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箱庭の恋(4)

 影路の能力が破られた瞬間を俺は初めて目にした。

「あなた方は、神殿エリアに向かう方々ですか?」

 影路の無関心の能力が効いているならば、俺達に声をかける人はいないはずだ。しかし実際に目の前の髪の長い女は声をかけてきた。


 影路が能力を解いた? そう思い影路を見たが、影路は固い表情をして俺の服を掴んだ。

 やはりこの女には、ただ影路の能力が効いていないという事らしい。どうする。逃げるべきか? この女一人だけなら気絶させる事もできるけれど、影路の能力が効かないパターンがパンダと合わせてこれで2例目。人数が増えれば、影路を守って脱出も難しくなる。

 一番近い出口を考えていると、突然女が膝をついた。

「私は、あなた方を案内にきました」

 神に祈るようなポーズ……これは。


「えっと。もしかしてアンタ、巫女さん?」

「はい。神殿に勤めております、小鳥遊美琴たかなしみことと申します。貴方方をご案内する為、お迎えに参らせていただきました」

そう言って小鳥遊はまるで俺らが神であるかのように、祈りをささげる。

「巫女?」

 影路は戸惑っているようだった。まあ、俺も戸惑っているんだけど。

 何でこんなことをされているのかも謎だし、名前と勤め先が分かっても、信用できるというわけではない。そもそも、影路の能力が破られた事が問題なわけで。

 そうだよ。

 何か雰囲気にのまれてそこスルーしそうになったけど、影路の能力が破られた事が一番問題なんじゃね?

 俺は慌てて、影路の前に立った。

「案内って、何のつもりだ?」

「私は案内役に指名されただけです。どうか箱庭まで足をお運び下さい」

「……どうして私の能力が貴方に効いていないの?」

「何か使われているのですか?」

 そもそも彼女は影路が能力を使っている事にすら気が付かなかったらしい。影路が能力を使えなくなっている。そんな事はあるのだろうか?

 動揺が走る俺らを無視して、小鳥遊は穏やかに笑った。

「もしも私に能力が効かなかったのだとしたら、神様のお導きだと思います」

 俺はどうする? と影路を見た。

 たぶん彼女1人なら、俺の能力で何とかできると思う。ただし逃げた後、再度ここへ入りこむのは難しくなるだろう。

 しかしこのまま継続するにしても、影路の能力が効いていないというのも気になる。小鳥遊だけなのか、そうではないのか。ここはとても重要だ。


 今の所、小鳥遊は俺らを通報しようとはしていないようだ。通報するならば俺らに声をかける前に通報しているはずだし、既に誰かが俺らを探していてもおかしくはない。

 Aクラスを何人も相手するとなると、流石の俺でも骨が折れるし、逃げるしかなくなるだろう。

「神様は何をして欲しいの?」

「空気の入れ替えを。既にこの世界は長く安定した為に、淀んでおります」

「なんだそれ? 空気の入れ替えなら自分でやればいいだろ?」

 窓を開ければ簡単だ。

 何故それを俺らにやらせようとしているのだろう。しかし、俺の足元で、パンダがミャーミャー鳴いた。

「それは、本当に神様の言葉?」

「私達はそう信じています」

 神様に本物も偽物もあるのだろうか? しかし影路は少し難しそうな顔をした後、俺の方を見た。


「とりあえず、目的地は同じだから行こう」

「いいのか?」

 目的地が同じでも目的は違うだろう。明らかに小鳥遊は怪しかったが、影路は彼女についていく事を決めたようだ。

「もう一度出直す方がたぶん難しくなるから。それに行き先がこの道をまっすぐ行くだけなら、彼女から離れて動くこともできないと思う」

「分かった。なら行こう」

 影路が行くと決めたのなら、俺はついて行って守るだけだ。

「みゃあぁぁぁぁ」

「ごめんね」

 人懐っこく、俺や影路だけではなくエディとも普通に接していたパンダだったが、小鳥遊に対してだけは威嚇をするように唸った。

 そんなパンダの頭を影路が撫ぜる。

「というか、お前、どこまでついてくるんだよ」

「みゃみゃみゃみゃみゃ」

 分かんねー。

 『ど・こ・ま・で・も』とも聞こえるし、『ト・イ・レ・ま・で』とも聞こえる。動物の言葉が分かる能力者に本気で通訳してもらいたい。まあ、たぶんトイレって事はないだろうけど。


