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箱庭の恋(2)

「じゃあ、一瞬コンピューターをバグらせて空き時間を長くするから、佐久間先に中に入って」

 エディはそう言って車の中でパソコンをカタカタと打ち鳴らした。

「お前はどうするんだよ」

「車の中で待機してるよ。何かあった時、施設内すべての電子機器を誤作動させるから、安心して援護射撃は僕に任せてくれればいいよー」

 そう言って、エディーはひらひらと手を振った。

「って、お前の事なのに、何で一番安全な場所にお前が居るんだよ。一番安全な位置にしないといけないのは、影路だろうが」

 俺はパソコンの画面を見ながら話しているエディの頭にぐりぐりと拳を入れる。間延びした緊張感のない喋り方が余計にイラッとする。

「止めてよー。佐久間がいじめるよー」

「苛めるじゃねーよ。お前の事だろ」

 

 そもそも、俺も影路もエディの我儘に巻き込まれているのだ。

 なのに当の本人が動かずに、影路を顎で使うとか、何様だと言う話だ。いくら友人だとしても。

「僕だってちゃんとリスクは負ってるさ。今も【施設】にウイルス撒いた状態でアクセスしてるんだから。気が付かれたら僕だってただじゃすまないしー。本当は僕だって行きたいさ。でも僕の運動神経だと、むしろ足を引っ張るからさ……」

「……エディ」

「というわけで、佐久間は影路ちゃんを守る盾になってね。影路ちゃん、何かあったら佐久間の事は見捨てて、僕の所へ戻って来てね」

「エディィィィ!!」

 くそっ。

 コイツなりに色々考えて自分のできる事をしようとしているのだと思ったのに、最後の最後でなんて事を言うんだ。

「なんだい。佐久間は影路ちゃんを守らないつもりかい? 男の風上にもおけないよー」

「勿論、影路は守るに決まってるだろ。大体、これが終わったら、遊園地でデートする約束もしてるんだし」

 ふっ。デートの約束まで取り付けたんだぜと、リア充っぷりを自慢してみたら、エディはこれでもかというような悲壮な顔をして、憐れみを込めた目線を送ってきた。

「うわー。清々しいぐらい死亡フラグ立てる男だねー」

「は?」

「まあいいや。影路ちゃん、くれぐれも無茶はしちゃダメだよー。何かあったら、佐久間を置いて逃げていいから」

 おいっ。

 まあ、俺としても影路には逃げてもらいたいけれど。

「お前、とことん男に優しくないよな」

 思い返せば、二次元大好きオタなコイツは二次元でも男には優しくなかった気がする。ヒロインに対して主人公が不当な扱いをしたものならば、煩いぐらい仕事中に酷評を語ってくれたものだ。

「男に優しくしてどうするのさ」

「私が佐久間を置いていったら困った事にならない?」

「大丈夫、大丈夫。佐久間は腐ってもAクラスだからね。それほど重い罪には問われないよ」

「腐ってねぇよ。でもまあ、たぶん大丈夫だ」

 Aクラスの俺は施設の中に居ても何らおかしな事はない。鍵を持っているのはマズイだろうが、Dクラスの影路の方が捕まった後大変だと思う。

 施設へ許可なく入る事は、懲役がつく重罪になるのだ。


「佐久間行こう」

 色々まだエディには言いたい事があったが、影路にせかされ車の外へ出る。

 影路は車から出ると、すぐに指に傷をつけて車に血を付けた。

「なあ……仕方がないと分かってるんだけどさ」

「佐久間が血を使うのを嫌がっているのは知っているけれど、今は我慢して。これが最善だから」

 我慢してって……我慢してるのは影路の方だろ。

 最善。

 それは分かる。でも痛いという表情もせず、ためらいなく自分を傷つける影路を見ると、俺の方が痛いような気分になってしまう。

「血を使うのが嫌と言うかさ。……影路。何かあったら絶対逃げてくれよな」

「もちろん、自分で対処ができない時は逃げるけれど?」

 影路が自分を大切にしてくれればこんな不安はないのだが、どうにも影路は自分自身の事でさえ、時折無関心に感じてしまう。

「絶対だからな」


 俺達は車から離れると施設の入口へ向かった。

 入口へたどり着いた俺は、指紋認証と眼球認証をする為の機械に目と手を合わせる。これで通れるのは1人まで。

 覗き込んでいる場所に【認証】の2文字が浮かぶ。

 それと同時にロックが解除された音が鳴り、自動ドアが俺の前で開いた。俺はその扉の向こうへと足を進める。次にロックがかかるまでの時間が長いとエディは言っていたが……。

