反逆者の恋(9)
「みゃ、みゃみゃみゃ、みゃみゃ」
タッチパネルのボタンをパンダは押そうとしたが、指の問題で押す事ができなかったので、代わりに俺がパンダの示すと通りに暗証番号を押した。
「なんで、お前、番号を知ってるんだよ」
「みゃみゃみゃん」
ピーっという音と主に入口のドアが解除されるのを見て、俺はパンダにツッコミを入れる。しかし、パンダは知ってか知らずか、素知らぬ顔だ。鳴き声も、何となく、『な・い・しょ』と言われている気分がする。
「……実は人間って事はないよな?」
「みゃ、みゃ」
あー、分かんねぇ。
コイツの能力が人間の言葉を喋る系だったら良かったのに。もしくは動物の言葉が分かる系の能力者がここにいればいいのにと思うが、生憎とどちらもない。
中に入ると、まだ早い時間にも関わらず、数名の職員が机にうつぶせになっていたり、コーヒーを飲んでいたりしていた。
エリートでも徹夜残業かぁと思うと、組織ってどこの部署も人使いが荒いよなと同情する。まあ、エディが情報盗むわ、怪盗がやりたい放題しているみたいだから、忙しくても仕方がないんだけど。
それぐらい忙しいにも関わらず、天井にテレビが吊るしてあるのは、優雅なこってと思うが。俺の部署にはテレビなんてないので、ひたすら仕事をしろ方式だ。もっとも、基本的に人手が足りない部署で、請け負う事件も餞別しているぐらいらしいので、テレビを見る暇もないし、もっぱら外回りが多いんだけど。
「みゃ」
急げとばかりにパンダが鳴くので、俺も後ろについていく。
影路のおかげで、誰も俺らの存在を気にしていないが、だからといって無駄に長居する必要はない。
影路が言うには、この能力は消えているわけではないから万能ではないらしい。敵意とか殺意とか強い意志を自分から向けても、能力が解除される。
……でも十分凄いというか不思議な感覚だよなと思う。
誰も俺とパンダを見ないというか、気にしていない。俺はまだしもパンダがいたら普通驚くだろうに、誰もそれを疑問に思わずスルーしている。
最初こそ隠れながら進んだ方がいいのかと思ったが、まったくそんな必要もなさそうだ。
影路の毎日はこんな感じなのかな。
確かに居るんだけど、誰からも気にされない。便利なんだけど、何だか寂しいなと、改めて思う。
「……なんか嫌だな」
「みゃ?」
「お前の事じゃないよ」
自分に話しかけられたと思ったのかパンダが鳴く。
嫌なのは、影路にこんな寂しい気分を味あわせるという事。まあ、元々これは影路の能力だし、別に影路にとっては特に気にしないような事なのかもしれない。
できるなら、俺は影路を独りにしたくないとか言ったら、くさいかなぁと一人照れてると、カプリとパンダに噛みつかれた。
甘噛みだけど……痛くないわけじゃないんだぞとパンダを睨むが、通じているかどうかは分からない。
「みゃ」
「はいはい。真面目にやるよ」
パンダにせかされながら、頭を切り替え鍵がある場所へ向かう。
あまりにも誰にも注目されない事で気が緩んでしまうが、気をゆるめている場合ではないのだ。
番号は何だったかなと思いながら、カードキーが保管されている場所へ行く。
「みゃ」
もたもたと俺が鍵をあさっていると、俺より早く鍵をパンダが見つけた。
……何だろう、今の俺の役だってない感は。というか、番号影路が覚えてるから、若干うろ覚えだった俺のお馬鹿さかげんにちょっと泣ける。
まあ、いいや。俺の見せ場はもっと別の場所にあるはずだと、思った以上に早く終わってしまったミッションインポッシブルに物足りないような気分を味わいながら来た道を戻る。
「おい、音量上げろっ!」
「ん? なんでっ――マジかよ?!」
何故か突然周りが騒がしくなり、俺は気が付かれたかとドキッとする。
借り物の能力なので、あまり能力を使っている感がない。なので、能力が切れたのかどうか俺には分からなかった。今すぐ走って逃げ出すべきか、誤魔化すべきかと周りを見渡して、職員の目が俺を捉えているわけではない事に気が付く。
気にしているのは、俺よりずっと上。テレビだ。
そう言えば、音量上げろとか誰か言ったなと思い、俺もテレビを見上げる。
「……あれは――えっと、花園?」
何か見た顔だよなぁーと考えて、影路の事を探していた時に会った子だと思いだす。テレビで見ると、実際に見るでは、若干雰囲気が違うなと思いつつ……なんで花園?
彼女はDクラスの子で、テレビに映るような芸能人ではなかったように思うが――。
『パンッ!』
大きな音を立てて、突然テレビ画面の中で風船が破裂した。
一体何だと見れば、破裂した風船の中から薔薇が出てきて地面へ落下する。どうやら大輪の花を咲かせた薔薇の棘が風船を内側から突き破ったらしい。
『――私の能力なら、短時間で種を花へと成長させられます』
花園の言葉を聞いて、そう言えば花園の能力は【開花】だったなと思い出す。種から花を咲かせることができたのは初めて知ったけど。でもこんな早朝に、何の番組なんだ?
