閑話2-3(エディ視点でエディの過去)
過去話はこれで最後です。エディ視点です。次からは本編に戻ります。
僕は、絶対騙されない――。
「エディ、お兄ちゃんはなんでも知っているんだよ」
「へぇ」
彼女に紹介されたお兄ちゃんと言うのは、僕より数歳だけだけど年上のようだった。
同じ施設に住む彼女の能力は【夢渡り】。その能力を使って僕を夢に招待して引き合わせてくれた。とはいえ、この夢が誰の夢かは分からない。
「ただ……これ、けっこうむずかしいしいね」
「むずかしい?」
僕を良く分からない空間に連れてきてくれた、夢美ゆめみは、少しだけ苦しいような難しい表情をして笑った。
「他の人の夢を他の人の夢につなげるのは初めてで……なんというかバランスがとっても大変で……」
僕は居るだけだから分からないけれど、どうやら色々苦労しているみたいだ。
「いいよ。別に、紹介してもらわなくても……」
勿論こうやって秘密を教えてくれるのは嬉しい。特別だと思ってくれていると分かるから。けれどやっぱり夢美以外の人は苦手で。同じ施設の人なら、何とか喋れるけれど……他人は怖い。
「私がエディに紹介したかったの!」
「顔合わせはこれぐらいにして、現実で会ったらどうかな?」
何故かプルプルと腕を広げて震えている夢美に、お兄ちゃんはそう提案した。何というか……特徴が薄くて記憶に残せない相手だ。
起きてもう一度見ても同一人物と分からないかもしれない。それはもしかしたら、これが僕の夢ではないからかもしれないなと何となく思う。
「だって、現実ではお兄ちゃん――きゃっ!」
夢美が叫んだ瞬間、突然2人が遠くなった。何だろう。弾かれたように、すごい勢いで自分が移動している感じだ。
周りの景色も分からないぐらい速いスピードで飛ばされて、気が付いたら、目を開けていた。
「……夢」
間違いなく夢だろう。目を開ければ天井が見え、隣からは、すやすやと他の子供の寝息が聞こえる。というか、【夢渡り】の能力で会っていたのだから、僕が寝ているのは当たり前だ。
この薄暗さは、まだ夜が明けてないのかと思い寝返りをうつ。真夜中に目を覚ますのは久々だ。昔は良く眠れない事が多かったけれど、どっかのお節介のおかげで最近はそういう事もなかった。
きぃぃぃとドアが鳴る音が聞こえて、僕は寝たふりをしながら耳をすます。
先生だろうか?……でも、珍しい。
誰か体調が悪い子がいれば夜に見に来る事はあるけれど、普段はそういう事はない。
「エディ……君?」
小さな声で、夢美の声が聞こえて、僕は体を起こした。
「なっ――」
「しー」
人差し指を唇に当てて、彼女が囁く。
どうしてここに居るのだろう。夜間に他の子の部屋に行くのは禁止だったはずなのに。
「……大丈夫。何?」
「自己紹介をしようかと思って」
自己紹介? 突然、何を言って――。
そう思って、暗闇の中薄ら見える表情が、仕草が、何かが、彼女ではないと感じた。
「……誰?」
これは、誰だ?
「外で、話そうか」
そう、【誰か】は言った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
外といっても、本当に外に出るわけにはいかない。夜は家の外に出てはいけない。それがここの決まりだから。
薄暗い廊下で、僕は【誰か】と窓際に立った。
「君、結構猫かぶりじゃない?」
「何が?」
「ユメが言っていた君と、今の君、かなり違う気がするからね。ユメは、君の事をすごく可愛いと言っていたんだよね。あ、でも、もしかして警戒しているから睨んでいるのかな?」
顔は確かに夢美のものだ。背丈も、パジャマもいつもの夢美と変わらない。でも、目の前にいるのは双子と言われたら納得するぐらい、僕が知っている彼女とは違った。
「……それ、夢美の体?」
「うん。これは、僕の体じゃない。僕の体は別の場所にあって、今はユメに意識だけ招待されている感じだよ」
「彼女は?」
「寝てるよ。招待すると、維持するのに力がいるみたいだね。意識を眠らせた方がバランスがとりやすいらしいよ」
眠っている……。
「別に僕は話す事ないから、その体から出てけ」
さっきも、彼女は僕を他者の夢に連れていくだけでかなり負担がかかっている様子だった。今している事が問題ないだなんて、誰にも分からない。
それに何よりも、僕には彼が不吉なものに思えてならなかった。
「だから、僕は招待されているんだって。後、伝言だよ。弾き飛ばしちゃってごめんね。エディ大丈夫? お兄ちゃんと仲良くしてね――だって」
