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閑話1-2(湧視点で綾との過去2)

前回の続きで過去話です。

「なんで君に、僕の名前を教えないといけないんだい?!」

『貴方が先に私の名前を聞いたから』

「それが何?」

 自由な世界に住む妹。

 顔はまるで鏡に映したかのようにそっくりだけれど、全然違う。僕が閉じ込められている事なんて知りもしないお気楽な少女。

 だから、僕は少しだけ意地悪したくなった。

「君に僕の名前を教えなければならないなんて義務はないからね」

『むぅぅぅ。ひどい』

 双子だとも知らずに呑気に話す君とどっちの方が酷いだろうね。

 でもその言葉は言わないでおく。もしも綾がその事をペラペラと周りに話してしまったら、僕への監視が増える気がする。


『ねえ、鏡男。そこはきゅうくつじゃないの?』

「は?」

『鏡の中はせまくない?』

 ……短い言葉なのに、今の会話だけで、凄い沢山ツッコミどころがある気がする。

「えっと、色々聞きたい事があるけれど、まずその鏡男って、まさか僕の事?」

 センスというものを全く感じさせない名前に、彼女と自分に血のつながりがある事を否定したくなる。安直もいい所だ。

『そう。だって、名前教えてくれないし』

「だからって、他にも呼び方はあるだろ?!」

『妖怪の名前は、見た目にプラス性別って事が多いと思うけど。例えば、ネズミ男とかネコ娘とか』

「妖怪?!」

 まさかの妖怪扱いに、ギョッとする。

 何がどうしたらそんな事になるのか。

『違うの?』

「……もうなんでもいいよ」

 鏡男というネーミングからして、綾も僕と同じで鏡に向かって会話をしているのだろう。

 だからって、妖怪。……ある意味子供らしい発想といってもいいかもしれないけれど。普通、何らかの能力が関係したものだとは思わないのだろうか?

 まあ、きっと、何も知らずにのほほんと生きているから、綾は無知でバカなのだろう。

「とりあえず、別にせまくはないよ。というか、何でそんな事を聞くの?」

『えっ。いじわるだし、もしかして、私を鏡の世界に引きずり込もうとしているのかなと』

「勝手に悪役にしないでくれる?」

 妖怪発想は、まあ置いておくとしても、何でそいきなり物騒なもの扱いされなければいけないんだ。失礼極まりない。

「大体、そう思うなら、逃げればいいだろう?」

 逃げられたら話せないから、僕としては凄く不満だけれど、何でそんな危険なものかもと思いながら今も呑気に話しているのか。

『鏡男はさみしくないの?』

「は?」

『鏡の世界で一人だとさみしいのかなって』

「だったら、この監獄の中で僕と一緒にずっといてくれるわけ?」

 綾は知らない。

 僕が双子の兄で、閉じ込められている事も。

 だからさみしくないのかという問いかけは、鏡男という、架空の存在に対してだ。それでも、僕に向けられたものには変わりがなかった為、少しだけ真実を交えた言葉を伝えてみた。

『いいよ』

 ……妹は本当にバカなのかもしれない。

 間髪入れずに返ってきた言葉に、僕はそれを綾が本当に思っている事なのだと思う。もしも僕に、綾を連れ去るような能力があったらどうする気なのか。今の生活を全部手放せと言われている事が分かっていないのだろう。

『二人ならさみしくないもん』

「……僕はごめんだよ。バカの相手は疲れるから」

『バカって言った方がバカなんだよ』

 ムスッとした顔で綾が子供っぽい反論する。

 でも僕の言葉にこんな風な反応をしたのは、綾が初めてかもしれない。巫女は僕に対して対等な会話を決してしないのだから。

「今のはウソだよ。綾を鏡の世界に取りこんだりはしないよ。でも、そうだね。二人がさみしくないと言うなら、また会いにきてよ」

 今まで周りにいなかった存在に対して、僕はそう伝えた。




◇◆◇◆◇◆




 あれから、毎日のように綾は鏡に現れるようになった。

 綾が鏡を使っている場所が学校なのか、時間は10時少し前か、昼過ぎごろに限定される。ただし平日のみで土日には今のところ繋がった事がない。多分その時間が丁度、学校の休憩時間なのだろう。

