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箱庭の恋(8)

「勿論、喜んで」

 私が湧の手を掴んだ瞬間、私は湧に引っ張られ抱きしめられる格好になった。佐久間は湧の事をもやしと称していたけれど、私よりは確実に高い身長と強い力を持っていそうだ。力勝負になれば絶対私が負ける。


「影路っ!!」

「ゲームは僕の勝ちだね、佐久間君。バイバイ」

 湧はおどけたように言って佐久間をからかうと、私の目を手で覆う。

「少し酔うって聞いているから目を閉じて」

 酔う?

 その意味が分からなかったが、私は目を閉じた。

「もういいよ」

 数十秒ぐらいしか目を閉じていなかったのに、すぐにそう言われて私は何だったのだろうと思いつつ目を開いた。


「……瞬間移動?」

 こんな体験を以前もした事がある。あの時は【位置交換】の能力だったけれど。

「瞬間移動と言うか【空間移動】の能力かな。綾と落ち着いて話したかったから、【空間移動】の能力の人に僕らを移動して貰ったんだ。距離はさっきの場所からそんなに離れていないよ。遠くなればなるほど、時間がかかるし」

 私は先ほどまで廊下にいたはずなのに、応接室のような場所にいた。

 ここが箱庭の中なのか外なのかは分からないけれど、湧と私以外は誰もいない。

「最初から私をここへ連れてくる手筈だったの?」

「まあね。そうじゃないと、タイミングが良すぎでしょ。まさか綾から僕の手を取ってくれるとは思わなかったけれど。それで? 色々聞きたいと言ったけれど、まずは自己紹介するべきかな?」

「春日井湧なんだよね」

 エレベーターの中で鏡越しではあったが既に私は湧と自己紹介は交わしている。結局佐久間に伝えるタイミングがなくて、驚かせることになってしまった。私が色々黙っていた事を、佐久間は怒っていないだろうか。

 できれば嫌われたくない。でも今湧と一対一で話しているのは、自分の我儘を通した為なのだから仕方がない。

「そう。僕の名前は春日井湧。綾の双子の兄。Aクラスで能力は、【疾病】。この世の病気をどんなものでも起こさせることが出来る能力さ。疾病は英語でdisease と言うから、怪盗Dと名乗っているんだよ」

 湧は何も隠すことなく、私に自分の能力を打ち明けた。能力を打ち明けるという事は、私を信用してくれているのだろう。……今も私を侮っている可能性も否定できないけれど。

 それにしても【魂替】、【空間移動】、【予言】に【疾病】。箱庭の能力者は、佐久間よりも何だか神様により近いような能力を持っているようだ。

 あ、でも。【空間移動】に似た板井さんの【位置交換】はDクラスに分類されているし、類似した系統の能力ならば他のクラスでもあるかもしれない。

「でもDは、綾がDクラスだったからという理由もあるよ。クラス分けは今でも好きではないけれど、綾とお揃いというのはいいなぁって。僕らは全然双子らしい事が出来ていないからね」

「……双子らしくしたいの?」

「そうだよ。おそろいの服着たせいで、毎回名前を間違えられていじけてみたり、終始べったり一緒に居て、でも意見が食い違ったりして喧嘩してみたり、食べ物とか同じじゃないとこっちの方が良いって取り合いになって喧嘩したり」

「喧嘩をしたいの?」

「一例だよ。一例。喧嘩をしたいわけじゃないんだ。でも双子が喧嘩をするって普通の事だろう?」

 確かに兄弟喧嘩は当たり前という。

 一緒に住んでいて、一番年が近くライバルになりやすいからだろう。

「でも湧とは隣には居なくても、十分喧嘩をしたと思うけど」

 湧はどうだったか知らないけれど、私は双子だと知っていたわけではない。それどころか、顔が同じだった事もあって、鏡の精やら並行世界の私かなと思っていたぐらいだ。

 それでも、私達は普通に喧嘩する事もあったと思う。鏡男と私がずっと呼んでいたのも、何か喧嘩が発端だった気がする。


「それもそうだね。でも僕は普通な事がしたかったんだよ。本当なら体験しただろうことを。……綾は僕らに読まれた予言は既に聞いているよね」

「私達のどちらかが、世界を壊すというものの事なら」

 この物騒な予言が私達を普通から遠ざけただろうことも。

 でも私と湧の能力を考えると、私達が常に一緒にいるという状況は起こらないようにも思う。きっと予言がなくても湧はAクラスで私はDクラスだ。

「うん。だから、まずはその予言を成就させてあげる事にしたんだ。いつその予言が起きるのかBクラスの人達はビクビクして僕を閉じ込めたわけだからね。予言さえ起こってしまえば、僕を閉じ込める意味はなくなるだろう?」

「成就って何をするの?」

 物騒な言葉に私はギョッとする。世界を壊してしまったら、私達だって生きてはいけない。予言だから覆らない事かもしれないけれど、でも成就ではなく、阻止しなければいけない事だ。

「成就は既にしたんだよ」

「えっ?」

「何も、本当に世界を壊す必要なんてないよ。そもそも世界という言葉はどうとも捉えられると思うんだ。映像の世界とか歌の世界みたいに、前に言葉を足すだけで違うものを指すだろう?」

 世界の捉え方?

