いい加減説明してもらうわよ!」
――レイアがいなくなって三日経った木曜の放課後、俺は奈々に問い詰められていた。
「あー、そんな心配されるような顔してたのか、俺……?」
「ぱっと見は普通だけど、たまに上の空で遠い目をしてるし、ずっと見てたわたしからすれば落ち込んでるのが丸分かりよ。先週も変だったけど今みたいに陰気な顔はしてなかったのに」
そこまで心配されているとは思ってもなかった。一応、いつもどおり、普通に生活しようとしていたのだけれど、付き合いの長い彼女は誤魔化せなかったらしい。
「で、結局何があったの? こういうのって、誰かに話すと楽になるものって、昔彰がわたしに言ったでしょ。そのお返しってわけじゃないけど相談ぐらいは乗らせてよ? わたしと彰の仲じゃない、あんたがどんなことを言ってもわたしだけは絶対味方でいてあげるからさ」
「いくらなんでも大げさじゃないか、その言い方は? けど、そうか。確かに、話せば少しは楽になるかもしれないし、お前には色々心配かけてしまったみたいだしな……」
流石に全部は教えられないが、話せる部分だけでも相談に乗ってもらおう。それで何か変わることはなくても、彼女の言うとおり少しは気が紛れるかもしれない。
「実は先週の木曜から、うちの親が二人とも旅行に行ったんだけどな」
「そういえばおじさん達が言ってたわね。近々旅行に行くから、彰が自活できてないようなら、出来ればわたしが注意してやってほしいって。もしかして、それで寂しくなったとかいうの?」
「なんだ、聞いてたのか。いや、それで寂しいってことはなかったんだ。丁度その日から、居候が出来てな。そいつらのお陰で、寧ろ前以上に賑やかだったからさ」
そう、本当に賑やかだった。何か話すときには片方が言うともう一人がそれに突っかかったり、食事の時は珍しくレイアが素直に褒めて依織が上機嫌になったり、依織が過激な行動するのをレイアが怒ったり、レイアのずれた行動を依織がたしなめたり。
思い返せば、騒がしくて色々大変ではあったけど、それ以上に楽しい日々だった。
「居候って……。しかも、そいつらってことは、一人じゃないんでしょ。ほんと、今更だけど彰ってお人よしね。あぁけど、それで先週の金曜は悩んでたのか」
「あぁ居候は二人だ、まぁ色々事情とか縁があったんだよ。で、あのときは家に残してきた二人が心配で色々と身が入らなかったわけだ。二人はちょっと相性が悪くてな」
「ふぅん。それで、そこから何があったの? 土日か休んだ月曜に何かあったんでしょ?」
「あぁ、ちょっと詳しくはいえないんだが月曜にレイアの、居候の一人の事情であっちの親とかと会うことがあったんだ。途中まではうまくいってたんだけど、最後の最後で失敗して、結局レイアが無理やり家に連れ帰られてしまったんだ……」
きっかけは依織の発言だけれど、あの時もっと俺が注意していたら。うまくレイアの母に説明できていたなら、あの結末にはならなかったのかもしれない……。
「なるほど、それで自分を責めたり、寂しがって落ち込んでたわけ」
「寂しがって、か。確かにそうかもな。依織がいるから誰もいないってわけじゃないんだが、やっぱりレイアのやつもいないとなんかな……」
こうして考えると、どれだけ二人のことを思っていたのかよく分かる。一緒にすごしていたのはたった一週間足らずだけど、その日数以上に濃い付き合いをしていたのだろう。
「また落ち込まないでよ。それよりその、レイアさんと依織さんは名前から察するに女性っぽいけど、どんな人だったの? まさか幼女でも囲ってたんじゃないでしょうね?」
「あー、すまんすまん。ってか幼女趣味はねーよ。そうだな……、どんなって言うと、依織は淑やかな大和撫子、レイアは逆に快活で気の強い外国のお嬢様って感じか。んで、更に言うと二人ともテレビでも見たことないレベルの美少女だな」
勿論、腰から上はだけを見れば、だけど。
流石にラミアと女郎蜘だなんて言ったら、からかうなと怒られてしまうだろう。
「……あんた、折角知り合った可愛い娘と別れたのを惜しがってるだけじゃないの?」
「いや、それもあるのかもしれないけど、それだけじゃないんだよ。あいつがいないと家が静か過ぎるし、それになんというか一度引き受けたのに、結局俺は何も出来なくてさ……」
