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反逆者の恋(7)

 神様。俺は何か悪いことをしたのでしょうか。

 カリカリカリカリという音を立ててエレベーターの壁を引っ掻くパンダを、影路が壁から離す姿を見ながら、2人っきりではなくなってしまった事に対してこっそりため息をつく。

 最初こそ影路が緊張して気まずい雰囲気だったが、いい雰囲気になりかけてきたところだというのに。まるでエディが、リア充爆発しろと呪いをかけているかのようだ。

「どうしたの?」

「みゃあ、みゃ」


 2階で偶然にも再会をした、能力持ちのパンダは、どういうわけか俺たちに気が付いてしまい、まるで連れていかなければお前らの存在をばらしてやるぞと言わんばかりに、カリカリと壁を引っ掻き鳴き声を上げた。

 そこで影路が再び血を使って【無関心】の能力の付与を行ってエレベーター内に連れ込んだわけだが、いつまでも連れて歩くわけにもいかない。

「佐久間」

 少しだけ困ったように眉を潜め、影路が俺の顔を見上げた。

「彼女は何を訴えているんだろ?」

 あれ? もしかして影路ってば、俺にパンダの言葉が分かると思ってるのか?

 そう言えば、以前俺はパンダに向かって話しかけた事があった。大抵の能力持ちの動物は人間の言葉を理解するぐらい頭が良いから言葉が通じるだろうと思って話しかけただけだ。断じて、俺がパンダの言葉を知っているわけではない。

 そもそも、この猫のような鳴き声は普通のパンダと同じなのかどうかすら俺は知らない。

 でも影路の目が期待に満ちている気がする。気のせいかもしれないけれど、頼られている気がするのだ。

 できるなら、いいところを見せたい。


「パンダよ」

「みゃあ」

 ……とりあえず声をかけてみたら返事をした。

 何とか言葉は通じるみたいだ。一方通行だけど。

「腹が減ったのか?」

「みゃうみゃう」

 違うっぽいな。というか、飯なら俺らじゃなくて2階の職員に言うよな。

 何がしたいのだろうと思えば、カリカリとパンダはエレベーターのボタンの下を引っ掻いている。……もしかして。

「どこか行きたい所があるのか?」

「みゃう!」

 パンダが右前足を上げた。えっと、正解という事だよな。チラッと影路を見ると、俺の方をじっと見つめていた。

 あ、影路って以外にまつ毛長いな。

 化粧をほぼしていないので、影路姉のようなつけまつげは付いていないが、こうやってマジマジと見ると結構長いのではないだろうか。

 

 可愛いなぁと思っていると、邪魔するように、ミャウミャウとパンダが鳴いた。

 やっぱりお前は、エディの差し金か?! と正直言いたくなったが、影路からの尊敬のまなざしを失いたくないので、ぐっと我慢する。

「えっと。それでどこに行きたいんだ?」

 少しばかし前より大きくなったパンダを抱き上げてボタンの前に持ってきてみた。案外1階なら、そのまま影路を丸め込んでパンダを外へ逃がしてしまえと若干思う。

 とりあえず、仕事をするにも邪魔だ。

「みゃっ」

 ピッっとパンダがボタンを押したそれを見て……俺は一瞬固まった。

「えっ。えっ?! お前、何してくれてんの?!」

 パンダが押したボタンはよりにもよって、5階だった。適当に押したにしても、なんでそこを押す。

 あわわっと俺が慌てていると、影路が慌てず騒がすピピッと5階のボタンを連打した。すると、5階のボタンの点灯が消える。

「大丈夫。この会社のエレベータは連打でキャンセルがきくから」

「あ、そうなんだ。良く知ってたな」

 何でここで働いている期間が長い俺よりも、影路の方が詳しいのだろう。

「以前清掃中にたまたま同じタイプのエレベーターを使っている所があって、そこで消している人を見た事があったから」

 やっぱりただ単に、影路の洞察力が凄いだけなんだよなと自分を慰めつつ、俺はパンダを下におろした。

 何故かパンダがポンポンと膝を叩く。……慰められているのだろうか。でもそれは逆に泣ける。お願いだ。そっとしておいてくれ。

「えっと、5階に行きたいの?」

「みゃあ」

「何で行きたいんだよ」

 どうしてよりによって5階なんだ。行きたい理由がまったく分からない。

「みゃうむ、みゃみゃ、みゃあ、みゃ」

 ふむふむと頷いてみたが、……さっぱり分からん。


「もしかして、ドリームに頼まれたの?」

「みゃみゃみゃう」

「ドリーム?」

 誰だっけ、ソレ。聞き覚えがあるようなないような……。

「怪盗の仲間で、【夢渡り】の能力者。Dクラスの能力に分類されているけど、だからこそ何が出来るのか未知数な部分が大きい。でも夢を使って相手と会話が可能なのは確か」

「へぇ……ってお前、まさか怪盗の手下?!」

「みゃうみゃう」

 パンダがぶんぶんと首を振った。……違うと言いたいらしいが、本当か?

