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反逆者の恋(8)

 佐久間が出ていった扉を見つめながら、私はため息を落とした。


 エレベーターで私が待機し、佐久間とパンダが戻って来るのを待つのが一番理にかなっていると頭の中では分かってはいる。

 私の能力に攻撃性はなく、佐久間や明日香の様に訓練を受けているわけでもない。運動神経も普通なので、サポートに回る方が能力を生かせる。

 でもまるで私が守られている様な、他者を使っている様な位置にいるのは申し訳なくなる。私は決してそんな事をしていい人間ではないと思うから。

 それと同時に、私の能力の危険性と使い道が徐々に見えてきた。それをあえて見せている相手は、数通り思い浮かぶが、まだどれという答えは出ない。けれど……。


「ちゃんと知るべきだよね」

 気が重い。

 それでも佐久間達が頑張っているのに、私だけが動かないわけにはいかない。大きな動揺は能力を揺るがすけれど、たぶん今の私なら大丈夫だと思う。

 もしも能力が無力化したら佐久間に迷惑がかかると思えば、絶対そんなミスはしない。たぶん今ここで刺されたとしても、私は能力維持を優先できるだろう。

 もう一度だけ息を吐き、鞄から鏡をとりだす。

 真実と向き合う為に。

「鏡男」

『おはよう。今日は早いね』

 鏡を取り出せば、そこには私とよく似た男の顔が映る。

「おはよう。鏡男こそ、しっかり起きているみたいだけど」

『早起きは三文の徳だからね。こうして綾の顔をちゃんと見れたわけだし』

「私は損した。寝顔を見損ねたから」

 鏡男が軽口をたたいてきたので、私も同じように軽口を返す。私としては、鏡男の寝顔の方がレアだ。大抵私が呼びかけた時、鏡男は起きている事が多いから。


『それは悪かったね。僕は綾の寝顔を何度も見ているからいいけど。しょっちゅう僕の前で泣いて喋って寝てしまっていたもんね』

「それは、小学生の頃の話」

 幼い頃の失敗を知っている相手というのは色々厄介だ。忘れてほしいことでも、今だに覚えているのだから。

「もう、今は泣かない」

『本当に?』

「……あんまり泣かない」

 問い詰められて、私は目を逸らした。

『駄目だなぁ、綾は。やっぱり僕がいないと』

 勝ち誇ったように言われ、できるだけ私は表情を出さないように鏡男を見返した。これ以上からかわれる気はない。そんな為に、私は鏡を鞄から出したわけではないのだから。


 会話の主導権を奪い返す為、私は深く息を吐き、平常心と心の中で唱える。動揺してはいけない。

「あのさ。鏡男って……本名は何?」

 勇気を振り絞って私は尋ねた。

 声が震えない様、平常心を崩さない様に。【無関心】の能力を崩したら、佐久間の役に立つところか、本末転倒だ。

 とても緊張しながらの質問だったが、ふいに鏡男が大笑いを始めた。

 私の質問が可笑しくて仕方がないというように。ただ名前を聞いただけで、どうしてそこまで笑われるのか分からない。

『ふふふ、はははっ。あははは。……今更聞くのかい。今までずっと、僕の呼び名は【鏡男】とか、センスの欠片もない呼び名だったのに』

 実際、確かに名前を聞くのは今更感がある。

「それは鏡男が意地悪したから」

 どういう流れだったかもう忘れてしまったが、初めて会った時に喧嘩して、『お前なんて鏡から出られないんだから、鏡男で十分だ!』と宣言して以降ずっとそう呼んでいた。

 最初こそ意地になってそう呼んでいたが、いつしかそれが彼のあだ名として私の中で定着したのだ。

『そうだったっけ? あ、でも。確かに僕は鏡から出られない。鏡ごしにしか綾と喋る事もできなくて、綾に何も出来ないから、間違ってはない名前だったんだけどね』

「……えっと、何というかごめん」

 微妙に引きずっている?