 巫女が居る時に繋がってしまうと不味いなと思っていたが、巫女も一日中僕を見張っているわけでもないので、特に今のところ怪しまれた事はない。

 それに見つかった時は、見つかった時だと、そんな風にも考えていた。これはただの暇つぶしなのだから。


 そんなある日、鏡に映った綾の額には大きなガーゼが貼られていた。

『不細工な顔が更に不細工になっているけれど、どうしたわけ?』

「同じ顔だと思うけど。だとしたら鏡男も不細工という事?」

『僕は知的な部分がにじみ出てるからいいんだよ』

「私も勉強がんばってるもん。鏡男は知的じゃなくて、いやみだと思う」

 ぷくっと頬を膨らませて、綾はそう反論する。

 実際勉強は頑張っているようで、テストで100点取ったなど、逐一報告してくれた。

 その時に小学生のテストなんて、100点が取れて当たり前なんだよと僕が言ったら、最近は上の学年の勉強もやってるのだと本を見せてくれる。

 一緒には暮らしていなくても双子なのだから、妹がバカだと周りから言われるのもあれなので、勉強を頑張るのはいい事だと思う。

「僕よりはバカだけどね。それで、その頭に貼ってあるのは何?」

『ガーゼ』

「綾の学校はそんな物を貼るのがおしゃれだと思っているわけ?」

『……怪我をしたから』

「【治癒】の能力の人に治してもらったら?」

 人間の体はそれなりに頑丈で、能力に頼らなくてもいずれは自然に治るものだとは聞いている。でも、そんな恰好で歩き回ったら恥ずかしいと思うのは僕だけだろうか?

『無理。Dクラスだから』

「は?」

『Dクラスは自分で治せるようにしないと』

「なんで?」

 双子の妹はDクラスだから無害とされて、外の世界に居るのだとは知っている。でもDクラスは自分で治せるようにしないとなんて、意味が分からない。

『誰も治してくれないから』

「だから、なんで?」

『Dクラスだから?』

 綾は僕が何に不思議がっているのか分かっていない様子だ。

 Dクラスという事と怪我をしているという事に、何のつながりがあるというのか。

 お互いに、意志の疎通が上手くいっていないという事だけは分かっている。多分綾の常識の部分が、僕の知らない外の世界の常識の部分なのだ。


「治してもらえないなら、なんで怪我なんてしたの」

 怪我をしたい人がいるわけがないのだから、そんな事を言われても困るだろう。でも何故治してもらえないかは、このまま綾に聞き続けたとしても、僕には永遠に理解できない部分な気がした。

『Dクラスだから』

「何それ」

 また出てきた、Dクラスという言葉。

 先ほどと同じで、まったく繋がらない。Dクラスというのは、怪我をするものだと言いたいのだろうか? でもDクラスじゃなくても、怪我ぐらい誰だってする。

『Dクラスだから、石をぶつけられた』

「どうして?!」

『よけるだけの運動神経がないからに決まっている』

 ただの疑問が、綾にはまたバカにされたように聞こえたらしい。ぷくっと頬を膨らませる。

「そうじゃなくて。……Dクラスは石をぶつけられるのが当たり前なの?」

『そうだよ』

 そうだよって。

 何の躊躇いもなく、当たり前の様に綾は受け入れている。

「怪我したら……痛いだろ」

『うん。でも、普段はちゃんと【無関心】の能力で、標的にされないようにしてるから大丈夫』

「大丈夫って、怪我をしたんだろ?」

『ちょっと、失敗してしまったから』

 能力に失敗したら、石をぶつけられるような世界が、綾が住んでいる世界なのだろうか?

