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閑話2-2(夢美視点でエディの過去)

過去話の続きです。

 エディの夢に突撃してから、少しだけエディとの距離は縮まった……ような気がする。

 相変わらずあまり喋りはしないが、ポツリポツリと言葉を話し、とにかく抵抗して噛みついたりという事はなくなった。

 かといって大人しくなったかと言えばそうでもなく、エディはしたくないことに対しては、とことんまで抵抗した。なので施設や学校に馴染んではおらず、ただの猿が、一応人間の真似事ができるようになったレベルだ。

 でも本当に、本当に少しだけど、私には他の人より心を開いてくれている気がして嬉しかった。

 後に、憎たらしくなるぐらい喋るようになったエディからは、私に抵抗しても仕方がないという諦めの境地に達した結果、私には少しだけ従順になっていただけだと言われる事になるが、この時の私はエディと一番仲がいいという事に優越感があった。

 お人形のような少年で、弟のような存在で、自分にしか懐いていない。これで可愛くないと思うならば、たぶんその人の感性は死滅している。


 そんなエディがある日いきなり、人間の真似事レベルから、天才へと変化した。それは、奇特な方からパソコンが送られてきたことが始まりだった。


 時折孤児院には、物の寄付がある。私たちの事を可哀想だと思う、まったたくの善意である場合もあれば、宣伝目的など様々ではある。ただどちらにしろそれに頼っていたりもするので、貰えるものはありがたく貰う。

 そして今回は、とある大和メーカーが宣伝も兼ねて送ってきたパソコンだった。パーソナルコンピューター。通称パソコンを見るのも初めてな私たちは、砂糖に群がるアリの様にパソコンの周りに張り付いた。

 キーボードというもので、文字を打ちこみ、それを印刷する。

 それだけで、私は凄いと思った。しかも描いた絵を中にとりこむこともできて、それを画面に映し出し、更に何枚も印刷する事が可能なのだ。私には魔法の箱のようにしか見えなかった。

 ただし壊すといけないという事で、使えるのは先生か、先生と一緒の時だけ。その上中学生の子は、今後就職で必要になる事もあるかもしれないと先生から教えてもらえていたが、私たちはまったく触らせてもらえず、しばらくするとあまり興味もなくなった。

 勿論羨ましいとは思うけれど、パソコンはとても高価な物なので、壊した時に怒られるのが嫌だというのもある。


 そんなある日、パソコンがおかしくなった。

 触っていたのは子供ではなく、先生だったけれど、先生もパソコンなんてあまり知らなかったようで、お手上げだったみたいだ。

 必死に取扱い説明書をめくり、【こーるせんたー】という場所に電話をかけようかとか話していた時だった。遠目でそれを見ていたエディがテクテクとパソコンの方へ歩いていった。

