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箱庭の恋(7)

 私はある事に気が付いた瞬間から、ずっと必死に怒りを鎮めようと努力していた。

 私の能力は自分自身の感情の起伏に弱い。冷静でいなければ、能力が解けてしまう。

 明日香や小鳥遊やパンダだけではなく、湧にも能力が効いておらず、若干意味はなくなりつつあるが、翔と呼ばれた青年には、私の能力が効いていた。だとしたら、私はまだ能力を解くべきではない。

 攻撃性の低い能力である私が使える手札は少ないのだから。


「明日香達を元に戻して」

 湧も小鳥遊と同じ無効化のブレスレットをつけているので、能力は使えなくなっている。だとしたら、今の私と湧は同じ条件だ。何とか言葉で説得させるしかない。

 私は色々な感情を抑えるようにして伝えた。 

「それは、綾次第と言いたい所だけど。いいのかい? 彼女は、綾を監視して組織に報告していたんだよ?」

「監視ってなんだよ?」

 佐久間も知らなかったようで、訝しげに湧にたずねる。

「理由までは具体的に聞いていなくて、Dクラスの組織協力者だから綾が裏切らないか詳細な能力のデータが必要だと命じられてだとは思うけれどね。でもどちらにしても綾を信頼なんてしていなかったってことさ」

「だから何?」

 私はいらだちを極力抑えながら尋ねる。湧が言いたい事は分かる。

 明日香が、私の事を友達だと思っていなかったと湧は言っているのだ。もしかしたら明日香は普段から、仕事として私に付き合ってくれていたのかもしれない。

 でもそれは明日香しか知らないことであり、さらにそれに対して私がどう感じるかを湧に決めつけられることでもない。

「監視されていたとしても、私が明日香をここままにしていいという理由にはならないから。でも私がこう言うという事も分かって、明日香を人質にしたんだよね」

 私に湧が出す条件を強制をさせる為に。


「まあ一応人質の意味がないわけではないけれど、綾の周りをうろつくBクラスが目障りだからという理由が大きいかな。それに監視が付き続けていると、綾に会うのも一苦労だからね」

「人質って何だよ。だから、明日香がここに居たのか?」

「あれ? まだ気が付いていないんだ」

 佐久間に対して、湧が意地悪く笑った。

 私もこのことに気がついたのはさっきだし、勘に近い部分もある。今だって、湧が否定しなかったから、私が考えてた事が正解だったと確信できただけだ。決して佐久間が鈍いというわけでもない。

「佐久間。明日香はずっと私達と一緒に居たの。ね、明日香」

「みゃっ」

 私は足元に居たパンダを抱きかかえる。

 結構ずっしりと来るが、何とか持ち上げる事ができた。慣れない体で大変だっただろう。アスファルトを歩き続けた所為で、手足が痛そうだ。


「はあっ?」

「パンダと明日香の中身が入れ替わっていたの。湧は最初から明日香を脅して、私達をここに連れて来るように仕向けていた」

 だからパンダ姿の明日香はずっと私達について来て、鍵を盗み出す時は手伝ってもくれたのだ。多分それをしないと、元の体に戻さないと言われたのだろう。

「つまりその子は、保身の為に綾達を僕の所へ連れてきたって事だよ」

「元々私も佐久間も湧をここから連れ出す為に向かっていたから、何も問題はない」 

 あくまで明日香を裏切り者にしようとする湧に、私はきっぱりと伝える。私は明日香に裏切られたなんて思っていない。もしも組織に居る間に気が付けていたとしても、きっと私は明日香の体を元に戻す為、ここへきたはずだ。


「どうやって明日香とパンダの中身を入れ替えたの?」

「俺がやったんや。俺の能力は【魂替】。いわゆる、魂を入れ替える事が出来る、神様みたいな力なんやで。凄いやろ」

 そう自慢しながら、翔が一歩前に出た。大げさに手を動かす翔の手にはブレスレットの姿はない。つまり、彼の能力は現在も無効化されていないという事だ。

「別に今すぐ綾ちゃん達の魂を俺らの仲間と入れ替えてまうこともできるんやで? アホな事考えんと、湧の話を聞いたって――」

「あのさ翔。ちょっと綾に馴れ馴れしくない? 何で名前で呼んでるわけ?」

「ええっ。ちょ、マジでそんなんでキレんといてや。ただのコミュニケーションやん。シスコンが過ぎると引かれるで。ほらほら、綾ちゃんも変なとこで話の腰おられて困惑しとるし」

