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箱庭の恋(5)

 私の能力が効かない事で佐久間が心配がっている。

 原因がしっかりしていないので、佐久間を安心させることができず、私は内心溜息をついた。

「みゃみゃ」

「うん。頑張るよ」

 パンダに応援をされて、私はうなづいた。落ち込んでいる場合ではないのだ。私の能力が使えないのはいつものこと。落ち込むぐらいなら、今できる事をしなくてはいけない。


「私の能力は無関心だけれど、小鳥遊さんの能力は何?」

「おい、影路……」

「失礼しました。私は予言の能力を持っております。ただし、今はこのように、無効化されていますので、能力を使う事はできません」

 私が自分の能力を伝えると、小鳥遊さんも能力を伝えてきた。巫女という職業は多分私が知っている神社の境内に居ておみくじやお守りを売っている人ではないと思う。そもそも私が住んでいる地域には神殿などと呼ばれる場所はない。きっとこの施設の中の特殊な場所に勤める人の事なのだろうと思い能力を訊ねてみたが、やはり特殊な能力の持ち主であった。

 腕に巻かれたブレスレットを見せながら、小鳥遊さんはご安心下さいと笑った。

「いつも身に着けているの?」

「はい。私が予言する事で、未来を決定させてしまいますから」

「……つまり、可能性を決定させる能力という事?」

「そうですね。可能性を選ぶことはできませんが。ただし、予言を見ないという選択は出来ます」

 予知の能力は高い可能性を見る能力だと私は思っている。ただ予知と予言の差が良く分からずにいたのだけど、小鳥遊が言う通りなら、予言は可能性に決定力を加える能力であるという事なのだろう。

「でも、俺らは、爆発があると言われた場所の爆発を止めたんだぜ。決定力と言っても大したことないな」

「はい。なので、私は爆発の予言はしていません」

「えっ?」

「予知の能力者が爆発を予知したので見て欲しいと依頼がありましたので、私は爆発までは視ずにその手前までが予知と同じかを確認するに留めました。私の能力が、一番正しい未来を見る能力だと勘違いされる方も大勢見えますので、時折こういった依頼が入るのです」

 もしも決定されていたらと思うとぞっとする。

 確かに予言の内容を選ぶ事は出来ないけれど、決定力があるというのは、自然系の能力とは少し違うがAクラスに分類されるぐらい危険な能力だ。

 いや。運命を決定させるのだから、ある意味神様の力に近いので、自然系と言えるかもしれない。

「……ですが、私がその依頼を受けたのは、綾様と夢美様が出会う事を決定させる事ができるためです。また綾様があの会場に行く事は必要な事でした。なので予言を読ませていただきました」

「夢美?」

「ドリームの事?」

「えっ? 心当たりがあるのか?」

 そういえば、ドリームに会うタイミングに、佐久間は必ずいなかったなと思う。

「佐久間様が居ない時に会う予知がありましたので、そちらを読ませていただきました。神様はそれをお望みでしたので」

「さっきから、神、神って言ってるけど、神って誰だよ。神様と話しなんか出来ないだろ」

「神様は私達の道しるべです」

 そう言って、小鳥遊さんは笑うのみだ。

 情報が少なすぎる為、彼女の考えを全て読み取る事は出来ない。


「そういえば、もしかして、無効化の能力があるブレスレットを小鳥遊はつけているから、能力が効かなかったんじゃないか?」

 こそって佐久間が私に囁いたので、私は首を横に振った。

「それはない。【無効化】は、対象者の能力を無効化させるものだから。他者がかけた能力を消すものは【解呪】になるはず」

 例えば何か能力をかけられた場合、その能力を解く方法は2つ。【解呪】の能力を使うか、能力を発動している本人にといてもらうかだ。無効化の能力をかけられた側に使っても、かけられた人の能力を無効化するだけだ。

「そっか。確かにお前も、無効化とかされてなさそうだもんな」

「みゃう!」

 佐久間がよっこいしょと脇のあたりを持ってパンダを持ち上げると、その動作を嫌がってジタバタと暴れた。

 でも佐久間が言う通り、パンダは特に無効化するような何かを身に着けてはいない。

「くそっ。引っ掻くなよ」

「みゃあ、みゃあ」

 パンダは何かを抗議しているようだが、佐久間には伝わっていないようで、怒りながら引っ掻かれた手をさすっている。


 しばらくそのまま3人と1匹で歩き続けていると、足元の色が変わった。緑色の地面は、唐突に白色へとと変わる。ここからが神殿エリアという事なのだろう。

 神殿エリアは、学校エリアとなんだか雰囲気が変わり、西洋チックな建物が並んでいる。

「あちらが箱庭です」

 そう指し示された場所は、まるで大きな城の様な建物がそびえ立っていた。

「……あんな建物あった?」

 あんなに大きな建物なら、学校エリアからでも見えそうなのに、どうして気が付かなかったのだろう。そんなに私は周りを見ずに考え事をしていたのだろうか。

「箱庭は、他のエリアからは見えないようになっているんだよ。あそこは俺らの中でも、更に能力が高い奴ら……小鳥遊みたいなのが住んでいるから、攫われて悪用されたりしないよう保護しているんだ」

