能力者の恋(7)
「何でうどんは回らないんだい?」
「のびるからだと思う」
回転寿司屋のテーブル席に座った湧はパネルで商品を頼んだのだが、店員がうどんを運んできたのが気に入らなかったらしい。隣でレーンを移動していく寿司を眺めながら、ぶすっとしている。
「ここは回転寿司なんだろう?」
「寿司は回転しているけれど?」
「くるくる回ってないじゃないか」
……一体どんな状況を想像したのか。
皿、もしくは寿司がくるくる回っていても、無意味な動きにしか思えない。そんな寿司屋があったら、逆にどうしてそれをしているのか聞いてみたい。
「箱庭で回転寿司屋の映像は見れなかったの?」
「そうだね。情報としては知っていたけれど、映像はなかったね。というか、食べられないのに寿司屋の映像を見せられるって、結構拷問じゃないかい?」
間違いない。
回転寿司は食べて楽しむものであって、見て楽しむものではないのは事実だ。
私はエビを手に取りながら、そもそも湧は寿司は食べたことがあるのか疑問になる。
「もしかして、お寿司も初めて?」
「流石にそれはないよ。大トロとか好きだし。それにしても、なんだかネタが小さくないかい?」
そうだった。食べ物に関しては、湧の方がセレブだった。それは先ほどの、チキンで分かっていた情報だ。
ただ湧が言っていた言葉が本当なら、いつも食べているお寿司やうどんに比べてここの商品は見劣りすると思う。しかし彼は味に関しては文句を言わずに食べていた。
「口に合う?」
「美味しいよ。綾とこうやってご飯を食べるのは初めてだしね」
そう言って、湧はうどんをすする。
湧は本当に家族団欒を楽しむために私を食事に誘ったのだろうか? でもそれは何のため? 仲良くなりたかったから?
「なんで、私とデートしようと言ったの?」
「せっかく自由になったんだから、やりたいことやらないとねー」
ドライブスルーや回転寿司デビューがやりたい事だったのだろうか?
それとも、こんな風に本当の双子のように食事をしたりする事がしたいことだったのだろうか?
「……時間がないの?」
「何の話?」
たぶん私の言葉の意味を理解しているのだと、湧の表情でなんとなく思う。鏡越しではあったけれど、小学生の頃からの付き合いなのだ。
たぶん触れて欲しくはないのだろう。
「施設に入っている人は長寿ではないし、あまり長生きだと、箱庭はすぐにいっぱいになってしまうよね」
「あのおっさん、本当に碌なことをしないな」
どうやら私の情報源が近藤さんだと分かったらしい。湧がむすっとした顔をした。でも近藤さんから言われなくても、たぶん気がついたと思う。
どうして湧がこのタイミングで、こんな無謀で危険な方法で、この国を敵に回すようなことを始めたのか。
それはきっと、そうしなければならない事情があったから。時間があるなら、湧ならこんな無謀な方法はとらなかったと思う。
「湧は、後どれぐらい生きられるの?」
「僕の能力は流行り病を操るものだから、使ったら最後この国の人は死に絶えるよ。だから能力なんてほとんど使った事がないさ。綾が心配しなくても長生きするよ」
湧は自分の能力の名前を【疾病】と言っていた。疾病という事は、相手を病気にするような能力なのだろう。
でも病気はうつるもの。この能力は誰に対しても諸刃の刃で、攻撃性は高くても使い勝手は悪い。
私は湧があの箱庭に居る理由をずっと考えていた。希少性が高いからというならば、Dクラスだって同じだ。私は自分と同じ能力の人にいまだかつて出会った事がない。
Aクラスの人よりもずっと危険な能力だから閉じ込めておくというなら、どうして最新機器を集めたり、高級な食事を食べさせたりして、ご機嫌取りをしながらそこに留めておくのか。無効化の腕輪を嵌められた湧達は、それほど強くはない。……嫌な話だが、殺す事だって出来たはずなのだ。
殺さない理由が倫理的な理由からだとしても、湯水のようにお金を使って彼らの理想郷を作る必要はない。
「湧の能力は誰かを病気にするだけじゃない……」
きっと、あそこにいる人達の能力は、誰かにとって助かる能力なのだ。その価値が高いからこそ、隔離し大切に育てる。Aクラスも同様だ。ちゃんと能力を扱えなければ危険だからというのも勿論あるだろう。
