能力者の恋(8)
「……俺になんて言って欲しいんだよ」
明日香からの二重の告白に、ドキドキよりも困惑が大きくて、俺は尋ねた。
付き合って欲しいと言う割に、監視をしていたとかマイナスになりそうな事を同時に言ってくるし。そもそも挑むような告白って何だよと思う。俺が影路に告白した時は、全然違った。もっとドキドキして、できたら頷いて欲しいという思いが入っていたはず。でも明日香の告白はまるで喧嘩を売るようだ。
元々喧嘩上等な性格をしているとはいえ、これは違うと思う。まるで、俺に――。
「本音を言えば、ハッキリ、キッパリ、振って欲しいの」
「は?」
振って欲しい?
付き合って欲しいじゃなくて? いや、あの告白で、付き合うという選択には簡単には結びついてこないとは思うけれど。でも全く意味が分からない。
「佐久間が綾の事を好きなのは知ってるし、私なりに納得もしてるの。でも……それでも、色々と中途半端でケリをつけたいのよ。さあ、付き合うの? 付き合わないの?」
何という、脅迫的告白。
そもそも明日香に告白されるとは思っていなかったし、振られたいってこれは告白なのかと首を傾げたくなる。でも、明日香の目は真剣だった。
冗談ではないと、気迫で分かる。……告白に気迫があってどうするんだとも思うけれど、甘い雰囲気とは程遠い。ただし緊張感は、俺の時と変わらない気がした。
「ごめん」
「そう」
「俺は影路の事が好きで――あれ? なんで知っているわけ?」
「あれで気がつかないのなんて、綾ぐらいのものよ。そもそも、佐久間と付き合うという選択が綾の中になかったからだけど」
マジか。
というか、付き合うという選択がないとか言わないでくれ。地味にへこむから。俺はまだ影路と付き合える可能性を捨ててはいない。
影路と現在一切連絡ができない状況だけれど、まだ俺は諦めたつもりはないのだ。
「とにかく、明日香とは付き合えない。影路が駄目だから明日香となんて事もできない。……明日香の事は友達としか見ていないから」
「その方が――友達?」
「男友達っぽいというか――あっ。いや。えっと。明日香が女だってことはちゃんと分かっているから!! でも話しやすいっていうか!!」
だから蹴るなよ。
素直な気持ちを話すと失礼な言葉になるのは何故なのか。俺は慌てて穏便に済ませれそうな言葉を付け足す。でも実際、明日香とは友達でしかないのだ。影路に感じるものとはまた違う。
「……監視してるのに? 友達だと思うわけ?」
「それは仕方ないだろ? 仕事だし。俺だって、組織の命令は断れないんだしさ」
監視は現在も進行形。過去形にはならない。
でも組織の命令は絶対だし、破るなら辞めなければいけなくなる。なら、仕方がない。
「たぶん影路だってそう言うと思うけど?」
本当なら、監視をしていると伝える事ですら問題だと思う。きっと明日香はばれないように監視をしろと言われていたから、今まで内緒で監視をしていたのだろうし。もっとも俺がチクらなければバレないだろうけれど。
「馬鹿だわ。……本当に馬鹿」
「あのな――」
「ありがとう」
何故貶すと言おうとしたところで、不意にお礼を言われた。
別に影路の事が嫌いになったわけでもない。明日香の事を恋愛対象に見ようと思ったわけでもない。
でもお礼を言う明日香の笑顔が、凄く可愛く見えた。
「……お礼を言われる事じゃないし」
俺はそれを誤魔化すように、今の言葉を否定する。明日香が可愛いとか、あり得ない。
「それもそうね。佐久間が馬鹿な事は最初から分かり切っていた事だし。どんどん馬鹿さ加減を綾に見せつけて、残念な人を見る目で見られて、綾が感じている佐久間に対する特別感をぶち壊せばいいと思うわ」
「あのなー。そうやって、可愛くない事をいうから、いつまでたっても彼氏ができないんだよ」
だから何でそういう酷い事を言うんだ。
絶対俺が好きだなんて嘘だろうと言いたくなってくるけれど、これが明日香なりのけじめであって、元の関係に戻る為にあえて言ってくれているだという事も分かる。
明日香は泣かない。
たぶん誰もいない場所でないと泣けない。意地っ張りであるだけではなくて、とても周りに気を使っている奴だから。……本当にいい奴だって事だけは、知っている。
だから明日香が泣きたくないと言うなら、その意思を俺は尊重する。
「いいのよ、別に。私には、綾がいるし」
「はあ?」
「今から、佐久間とはライバルという事ね。名前で呼び合っている私達の方が仲の良さは上だけどー」
「ななななっ」
何でそうなる?!
いや。えっ? さっきまで俺の事が好きだって言ってたよな?
「あら? 私は佐久間が好きだったけど、綾の事も好きなのよね。言ってなかったかしら?」
「聞いてねぇよ。なあ、冗談だよな?」
いや。確かに仲が良いのは知っているし、影路と一緒に二人で遊んでいる事も知っているけれど。
でも女同士でって、ないよな? 友達としてって事だよな?