 自虐っぽく言われているけれど、どうにも呼び方に対して恨み言を言われている気がした。

『そんな、何も綾は悪くないよ。綾が泣いても、涙1つ拭いてあげられない僕は、鏡男で十分さ』

「本当にごめん」

 やっぱり私では彼に口で勝つのは無理らしい。

 自分のペースに持ち込もうとしたのに、気が付けばやっぱり鏡男の方が一枚上手だ。勇気を出してみたけれど、結局本名はこのまま誤魔化されてしまうだろうか。


『……ユウ。僕の名前は春日井湧かすがいゆうだよ』

 しかし私が危惧すると同時に、鏡男はすんなり名前を告白した。

「春日井、湧」

 その名前はつい最近パソコンの画面の中で見たばかりのものだ。

 春日井真冬の実子。私の双子の兄弟。

 マジマジと鏡男――湧を見る。私と似通った顔立ち。今でこそ、男女で違いが大きくなっているが、小学生の頃はどうだったか。

 まるで本当の鏡のようだったのではないか。

 だから、私は鏡に映った男の私という意味で、鏡男と呼ぶようになった。勿論鏡から出られないという意味がないわけではないけれど。

『そして君の双子の兄だね』

 ……やっぱりか。

 彼が私の血縁関係であることが。

 そして、私が彼にとってどんな立場かを、湧自身も知っている事が。

「うん」

『それほど驚かないんだね。まあ、綾も薄々分かっていたという事かな?』

「……湧も私が気が付いたと知っていたよね」

 そうでなければ、兄弟である事を明かさなかっただろう。私と湧は名字が違うから言わないという選択もできた。またあの流れで私が湧の正体を探っているとまでは分からなかったはず。

 それでも湧から明かしてきたという事は、私がその答えを知りたいと思っていると気が付いていたから。

『そうだね。でも、気が付くのが少し遅いよ。何年かかってるんだい? まったく』

 呆れたような口調はいつもと変わらない。

 このやり取りも、彼の中ではあらかじめ想定していた事だからか。

「ヒントが少なすぎる」

『ヒントは自分で聞かないと』

「聞いたら教えてくれた?」

『聞いて教えるかどうかは別問題だよね』

 間違いない。


 彼は教えたければ教え、教えたくなければ教えないだろう。……ただそれでいけば、彼にとって、今は私に教えたい時であるという事。

 その理由は何故か。

「湧は、どこにいるの?」

『僕はAクラスだから、Aクラスの施設……【箱庭】の中だよ』

「【箱庭】? 施設の中にあるの?」

『そう。簡単に言えば、小さな作り物の世界かな。とりあえず不便は感じない場所だよ。Aクラスの施設の中にある隔離空間で、そういう名前が付いている』

 佐久間だったら知っているのだろうか。

 施設というのは、実のところAクラスではない人間にとっては未知の場所だ。家族にAクラスが居る場合、面会できる場所までは入る事が出来るが、それもない場合は、壁で囲われた向こう側の世界という感じでしかない。

 Aクラスと話す機会ほぼない為、あそこはある意味大和であって、大和ではない、遠い別の国だ。

「そこにずっといるの?」

『まさか。ここは何もかもが満たされるけれど、将来的にはここを出るよ』

 出るよという事は、自力で出る事が出来る場所なのだろうか。

 でも今はそこに居て……将来とはいつの話なのだろう。そもそも湧が私の双子の兄弟という事は、年齢も同じという事だ。

 Aクラスと住んでいる場所が違うからだろうか。会話に違和感を感じる――。

「今は学生?」

『通信だけど、大学まで卒業はしてるよ』

「なら、働いているんだ」

 

 学校を卒業して、年齢も成人になろうとしている。なら、彼はどのタイミングで【箱庭】から出るつもりなのだろう。

 そもそも【箱庭】とは何なのか。

「でも、もうすぐ20歳だしね、お互い」

 エディはこういっていなかっただろうか。Aクラスの中でも、危険で扱う事ができないとして閉じ込められている人が全体の5分の1はいると。

 そして湧は【箱庭】を隔離空間と説明した。

 隔離というのは、閉じ込められているというのと同じことではないだろうか。

『20歳の誕生日には、綾に素敵なものを上げるよ。今まで何も上げられなかったから』

「上げるって、郵送してくれるの?」

 私が誕生日という事は、湧も誕生日という事だ。ならば私も何かプレゼントをしたい。しかしAクラスの施設内の人にプレゼントを贈る事は可能なのだろうか?

 色々制限がかかる場所だし、今まで関わりがなかったから、調べてみないと何ができるのかも分からない。そもそも、逆は問題なかっただろうか。

『郵送はできないものだからね。直接渡したいと思ってるよ』

「……外に出て来るの?」

 出るのは成人のタイミングという事か。

 Aクラスは知らない事が多すぎて、それが普通の事なのか、そうでないのか分からない。

『出るよ。僕は作り物の世界で一生を終える気はないから』

「一生って――」

 大げさなと言いかけて、本当に大げさなのだろうかと言葉を止める。

 

 確か私が影路家に引き取られたのは、不吉な予言を読まれたから。そのすべてを、双子の片割れであり、Aクラスである湧が今は背負っている。

 なら湧が【箱庭】にいるのはその為ではないだろうか。そして予言はまだ成就していない。危険ではないという証明は、悪魔の証明だ。できるはずがない。

 もしも予言が無意味なものとなる瞬間があるとすれば――。

『綾、僕はね。僕らに読まれた予言を成就させようと思うんだ』

 ――予言を予言ではなく、過去のものとしてしまう方法だけだ。

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