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箱庭の恋(3)

 電車に乗り移動しながら、私はちょこんと隣に座るパンダを見た。

 何というか行儀正しい子で、まるで人間のように座席に座っている。

「なんで、貴方には私の能力が効かなかったんだろう」

「みゃ?」

 私の独り言に反応して、パンダが顔を上げる。

「動物には効かないとか?」

「それはないと思う。以前、野良犬には効いたから」

 ただし、犬には効いてもパンダには効かないなどの動物の種類の違いで変わる可能性がないとは言い切れない。でも、そんな事はあるのだろうか?

 もしそうなら、その差は何なのだろう。


「能力が効かなくなる、【無効化】の能力を持っているという事はないよな」

「普通は一人に一つだからありえないと思うけれど」

 手当の能力と病視の能力などように複合している能力というのもあるが、それは病気に関することという部分で被っているからだ。パンダの能力が火に関する事だとしたら、無効化と複合しているというのは聞いたことがない。

 考えられるのは、無関心の能力が発動しなくなるのは、私が動揺した時だけではないという事だ。私が気が付いていないだけで。

 もともと完璧ではない能力なのに、不発条件が分からないというのはとても危険なことでもある。できるなら不安要素は取り除いておきたいのだけれど。

「……彼女が、私たちの知っているパンダではない可能性は?」

「みゃっ!」

 私の声に反応して、パンダが鳴いた。

 たぶん私の言葉を理解してくれてはいると思うけれど、その泣き声が、肯定なのか否定なのか,私にはわからない。

「でもパンダなんてそんなにいないだろ」

「みゃみゃみゃっ!」

「うん。そうだよね」

 能力持ちのパンダが沢山いるとは思えないし、だとしたら以前に事件で出会ったパンダで間違いないだろう。私はパンダの顔で識別ができないけれど、明らかにパンダは佐久間が好きみたいだし、私たち事を知っている様子だった。私たちを知っている能力持ちのパンダは、あの時のパンダぐらいだ。


「みゃう」

「あ、ここで降りるぞ」

 佐久間に言われるままに私は、電車から降りた。電車は私が住んでいる町にあるものとそれほど変わらない。ただ少しばかり、施設の中の方がハイテクで、電車は自動制御され、運電手が居るような様子はなかった。

 本来なら私のような別のクラスの人間がこの中に入る事は出来ないのだから、よく考えるとAクラスしか入れない施設の中は人材不足になりやすい場所でもある。人を置かなくてもいい場所は置かないのだろう。……そもそもAクラスだけで、この施設の中は運営出来るものなのだろうか?

 遊園地のように感じたのは、私が住んでいる町よりも人工物が多いからだ。逆に言えば、アスファルトで覆われた地面は雑草が生えないので普段はそれほど手入れが要らない。

 電車の窓から見える様子だと、畑とかも見当たらなかった。もっと別の場所にあるのかもしれないけれど、ここに住んでいる人全員の食事を賄えるだけの畑があるとは思えない。

 人が住んでいるマンションや公園は充実しているように見えるし、お店も普通にある。でも、そのお店に入る品は多分この施設内だけでは作りきれないから、外部から買っているのだろう。ゴミ処理場とかもここではなく別の場所じゃないだろうか。燃やすだけならいいけれど、埋め立てる様な土地はないだろうし、Aクラスの人がゴミ集めをしている姿は想像できない。

 そういう仕事はDクラスの仕事だと決まっている。


 でもだから余計に遊園地のような作られた感がするのだろう。このAクラスだけの町は綺麗すぎた。汚いものは一切置かれていない。

 普通の町のようだけれど、やっぱり普通の町とは違う。

 病院などもどうなっているのだろう。この施設の中に病院がないという事はないと思う。でも病院で重宝される能力は大抵がBクラスかCクラスだ。施設の情報は少なく、色々分からないことが多いので、考え始めるときりがない。

「ここが月島学園でさ、俺の母校なんだ」

「何だかお城みたい」

 佐久間が紹介してくれた母校は、私の灰色の学校とは違い、茶色と白の煉瓦でたてられていた。屋根も地面にも使われている緑色と同じ色をしている。何というか、ドラマとかで出てきそうな、お洒落なたたずまいだ。あまりドラマは詳しくないので、何という具体的な例は出せないのだけど。

 とりあえず、道路も含め全体的に統一感がある場所だ。計算して色んな建物を立てているのだろう。

 綺麗でお洒落なんだけれど、お洒落すぎて何だか現実感がない場所にも感じた。でも、佐久間にとっては、これが普通。やっぱり住んでいる場所が違う人なんだなと思う――いや。今はそういう事を考えてる場合じゃない。