でも有事の際は国の為に働かなければならないという義務があるから、様々な特権に近い権利がある。それはそれだけの価値が、その戦闘能力にあると認められているから。
「……流行り病を操るなら、流行らないようにする事もできるという事?」
もしも病気を操り消し去る事が出来るならば、それはとてつもない価値のある能力だ。
例え不吉な予言がされてしまっていたとしても、それに目を瞑ってでも留めておきたいだろう。大切な人を守る事が出来る能力なのだから。
「だとしたら今までに何度もその能力を使った事があると思う」
世界中で何かの病が流行して、多くの死者が出るたびに、湧はその病気が大和で広がらないようにしてきたのではないだろうか。それをする事で、どれぐらいの寿命が削られていってしまっているのかは分からない。でもそれはまさに神様にしかできないような、奇跡に近い能力だ。
では何故、今までそうやって人々を守ってきたのに、彼は反逆者となったのか。
自分の命が惜しくなったとするには、今回の事はとても無謀に思える。政府に喧嘩を売ったのだ。下手をしたら寿命を待たずに死ぬ可能性だってある。
少しでも早く自由になりたかったという理由でも悪くはないけれど、何か違うのではないかと思う。そうではなくて、もしも湧がこのまま革命をせず死んでしまったら。その先に待っているものは――。
「もしかして、革命を起こしたのは私の所為?」
「綾ってさ。昔から本当に、変に鋭いよね。違うよ。僕はただ自分が自由になりたかっただけさ。だから、今僕はとても自由を満喫している」
私の導き出した答えを聞く前に、湧は否定する。
でもだからこそ……余計に私の出した答えが正しいように思えた。
もしも湧が死んだら、私達に読まれた予言は完結しなくなる。
予言は決して覆されない。それが本当かどうかは別として、この国では信じられている。つまり予言が成就していないのに湧が死んでしまったという事は、予言の対象は湧ではなかったという事になるのだ。
だとしたら、予言に読まれたのは誰なのか。
二択で、たぶんないだろうと思われ捨てられていた選択肢が、その時初めて本物だとなる。そしてもしもその予言の子供が私ならば、きっと湧と違って利用価値のない私は予言が起こる前に処分される。たとえ処分されなくても、今まで通りとはいかないだろう。
「綾とのデートは、こういう話をしたかったからじゃないんだけどなぁ」
嫌そうにぼやく湧を見て、この話は止めておく。たぶん追及しても、湧は決して私の為とは言わないだろう。だったら、聞いても無駄だ。
「革命についてはもう聞かない。だけど湧の能力で流行り病を止められるのは合っている?」
「……まあ、できなくはないね」
「そう」
「でも今すぐは死なないよ。これは、本当。あのおっさんにも聞いてみていいよ。あのお節介は、定期的に僕らを診ているから」
これだけはっきり言うなら、多分その確信があるのだろう。
でも命は目に見えない。
「だとしたら、あまり使わないで欲しい」
「そうだね。その為に、僕らは無効化の腕輪をつけているんだし」
そう言って湧は腕輪を見せる。あれは、彼らの能力を封じるものでもあると同時に、命を守るものでもあるのだろう。
「でもね。何も犠牲にしなくても手に入るものなんて、きっとないと思うよ」
「うん」
それは私も同意見だ。
犠牲という言葉まで使うと大げさな気もするけれど、何かをしたいならば、同等の何かが必要だと思う。欲しいばかりでは、どうにもならない。
「でももっと能力に頼らずに生きる事はできると思う」
「能力に頼らず?」
「私達は、たぶん頼りすぎていると思う」
Dクラスはあまり使いものにならない能力だから、ほとんど能力なんて使う事がない。私の場合は、私自身が弱いから【無関心】の能力を子供の頃から使ってしまっていたけれど、もしもなかったとしても生きていける。
「いきなり全てはなくせないし、必要な時もあるかもしれない。でも今は能力に振り回されている」
能力をクラス分けする事で仲たがいして、命を削るような能力を子供の頃から湯水のように使う。
