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箱庭の恋(6)

「えええええええええええっ?!」

「みゃああああああああっ!!」

 

 俺はパンダと一緒に叫び声を上げた。

 突然、ここに居るはずのない明日香が走ってきて俺に抱き付いたかと思うと、続けざまに、影路に、影路にっ!!

「何でだよ!!」

 俺は残酷な現実に叫び、膝をついた。

「友達じゃなかったのかよっ!!」

 

 どうして。どうして。

「どうして、影路とキスしてるんだよぉぉぉぉぉっ!!」

 ちくしょう。

 俺もまだしてないのに。というか、出来るかどうかも怪しいのに。勢いとはいえ、影路の唇が奪われるなんて。

 影路も、ほら。ショックを受けて――。

「貴方は、誰?」

 ――ショックを受けているかもしれないけれど、影路はいつも通り冷静だった。うん。影路なら、そう言う反応だと思ったよ。

 なんだか俺の方がダメージが大きくて悲しい。

「とても明日香に似ている。でもここは、明日香が居るはずがない場所。そして、私の能力が貴方にも効いてない」

「……わすれたの?」

 明日香は、悲しそうな顔をした。その顔は明日香らしくないけれど、でもやっぱり明日香にしか見えない。

 でも影路が言う事ももっともだ。ここはAクラスのみが入れる施設。明日香はBクラスの能力者だ。ここに居るはずもない。


「彼女は瀬戸明日香です」

 影路の質問に、小鳥遊が答えた。

「明日香ではないよね」

 しかし影路は小鳥遊の言葉を受け入れず、まっすぐに明日香を見た。

「ちがうよ」

「みゃみゃみゃみゃ」

「ちょ、お前は黙ってろって」

「みゃうにゃっ!!」

 明日香(仮)が何かを喋ろうとしているのに、パンダが煩い為、俺はパンダに静かにするように伝える。

「……分かった」

「えっ。何が分かった?!」

 この間まで、パンダの言葉は分からないと言っていた影路なのに。

 いや。分かったのはパンダじゃなくて、明日香(仮)の方か。


「小鳥遊さん、この鍵の開く部屋まで連れていって」

「分かりました」

 小鳥遊が進むので、影路は明日香に腕を組まれた状態で歩いて行く。その後ろを俺も歩いた。

 当初の目的は確かにそれでいいのだけど、良くこんな混乱するような場面で影路は冷静に居られるよなと思う。

「影路、怖くないのか?」

 これからやろうとしているのは、エディを助ける事ではあるけれど、犯罪でもある。

「明日香も居るし、エディもバックアップしてくれているから」

 どうやら影路は、この明日香(仮)を明日香と認めたらしい。

「たぶん一人なら、もっと怖かったと思う。だから、佐久間。ありがとう」

「へ?」

「佐久間のおかげで、私は変われたと思う」

 振り返った影路は、笑顔だった。

 

 その顔に、俺はギクッとする。……ん? ギク?

 ドキッじゃなくて?

「お、俺だって、影路と出会えて良かったと思ってるんだからな」

 何で、こんな永遠の別れが来るような空気になってるんだ?

 別に『さようなら』と言われたわけではないのに。改まって言われてしまったせいだろうか。

「ありがとう」

「お礼を言われるような事じゃないって」

「うん。でも。ありがとう」

 もう一度お礼を言われ、俺は何も言い返せなくなる。

 俺と影路が出会って、一年ぐらい経つ。出会った時は、俺がAクラスだからか線引きされていたけれど、最近は感じなくなっていた。

 でも今また、お礼を言われているのに、線を引かれたような気がした。

 俺はたまらなく不安になって、影路の手を掴む。

「影路っ」

「……良ければ耳を塞いでいますが」

「なっ。いや。大丈夫だから」

 俺らのやり取りを聞いていた小鳥遊がチラリと振り返った。気を効かせるなら、最初から聞かないふりをしてくれればいいのに。

 なんとなく、エディがリア充爆発しろと悪態をついている姿が頭に浮かんだ。


 エレベーターで階を移動し、しばらくして俺らは部屋が並ぶ場所へたどり着く。

「なあ。ここに住んでいる人に誰にも会ってないんだけど」

 変なところへ連れていこうとしているわけじゃないよなと、小鳥遊に声をかける。箱庭は、Aクラスの施設の中にはあるけれど、俺は一度も入った事がないし、正しい方へ進んでいるのかどうか分からない。

「ここの住人は、基本各個室から出る事はありませんので。身の回りの事や、教育は巫女が請け負っております。個室から出るのを許される時はご両親との面会時のみです。ただし箱庭内のみですが」

 ずっと部屋から出られないのか。

 いた仕方がないとはいえ、何だか可哀想になる。でも俺も施設の中に居た時は外の世界があんなに広いと思っても居なかった。きっとここで暮らす人は箱庭が全てだと思っていて、世界なんて知らないし不幸ではないだろう。

 知らずにいる事はある意味幸せかもしれない。

 ただ俺は、安全なここよりも、外の世界で暮らしたいと思っているけれど。

「小鳥遊さんは、部屋から勝手に出られるの?」

「私は思想教育過程を終了し、問題がないとされましたので。巫女となり、一生をこの国の為に使うと決めた者は、個室外に出る事が出来ます。そうでなければ、他の方のお世話をする事もできませんから」