 俺は進みかけた足を止め振り返ると、影路の手を掴んだ。

 そしてそのまま走って一緒に扉の向こうへ進む。ここで捕まった時は捕まった時だ。影路一人にはさせない。


 しかし俺が危惧した事は起こらず、扉を潜り抜けても、機械が警報を鳴らすこともなければ、警備員が出て来る事もなかった。一応エディの力と影路の力でなんとか潜入に成功できたようだ。

「佐久間?」

「悪い。いきなり手を引っ張って。エディが上手くやれるか心配でさ」

 本当は、エディが上手くやれるかではなく、影路が何かあった時に自分を真っ先に犠牲にしそうで怖かったのだけれど、それは黙っておく。影路を信頼していないと言いたいわけではないのに、勘違いさせてしまいそうだ。

「みゃみゃみゃ」

「私もエディなら大丈夫だと思う」

「いや、俺だって。エディを信頼してないわけじゃないけどさ――って、パンダ?! お前もついてきたのか?」

「みゃみゃ」

 当たり前だというかのように堂々と居座るパンダに、俺はガクッと肩を落とす。組織から逃げ出したいだけだと思ったのに、何故こんな場所まで。


「お前。遊びじゃないんだぞ」

「みゃ」

 しゃがみこんでパンダと目線をあわせて忠告するが、分かっているのか分かっていないのか、呑気な鳴き声が帰ってくる。

「佐久間、行こう?」

 パンダとにらめっこをしていても仕方がないと思ったのか、影路にせかされて、俺は諦めて立ち上がった。パンダが例え見つかったとしても、影路みたいに警察に捕まったりはしないだろう。もしかしたら、もっと厳重な檻の中に入れられるかもしれないけれど、それは自業自得だ。

「えっと。【箱庭】と呼ばれている場所は、学校エリアよりも更に右奥の神殿エリアにあるんだ。だから電車に乗って月島学校が近い学園前で降りた後、徒歩で移動するのがいいとは思うけれど……」

 始発の電車はもう動いているから大丈夫だろうが、電車に乗っても大丈夫だろうか?

 エディが防犯カメラなどは何とかしてくれると思うし、俺達は今の所追いかけられているわけではないのだけど、何となく不安になる。

 しかしここから歩いていくとなれば、かなりの距離となるので、普通に考えれば使うしかない。

「地図はあるの?」

「地図はないけど大雑把にいうとこの手みたいな形だな。手首が入口で手のひらをぐるっと回るような形で電車が走ってる。学校エリアが小指の付け根辺りで神殿エリアが小指の先。エリア別に歩道の色が変わるから今どのあたりにいるかとかは分かりやすいんだけどな」

 長年暮らしていると当たり前のようだが、初めてだと色を覚えるのも大変だよなと思うと地図があった方が便利だ。

 でもAクラスなら当たり前の様に知っていて、Aクラス以外が立ち入る事がないこの施設の中に、地図はなかったと思う。俺が知らないだけかもしれないけど。


「何だか、遊園地みたい」

「遊園地?」

「えっと。乗り物はないけれど、何というか、人工物が多いというか……」

 影路は上手く説明できないのか首をひねる。影路自身遊園地へ行ったりすることがほぼないからだろう。まあ、俺だって、修学旅行など特別な時でなければいけなかったし、今もあえて1人で行く事はないので影路と似たようなものだけど。

「まあ、自然のものは少ないな」

 施設はAクラスを守る為に外部との行き来をほぼ遮断している。

 Aクラスは少ないといってもそれなりの人数がいる。それだけの人が住むとなれば、出来るだけ住む場所を広げなければいけない。

「でも不便はないぞ。学校も病院も、働く場所だってあるし、普通に買い物もできるし、コンビニもあるからな。それに公園とかだけじゃなくて、ゲーセンやカラオケみたいな遊ぶところもあるし――」

 その点は外の世界と特に変わらないと思う。

 確かに影路が言う通り若干人工物が多い気はするけれど、不便さは感じない。むしろこの中の方が便利だったりする。一度は外で働いたけれど、結局施設の中に戻って来るAクラスもいるぐらいだ。

「ごめん。悪い意味じゃないから」

「分かってるって。ただ、影路に俺が住んでた場所を知ってもらいたくてさ」

 影路がここに入るのはこれが最初で最後かもしれない。それに今は浮かれていい時ではないと分かっている。それでも影路に俺の事を知ってもらえると思うと、不安より楽しさが増した。

「とりあえず、行こうぜ」

 俺は影路の手を繋ぎ駅へ足を向ける。


 ……あれ? なんだかこれって、恋人同士のデートみたいじゃね?

「みゃみゃみゃ」

 そんな浮かれぎみの俺を咎めるように、パンダが鳴いた。

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