 別に困惑まではしていないが、相手に苛立ちを覚えさせる程度に緊張感はないなと思う。

 ここが湧にとって地の利があるからかもしれないし、私達が湧の条件を必ず飲むだろうと確信しているからかもしれない。

 つまりは私達は舐められているという事だ。

 佐久間はAクラスだけど、私はDクラス。更に明日香という人質もいるし、湧の仲間の方が人数も多い。条件はかなり不利だ。

 でも舐められているなら、まだチャンスはある。


「それもそうだね。じゃあ、僕の条件を出すよ。綾。僕と一緒に世界を変えよう。僕について来て欲しいんだ」

「はあ? ふざけるなよ。何言ってるんだ」

「ただのAクラスには関係ないよ。まあ、君も手伝いたいていうなら、手伝わせてあげるけど」

 湧はそう言ってブレスレットを嵌めた手を私に差し出した。明日香を巻き込んだ事は許せないけれど、湧もまた、私にとっては友人なのだ。その手を払いのける事は出来ない。

 だから私はその手を握り返さない代わりに尋ねる。

「例えば私が湧についていったとして、湧は何をしてくれるの?」

「影路?!」

「そうだね。まず、瀬戸明日香を元に戻してあげよう。それと、エディに出した条件も叶えてあげよう。僕はもう二度と夢美の体を使わない。これでどう?」

 果たして、湧は本当にその条件を叶えてくれるだろうか。口約束だけで信用してもいいのか、私はじっと湧を見る。

「私が今頷いたら、すぐに明日香を戻してくれるの?」

「ここでは無理かな。彼女の能力で暴れられると、流石に大変だからね。僕らは箱庭で育っただけあって、か弱いからさ」

「ただのもやしって事だろうが。影路、そんな条件飲んだって、アイツが嘘をつくかもしれないんだからな。なっと言っても怪盗の親玉なんだし」

「そうかもしれないね。でも条件を飲まなければ、瀬戸明日香はこの先もずっとパンダのままかもよ?」

 湧は意地悪く笑う。

 からかっているのだろう。双子とはいえ一緒にいままで育ってきたわけではない。その為表情をジッと見ていたが、湧の考えを読み切る事はできなかった。

 

 私は持ち上げていた、明日香パンダを地面に下ろす。

 このまま、湧の手を取ってしまうのが一番楽な方法だろう。誰も傷つかない。湧が嘘をついていないという事だって考えられる。でも嘘だった場合、私は明日香がパンダのままでいる事を知らずに過ごしていく可能性もあるのだ。やはり何としても、目の前で能力の解除は行ってもらうしかない。

「なあ。俺がここで、綾ちゃん……分かった。睨むなや。ごほんっ。えっと、影路ちゃんの体と仲間の体を入れ替えて、体だけ攫う事もできるんやで。湧とは違って俺に必要なんは、影路ちゃんの能力だけなんやし。せやから、これは湧の慈悲や。無理やり攫われたら、影路ちゃんも嫌やろ?」

 確かに体を入れ替えてしまえば、私を攫うのはもっとも簡単だろう。

 でも最初からそれをしなかった。明日香とパンダを入れ替えて、人質にする非効率な方法を選んだ。その理由は何か。

「……きっと、それでは意味がないから」

「ん?」

「私と貴方の仲間の魂を入れ替えても、何の問題解決にもならない。だからしなかった。つまり能力は魂の方に付随しているという事ではないの?」

 私達の能力は遺伝しない。親と子の能力は全く別だ。

 それは能力が神様に与えられたものだからと考えられている。でも遺伝をしないなら、肉体の方に能力の源があるとは限らない。そしてあえて彼らがこんな方法を取ったのは、もしも翔の能力で私の体を攫ったとしても、無関心の能力を使う事が出来ないからに違いない。


「パンダちゃん、お願い。ここを燃やして」

「いいよー」

 私は振り返ると、明日香の体に宿るパンダにお願いした。会話の間大人しくしていてくれたパンダは、笑顔全開で能力を振るう。

 次の瞬間炎が空間に炎が現れた。

「あつっ。えっ。炎?! マジ?」

 突然現れた炎に反応しきれなかった翔が慌てる。でも翔が炎に反応できないのは、私の狙い通りだ。これは私の能力との掛け合わせだから。

 この方法は、エディに私の能力についての考察をしてもらってから考えていた事の一つだ。でも今は上手く行った事に安堵している暇はない。

 私は炎に驚いている湧の手から、無効化のブレスレットを抜き取ると、私から意識がそれている翔の手にそれをはめた。


「きゃっ」

 次の瞬間、明日香とパンダが倒れた。意識が突然なくなったようで、足から崩れる。

「おい。明日香大丈夫か?」

 倒れかけた明日香を、佐久間が慌てて支えた。それを見届けながら私は翔と湧をまっすぐ見る。もう後戻りはできない……私は今すぐに答えを出すしかない。

「やってくれるやん。俺の能力を無効化させるなんて」

「酷いなぁ。綾は僕の事を信用してくれないんだ」

 スプリンクラーが動き部屋の中が水浸しになる中、翔と湧が私に話しかけた。翔は苛立ちを隠す様子もなかったが、湧が怒っている様子はない。そう見せているのか、それとも最初から私が何かをすると越していたのか。

 分からないけれど、その落ち着きが不気味でもあった。

「勿論。現実の湧の事を、私は何も知らないのだから信用できなくても仕方がない」

 私は何も知らない。知らないまま、ここに居る。

 このままでは、何が一番いいのか私は判断できないだろう。だから――。

「だから、色々教えて」


 私はブレスレットのない、湧の手を握った。

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