能力者の恋(4)
「……ふぅ」
近藤さんが部屋から出て行ってから、私は深くため息をついた。
マッサージをしてもらって体は楽になったはずなのに、近藤さんにすごく怪しまれているのか、チクチクと能力で『何』をしているのかを聞かれ続けた為に逆に疲れてしまった。
私は現在滞在している場所で信用されていないのは知っている。ここに居られるのは、湧の双子の兄弟であるという理由以外にはないからだ。
でもあれだけチクチクと聞かれると、結構堪える。もっとも私も近藤さんから聞き出せるだけの情報を聞き出そうとしたのだからお互い様かもしれないけれど。
「私自身、まだ何が出来るのか分かってないから答えられないのに」
今私が【何をしようとしているのか】を近藤さんはしきりに聞きたがったが、私自身【自分に何が出来るのか】を模索している途中なのだ。近藤さんが求める答えは、そもそもない。
今の私は色々自分の能力で分かってきた事を纏め、更にできる事を増やそうとしているだけだ。この結果によって、私は今後を選べると思う。
そして私が自分自身を知って行く事で、私達へ読まれた予言が具体的に何をする事なのか知れる気がするのだ。無理やり湧が予言が成就した事にしてしまいたい理由も分からなくはない。でも私はこの結果が成就ではないと思う。
とにかくだ。私の戦いは終わってはいない。
今のところ能力で新しく分かった事は、私の能力は先に別の能力をかけられた人に使う事が出来ないという事だ。能力の効かなかった、明日香達、それと小鳥遊さん達の共通点は、既に別の能力をかけられて居た点。明日香は【魂替】を、小鳥遊さんは【無効化】と能力に違いはあれど、条件は同じ。
さらにここで生活していて、今も無効化のブレスレットをしている人は、私の能力があまり効いていない気がする。
ただし逆に【無関心】が効いている状態で、別の能力をかけられた場合はどうなるのかというのは、まだ確認はできていない。他者へ影響を与えるタイプの能力と言うのは、意外に少ない。その為今までの生活では、そんな場面に遭遇する事がまずなかった。
ただもう一つ私の能力の特性で変わっているのは、血を他者に能力を付与できるところだろう。エディはその有効範囲を認識の問題だと言っていた。
そしてその認識は人だけでなく物、さらには能力にも可能だと気が付いた。
湧と話していた魔法の鏡は、私ではない別の誰かの能力で作られたものだ。私は能力に別の能力を足したから常に【無関心】が発動してしまう変な能力になったと考えていた。でもそもそも能力に別の能力を足せることの方が稀なのだ。
佐久間や明日香、それにエディは私の様に付与はできない。
だとしたらあの結果は能力による奇跡という言葉だけで終わらせるものではないだろう。そこで考えたのが、もしも【鏡】に対してではなく鏡にかけられた【能力】に対して【無関心】を付与してしまっていたと考えたらどうかと。鏡にかけた能力者が誰でどういったものかは分からないけれど、たぶん鏡に一定量の力を込めて自分自身と切り離す事が出来るタイプの能力だったのだと思う。【無効化】の能力の人が作ったブレスレットと同じ原理だ。
そんな切り離された能力への付与が行われたため、私の力ではなく込められた力を使って【無関心】は発動し続けているのだろう。元々私の能力は低燃費で、多少疲れはするものの長時間使い続ける事が出来る。だから上手くいっているのだと思う。
「後はもう少しこれを、思った通り使えるようになれればいいけれど」
エディの言う通り、【無関心】にできるものが認識によって決まるのだとすると、目に見えないものに対してというのは結構難しい。鏡にかけられた能力に対してはほぼ無意識で行っている。意識的に目に見えないものを自分であると思いこむには、もっと分かりやすいルール付けをした方が良いだろう。
血=私というのは既に私の中で根付いている。だから佐久間に血を付ければ佐久間に、USBフラッシュメモリーに血を付ければそれが【無関心】の対象となるのだ。でも逆にそのルールは強すぎて、今更血を付けたところで佐久間の能力に付与するとうのは難しい。
少し考えたのはパンダの能力に付与した時の方法だ。でももう少しルール付けに関して明確にした方が、更にできる事が広げられるのではないかという事に気が付いた。
「でも中々、難しい……」
私が思っている方法が本当にできるのか。
考え出すと不安になるけれど、立ち止まっているわけにはいかない。たぶん私がゆっくりとしていられ時間はあまりないだろうから――。
「綾っ!!」
「何?」