『私達の要求は3つです。1つ、能力階級制度の撤廃、2つ、Aクラス施設および箱庭の解放、3つ、Bクラスの政治統治者達に自らその舞台から降り罪を償っていただきたいです。この条件が飲めなければ、貴方達の大切な人達を風船と同じように、内側から壊します』
……部屋の中が一気に騒めいた。
テレビの画面に、部屋の中で遊んだり、寝たり、泣いたりしている子供達が映し出されたからだ。その中の1人が、たまにテレビで見かける総理大臣の子供だと気が付く。
『彼らには、薔薇の種を食事に混ぜ食べていただいています』
施設の職員達が俺の周りで罵る。
勿論その声が花園へ届く事はない。こことあそこはとても遠いのだから。でもその罵りが聞こえているかのように、花園の声はまるで原稿を読んでいるように固い。緊張しているのか、恐怖を感じているのか、理由は分からないが。
『早い決断をお願いします。私達は無駄な血を流したくありません。しかし要求が受け入れられなかった場合、子供たちだけではなく、この国全員が人質となります』
『パンッ!』
再び風船がなり、画面に砂嵐が映し出される。
電波ジャックか何かだろうか?……エディなら分かりそうだが、生憎と俺はその手のものは疎い為さっぱりだ。
「やべぇな。おい、鍵持って、上がるぞ。それと、3階に連絡。子供達の救出優先にしろって電話入れておけ」
鍵という言葉に、俺ははっと我に返る。
呆然としている場合じゃない。鍵を確認されたら、足りない事に気が付かれてしまう。そうしたら、防犯カメラを確認される可能性がある。
ただ3楷というのは、俺の部署の事だ。
きっと、今テレビに映った子供たちの救出をする為に、明日香を含めた仲間が動くのだろう。怪盗Dがあっちっこっちで騒動を起こしていて、今頃ぐったりしているだろうに。
俺はそれを手伝わずに何をしているんだろうと、ふと我に返る。
エディがやろうとしている事は犯罪じゃないか? だったら、俺は犯罪の手伝いをしているという事だ。本来犯罪を止めて、弱いものを守らなければいけないAクラスなのに。
本当なら俺はエディを止める立場じゃないだろうか。エディを止めて、上司とかけあって、エディが重い罪に問われないようにするのが正しいんじゃないか?
影路の事だって、もっとちゃんと春日井部長に――あれ? そもそも、何でエディは影路の親の事なんか調べていたんだ?
エディがこれから連れ出そうとしているのは怪盗Dで、影路の親なんて全く関係がない。影路に協力を求めるのは分かる。こういう潜入の時にとても役立つ能力なのは今実感しているから。
だとしても何で影路の過去が必要なんだ? 怪盗DはDクラスという噂だし、繋がっていないか気にしているからか?
影路と怪盗Dは、不本意だけど俺が引き合わせてしまった事があった。その時、影路は怪盗Dに王冠と称されるほど気にいられている。でも明らかに初対面な感じだったし、今も影路の性格からして怪盗Dと繋がっているとは思い難い。
そもそも怪盗Dって誰だ?
エディは怪盗Dに体を貸している幼馴染の子を助けたいから怪盗Dを囚われている場所から連れ出したいという説明をした。
囚われている場所はたぶんAクラスの施設の中にある箱庭の事だと思う。危険な能力者や、逆に誰かに悪用されてはいけない【予言】の能力者が住んでいる場所だし。
そんな場所に囚われている理由は何なのだろう。
元々犯罪歴があるからだったら、そもそも他者の体を使ったって怪盗Dとして暴れまわる事も無理だろうから違うのだろうけれど……。
「全然、分からん」
考えてみたが、影路の親と怪盗Dとまったく繋がらない。
エディは何か分かって調べているんだろうし、影路も何かに気が付いている様子だった。もしも間違えても信じて欲しいなんて言葉は、そうじゃなければ出てこないだろう。
俺は――。
「パンダ、行くぞ」
「みゃ」
入口に人がいて、廊下に中々出られそうもないので、【風使い】の能力を使って、別の人がいるあたりの机に積んである書類を崩す。
「うわっ」
「おい。何やってんだよっ! このくそ忙しい時に」
「すみません!」
書類が勢いよく散乱した机の周りに、入口にいた人が移動し、一緒に書類を拾うのを見て、俺は外へ出た。
馬鹿だからなのか、情報が少ないから分からないけれど、さっぱりエディが何を考えているのか分からない。分からず、俺は協力している。
本当だったら、Aクラスの俺がこんな事している場合じゃない。
でも春日井部長は【彼女の力を借りたい】、【国の為に、彼女の能力が必要ならば、致し方がありません】といいつつ、影路を連れて来いとは言わなかった。ただ会いに行けと言った。
それは春日井部長がこれから何が起こっているのかを知って、彼女なりに出来るギリギリの場所で、影路を守ろうとしているのではないだろうか。
Aクラスなら私情を優先させるべきじゃなくて、この能力は国の為に使うべきだ。そう教わったし、今だって犯罪に使うのではなくて、誰かを守る為に使うべきだと思う。
でも、俺らはロボットではない。
だから俺は友人を信じる。
「影路、待たせたな」
「みゃ!」
俺はそう言って、エレベータの中へ戻った。