能力者の恋(1)
「ごぉぉぉらっ! お前ら喧嘩するな」
「うわぁぁぁっ」
「何するんだよっ!!」
俺は道端で能力を使った喧嘩をする小学生を風を操って引き離す。宙ぶらりんにされた小学生達がジタバタと暴れるのを見て、俺は何やってるんだろうとため息をついた。
怪盗Dとその仲間が暴れまわってから数日経った。
影路が怪盗Dの手を取って消えてしまってから俺は影路と連絡できずにいる。すぐさま影路を追いかけたかったけれど、明日香は気を失っているわ、周りには怪盗Dの仲間がわんさかいるわで、ほぼ何もできず、気が付けば、俺自身が組織に回収されていた。
明日香を助ける為だったという名目のおかげで、無断で箱庭に入った事に関しては特に咎められる事はなかった。明日香自身も被害者という事になっている。
でも影路の事に関しては……正直誰が何を考えているのさっぱり分からなくなった。
このまま組織を信じていてもいいのか。
ただ分かるのは、たぶん影路は何も悪くないという事と、怪盗と今も一緒に居るのではないかという事だけだ。
だから俺は少しでも怪盗に繋がりそうなDクラスの事件をこなす様にしている。その先に影路が居ると信じて。
「放せよ、おっさん」
「俺はまだ二十歳だ。誰がおっさんだ。ったく。能力使って喧嘩をすると、他の人に迷惑がかかるから駄目だって小学校で習うんだろうが」
俺はジタバタ暴れる小学生に注意をする。……絶対こいつらは影路が居る場所なんて知らないよなぁと思うが、こいつ等を小学校に連れていくまでが仕事だ。
「Aクラスは喧嘩してもいいのに、何で俺らは駄目なんだよ」
「……Aクラスは、もうないだろうが」
影路と箱庭に潜入している間に、変わった事があった。それは、この国のクラス階級制度だ。テレビ中継で、花園というDクラスの少女が政府の偉い人を脅していたのは俺も見ていた。
その前もDクラスがいろんな場所で暴れまわったのを知っている。
その結果が、この階級制度の撤廃だったようだ。
あれ以来元Dクラスは要観察対象として、組織に見張られる事になったのだが、階級制度がなくなった事によっておかしくなったのはDクラスだけではなかった。
様々な鬱憤が溜まっていたのか、あちらこちらでDクラスに見せかけた犯罪が起こったり、能力を使った喧嘩が絶えなくなり、警察だけでは処理しれない案件が組織の方にも回って来るようになったのだ。
クラス分けはなくなったけれど、でもだったらAクラスのような子供をどうしていくのかなどの問題も残っているしで、治安はぐちゃぐちゃだった。
中には無効化の能力者の力で、大和に住む全員が能力をなくせばいいのではないかという意見の行き過ぎた派閥もあったりと、この国の方向性は不明瞭になってる。仕事だって、能力を使っての仕事をしていたりするのだ。今さらこの国から能力を一切なくしたら成り立たないだろうに、どうするんだという感じだ。
「あ、このおっさん、きっと元Aクラスだよ」
「だったら何だよ」
「Aクラスって馬鹿なんだろ? ったく、馬鹿な大人の所為で俺らが迷惑してるつーの」
「って、誰が馬鹿だ。馬鹿って言った奴が馬鹿なんだ――」
バシンッ。
小学生に大人への口の利き方を教えていると、俺は頭を背後から叩かれた。
「――何するんだよ」
「何するじゃなくて、何してるのよ。子供相手に大人げない。馬鹿扱いされても仕方がないわよ。実際馬鹿だし」
「明日香、もう少し俺へのやさしさってないわけ?」
箱庭に潜入した時にいた明日香はちょっと積極的過ぎて驚きもあったが、結構可愛かったのに、今は以前よりも鬼だ。
もっともあの時の明日香は明日香であって明日香ではなかったらしいけれど。
あの後影路が居なくなり、明日香は意気消沈していたけれど、しばらくすると俺と同じようにDクラスが関わる仕事に積極的に関わるようになった。明日香もまた影路を探している。
「とりあえず、貴方達は一度小学校に連れていきます」
「うっせぇ、ババア。子供の喧嘩に口出すんじゃねーよ」
「おい、お前ら」
俺は無謀な小学生を止めようとしながらハラハラと明日香を見る。