この能力を神様が授けてくれたものだとしたら、たぶん今は使い方を間違えてしまっている気がする。神様はこんな風に誰かを不幸にしたくて能力をくれたわけではないと思う。
「綾が言っている事は正しいとは思うよ。でも理想論じゃないかな。例え能力を使う必要がなくても、能力を使う事を覚えてしまった人はきっと使わずにはいられないよ。この国は絶対変わらない。だから僕は革命をしたんだし。綾はこの革命には反対?」
「階級制度がなくなればいいのにとは思う。でも……このままいけば、たぶん別の階級制度ができるだけな気がする」
以前エディが、ゲームの大富豪に例えた事があった。4枚同じカードを出す革命。強いカードは弱くなり、弱いカードは強くなる。
それは階級がなくなるのではなく、反転するという意味でしかないのだ。
このままこの国が割れて、例え湧達が勝ったとしても、今度は湧達が特権階級となるだけ。何も変わらない。
「そうかもしれない。でも綾が僕らに協力してくれるというなら、僕はこの国で王様になる事だってできるよ。もうDクラスが虐げられる事もない」
私は湧の言葉に首を振った。
「私は協力できない」
私の能力ならば、爆弾を直前まで気づかせない事もできるだろう。
もしくは殺気を押し殺したり、そもそも何も気にせず人に危害を加えられるような人に対してなら、どんな場面でも無関心の能力を付与できる。
私一人では役に立たない能力だけれど、使い方次第ではとても怖い能力なのだ。それに気が付いたからこそ、そんな使い方はできない。
「そう言うと思ったよ。なら綾は、僕と同じ腕輪をしてくれる? 綾の能力が僕らの敵側で使われてしまうととても怖いんだ」
「分かった」
それが湧が用意したあの場所にいる条件なら。
「でも口約束だけだと心配だな。今僕の腕輪を外して、自分につけてくれないかな」
その言葉に、私は頷くと湧の腕輪を抜く。
能力がなくても大丈夫だと分かっていはいる。分かってはいるけれど、いざ無効化の腕輪をつけるのは怖いなと思う。さっきまで理想を語っていた身としては、情けない限りだけれど。
でもそれをしなければ、湧が私を信じてくれないと言うならば――。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
私が腕輪を嵌める直前に、突然店内で悲鳴が上がった。
「何?」
私は慌てて立ち上がり、悲鳴が上がった方を見る。するとそこには、血を吐いて倒れた女性の姿があった。
「誰か、救急車をっ!!」
店員が慌てて女性に駆け寄る。
しかし抱き起した瞬間、店員は女性から手を放し後ずさった。……女性の顔に、まるで病気だというような斑点があった為に。
「……湧っ?!」
病気。
それを確認した瞬間、私は何が起こったのかを理解した。そして目の前に座る湧を見る。
なんで能力を使ったの?!
そう怒鳴りつけたくなったのに、湧の笑顔を見た瞬間言葉を失う。
「綾はここに残って、あの女性に付き添ってあげて。そうしたら、彼女も、この店にいる人達も助けてあげる」
「なんで……」
「綾が少しでも僕らに同情して僕らの味方になってくれれば良かったけれど、この分だと無理そうだからね」
「そんなの最初から分かってたよね」
湧ならきっと分かっていた。
分かっていて、私を連れていってくれたのだ。
「綾が手伝ってくれないなら、僕は別の方法を取らなければならない。政府からも実は打診が来ていてね。僕が箱庭に戻って今まで通りの生活を送るなら、今回の件は穏便にすませてくれて、階級制度の廃止もこのまま進めてくれるんだって」
笑顔を向ける湧はどこまでも残酷だ。
初めから、私の力など当てにしていなかった。……たぶん、本当に兄弟のように過ごして、最初で最後の自由を満喫したかっただけ。
その為だけに私を連れてきて、手放せなくなる前に手放すのだ。
「綾は僕を殺人犯にしないよね。だからここに残ってね。デートはとても楽しかったよ」
湧の言葉に私は涙をこぼす。悔しくてたまらない。
こんな終わり方を望んでいたわけではない。
「ごめんね」
謝るなら、私を思い出にしないで欲しい。そう思うけれど、私は湧を止める言葉を持っていなかった。