「……その姿で彼女をまねるの止めろ」
目の前にいるのが彼女であると錯覚しそうになる。
実際体は夢美のもので、間違いはない。だけど、違う。彼は、彼女ではない。間違えたりしない。
「ごめんごめん。そんな睨むなって。あ、もしかして、ユメがとられちゃうと思って心配してる? 大丈夫だよ。ちゃんとこの体は返すし、彼女の一番は間違いなく君だから。それに、僕の一番大切な子も彼女じゃない」
「彼女が一番じゃないなら、誰?」
「うーん。誰よりも近くて遠い子かなぁ」
「は? なにそれ」
どこかひょうひょうとっした様子の男に、イライラする。
誰よりも近くて、遠いって、謎々だろうか。どちらにしても馬鹿にしている。
「そんな睨むなって。名前を言ったって、エディ君……ちゃん? には分からないし」
「ちゃんはやめろ」
「じゃあ、エディで」
「呼び捨ても止めろ」
君はどこいった。君は。そもそも、愛称で呼ばれる筋合いはない。
「ユメはいつもそう呼んでるし。愛称で呼んだ方が仲良くなれる気がするじゃないか。僕はちょっとある場所に閉じ込められてて、会話する相手も限定されているんだよね。だからこうやって、ユメの秘密を共有できる相手とは仲良くしたいんだ」
彼女とは違う笑顔だけど、彼は人に好かれそうな笑みを浮かべた。
「僕は仲良くする気ないんだけど」
「あれ? もしかしてツンデレかい?」
「……何それ」
「エディ。もっと君は遊ぶといいよ。折角パソコンなんていう強い武器があるんだから。自分の限界を決めたら勿体ない」
「僕の能力も彼女から聞いたの?」
どうやらこちらの事は筒抜けらしい。よっぽど、心を許しているのだろう。まあ、体を貸すぐらいなのだから、当たり前か。
「まあね。ユメは、寂しい僕の話し相手になってくれているからね。いろんな話を聞いているよ。君の事も、ユメの事も、Dクラスが住む施設、この世界についても。僕は動けないからね。彼女が僕の目となってくれている」
「動けないて、犯罪者か何か?」
夢の中で会った姿は、もうあまり思い出せないが、僕よりは年上だった。でも、刑務所の中に拘留されるような年齢だっただろうか。
「僕に罪があるとしたら、僕が生まれた事だという事になるね」
「どういうこと?」
「この世界で嫌われているのはDクラスではないという事さ」
……この世界で嫌われているのはDクラスではない?
「意味が分からないんだけど」
「じゃあ、調べてみるといいよ。君は自分で調べた方が力にできるタイプだろうからね。それに今、僕が言った事を鵜呑みにはできないだろう?」
それは図星だ。
たぶんそれは彼が誰なのかが分からないからでもあり、彼女に対して害になる可能性を秘めているからでもある。
僕にとって夢美は大切な恩人であり、好きな人で、今一番守りたい相手だ。勿論そんな事、絶対彼女に言う気はないけれど。
だから彼を僕は信用できない。
「ユメはとても人を信じやすいからね。君が疑心暗鬼に駆られてそうやって警戒してくれるのは、とてもバランスがとれていい事だと思うよ」
「バカにしてるの?」
「してないさ。足りない部分を補いあえている関係だから素晴らしいと言っているだけじゃないか。ユメは誰かの為に自分を犠牲にする事ができる子だからね。彼女の代わりに、エディが警戒していけばいい」
彼女を守るのは当たり前だ。でも彼女は、夢の中まで追いかけて来るぐらいお人よしだから、確かにヒトの為に自分を犠牲にするかもしれない。
「アンタは彼女をきずつけるつもりがあるの?」
「できれば傷つけたくないというのが答えかな。寂しい寂しい僕にとっては大切な友人だからね。でも一番ではないから、それを守る為なら利用もするよ」
ムカつく。
結局答えをはぐらかされている気がしてならない。こうなったら、意地でもコイツが誰かを暴いてやる。
確かに彼が言う通り、僕にはパソコンという、大きな力がある。ネットを使えば、コイツより色んな事を知る事ができるはずだ。
「アンタの事、どう呼べばいいわけ?」
「ディとでも呼んで」
「ディ?」
偽名だよね。
名前さえ分かれば、彼を暴くとっかかりになると思ったけれど、そう簡単にはいかないようだ。
「僕の愛称みたいなものさ。英語のD。Dクラスとも繋がっているみたいで、それなりに気にいっているんだよね。エディも僕の事は兄ちゃんと呼んでくれると嬉しいな」
「ぜったい呼ばない」
僕はディには、絶対騙されない。
彼女を守るのは僕だから。
「もう寝るから。ちゃんと体は返して」
「はいはい。分かったよ。小さなナイト君」
そう言って、ディは笑った。