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箱庭の恋(1)

「ねえ。何で、エディさんのマスコットキャラポジが危機にさらされてるんだろうねー。このあざといぐらいの可愛い生き物は何でいるのかなー」

「みゃみゃみゃ」

「みゃじゃないよ、この雌猫っ!!」

「みゃみゃみゃん」

 ……エディ楽しそうだなぁ。

 車の運転を佐久間に変わってもらったエディは後部座席でパンダと戯れている。

「エディ。緊張感をもう少し持ったらどうなんだよ。これから、施設に行くんだろ?」

 隣の席から佐久間を見ると、佐久間はバックミラーでエディを確認して、眉間にしわを寄せていた。確かにAクラスの佐久間はなんら問題がない。しかし私とエディは中に入る許可がない上に、施設に入るのは初めてとなる。施設というのは、首都よりもずっと大きい土地が広がり、本来なら入る事ができないある意味異国のような場所。そんな場所へ私たちは招かれざる客として潜入するのだ。

 緊張感は忘れない方がいいだろう。


「緊張感がないのは佐久間もだろー。影路ちゃんが隣にいるから、緊張感なくデレデレしてるしぃ」

「してねぇ」

「あっ。一方的に鼻の下のばしてたの間違いかー。セクハラは駄目だよー」

「してねえってるだろっ!!」

 佐久間は後ろを振り返って怒鳴った。

「えー、さっきまで影路ちゃんと2人っきりだったんだよ? 何もしなかったのかい? やだ、奥さん、この人ムッツリよ」

「みゃみゃ」

「お前らなっ!!」

 佐久間が後部座席を振り返っている事により、車が少し揺れる。車通りは少なく、人もあまり歩いていない為今の所大丈夫だが、……不安だ。

 教習所でも、わき見運転はしてはいけないと習ったし、いくら佐久間の運動神経が良くてもやっぱり危険な気がする。

「佐久間、前を見て。駄目ならどこか、端に止まって。私が運転するから」

「いや、大丈夫だから」

 慌てたように佐久間が前を向きなおす。

 大丈夫と断られてしまったら、諦めるしかないか。

 元々佐久間はバイクを使う事が多いので、車の運転は私の方がなれていると思うけれど、無理に変わるといったら佐久間の運転が不安だといっているようなものだ。私より何でもできるAクラス相手には流石に失礼だろう。

「佐久間、代わってもらったら? 寝不足なんだろうしー。それに影路ちゃんが運転した方が、【無関心】の能力がきっちり発動するからいいと思うんだよね」

「……そうなのか?」

「確かに、そうかも」

 一応能力を発動しているが、自分で運転した方が、安定感がある。たぶん車を自分の一部と認識しやすいのだろう。


「影路ちゃんの能力の範囲は、影路ちゃんの【認識】で決まっているみたいなものだからね」

「なんだそれ」

 そう訊ねながら、佐久間は車を道の端に止めた。そこで私は降りて佐久間と運転を交代する。

「確かに、この方がやりやすいかも」

 運転をせずに車まで能力の範囲を広げるというのは、結構気を使うが、運転をしている時に能力を使う事は慣れているので、やりやすい。

「影路ちゃんの能力は、影路ちゃんの【認識】に大きく左右されるんだよ。影路ちゃんの能力は本来扱いにくい、珍しいタイプだから、能力を使う時は明確に【認識】しやすいようにした方がいいよ」

「【認識】に左右ってどういういう事だ? 血が付いているか付いていないかじゃないのか?」

 シートベルトをしながら、佐久間はエディに尋ねた。

 自分の能力について他者が考察するのは珍しいので、私も気になりエディの話に耳を傾ける。

 

「影路ちゃんの能力は目に見えない分かりにくい、自身の【認識】を使って他者の【認識】を変える能力で、扱いが難しい代わり、僕や佐久間のような能力と少し違って応用も幅が広いんだと思うんだよねー」

「【認識】?」

「影路ちゃんか影路ちゃんじゃないかどうかという事だよ。血は【影路ちゃん】を認識をしやすくするアイテムって所かな」

 ああ。そう言う事。

 確かに、【無関心】は私に対して誰もが無関心になる能力だ。つまりは認識。【私】の範囲がどこまでなのかを、私がどう認識しているかだ。その認識を強制的に他者へ押し付ける能力……。

「だから【無関心】にできるのは、別に【物体】に対してだけじゃなないと思うよ。認識さえできればだけどー。とりあえず、影路ちゃん、施設に向かってくれる? 時は、金也! ゴーゴー!」

「みゃー!」

 エディーとパンダが右手を振り上げたので私はパーキングからドライブに変えて、車を走らせた。周りに車があまりないので、走らせやすい。

 朝が早いから……だけではなく、たぶん怪盗が暴れまわっているからだろう。ちらっと佐久間と合流する前にエディから、今怪盗が色んな場所で盗難を繰り返していて大変な事になっていると聞いた。その為に深夜、町の中から電気が一度消えたとも。

