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能力者の恋(6)

「ボランティアで来ていた、近藤選さんですが、最近こちらへ来られているでしょうか?」

 俺と明日香は応接室へ通され、ここの職員と向かい合わせに座っていた。

 壁には絵画が飾られていたが、子供が描いたもののようで、何だか小学校の校長室を思い浮かべる様な部屋だ。ただし調度品は骨董とは別の使いこまれた古さを感じ、裕福ではなさそうな雰囲気だ。色々節約している感がある。

 そんな中、俺らは組織に勤めている事とクラス名と名前だけ伝え。早速本題を切り出した。


「この間までは来て下さっていたのですが、最近は物騒ですので、何かあってはいけないと思いお断りしていまして……」

「物騒?」

「どうしても、孤児院はDクラス……失礼、元Dクラスの子供が多数住んでいますので、色々とありまして。貴方方も見られたでしょう? 張り紙を」

 建物の周辺に貼られた紙を思いだして、確かに何らかのトラブルが起きていてもおかしくないなと思う。

「警察には相談しましたか?」

「Dクラスの子どもが嫌がらせを受けたぐらいでは取り合っていただけませんよ。それこそ、殺人事件でも起きれば、他のクラスにも飛び火する可能性がありますので警察も重い腰を上げるでしょうけれど」

「殺人って」

「そういうものでしょう。警察も暇ではありませんから」

 さも当たり前の様に言われて、俺も否定の言葉を言えなかった。今まで、Dクラスがどういう対応されているかなんて気に留めた事もなかった為に。

 影路と出会って知ったつもりになったけれど、それは影路の一部でしかなくて、施設で育った俺はDクラスを知らない。


「それはここで育った子供が、今回の怪盗達による騒動と関わっているから連絡をされないのではないですか?」

「えっ?」

 明日香の鋭い質問に、職員ではなく俺が驚く。

 そうなの?

「いいえ。そのようなことはありませんよ」

 職員の男はにこりと笑う。そのようなことというのは、関わっている子供はいないという意味か、それとも警察に連絡しないのはそれが理由ではないという意味か……。

 男の表情はあまりに普通で全く読み取れない。

「それならいいのですが、念のため。ただ私達は怪盗が起こした事件の調査担当ではありませんのでご安心下さい。今日来たのは、近藤が事件があった日から仕事を無断で欠勤をしていまして、家にも帰っていない様子なので探しているんです。奥様も心配されていまして」

 明日香は自分達は事件を調べているわけではないと前置きをして、近藤さんの話題をもう一度出した。

 実際俺達の仕事は、混乱している町の正常化を図るために、能力での争いを諌める事がメインで、事件解決の方には関わっていない。それは色々組織で問題を起こしたエディと友人関係であるというのも関係するだろうし、そもそも俺らはそれほど立場が上ではないので、雑務が回って来る方が多いからというのもある。

 でも仕事は違っても、組織に所属している以上、協力義務はある。事件に関する何らかの情報があれば、本来上司に報告が当たり前なのだ。

「そうでしたか。しかしお伝えできるような事は何もありませんので」

「では何か出てきましたら、ここに連絡下さい。ここに書かれた番号は、私への直通の電話になります。これは私たちの個人的なお願いですので、ここで得た情報は一切組織には伝えないことをお約束します。それと、何か私達で力を貸せるような事がありましたら、その時も連絡下さい」

 

 明日香は踏み込んだ割にあっさりと引くと、名刺を職員に手渡し立ち上がった。俺も明日香につられるように立ち上がる。

「一緒に来た同僚が今知り合いと話していると思いますので、もう少し滞在させていただいてよろしいでしょうか?」

「ええ。構いませんよ」

 見られて困るものはないと言うかのように挑む様に言われた気がしたが、明日香は冷静にありがとうございますとだけ答え部屋から出た。

 何というか……俺らに対してあまりこの職員は良い感情を持っていない様な気がする。口調は丁寧だけれど、返答がどうにも親身と言うよりは義務的な感じなのだ。

「あ、あの」

「何でしょうか?」

 Dクラスは今までずっと理不尽な立場に居て、そうでなくなった今でも、やっぱり嫌がらせを受けたりする立場なのだ。

 能力を使った事による町の混乱の正常化は俺らの仕事だけれど、ああいった嫌がらせを止めるなどの仕事をする事はない。……自分達が辛い時に助けない奴の頼みなんて、やっぱり知った事ではないだろう。