「佐久間より能力が高いのに攫われる?」

「ほら、子供の頃は何があってもおかしくないからさ。まあ危険だから、被害が大きくならないように隔離されているって意味もあるけど」

 確かに子供が相手なら、相手の能力が分かった状態で不意をつけば、攫う事も可能だろう。

 でもそんな事、早々起こるとは思えない。隔離だったら、逆に見えていた方が誰も近づかないだろうに。

「私達は、生まれてきてはいけない存在ですから。あまり知られたくないのでしょう」

「えっ?」

「ああ、でも。この世界に生まれたという事は、神はそのようにお思いになられていませんので、【誰か】にとってですけれど」

 小鳥遊は自分の事を言っているのに、笑った。

 そして生まれてきてはいけないという言葉は、私の心に深く突き刺さる。私自身もDクラスとして生きていく中で、この世界に必要がない、生まれてきてはいけなかったのではないかと感じる事があった為に。

 彼女と私は違う立場だけれど、その言葉は自分を傷つける言葉だと知っている。それなのに笑える彼女は、何処か歪にも感じた。

「誰かって、誰だよ」

「この世界を作っている人です」

「世界を作っている人?」

「自分達の都合のいいように、階級を作り、それによる役割を作り、世界を作りました。何もかもが平等な世界というものは存在しないですが、そもそも平等にする気のない世界。それが今です」

 小鳥遊が言っているのは、能力による分類の事なのだろうと思う。AからDに分けられているこの世界は、平等ではない。

「さあ、こちらからお入り下さい」

 小鳥遊に案内されるまま、私は箱庭の中に踏み入れた。


「えっ」

 私は今城の中に入ったはずだ。

 それなのに、中は再び外だった。道路があり、天井の代わりに青空があり、木々が生え、今まで歩いてきた場所よりずっと自然が豊かだ。

「今、中に入ったよな? どうなっているんだ?」

「箱庭からは、普通は外に出る事はありません。能力の種類によっては、居室からすら出られない者もいます。なのでストレスが溜まらない様、擬似的に外部の映像を映し出し、季節や天気が作られています。勿論、本当に中に植物があったりもしますが」

「すげーな。でも、ストレスが溜まらないようにって言ったて、部屋の中は部屋の中に違いないだろ?」

「貴方が施設の中が当たり前の世界だと思うように、私達もまた、この箱庭の中が当たり前の世界だと思うのです。ほぼ生まれた時から、この中だけで生きていますから」

 私には異和感のある場所だが、生まれた時からここに居るのなら、確かにここが彼女にとっては普通の世界なのだろう。映像ではあるが、季節や天気があるというので、いつも同じではない。逆に言えば、台風などで危険な思いをする事もない安全な場所でもある。

 しかし、小鳥遊と少し喋っていて、私は違和感を覚えた。

「小鳥遊さんはどうして外に出られたの?」

 そもそも私達はどうしてこんなに簡単に箱庭の中に入れたのだろう。勿論は入れなければ困るし、無関心の能力も続いてはいるから誰かに咎められる事はないはずだ。

 でもこの場所は閉鎖された場所ではないのだろうか。

 私の質問に、小鳥遊はニコリと笑った。


「それは――」

「さーくーまーっ!!」

 小鳥遊の声を遮るように、佐久間の名前が呼ばれた。そして突然女性が走ってきたかと思うと、佐久間に抱き付く。

 えっ?

「さくま、さくま。あいたかった。だいすき」

 佐久間は何処でもモテるんだなと思う。

 ただこの抱き付いている女性は、施設の中の佐久間の知り合いだろうかと確認しようとして私は固まった。

「……明日香?」

 そこに居たのは、本来ここに居るはずのない明日香だった。

 いや、でも、明日香がここに居るはずがない。だとしたら彼女は明日香のそっくりさんだろうか? そう思うぐらい、普段の明日香とはかけ離れた大胆な行動だ。抱き付いた上に、告白までしている。

 私も佐久間も呆然としていたが、私の足元で、パンダが、鳴いて抗議した。

 パンダの声に反応して、明日香のそっくりさんが、私の方を見る。その顔はやっぱり明日香だ。髪型も体型も、何もかもが同じように見える。

「あやもだいすきー」

 そう言って明日香のそっくりさんは、佐久間から離れ私に抱き付くと、私にキスをする。

 ……ん? キス?

「えええええええええええっ?!」

「みゃああああああああっ!!」

 あまりの事に反応しきれなかった私の代わりに、佐久間とパンダが叫び声を上げた。

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