「移動していただいてもよろしいでしょうか」

「はい」

「分かったよ」

 小鳥遊に言われるまま、俺らは道を進む。さっきまではデートっぽくて楽しかったのに、彼女が来てからは一気に静かになった。

 俺も影路も小鳥遊も、パンダすら何も喋る事なく黙々と道路を歩く。何だコレ。小鳥遊の馬鹿野郎と心の中で罵るが、喋らなくなったことで少し俺も周りに気を配る事が出来るようになった。その結果分かった事がある。

  

 まず、影路の能力はちゃんと続いている。

 そうでなければ、パンダがこんな町中を歩いていたら、絶対人目を引くはずだ。しかし、朝練で早く登校している学生とすれ違っても、パンダを気にした様子はない。

 施設の中では犬ですら結構珍しいのだから、首輪のないパンダが道を歩いていたらびっくりするはず。だとすると無関心の能力は間違いなく継続しているという事だ。

 しかし何故か巫女である小鳥遊には効いていない。小鳥遊が巫女だからだろうか。

 でも巫女だからって、無効化の能力を得られるわけではないはずだ。

「あのさ、影路は今までに能力が効かなくなった事ってないわけ?」

 無言にだんだん耐えきれなくなった所で、俺はこそっと影路に話しかけた。

 小鳥遊が居るからって、よく考えれば無言になる必要はない。周りを警戒する必要はあるけれど、今すぐに戦闘するわけではないのだ。


「血を付けている相手には効かないけど……」

 確かに、俺に影路の能力が効いていないのは、影路の血が付けられていて、影路の一部と認識されているからだ。

「あっ。でも」

「何かあったか?」

 突然影路がハッとした表情になる。

 何か思いついたのかと尋ねると、影路は首を横に振った。

「試してみないと、分からない」

「まあ、そうだよなぁ」

 Dクラスの授業を前に受け持った時に分かったけれど、Dクラスはそもそも自分の能力が無意味だと思って真面目に能力開発をしていない。たぶん影路も例にもれずに同じだと思う。無関心の発動に関しては影路は凄く安定してやっているけれど、それだけだ。

 Dクラスの能力は基本的に原石のままになっている。同じ能力がほとんどいないに等しいから、同じ能力の人から教われないというのもあるだろうけれど。


「あれ?」

 じゃあ、何で今世間でDクラスの能力者が色々暴れまわれているんだ?

 Dクラスだけじゃ、無理って事だよな? 勿論Dクラスが劣っているとかの問題じゃなくて、こう、能力の扱う事になれている奴じゃないと、能力を上手く活用した計画を立てるのは難しくなる。特にDクラスなんて一般的ではない能力ばかりだ。となると今町を騒がしている奴らの中心になっているのは、Dクラスじゃない可能性が高くないか?

 ……これ、組織の皆は気が付いてるよな?

 そもそもDクラスの犯行だと騒いでいるのはマスコミだけなのだから、組織は色んな方向で犯人を捕まえて事件を収束させるために動いているだろう。

 俺が居なくったって大丈夫だと思う。

 思うけれど……明日香は、俺や影路やエディと連絡が取れなくなって、色々不安になっているかもしれないなと思う。

 なんだかんだで、ここ1年は4人で仕事をする事が多かった。

 エディは、何故明日香を誘わなかったのだろう。明日香はBクラスなのだから施設に入るのは、影路と同じで侵入という形になる。

 もしも失敗して逃げる事になったら大惨事……いや。待て。流石に明日香は怪獣じゃないんだから組織壊滅に追い込むとかはしないよな。壁に穴ぐらいは、開くかもしれないけれど。

 でも組織に侵入しただけでなく備品まで壊したら、その後は皆で逃走生活になる気がする。色々問題だ。


 明日香って、何というか。

「潜入に向いていないか?」

「えっ?」

「いや、何でもない」

 影路に今の想像を話して、明日香に伝わったら最後、俺の命は消えるだろう。『シンデレラ王子死す!』なんて題名で新聞に載ったら、死ぬに死ねない。

「頑張るから」

 影路も明日香の分まで頑張ろうとしているみたいだ。俺もちゃんと守らないと、明日香に怒られそうだ。

 ……でも。


 でも。何で、エディは明日香を誘わなかったんだろう。


 明日香は潜入に向いていないかもしれないけれど、明日香とはチームプレイをいつもこなしているのだから、きっと明日香の能力があれば便利だと思う時があると思う。

 偶々なのか、それとも――。

 エディに聞いてみなければわからない事だけれど、その答えがとても気になった。

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