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能力者の恋(3)

「んっ……」

 我慢をしようとしたが、口から声が漏れる。

 痛い。でも、気持ちい。

「声を我慢しなくてもいいんだよ」

「でも……あっ、痛っ」

「でもここ。気持ちだろう?」

 焦らすように言われ、私は涙目で……でも頷いた。

「素直になってごらん?」

「気持ちいです……あっ」


「昼間から、何やってるんやっ!!」

 バンと扉が開けられ、突然関西弁で翔に怒鳴りつけられた。

「何って、足マッサージだけど?」

 私が答えるよりも早く、近藤さんが翔の質問に答える。やっぱり、昼間から一人リラックスするのは不味かったようだ。

 しかし、心身ともに疲れている所で、久々に会った近藤さんからの甘い誘惑に私は負けた。相変わらずツボ押しが上手だ。

「へ? マッサージ?」

「翔は何だと思ったんだ? ……このスケベッ」

「ちゃうわ。あんたらが紛らわしいんや!!」

「紛らわしい?」

 何が紛らわしかったのだろう。

 私が首を傾げると、もうええわと言って、翔は顔を赤くしながらぷいっと横を向いた。

「影路ちゃん。こういう奴をムッツリって言うんだよ」

「誰がムッツリや」

 背けた顔をすぐにこちらへ向けて叫ぶ翔は、本当にノリがいいなと思う。

 

「……まったく。近藤さんも、何で影路ちゃんの部屋におるん?」

「ずっと部屋に籠っていたら、心の方が疲れてきてしまうからね。少しおじさんが話し相手になってあげようかなと思っただけさ。影路ちゃんとは知らない仲じゃないからね」

「おっさん、言い方がいちいちやらしいで?……別に俺らは影路ちゃんの行動制限はしてへんよ? むしろ積極的に俺らの仕事を手伝ってもらいたいぐらいや」

 私は湧と話した後、結局どこへ行っても迷惑をかけてしまうと判断し、彼についていく事にした。そしてついてきた彼の仲間が作ったアジトで、私は再び近藤さんと再会する事になったのだ。

 基本的に私はここの掃除などは無関心の能力を使った上で手伝うが、余りここにいる人達とは関わりを持たずにいる。それはまだ私の中で今後が定まっていないから。今は流されるべきではないと思い、慎重に動いていた。

 そんな私の部屋へ、近藤さんは度々顔を出してくれている。


「私は手伝うとは決めていないから」

「わかっとる。湧にも散々釘を刺されとるんや。無理強いはせえへん」

 分かっていると再度念押しで言われながらも、私自身かなりの我儘を言っているとは思っている。

 手伝わないなら私は本来ここを出て行くべきだろうし、彼らは追い出す権利を持っていた。しかし湧は、ただ私をこの部屋に置ておく。そして湧は最初の約束通り、私を守る為に翔達にも無理強いをしないように伝えてくれていた。

「せえへんっていうなら、何でお前はそんな頻回この部屋へ来るんだ? 影路ちゃんに気でもあるのか?」

「ちゃうわ。湧に殺されてまうから冗談でもそういう事は言うなや。そもそも行くたびにおる、近藤はんには言われたないわ。俺はただ、仲ようしとけば、そのうち影路ちゃんが絆されるかもしれへんと思ってや」

 とてつもなく、馬鹿正直な理由だったが、全く悪気のない笑顔に、私も怒る気は起きなかった。そもそも、何もせずここに滞在している事の方が本来は間違っているのだ。どうにかして利用しようと考えられたって問題はない。