 確かに巫女が身の回りの世話をするのに、巫女まで引きこもっていたら、意味がない。


「こちらの部屋になります」

 ベージュ色の普通の扉だ。鉄格子がはまっているとか、そう言う事はない。

 とうとう本当に、中に居る人物を開放するのだと思うと、ドキドキする。

『ピピーィッ』

 あ、影路はそうでもなさそうか。

 全くためらうことなく、影路はカードキーを差し込んだ。それと同時に、解除される音がする。相変わらず度胸があるというか、冷静だ。

「何だコレ」

 ドアの向こうは、草原だった。

 確かにドアはあるけれど、部屋ではない。そこには大自然が広がっていた。

「草原モードの部屋だよ。折角お客が来るからね。僕のお気に入りの部屋にして見たんだ」

 草原の中から、一人の男が現れる。影路がエディから聞いた話にが本当ならば、コイツが怪盗Dの本体。今、世間を騒がしている、親玉か。

 近づいてくる男は、俺と同じぐらいの年齢のようだ。黒髪黒目の大和人顔。それほど長身ではないけれど、低くもない。

 ……何となく誰かに似ている気がしたが、具体的な名前は出てこなかった。


「この草原は、ただの映像だよ。僕らが飽きてしまわないように、部屋んは沢山の仕掛けがある。ここは、子供の為のおもちゃ箱のような部屋さ」

「そう」

「会い変わらず、綾は冷めてるね」

「これでも驚いている。でも、さっき入口で似たような光景を見たから」

 そう言って、影路はため息をついた。

「綾って、お前、馴れ馴れしくないか?」

 俺だって、未だに名字読みのままだというのに。何で下の名前で呼んでいるんだ。

「馴れ馴れしくて当然さ。僕と綾との仲だもの」

「どんな仲だって言うんだよ」

「綾、まだ伝えてなかったの? 僕らの関係を」

 妙に親しげに影路に話しかける男にイラッとする。

「関係って何だよ」

「お互い裸を見た事があるような関係さ」

 裸を見た?

 えっ? 裸?

 俺はショックで呆然としてしまう。そんな。裸を見せ合うような関係って――。


「湧。私は生まれたばかりの頃の記憶はないから」

 そんな影路まで、親しげに下の名前で呼んでいるだなんて。

 ……ん? でも、生まれたばかり?

「佐久間。彼は私の双子の兄弟の春日井湧」

「……えええええっ?!」

 影路の双子の兄弟? あれ? 怪盗Dじゃなかったのか?

「私は生まれてしばらくして、影路家に引き取られたから、実際に会ったのは初めてみたいなもの」

「いや。えっ、そうだとしても、何か親しげというか」

「ふふふ。実はね。双子には特有のテレパシーというものが存在し――」

「佐久間で遊ぶのは止めて」

 テレパシーってマジ? と思うと、全部を効く前に影路が眉をよせて待ったをかけた。


「佐久間ごめん。話すのが遅くなって。えっと、話せば長くなるから……。それもいいわけでしかないかもしれないけれど」

 影路が申し訳なさそうな顔をする。

「でも、湧が兄弟だという事は、少し前に気が付いたばかりだったの。それまでは、道具を通して話をする友人で……」

「友人? 怪盗と?」

「怪盗という事も知らなくて。信じられないかもしれないけれど」

 そんな偶然あり得るだろうか? 

 でも、影路が嘘をついているようには思えない。影路は、あまり喋る方ではないけれど、今まで嘘をついた事もなかった。

「分かった。俺は影路を信じる」

 例え、ここで怪盗が何か言ったとしても、俺は影路を信じると決めた。そもそも怪盗の話を信じる方がおかしい。

 するとパチパチと怪盗が手を叩く。

「素晴らしい友情だね。誰かから、何を言われても壊れないなんて」

「お前なぁ」

「褒めているんだから、怒らなくてもいいだろう? じゃあ、ようやく綾が来た事だし、取引をしようか。ただ、またここの扉の鍵がかかると面倒だから、一度外へ出よう」

 怪盗に言われ、俺らもこの草原の中に閉じ込められるのはごめんだと思い廊下へ出た。ドアはずっと小鳥遊が持ち待っていたので、オートロックになっているのかもしれない。


 廊下に出ると、今まで人など誰もいなかったはずなのに、いつの間にか人が集まっていた。

 いつの間に。10人程度だけど、先ほどまで誰もいなかった場所なので驚く。

「よう、湧。現実では、初めましてやな」

 集まって来ていた人の一人が怪盗に声をかけた。

かける?」

「そうや。夢の中よりイケメンやろ。それで、湧のお姫さんは何処におるん?」

「彼女だよ」

 怪盗は影路の肩を持つと、前へ出した。

「何や湧に似てへん、影の薄い子やなぁ。おったの気が付かんかったで?」

「そういう能力なんだよ」

 さっきまで静まっていた廊下が、翔と呼ばれる関西弁の男の所為で一気ににぎやかになる。

「湧、彼らは何?」

「僕の同士かな。彼らも、箱庭の住人で僕と同じ考えを持っているんだよ」

「そう。つまり、本当ならいつでもここから出られたという事?」

 影路の言葉を聞いて俺ははっとする。

 その通りだ。小鳥遊が、普通は個室からは出られないと言っていたのだから、人が集まるはずがない。もしかしたら、全員が巫女の可能性はあるけれど。

 でもこの関西弁の男が巫女だとしたら、俺の巫女さんのイメージが崩れる。

 そして巫女でもないのに外に出られるなら、怪盗も自力で外に出られた可能性が高い。


「そういう事になるね」

「目的は、先ほど言った取引?」

「綾は変に鋭いね。でもその通りだよ。ここだったら、誰の邪魔も入らないからね。綾も僕と何か取引したい事があるんじゃないのかい?」

 怪盗の言葉に、影路は深くため息をつく。

 そして、怪盗の方を向くと真っ直ぐにその目を向ける。その目には、怒気の炎のようなものが宿っている気がした。すごく分かりにくいけれど、もしかして、怒っている?

「明日香達を元に戻して」

 影路は一歩も譲る気はないという雰囲気で、怪盗にそう切り出した。

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