「さあね」
明日香はそう言って笑った。
冗談だと思いたいけれど、間違いなく俺より仲のいい二人に焦る。
「あのさー、百合とか結構好きだけどー、そう言うのはもう少し場所を考えて話してよね」
俺が慌てていると、エディが俺らの方へやって来た。
そして指摘されて、確かにと思ってしまう。何で俺らはこんな場所で告白大開をやっているんだという感じだ。
「馬鹿な事言ってないで、エディこそあの女の子と仲直りはできたわけ?」
「無理に決まってるじゃん」
エディはそう言って、唇を尖らせる。
知り合いの女の子とは何かある様子だったので一人置いてきたけれど、結局何の進展もなかったらしい。それでも、逃げ出さずにここに残っていただけ、エディとしては上出来な気もする。こいつは根っからのオタクで、引きこもりだ。
「じゃあ、さっさと話を付けるわよ」
「いいよ、別に。ちょ、明日香姉さん、待って! 待ってって!!」
明日香はエディの首根っこを摑まえて、ズンズンと廊下を進む。
……なんだか明日香のおっかなさが一段と上がっている気がするのは気のせいじゃないよな?
「あれだけ嫌われているなら、ちょっとした知り合いってわけじゃないでしょ。ここの人が近藤さんの事を知ってるのは明らかなんだから、仲良くしなさい」
「横暴だよー。自分が佐久間と丸く収まったからって、僕まで巻き込まないでよー。と言うか、夢美は僕の事嫌いだしー」
「何でいきなり飛びかかられるぐらい嫌われているんだよ」
でも、好きの反対は、無関心だと聞いた事がある。
だとしたら、エディとあの女の子は、他人と呼べるような関係ではないんじゃないだろうか。
「黙秘権を行使しまーす」
「あの子と誰かとの恋仲を邪魔したんじゃないの?」
「はあ? そんなわけないじゃん。自分が今恋愛脳だからって、僕までそのくくりに入れないでよねー」
妙にムキになって、エディが明日香の言葉に反応する。
えっ? マジで、そういう事? 二次元しか見ていないコイツが?
「あんなの、恋愛じゃないしー」
「その通りだよ。僕がしていたのは恋愛じゃないんだから」
ギャーギャーと騒いでいた為、先ほどの女の子……夢美ちゃんだっけ? かがこちらへやって来た。
「あまりここで大騒ぎしないでよ。後で説明が大変だから。僕の部屋で話さない?」
「えええ。エディさんは話す事なんてないよー」
「近藤さんの事知りたいんだよね?」
俺と明日香は夢美ちゃんの言葉に目を見合わせる。
とりあえず、エディの意見は無視して彼女について行くべきだと俺らは判断し、ずるずるとエディを引きずっていく事にした。
「男ならしゃっきり歩きなさい」
「うぅぅぅ。パンダのきぐるみを着てこればよかったよ」
パンダだったらオスだから男じゃないと言いたいのだろうか。でもきっと、パンダのきぐるみを着ていたとしても明日香に引きずられる運命は変わらなかったと思う。
そんなやり取りをしながら歩く途中で、唐突に明日香の携帯電話から音が鳴った。
「ごめんなさい。ちょっと待ってもらえるかしら?」
ディスプレイを確認した明日香は、エディを任せたと俺に引き渡して携帯に出る。慌てて出たところを見ると、組織からの電話なのだろう。
「はい。……わかりました。はい」
電話をする明日香は少し固い表情をした。何かトンデモない事が起こったのだろうか? なんとなく喋るのが憚られて無言で明日香を見つめていると、少しして明日香はその電話を切った。
「組織からか?」
「ええ」
どこか暗い表情で、明日香は俺の方を見つめる。どうしたのだろうか?
「……綾が見つかったわ」
影路が?
それは喜ぶべきことでもあるのに、明日香の表情は浮かない。何か問題があったのだろうか。
もしかして、影路の見つかった状況があまり良くないのか?……影路は怪盗へついていったのだ。影路に限って、能力を使って人を傷つけるような事はしないと思う。でも何らかの事件への加害者として関与した可能性はないとは言えない。
俺は嫌な想像を出来るだけ考えないようにしながら次の言葉を待った。
「今、病院に居るそうよ」
「病院? えっ? 怪我をしたのか?!」
何があったのか分からないが、危険な事に影路が巻き込まれたに違いない内容に、血の気がさっと引く。大丈夫なのだろうか?
しかし俺の言葉に、明日香は首を横に振った。
「怪我はしてないわ。でもどうやら、致死率と感染力の高い疫病を発症させた女性の近くに綾は居合わせて、現在隔離病棟に居るそうよ。状態までは分からなかったわ」
疫病って。
何でそんな事に?
俺は明日香から伝えられた言葉がすぐに理解できず茫然と立ち尽くす。
致死率が高くて感染力が高いって……大丈夫なのか? 影路は今どうしているんだ?
そもそも何でそんな事になっているんだ?
「今の話本当?!」
何も言えない俺とは反対に、唐突に夢美ちゃんが明日香の腕を掴んだ。
「え? ええ……」
「僕をその病院へ連れていって。僕が知っている事なら何でも話すから!!」
状況についていけない俺達よりも必死な表情で、夢美ちゃんはそう訴えた。