「ほら。とりあえず今はマッサージ中なんだから、お前は出てけって。それとも、影路ちゃんの生足見たいわけ? やーん、エッチ」

「ちゃうわ! ええか。もしもこのおっさんに変な事されたら、大声上げるんやで」

 そう言って翔は真っ赤な顔をしながら部屋の外へ出て行った。

 それを見送りながら、近藤さんは我慢できないとばかりに肩を震わせて笑う。

「本当に、佐久間といい、Aクラスは素直だからからかうと面白いな」

 翔とは反対に近藤さんはかなり性格が歪んでいるようだ。


「あまりやりすぎると、嫌われると思います」

 でもこうやってからかっていても、近藤さんは私とは違い彼らの味方だ。好んで嫌われるような事をしなくてもいいのにと思ってしまう。

「別に嫌われたっていいさ。俺はここでの仕事さえできればいいし」

「あぐっ」

 唐突にかなり痛い足ツボを押されて私は呻く。

「ここが痛い人は、能力を使い過ぎで疲労している人だよ。影路ちゃん、色々無理しているんじゃないかな?」

「そんなには……。昔から能力は良く使っていたから」

 確かに無関心の能力を長時間使うと疲れるけれど、私の場合は子供のころからよくやっている事なので慣れている。

「まあ、影路ちゃんの場合は、普通に体力を消費するだけだから休めば何とかなるだろうけど、無理をし続ければ、いずれ倒れるよ?」

「……体力を消費するだけじゃない人も居るんですか?」

「まあね」

 私は近藤さんがさらっと落とした情報がとても大切なものな気がして聞き返すが、近藤さんは流してしまう。

 それでも、たぶんそれは私が必要としている情報だと直感が告げた。


「体力を消費するだけじゃないなら、何を消費するんですか?」

「影路ちゃんは今の所それじゃないから関係ないよ。あ、ちなみに、影路ちゃんの大好きな佐久間も、瀬戸ちゃんも、ついでにエディも違うから安心していいよ」

 わざと話をずらしているらしい近藤さんに、どうしたものかと考える。

「誰かそうではない人を知っているんですか?」

「俺の元嫁だよ」

 確か近藤さんは、美紀さんでDクラスと以前話してくれた。あの時は、佐久間達の試験で演技もしていたけれど、美紀さんが病死したのは本当だったはず。

 ……あえて例として上げるのを病死した妻にするのは答えたくないと言っているのだろう。ここまで言われてしまっては、私も聞く事が出来ない。

「……すみません」

「謝る必要はないさ。それで、俺も聞きたいんだけど、影路ちゃんはいつまでここに居て、『何』をしようとしてるのかな?」

「期間は特に決めていませんが、Dクラスである私が今まで通りに派遣の仕事へ行くのは難しいので、今の状態が落ち着くまではここに――ミギャッ」

 酷い。

 グリグリトさっきの痛いツボをさらに押され、私は叫んだ。

「ツボを押したら叫ぶほど痛いなんて、能力を使って何をやっているんだい?」

「何って……普通に使っているだけ」

「影路ちゃんの能力は今は体力を使うだけだけれど、今後も同じとは言えないからね。俺も昔は【手当て】だけの能力だったけれど途中で【病視】も出来るようになったわけだし。もしも影路ちゃんが自分の能力を今までと違う使い方をしようとしているなら、それだけの負担は自分へ跳ね返ってくるんだよ」

「近藤さんは、体力を使うだけの能力じゃないんですか?」

 今の話ぶりからだと、近藤さん自身が何か違うものを消費しているという事になる。

「今は俺の話じゃなくて、影路ちゃんの話だよ」

「痛い……そういう脅しは、良くないと思います」

 都合が悪くなると痛いツボを押される、大人げない行動をされて、私は恨めしげにつぶやく。


「俺は汚い大人だからなぁ。で、おじさんは思うわけよ。クラス階級はなくなったけれど、まだまだこの混乱は終わらないかなと。これまでにDクラスと呼ばれた人はその事を忘れないし、呼んだ人も忘れない。いっそDクラスがこの国で決定的な勝利でもしない限り、この国はDクラスの事を犯罪者を見なして差別し続けると思うけど?」

 今回あった出来事が記憶から薄れるには時間がかかる。

 そしてクラス階級の事はきっと私の様に、生きている限り忘れる事はないだろう。

「だから影路ちゃんがいうように、落ち着くまでとしたら、影路ちゃんはほぼ一生この中に居る事になると思うけど」

「一生は居ません」

「じゃあ、いつまで?」

「私がやるべきことを決めるまでです」

 このまま武装して、Dクラスが弱くはない、駄目な人間の集まりではない事を世界に知らしめればいいとは思えない。かといって、私はDクラスであった事を忘れ、佐久間達に協力する事は多分できない。

 

 私がエディと行動していた間に起こった事は、湧にここへ連れてこられてから大体把握したつもりだ。

 その時花園さんの様な、普通の高校生の子も今回の暴動に参加した事も知った。花園さんと私に違いなんてなくて、彼女が一方的に悪いとは私には言えない。

 そして湧の事も、私は責められない。彼は私の友人で、湧の考えてきた事を否定はできない。

 そんな風に誰が悪いとかそういう事を私は決して言う事が出来ないけれど、でも今の状況が良くないのは分かる。これが、湧が望む【世界の壊し方】なら間違っている。

 そもそも今の状態では、皆が少しだけ素直に色んな事をしているだけで、決して階級制度の世界は壊れていない。対立すればするほど、階級制度はより強調される。

「だから私は色々知ろうと思います。前の奥さんと近藤さんは何を消費して能力を使っているんですか?」

「こだわるね」

「知る必要がある事だと思うからです」

 これから私が消費するかもしれないもの。そして、今も誰かが消費しているかもしれないもの。


「仕方ないなぁ。俺はDクラスの子の頼みには弱いんだよね」

「……前の奥さんがDクラスだからですか?」

「そう言う事。Dクラスは孤児として同じ施設で育つから家族的な意識が強くてね。アイツは死ぬ前に手助けしてやってくれって言ったからな。こんな状況じゃ、病気にかかってもDクラスは医者にかかれない可能性が高いと思ってね。だから俺はここに居るんだよ。影路ちゃんと同じで、俺もある意味中立さ」

 どこまでが本心かは分からない。近藤さんは自分自身の事を汚い大人だと言ったのだから。

 でもまったくの嘘でもないのも事実だ。彼は、ここで医者のような役割を果たしていた。

「で、影路ちゃんの質問だけど、体力とかそういうもので補えないほど大きな能力を使う時は、絶対とは言えないけれど、たぶん命を使っているんだと思う。俺も今までに良くできたなぁと思うような奇跡を体験した事があってね。でもその時は体力を使っている様な感じはしなかった。だからちょっとそれから色々調べたんだ。で、たどり着いたのが、普通じゃ考えられないような大きな能力を使っている人は短命って事だったんだよ」

 ……大きな能力とはどの辺りまでを指すのだろう。

 佐久間は体力を使うタイプだと近藤さんは言っていた。でも、だったら――。

「Aクラスは危険な仕事を請け負う事が多い上に、血の気も多い。だから殉死という事は多いけれど、施設から出てこないAクラスは山ほどいる。だとしたら、そんなAクラスが長寿だと、【施設】はとっくに定員オーバーだろ?」

 色々否定をしたくなるような情報だったけれど、それを否定するだけのものを私は持っていなかった。

「それで、影路ちゃんは自分の能力で一体『何』をしようとしているのかな?」

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