「そうか? 時間があったら中も案内するんだけどな」

「みゃみゃみゃっ!」

「先を急ごう」

 パンダが何を言ってるのっ! とばかしに佐久間の足を叩いたのもあって、真面目にやらないとと再度思う。佐久間と一緒に仕事ができて、昔の佐久間を知れるからと浮かれて失敗したら、エディに申し訳ないし、明日香にだって怒られてしまう。

 というか、明日香は私が佐久間の育った場所に来ている事も知らないのか。

 今更だけれど、明日香にずっと会えていない事に気が付いた。明日香には色々話さなければいけないことがあるのに、未だに宙ぶらりん状態だ。


 でも、今私がやっている事に明日香を巻き込みたくないという気持ちもあるので、仲間外れにしているようだけれど、やっぱり明日香の手を借りるわけにはいかない。

「みゃう」

「影路どうかしたのか?」

「大丈夫。何でもない」

 私が黙り込んでしまった為に、心配そうにパンダや佐久間に声をかけられたので、首を振る。

 集中しないと。

 今は施設の中に居るのだから。こんな風に他事を考えている場合ではない。本当なら私は入ってはいけない場所だし、知らない場所なのだから、何が起こるか分からない。

「みゃうみゃう」

「うん。ありがとう」

 何を言っているか分からないけれどパンダが心配してくれているのだけは伝わってきて、私はお礼を言った。


「心配しなくても大丈夫だって。俺が絶対影路だけは逃がしてやるから」

「ううん。本当に大丈夫」

 無関心の能力さえあれば、逃げるだけなら何とか自分一人の力でできると思う。問題なのは、逃げるような事態になっているという事は、エディの目的を果たすのが更に困難になる可能性が高いという事だ。

「【箱庭】はこっちの道でいい?」

「おう」

 私は学校の前を通って、舗装された道を進んでいく。

 学校エリアは広いようで、私が今見える範囲は全て緑の地面だ。エリアごとに色が違うと言っていたので箱庭がある神殿エリアという場所は結構先なのだろう。

「結構広いね」

「学校エリアは施設内の全部の学校が揃ってるからな。さっきの校舎は、初等部の校舎だし、隣には幼等部もあるし」

「へぇ」

 中学生まではAクラスは基本この施設の外に出る事はない。だとしたら結構な人になるので、場所も大きくとってあるだろう。

「ここから箱庭は遠いの?」

「少し距離があるな。この通りをまっすぐ行けば、いつかはつくけど。この辺りは学校だけじゃなくて、今はしまってるけど食べ物屋とか多くて、結構広いエリアなんだ」

「へぇ」

「そこのクレープ屋とか、女子に人気だったな。それから、そこの角のラーメン屋。炎の料理人過ぎて、店長が良く店を焦がすんだよ」

 炎の料理人過ぎるって……。きっと店長がAクラスで炎系の人なんだろうけど、それで店が成り立っているのが逆に凄いと思う。別の意味でちょっと見てみたい場所だ。

 学校の周辺の説明を佐久間があまりに楽しそうにするので、危険があればすぐに逃げなければと思いつつも、私まで楽しくなってくる。

 やっぱり育った場所というのは佐久間にとっては楽しい場所なのだろう。私は学校生活にそれほど思い入れはないけれど、佐久間はとても社交的なので友達も多く、その分思い出も多いに違いない。


「あの、すみません」

「はい」

 通りを歩いていると、腰まで届くぐらい長い髪の女性に声をかけられ、私は反射的に返事を返す。

 そして返事をしてから、ドキッとする。

 おかしい。

「あなた方は、神殿エリアに向かう方々ですか?」

 私はまだ、無関心の能力を発動し続けていて、それが解けている感じはしない。私は佐久間の服の裾を掴み、目くばせをする。 

 理由は分からないけれど、もしも私の能力が効かなくなっているならば、今すぐ撤退するべきだ。

 私が入ってきた場所からは、電車で移動をした為、遠く離れてしまっている。ここから最短で外に出られる場所は何処だろう。

 それとも、電車に乗って元の場所に戻り、エディと一度合流して作戦の練り直した方がいいのか。

「私は、あなた方を案内にきました」

 何も言わない私達の前で、女性は白色のワンピースが地面についてしまうのも厭わず膝をつくと、まるで神にでも祈るようなポーズをした。

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