 だって、それ以外で5階に行きたいとかないだろ。

「みゃみゃみゃ、みゃうみゃ、みゃあ」

 ……分かんねぇ。

 何か言い訳をしているのかもしれないが、何を訴えたいのかさっぱりだ。

「私たちの事を手伝ってくれるの?」

「みゃあ!」

 パンダはぺたんと地面に座ると右前足でぽんと自分の胸を叩いた。

「影路、絶対怪しい……った。噛むなこらっ!!」

 笹を食べて丈夫になった強靭な顎で噛みつかれて、俺はパンダを必死に足から離す。畜生。何なんだよ。

「止めて。強い感情をぶつけあうと、能力が途切れちゃうから」

「影路。俺の心配は?」

「勿論、佐久間が痛そうだから」

 付け足された感があるのが若干悲しい。

 

「みゃう」

「佐久間に疑われて悲しかったんだね」

 よしよしと影路がパンダの頭を撫ぜるが、なんだか同情的だ。

「……影路ってパンダが好きだっけ?」

 いつのまにか、エディのパンダ信教にでも入団したのだろうか。

「普通?」

 えっと、普通のパンダに負けている俺っていったい……。やっぱり影路に好かれているかもなんて、俺の夢幻だったのだろうか。良い雰囲気は、ただの勘違い――ヤバい、目から汗が出そうだ。

「この子も、佐久間が好きだから、疑われて悲しかったんだと思う」

「みゃ。みゃみゃみゃみゃあ」

 女心が分かってないわねとパンダに言われた気がした。……俺の気の所為だと思っておきたい。


「それで、えっと。百歩譲て信じたとして、5階に行ってどうするんだよ。」

「みゃ」 

 再びパンダが前足で自分の胸を叩く。

 すごく自信ありげだ。言葉は分からないのに、まかしておけと言われているのは伝わって来る。

「暗証番号が分かるの?」

「みゃ」

 肯定のようだ。

 って――。

「何でわかるんだよ?!」

 やっぱり、盗賊と繋がってるだろ?!

「みゃう、みゃう、みゃみゃ」

 パンダは俺の膝をポンポンと叩き、自分の胸を叩く。そして、影路の膝を叩くと首を振った。くっそ。誰か、動物の言葉が分かる能力の持ち主やって来いと言いたい。

「もしかして、私にエレベータで待っていろって事?」

「みゃ」

 正解!

 パンダがグッジョブというかのように前足を上げた。というか、俺の質問丸無視だな、この野郎。まあパンダが答えたところで、分かるとは思えないが。

「影路、良くパンダの言っている事が分かったな」

「私に悟らせたい事が見えてきたから……」

 悟らせたい?

 

 何の話だ?

「影路――」

「みゃみゃみゃみゃう」

「――お前は少し黙れって。誰か来たらいくらなんでもバレ――って、だから噛むなって。俺の足は笹の葉じゃない」

 本気で噛みついているわけではないだろうがガジガジと噛みつかれて足が地味に痛む。

「噛むのは止めて。それに私は、そういうのは望んでない」

「みゃうみゃう」

 パンダは俺の足を離すと、首を振る。話についていけず俺はパンダから影路の方へ視線を向ける。影路はあまり表情を変えていないが、困っているように見えた。

 とりあえず、パンダが言いたい事を整理しよう。

 つまり、パンダと俺とで鍵を取りにいき、影路がエレベーターの中で能力を発動したまま待機するという事だよな。パンダはどこで知ったのかは知らないが、暗証番号を知っているので、誰かを待って5階へ潜入する必要もない。

 ……パンダがどこで情報を手に入れたかを気にしなければ、すごくいい提案ではないだろうか。

 影路が危険にさらされる事はないので、【無関心】の能力も安定する。俺ら自身が殺意とかを向けてもいけないらしいので、絶対破られないというわけではないけれど、でも影路は安全だ。


「影路、心配するなって。鍵なら俺らがすぐ持ってくるからさ」

 きっと影路が困ったような様子なのは、俺やパンダの事を心配してだろうと思い、安心させるように笑った。

「それにもしも俺やパンダに何かあっても、その時は影路が助ける事が出来るだろ?」

 きっと見捨てて逃げろと言った所で、影路はそれを選択しないと思う。むしろ率先して自分を犠牲にするタイプだ。

 だったら、こう言った方が影路も納得しやすいだろうと思い言うと、影路はしぶしぶといった様子で頷いた。なんというか、気持ちとしては納得できないけれど、理論的には分かっているというような感じだ。感情を隠すのも得意そうなのに、相当不服なのか、俺にも影路の気持ちが凄く伝わる。

「じゃあ、それで決まりな。お前の事は信用していないけど、一時的に共同戦線といくか」

「みゃ」

 5階のボタンを押すとぐんぐんエレベーターは上へあがっていく。

 そしてチンという音と共に扉が開いた。


 さてと。この先には防犯カメラがあるんだよな。

 あまり長く留まるわけにはいかないなと思いつつ外へ出ようとすると、少しだけ服が引っ張られた。強い力ではないので、どこかに引っかかったのだろうかと思うが、エレベータで引っかかりそうな場所はない。

「えっと、影路?」

 振り返れば、影路が服をつまんでいた。

 無意識だったのか、俺の言葉に反応して、慌てて手を放す。

「……無理は絶対しないで」

「おう。任せとけ」

 くそ。やっぱり可愛いな。

 こりゃ、失敗なんてしてられないぞと、俺は気合を入れなおした。

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