バンと突然扉が開かれ名前を呼ばれたが、私は首を傾げた。
扉の向こうに居たのは湧だったが、湧が訊ねて来る理由が思い浮かばない。
「デートをしよう」
「……誰が?」
「綾が」
「誰と」
「僕と」
……兄弟で外出してもそれはデートと呼んでいいのだろうか。
湧の唐突の思いつき的な行動に、私は何とも言えず沈黙してしまう。元々私自身デートなんてしたことがないけれど、何が違う気がする。
でも湧のおかげでここに滞在できているのだから、外出に付き合うぐらいはした方が良いだろう。
「さあ、さあ。綾は運転免許を持っていたよね。あ、でもちょっとその格好はないなぁ。これとか、これなんていいんじゃないかな?」
湧は私をベッドから立ち上がらせたと思うと、背中を押したが、途中でふと気が変わったのか勝手にクローゼットを漁り、ベッドの上にワンピースを放り投げる。
服なども私が用意したものではないので、私の私物ではない。でも何というか、もう少し遠慮というものはないのだろうか。
「別に服なんて何でも構わない」
「僕が構うんだよ。同じ顔なんだから、もう少しまともな服を着てよね。流石にジャージはないよ」
「これは近藤さんがマッサージをしてくれたからで……」
確かに、ジャージで外出は、ちょっとあれかとは思う。コンビニへ買い物に行くぐらいなら気にならないけれど、湧がどこへ行こうとしているのかが分からない。
車の免許を気にしていたから、遠出の可能性も高い。
「ふーん。あのおっさん、出入りしてるんだ。まあ、制限をかける気はないからいいけど。とにかく、ほら着替える。僕は外で待ってるから」
「えっ? 椅子に座って待っててくれていいけど。あ、用事があるなら――」
「ちゃんと着替える様にっ!」
私の声を遮るようにして湧は部屋から出て行った。
別に下にズボンをはいた状態でワンピースは着れるし問題ないのだけどなと思うが、伝える前に出て行ってしまったので仕方がない。
湧ってこんな性格だっけ? と思うのは長時間湧と話す事がなかったからに違いない。まあ、でも今はそんな事を考えるより早く着替えて湧の所へ行った方が良いだろう。
私はいそいそと、湧が出した服を着こんだ。
◆◇◆◇◆◇
「では、ラッキーチキンセットです。ありがとうございました―!」
湧が商品を受け取ったのを確認すると、お姉さんの綺麗な笑顔と元気なお礼の言葉に見送られながら、私は車を前方へ発進させる。
「凄いね。車の中で商品を選んで買うってどうやってやるんだろうと思ったけれど、先に注文をして、移動するまでに商品を準備するんだね」
「湧が来たかったのってここ?」
いわゆるファストフードの、ドライブスルーで商品を購入しながら、それほど遠出でもなかったなと思う。私が今滞在している場所からそれほど遠くはない。
「そうだよ。でも翔達もドライブスルーをした事がないって言うからさ。綾ならあるかなって」
「別に中でも買えるよ?」
「中で買ったら自慢できないじゃないか」
……ドライブスルーだったら自慢できるのだろうか?
それほど珍しいものではないと考えたところで、湧達は箱庭から出た事がなかったのだと思い出す。だとしたら、こんな普通の事でも感動してしまうのかもしれない。
「あれ? クリスマスなのに、なんで鶏なわけー? CMしてるから来たのに。安っぽいなぁ。クリスマスなら七面鳥の丸焼きじゃないの?」
……ただの特権階級か。
隣で買ったばかりのチキンセットを開けながら、先に食べて文句を言っている湧をチラッと見ながら、同情するのもまた違うなと思う。
湧は湧で、私の知らない世界を知っているのだ。とりあえず私は、七面鳥の味は知らない。私の家のクリスマスはいつでもから揚げだった。
「嫌なら食べなくてもいいと思う」
「何で? こんな体に悪そうな物食べてみたいじゃないか!」
……謎だ。
何で体に悪そうな食べ物を食べてみたいのか。さっぱり分からない。
「じゃあ次は、回転寿司に行こう!」
「えっ。今ご飯は調達したんじゃ……」
「寿司が回るんだよ! 全然意味が分からないよ。チキンは持ち帰ればいいからさ、回転している寿司はそこでしかないんだよ」
回転寿司ではなく、私には湧の行動の方が謎だ。全然意味が分からない。
食の弾丸ツアーでもするつもりだろうか。
「あ、あそこで石焼芋焼いてるよ! いしやーきいも、おいも~ってなにそれ」
「とりあえず、回転寿司に行く」
本気で、湧の興味のままに動いたら食の弾丸ツアーだ。高いものではないので財布の危機は免れるかもしれないけれど、胃袋の危機である。
私は近くの100円寿司の店へ向かって車を走らせた。