 湧に言われて初めて、世界と言うのは曖昧な表現だと気が付く。地球を指して世界ともいえるし、大和だけを指しても世界と表現できる。

 歌舞伎の世界や学者の世界と同類の者の集まりだって世界と表現できる。

「僕が壊したのは、この国の制度さ。能力による格差のある世界。それの根本には、能力ごとのクラス階級制度がある。今頃政府は階級制度の廃止を発表していると思うよ」

「……階級制度の廃止?」

 何それ。

 いつの間にそんな事が起こっていたのか。私は新聞やテレビのニュースで、そんな騒ぎを見た記憶はない。


「別に驚くほどの事でもないさ。火種は僕だけじゃなかったのだし。もうずっと前から燻っていたんだよ。とりあえず、立ち話もなんだから座ろうか」

 湧に言われ、私はソファーに座る。といっても、リラックスする気分にはなれず、柔らかすぎるソファーは居心地が悪かった。

「一体、湧は何をしたの?」

「何だい、怖い顔をして。まるで僕が悪い事をしたかのような目で見ないでよ。僕はずっとこの中に居たのだから何も出来ないさ」

 確かにそうかもしれないけれど、ドリームに夢を通して何か指示を出していたに違いない。そんな私の考えを言葉にしなくても湧は察したらしく、肩をすくめた。

「僕がやれる事と言ったら、火種同士を結んで風を送ってやることぐらいで、本当に何もしていないよ」

 湧はテーブルを挟んで私の前に座ると、緊張感なく笑った。

「今回の場合はDクラスの鬱憤が爆発して、彼らが一斉にいろんな場所を襲ったという感じかな。その中心をドリームに任せている。元々Dクラスは、親に捨てられて、同じ場所で兄弟のように育つ事が多いからね。BクラスやCクラスよりも結束力は固い。勿論今まで通りでいいと思っている子もいただろうけれど、仲間だからそれぞれ協力をして、今の政治家達を襲って、階級制度を廃止する要求を飲ませたんだよ」

「襲ったって、それは犯罪……」

「そうだよ。でも犯罪と分かっていても、今の理不尽を変えたいという意志の方が強かったのさ。Dクラスの一番の強みは自由である事だから。彼らは革命を起こす自由を選んだんだ」

 革命。

 それはずっと前にエディに言われた言葉だ。


「でも既に革命が起こったなら、私の能力は必要ないと思うけれど」

 革命が終わってしまったというならば、私にできる事はないと思う。それなのにどうして湧達は私の能力を必要とするのか。

 何が本当なのかを見極める為、湧をじっと見つめた。嘘をつかれても見抜けるように。

「そんな事ないよ。まだクラス分けの撤廃しかしていないからね。人の気持ちの中で、Dクラスは劣っているという感情は残っている。だから僕ら革命軍には力が必要何だよ。だから例えば無関心の能力を使って、ミサイルなどの武器を奪っていくのもいいと思うんだ。武器を持っているだけで、抑止力にはなるしね。勿論綾は能力の継続をする事だけに専念してもらうから、安全な場所居られるよ」

「ミサイルって……そんなものを持ち出したら――」

「うん。ただの戦争だね。国内で起こっているから、内戦かな?」

 しかも湧は革命軍と言った。

 軍という言葉を使うという事は、争うという意志があるという事だ。


「私は協力できない」

「綾ならそう言うと思ったよ。荒事は苦手だからね。でもDクラスである綾は、佐久間君達と一緒にいる事は出来ないよ。この国は、もう割れてしまったのだから」

 今湧が話した通り、本当に組織がDクラスを敵とみなしているなら、確かにAクラスであり、組織に所属している佐久間達とは一緒に行動出来ないだろう。もしかしたら私は組織で働いていた実績もあるので捕らえようとはしないかもしれない。

 でも私は自分の気持ちの中で、組織に協力してDクラスの人と敵対する事も出来ない。

「何で、こんな事をしたの?」

「何でだろうね」

 答えるつもりはなさそうだ。でも、湧を突き動かしているものは何なのだろう。閉じ込められたことに対する恨みとかだろうか?

 そんな事を考えていると、湧が再び私に手を差し出した。

「綾が協力したくないと言うなら強制はしないよ。予言は僕に読まれたものだからね。でも行く場所がないなら、僕と来なよ。そうしたら、綾の事は僕が守ってあげる」

 私は差し出された手をどうするべきかと、戸惑いながら凝視した。

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