「エディ、どうしたの?」

 大人しく私の隣で本を読んでいたのに、その本を置いて移動するエディに声をかける。

 エディはチラッと私の方を振り返った。そして、迷うように目線を彷徨わせた後、口を開いた。

「なおせる……から」

「えっ?」

 エディはそれだけ言って、先生の方へ近づくと、その袖を引っ張る。

 そして、か細い声で何かを喋ると、パソコンの前に立った。そして何やらキーボードを押しているようだ。何をしているのか気になって私はエディの方へ近づいた。


「凄いじゃないか、エディッ!」

「……えっ、あの……」

 私がエディが何をしているのか確認する前に、先生がエディをの腕を掴んで大きな声で褒めた。

 エディはすごく戸惑った顔をして、オロオロと目線をさまよわせる。余り褒められるという事がないので、どうしていいのか分からないみたいだ。

「そう言えばエディは【電脳空間把握】の能力だったもんな。いやー、助かったよ。そうだ。その能力があれば、このパソコンで色々できるんじゃないか?」

「いろいろ?」

「例えば家計簿だって、今より使いやすいソフトも作れるんじゃないか? 表計算でやっているけど、面倒でな」

「……たぶん」

 こくりとエディは頷く。

 私には分からない単語がいくつか含まれていたけれど、エディはちゃんと理解ができたらしい。

「今度から特別エディはパソコンを使っていいから、頼むぞ」

「えぇっ。エディだけずるい!」

「狡くない、狡くない。お前が触ると、壊すだろ。適材適所という奴だ。大きくなったら教えてやるから」

 私が反論すると、先生は偉そうなことを言って笑った。

 ただ単に、上手くパソコンが使いこなせなくて、簡単に使えるようにして欲しいだけのくせに。教えてやるって偉そうなこと言って。

 むうぅと唇を尖らせて憤慨していると、不意に視界に入ったエディの青い目が、今までにないぐらいキラキラ輝いているのに気が付いた。いつだって人形のような目だったのに。

「エディ、良かったね」

 エディを見ていると、するっとそんな言葉がでてきた。私がパソコンを触らせてもらえないのなんて些細な事だと思えるぐらい、私まで嬉しくなる表情だったからだ。

「うん」


 しかしエディが喜んでいるのが嬉しかったのは最初だけだった。

 しばらくすると、エディは誰からも頼られる事になった。この施設にエディほどパソコンを使いこなせる人がいなかったからだ。それにエディは行動こそ野猿だったが、元々頭がいいので説明も上手だ。

 パソコンで分からない事があると、エディを皆が呼ぶようになった。はじめは、エディが人の輪に入っていけるのを、親心のような心境で見ていたけれど、だんだん悔しくなってきた。


 私が一番エディと仲良しだったのに。


 そう思うようになって、エディの成長を素直に喜べない、心の狭い自分が嫌になっていく。私は自己嫌悪と寂しさと戦うそんな日々を送るようになった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「……おこってる?」