 僕が想像していた世界と違う一面が見えた気がした。


『あ、あのね。もう、そんなに痛くないから』

「ウソをつけ。僕は綾の痛みはちゃんと分かるんだ」

『……鏡男って凄いね。もしかして私が怪我をすると痛いの?』

 本当はそれこそ嘘だ。

 綾の痛みは分からない。綾が僕の事を何も知らないように、僕も綾の事を何も知らない。知らずに、羨ましがっていたと気が付いた。 

「痛いよ。だから、怪我しないでよ。我慢とかされたって、ムカつくだけだから。辛い事あるなら言ってよ」

 痛いって言えよ。

 何で当たり前のように受け入れているんだよ。

 Dクラスだからって、なんだよ。

『……だって、痛がったら、みんなが……こまるから……うぅぅ』

 ボロボロ泣き出した綾を見て、受け入れているわけではないのだと思う。受け入れているのではなく、受け入れるしかないから、我慢をしているのだ。

『学校……本当は……やなの。いきたくないの』

 鏡ごしである事を、この時ほど悔やんだ事はない。

 泣いている綾に何もしてあげられず、僕はギュッと手に力を入れる。


 泣きながら話す綾の言葉にただ僕は耳を傾けた。軽口を言ってなだめる事もできない。綾の悲痛な声に頷くのが精一杯だ。

 綾が毎日鏡に顔を出せたのは、学校に友達が居ない為。一人がさみしいのは僕じゃなくて、綾の方だった。

 外は自由だと思ったけれど、自由だからこそ、理不尽も多くて、Dクラスはただそうであるだけで苛められてしまうらしい。多少の怪我なら、誰もが仕方がないと思うそうだ。

 流石に殺しは不味いそうで、その場合は相手がBクラスでも咎められるらしい。だから、綾はいっそ死にたいと何度も思ったそうだ。

 でも何度も思ったけれど、怖くて死ねなかったと泣く。

 家族の迷惑になってしまうと分かっていても死ねないのだと泣く。

「死ぬなよ」

 死にたいなんて言うなよ。

 たった一人の、僕の妹なのに。代わりはいないのに。

 監獄の中でもいい。綾をここへ連れてこられればいいのに。そうすれば、守ってあげられるのに。辛い思いをしてまで自由な世界に居なくったっていい。


 疎ましいだけの妹で、一緒に住んだ事もなくて、しゃべったのも本当に最近の話で。

 でも双子なのだと分かる。

 切り離せないのだ。確かに綾は妹で、代わりのいない存在なのだと理屈でなく分かる。


「守ってあげるよ」

 守りたい。泣いている綾を見ていると湧いてくる感情。

 僕が悪いわけじゃない。綾が悪いわけでもない。

 双子なのに鏡ごしにしか喋る事もできないのは、この世界が悪いのだ。

『……ありがとう』

 たぶん僕の考えている事を綾は分かっていない。それでも、涙をぬぐいながら笑う綾は、何よりも可愛くて愛おしかった。

 そして笑った綾は、突然鏡にキスをした。

「えっ。何?」

『あのね。お姉ちゃんがね、キスは大好きって意味だって教えてくれたの。大好きだから私のすべてをあげるっていみなんだって』  

 いっぱい聞いてくれたお礼だと言って、綾は赤い目で笑う。

 ずっと、綾が笑っていられればいい。大好きという言葉で胸が凄く暖かくて苦しくなる僕は、きっとその為に生まれたのだ。

「僕も大好きだよ」

 綾はこの先、僕以外にもっと好きな相手を見つけるかもしれないけれど。彼女が僕に向けているのは恋ではないのだけは確かで、僕もまた同じだから。

 だから本来のキスの意味とは違うのだろうけれど、僕もまた大切な妹へ祝福をした。

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