明日香はな、元BクラスでAクラスじゃないけどな、怪盗達に警戒されるレベルで超凶悪な物理的な能力を持ってるんだぞ。
「子供の喧嘩なら、素手で殴り合いなさい。能力を使うんじゃないの」
明日香の口調は優しかった。
でもそのやさしさが、怖い。
「例えば、こんな風に――」
ドシンッ。
明日香が足踏みをすると、地面にクレーターができた。エディー辺りなら、アニメのようだと喜びそうだが、小学生たちには物騒な結果にしか見えなかったようで顔を青ざめさせた。勿論俺の顔も同じ様になっていると思う。
「――能力を使って相手が死んでしまったら困るし、道路に穴が開いても周りの迷惑でしょう?」
コクコクコクと小学生は無言で頷く。
「それと、目上の女性の事はお姉さんと呼びなさい。お母さんにも間違ってもババアなんて言っては駄目よ。いい? 返事は?」
「「「はいっ!!」」」
軍隊で鍛えられているかのように俺らはビシッとして返事をした。
「アンタまで、何で返事してるのよ」
明日香に呆れたような目で見られたけれど、俺はここに居合わせた奴は誰だってこうなると思った。
◆◇◆◇◆◇◆
「二人ともお帰りー」
組織に戻ると、エディがひらひらと手を振ってきた。
いい加減、コイツは捕まるべきだと思うが、人手不足の組織では、エディの能力はとても有用で、結局継続してここで働いている。
ただし、組織の仕事以外での能力使用は認められず、無効化のブレスレットを退社時には嵌められるのだけれど。ブレスレットはつけている本人は取り外せない仕組みのものだ。でも一番騒ぎを大きくしてい居た奴なのに、この程度で済むとか、本当に運がいいと言うか、なんというかだ。
「暗い顔してるけど、まだまだ仕事はあるから頑張ってね」
そう言ってエディはクリアファイルに挟まれた仕事をひらひらと見せる。
本当にうんざりするほど、仕事がある。本来なら俺らの仕事じゃないだろと思うが、人手不足だから仕方がないと言えば仕方がない。
「春日井部長が居れば、もう少しマシなんだろうけどね」
今回の事件の首謀者が春日井部長の息子だった為、現在彼女は関係がないか拘束され取り調べられている。
風の噂では、一貫して黙秘を貫いている為、なかなか出てこれないのだという話も聞く。もしかしたら、息子のだけではなく、娘についても聞かれているのかもしれない。更にその二人に読まれた予言についても。
だとしたら彼女は黙秘を続けるだろう。だって今更なのだ。ずっと彼女は20年近く黙秘を続けていたのだから。
「ちなみに新しい代理部長は、既に役立たずの屍だよ」
部長のデスクを見れば、電話が鳴り響く中、書類の山に顔をツッコんでいる人がいた。
春日井部長より能力が低いわけではないと思うけれど、代理の岸波さんは何撤かしては沈没するという行動パターンをしていた。ちなみに3撤目の岸波さんは使えないので、寝ててくれた方がいいと言うのがもっぱらの俺らの評価だ。
たぶんうまい仕事の手の抜き方を知らないのだと思う。いきなり他部署に回されてご苦労様な人だ。
「中々怪盗に繋がるのが当たらないんだけど、何かないの?」
「怪盗もしょっちゅう活動してるわけでもなさそうだしね。今はあの時に中心で動いていた人達は皆雲隠れしちゃっているし、次の機会を何か模索してるのかもしれないよー。まあ、こっちは数うちゃ当たるで行くしかないんじゃない? Dクラス同士は繋がっている可能性が高いんだし」
そうなんだけど、数うちゃ当たる作戦は、本当に数が必要だから、岸波さんじゃないけれど、結構疲れてきている。
「とりあえず、僕のお勧めはこれかなー」
そう言ってエディは一つのファイルを俺らに差し出してきた。
「これって、前に佐久間が入院した病院じゃないの?」
「ちょっと、色々人手が足りないから助けて欲しいらしいよ」
「人手が足りないって、明らかに俺らの仕事じゃないだろ」
医療現場に俺らのような素人ぶち込んでどうするんだという話だ。
「でもさ、ここではまだ近藤さんの奥さんが働いているんだよね。あの日以来、出社してこなくなった近藤さんの事、気にならないかい?」
そう言ってエディは近藤さんの勤務状態を表示させたパソコン画面を俺らに見せた。