 今は普通に戻ったかのように見えるが、たぶん今も普通じゃない。


「佐久間」

「ん?」

 佐久間がいなければエディの願いを叶えるのは大変になる。私もエディもAクラスの施設の中の事を知らないからだ。もしかしたらエディは調べているかもしれないけれど、やはり土地勘があるないは重要だと思う。

 でも佐久間は、本当は怪盗を追いかけなければいけない立場だ。テレビも新聞も見てないので、今の状況が分からないけれど、佐久間はここに居ても大丈夫なのだろうかと思ってしまう。

「大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫。ちょっとは仮眠取ったから。体が丈夫なのだけが取り柄だって、昔から先生にも言われてたし」

「馬鹿は風邪を引かないからねー」

「そうそう――って、俺が馬鹿という事か?!」

 上手く私の言いたい事が通じなかったようだ。違う意味で受け取られた上に、エディが茶化して話がおかしな方へ転がっていってしまう。

「みゃみゃみゃん」

「そ・う・だ・ね」

「勝手にパンダの言葉に副音声つけるな!」

 睡眠不足なら少し寝ていけばいいのにと思うが、佐久間は責任感が強いし、何かあった時前面に立とうと思って起きているんだろうなと思う。私もエディも攻撃性が皆無の能力だからその辺り佐久間に頼るしかない。


 もしかしたら、佐久間の仕事の事を心配した事を佐久間は感づいてあえて話を逸らしたのかもしれない。どちらにしろ、佐久間は理解した上で居るのだから、私がとやかく言う事ではない。

 それにエディも佐久間が組織に戻ると言ったら困ってしまうだろう。

「というか、パンダ。お前、どこまでついてくるんだよ」

「みゃみゃ」

「本当だよね。キャラが被るんだけどー」

「キャラっていうか、エディはいつもの着ぐるみがパンダってだけだろ」

「何言ってるんだい? 僕の売り、『超かわいいー♥』は、もろ被りじゃないかー」

 バックミラーにエディが、小首をかしげる様子が映る。その頭を佐久間が手を伸ばして叩いた。

「止めろ。着ぐるみなしで可愛い子ぶるのはキツイっての」

「酷い。親父にもぶたれたことないのにっ!」


 何かのアニメのネタなのだろうか?

 エディが演技するような動きで佐久間とじゃれ合っているが、基本私はあまりアニメに精通していないので、それが何のネタかは分からなかった。ただエディも佐久間に協力してもらわないといけないから、あえて仕事の話や怪盗の話は避けて、こういった軽口に逃げているのかもしれないなとも思う。

 何もかもさらけ出す事が正しいとは思わないけれど、このままで大丈夫なのだろうかと不安になる。でも不安を膨らませれば私の能力の精度が落ちてしまう。

 鍵を盗み出したのだから、どこかのタイミングで追手がかかるかもしれない。だとしたら、私はとにかく何に対しても無関心を貫いて、能力維持に努めるべきだ。

「そう言えば、このパンダ。よく影路ちゃんの能力を見破れたよねー。佐久間は影路ちゃんを見つけられなかったのに。愛の差とか? 佐久間の愛も大した事がないねー」

「えっ。いや、そんな事ないから。俺は影路が好きだから!」

「佐久間……ごめん。ちょっと黙って」

 2人っきりならまだしも、エディが居る前で叫ばれると流石に恥ずかしくて居たたまれなくなる。私なんかで本当にいいのだろうか。

「やーい、怒られてるの!」

「みゃみゃ」

「影路ぉ」

 いや、怒ってはない。怒ってはないから。

 というか、怒る要素はまったくなくて、むしろ本当なら私こそ佐久間に返事をさっさとしなければいけない立場で。

 

 落ち着け私。

 【無関心】の能力を一日中使うのなんてエディに頼まれた時はそんなに難しい事ではないと思っていた。今までにそうやって一日を過ごした事もあるのだから、多少は疲れても問題はないと思っていた。

 でもいざやってみようと思うと、思った以上に心を動かされる。

「……恵まれすぎて、罰が当たったのかな」

 自分の能力すら上手く使いこなせなくなりそうだなんて……。

 佐久間がいて、好きだと言ってもらえて……友人までできて。幸せすぎるけれど――本当にこれでいいのだろうか。

 こうやって能力が使えなくなりそうになるのは、この状況が本当は【許されない】からじゃないだろうかと、不安になる。でもそれを佐久間達に告げられないのだから、今は不安は消さなければ。

「影路?」

 不思議そうに佐久間に名前を呼ばれて、私は首を振った。

「ごめん。何でもない」

 今は深く考えない方がいい。そうすれば上手く行くはずだ。

 とにかく今は能力が消えてしまわないように、私は様々な問題から目をそらし、アクセルを踏む足に力を入れた。

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