 ある日、宿題をやっていると、恐る恐ると言った様子で、エディが話しかけてきた。

 エディから私に話しかけてくるなんて珍しい。しかも私の部屋にまでやって来て。

「おこってないよ」

 本当に私は特に何も怒ってはいなかった。

 普通に宿題をしていただけだ。でもエディは恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。

「最近……話しかけてこないから」

「うるさいいのがいなくていいでしょ? それに最近、エディいそがしそうだし」

 そう伝えると、エディは黙った。


 エディが忙しそうなのは嘘ではない。でも私がエディにしゃべりかけないのは、それだけでないのも事実。

 エディが誰からもちやほやされるようになって、それを見ているとイライラするようになって、見ないという選択をしたのだ。

「……よくない」

「何が」

「よくないよ。僕は、さけられるのはきらい」

「別にさけてないもん。ぐうぜんじゃないの」

 そう言って、私はうそぶく。私のちっぽけのプライドを守る為に。エディをとられた気がして、まわりに嫉妬したなんて、エディにだけは知られたくない。

 私はエディのお姉ちゃんみたいなものなのに、かっこ悪いじゃないか。


「だったら……僕をみてよ」

「何でエディを見なくちゃいけないの」

「僕を引っぱり出したのは、君だろ。夢まで追いかけてきてっ! いまさら、おいていくなんてひどいよ!」

 いつもポツリポツリとしか喋らないエディが怒鳴った。

 泣きそうな声に、私ははっとしてエディの方を見る。そして実際泣いているエディを見て、自分がどれだけ酷い事をしたのか気が付く。


 夢の中で、母親にエディはいつも置いていかれてしまう。

 きっとそれは現実に起こった事で、エディはその悪夢に苦しんでいた。

「ごめん……エディ」

 それを知っているのは私だけだったのに。

 何て酷い事をしたのだろう。そう思うと、ぽろぽろ涙がこぼれた。私のちっぽけなプライドの所為で、またエディは怖い思いをしたのだ。

「ごめんなさい、エディ、ごめんなさいぃぃぃ」

 私はエディとただ仲良くしたかっただけで、こんなつもりじゃなかったのに。

 わんわんと私が泣くと、エディは私にしがみついて涙をこぼした。偶然にも勉強をしている場所に誰もいなくて良かったと思う。

 この光景を見た人がいたら、とても驚くぐらい私たちは泣いた。


 泣いて、泣いて、泣き疲れて、真っ赤に目をはらした状態で、顔を見合わせて、私達はお互いの顔のひどさに笑った。

 そして、気が付いた。私はエディの笑顔が見たかっただけなのだと。ただそれだけの為に、夢の中までエディを追いかけたのだ。

「あのね……僕……」

「そうだ。エディ。エディに私のひみつを教えてあげる」

「ひみつ?」

「うん。私は夢でエディのかこをみちゃったし、私のひみつも知っていないと平等じゃないもんね。でも、ないしょだよ」

 私にとってエディは特別だ。

 だからエディにとっても私が特別になれるように、ひみつを教えてあげる事にする。

「今夜、夢の中でまってて」

 きっとお互いが特別なら、一番ではなくても寂しくないはずだから。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「やっほー、エディ」

 私は【夢渡り】の能力を使って、エディの夢の中に入りこんだ。

 そして、キョロキョロと周りを見わたし、首をかしげる。

「どうしたの?」

「エディの夢のふんいきが変わったような気がして」

 前は、エディのお母さんがエディを叱っていたり、エディが置いていかれる夢だったからか、部屋というイメージが強かった。でも今私が立っているのは孤児院だし、前よりも明るい気がする。

「最近は、ママの夢、見ないから」

 そう言って、エディは首を横に振った。


 エディを叩くヒステリックなあの女は、私は嫌いだからここに居なくてよかったと思う。

「エディ。私がこれからエディをつれていく場所も、連れていけるという事もないしょだよ」

「つれていく?」

「うん。私ののうりょくはね【夢渡り】といって、たにんの夢の中へ行けるのうりょくなんだけど、実は私といっしょなら他の人もつれて行けるの」

 これは誰も知らない私だけが知っている能力の使い方だ。

 夢の中の事だから、私が言わなければ誰も知る事はない。【夢渡り】には、本当は色々な使い方があるけれど、先生にも言っていない。

「す……」

「す?」

「すごいよ。僕も他の人の夢の中に行けるの?」

「うん。そうよ。でもないしょにしてよね」

 頬を紅潮させて、エディは笑顔で私を見た。尊敬するようなまなざしに、少しだけ鼻が伸びる。

「何でないしょなの?」

「これから会いに行くお兄ちゃんに言われたの。便利なのうりょくだと知られると、悪い人が私を利用しようとしてつかまえに来るから、絶対ないしょにしないといけないって。お兄ちゃんは、小さい時に悪い人につかまって、ずっと外にでられないんだって」

 私は閉じ込められたくない。部屋の外を知らない飼い猫になるぐらいなら、野良猫のままの方がいい。Dクラスと言われてから辛い事も多いけれど、でも自由で、こっちの方がマシだと思う。

「お兄ちゃんはどこにいるの?」

「分からないけれど、でもいつか絶対たすけるの。それにね、たまにお兄ちゃんに、私の体をかしてあげてるの。私の夢にしょうたいすれば、そういう事もできるのよ」

 勿論最終的な体の主導権は私にあるので、私が出ていけと念じれば、体を取り戻す事もできる。だから、夢で知り合ったお兄ちゃんがたまには羽を伸ばせるように私はたまに貸してあげるのだ。

「エディには特別教えてあげたけど、絶対、ぜーったい、ないしょだからね」

「うん」

 私は、更に念押しでエディに伝える。

「じゃあ、お兄ちゃんに合わせてあげる」


 その後私たちの密会は、エディがパソコンソフト会社のアメリカ人の夫妻に引き取られるまで続いた。

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