半眼で見つめてくる奈々に言い返そうとするも、なんだかうまく言葉で言い表せない。それに見かねたのか、彼女の方からそれを言い当ててくれる。
「あぁ、責任感ってこと。確かに、彰ってばそういうこと拘るもんね」
「そうそう、それがいちばんしっくりくる。絶対に守るって言った癖に、それを俺が不注意だったせいで果たせなかったってのが一番落ち込むんだよな……」
「面倒くさい性格ね。まぁそういうとこがわたしは好きなんだけどさ。流石に責任感の方はどうにも出来ないけど、もうひとつの寂しいって方ならとっておきの解決案があるわよ?」
「とっておきの解決案……? いやまぁ一応聞くけど、何するつもりだよ?」
「わたしも彰の家に住めばいいのよ!」
「はぁっ?」
「だって二人だけなのが寂しいんでしょ? ならわたしが増えれば解決じゃない。そもそも今はそのレイアさんがいないってことは、彰と依織さんの二人だけじゃない。若い男女の二人きりの同棲生活なんて、不純よ! そんなのわたしが見張ってないと、何するか分からないわ!」
いきなりなにを言い出したと思ったら、だんだんと声を荒げヒートアップしていく奈々。戸惑う俺を無視して、彼女は更に言葉を続けていく。
「それに、わたしが行けば料理だって作ってあげられるもの。どうせ彰のことだから、店屋物ばっかなんでしょ? おじさん達にも頼まれたんだから、遠慮なんてしなくてもいいわよ。こうやって、彰の世話をするのは幼馴染の私の役目なんだもの!」
「いや、そんなのいいから……! つーか、食事はもう間に合ってるって! 依織が料理は作ってくれてるから大丈夫だから! それに、お前の親父さんも許さないだろうがそんなこと!」
奈々の申し出を必死に拒否する。勿論、それは依織との二人きりの生活を守るため、だけではない。単純に来られたら、というか依織の姿を見られるわけにはいかないからだ。
俺はもう慣れたからいいが、女郎蜘蛛の依織を見た奈々がどうなるか。とりあえず碌な結果にならないことだけは予想できる。彼女の本来の姿は、極力人に見せるべきではないだろう。
「なによ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……。彰のむっつりスケベ……」
「いや、むっつりって……。まぁ気持ちだけありがたく受け取っておくさ。そのなんだ、色々心配してくれてありがとな。お陰でなんか、すっきりしたぜ」
内容はさておき、それでも奈々が気に懸けてくれることは素直に嬉しい。それに、最初彼女が言ってくれたように、話したお陰で少し胸のつかえが取れたような気もする。
「ようやくマシな顔になったわね。まったく、優しくて可愛い幼馴染がいたことにちゃんと感謝しなさいよ。あっ、あと不純な行為は許さないからね、そこは絶対よ!」
「あぁ、感謝してるし、分かってるって。また今度、ケーキでも奢るさ」
「そう、じゃ期待しないで待ってるわ。けどそれより、もう辛気臭い顔はやめてよね、わたし的にはそっちのほうが重要よ。彰がそんなだとわたしも調子でないんだから」
「あぁ明日からはしっかり元通りといけるかは分からないが、調子は戻すつもりだ。流石に、いつまでも心配かけるわけにはいけないからな」
ここまでしてもらったのだ、いい加減しっかり気持ちに整理をつけよう。レイアのことは残念だったが、いつまでもそれで落ち込むなんて彼女も望まないはずだろうから。
「ちゃんと約束は守ってよ? それじゃ、そろそろ帰りましょうか。部活もないのに彰のせいでこんなに遅くなったんだし、かよわいわたしを一人で帰すつもりはないわよね?」
「へいへい、分かってますよ」
そんな風に軽口を返しながら奈々を家まで送り届けていく。なんだかんだで面倒見のいい幼馴染のことをありがたく思いながら。
いつのまにやらお気に入り40件いってたので御礼更新。
基本的に十件増えたときぐらいには、週二の分とは別に更新していきたいと思います。
そんなわけで第四話、『空を亡くすモノ』開始です。
今話では色々動く予定です。あと、幼女が出ます。
章タイトルが今までと雰囲気違いますが、ここはどうしても。
というか、1~3話の章タイトルが適当という……。
なので、そのうち章タイトルとか直したりする予定です。
次の更新は月曜までのどこかとなります。
それでは、今回も読んでいただきありがとうございました。