 それでも――。

「よろしくお願いします」

 俺は深く頭を下げた。

 彼に対して俺が言える言葉はない。ないけれど、影路に繋がる手がかりは欲しい。だからお願いするしかない。


 俺はお願いするだけすると、職員の返事を待たずに明日香に続いて部屋の外へ出た。すると先に出た明日香が少し驚いたような表情で俺の方を見る。

「……何だよ」

「佐久間の事だから、空気を読まずに突っかかっていって、問題を起こすかと思っていたから」

「俺の事なんだと思ってるんだよ……。まあ、前だったらそうしただろうけど」

 たぶん以前だったら、自分の仲間である影路が行方不明でなどという説明をしながら、勢いで話させようとしたと思う。それが上手くいくかどうかは別として。

「以前?」

「前から何か周りと違うなと思っていなかったわけじゃないけどさ、最近俺はやっぱり知らない事が多いんだなと思ってさ」

 勿論Aクラスとして生まれて、施設で育って、そのぶん能力の扱い方とかは周りより知っていると思う。でも俺は影路が見ている世界を全く知らない。

 Dクラスの生徒が自分達は何もできないと思ってしまうような世界を知らない。クラス階級で自尊心の為に相手を見下したり、逆に羨ましがったりする世界も知らない。

 だから、ここに住むDクラスとして生まれてしまった子供を守ろうとする人より、俺の行動が正しいと言う事は出来なかった。

 彼と俺は守りたいものが違うのだ。

 

「俺はあの人の立場がどうなのか分からないけれど、ここを守ろうとしているのは分かるからさ。だからあの人が出来る範囲で協力してもらう為にはお願いするしかないと思ったんだよ」

 俺の意志を押し通すことはできると思う。

 Aクラスはやっぱり相手を脅せるだけの力とか立場とか、色々あるんだと思う。階級がなくなってもそれはまだ変わらない。

 でもそれを理解したなら、今はするべきではないと思う。

「お願いだけでもあの職員、カルチャーショックで寝込むかもしれないわよ。でもおかげで色々譲歩も考えてくれるだろうから、あそこで佐久間が頭を下げるのは有効だったとは思うけれどね」

「かるちゃーしょっく?」

「佐久間がDクラスの事を何も知らないんだと思うように、私を含めてあの職員もAクラスを知らないの。特に組織に勤めたり協力した事のない人は関わる機会なんて皆無だもの。私は佐久間を知っているからいいけど、そうじゃなきゃ、AクラスがDクラスに頭を下げるなんて度胆を抜かれるわよ」

 そういうものなのか。


 それがいい結果に結びつくなら、別にかまわないけれど。

「それよりも、俺は明日香が凄く冷静だった方が驚きなんだけど」

「一応、年上なんだから。ちゃんとする時はちゃんとするわよ」

 年上だという事を忘れていたわけではないのだけれど、明日香の交渉は、基本拳と拳で語り合うというか……脅しだよなと思う事が多々あるのだ。つい最近も、子供相手に能力で脅したよなぁと思う。

「能力で脅した方が良い時と悪い時の分別はつくっていう意味よ。そういう顔をしないでよ。こういう事は似合わないってのは分かってるんだから」

「別にそんな事言ってないだろ」

「驚いたって言ったじゃない」

「それは……まあ」

 似合わないと言っているのも同じだと思い言い淀む。悪い意味というわけではないのだけど。

「分かってるって言ってるでしょ。そんな困った顔しないでよ。余計にみじめになるわ」

「いや、本当に。何というか、素直に驚いたんだって。似合わないとかじゃなくて、すげーなって」

 どうにも交渉ごとは俺は苦手だから、元々そういう事に長けていなくても出来るって事が凄いと思う。

「なんていうか、カッコいいよな」

「それって、女性に対する褒め言葉じゃないわよ」

「うっ」


 明日香のツッコミに俺は詰まる。でも、それ以外の言葉が見つからないんだから仕方がないだろと俺は言いたい。

「でもありがとう。悪い気はしないわ」

 明日香が笑った事で、何だかドキッとする。いや、別に綺麗だなとか見惚れたわけではないけれど、何かを吹っ切ったような顔にみえたのだ。でも吹っ切るような事なんてないよな。

「Aクラスと違って、Bクラスは色々やらなくちゃいけない事も多いの。苦手な事でも多少は出来るようになるわ。……例えば私は、DクラスやAクラスの監視とかもやっているのよ」

「えっ?」

 突然話が変わり、俺は上手く反応できずに、マジマジと明日香を見た。

 えっ? 監視? DクラスやAクラスの?

「元々佐久間の事を任務中に監視する仕事も請け負っていたの。それと最近は綾の事も。理由までは教えてもらってないけれど」


「……何で今、言うんだよ」

 明日香も影路の事を同じ気持ちで探しているのだと思っていた。これも組織に命じられてやっていると言いたいのだろうか。

「いい加減、嘘をつき続けたくなくなったのよ。そうじゃないと、同じ立場に立てないし。それにアンタ達と過ごして、組織で生きていく事にちょっとうんざりしてたの。その上で聞いて」

 明日香は俺から目を逸らさなかった。

「綾と合流する前に伝えておくわ。私は佐久間の事が好きよ。できたら付き合って欲しいと思ってるわ」

 明日香は恥じらいとかそう言う表情ではなく、まるで挑む様に俺にそう言った。

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