反逆者の恋(6)
「中々来ないな」
「だね」
エレベータに乗ったまま私は佐久間と喋る。現在エディによってエレベーターに設置してある監視カメラはただの張りぼて状態だ。
だから誰もいないエレベーターでどれだけ話しても問題がないのだが、何となく気まずい雰囲気で会話が弾まない。今までだって、佐久間と2人きりになる事はあったと思うけれど、ここまで緊張した事はあったかなと思う。
能力を乱さない程度に落ち着こうとはしているが、そうすると余計に無口になってしまい、空気が重くなる気がする。
「あのさ、影路」
「何?」
改めて佐久間に声をかけられて私は何となく身構える。
勿論、佐久間と話すのが嫌なわけではない。けれど、佐久間から出る話題は、どれもこれも私には動揺を与えそうなものの可能性が高いのだ。
「この仕事が終わったらさ、遊園地に行かないか?」
「遊園地?」
「ほら。前に遊園地で遊ぼうとしたけど、色々あって全然遊べなかったし」
そう言えば、以前仕事後に佐久間と遊園地で遊ぼうとしたのに、事件に巻き込まれてしまってあまり遊べなかった事があったなと思いだす。
「いいよ」
遊園地というのは、私には縁遠い場所だと思っていた所で、ほとんど行った事がない。そこで清掃業務をして、実際にそこで遊んでみたいなと思ってはいた。
「明日香とエディも誘う?」
仕事抜きで遊ぶのはほとんどした事がないけれど楽しそうだ。でもエディの場合、パンダの着ぐるみ姿で遊園地に入ろうとするだろうか? ……しそうだなぁ。
遊園地のマスコットキャラと間違えられなければいいけど。いや、それ以前に不審者扱いされる気がする。
「いや、その。えーっと。一応、デートに誘ってるんだけど」
「……えっ。あ。ごめん」
「謝るなって」
しまった。そうか。この流れは、デートの誘いだったのか。
思いっきり会話のキャッチボールをミスってしまい、私は申し訳ない気持ちになる。気まずい空気が流れて、数秒前の自分に説教をしたくなった。
「いや、影路が皆で遊びたいなら――」
「佐久間と2人がいい」
佐久間が提案を引っ込めそうになって、私は慌ててデートでいいと伝えたが、自分がとてつもなく恥ずかしい事を言った気がして動揺が大きくなる。
「うん。……そっか」
い、いたたまれない。
能力が途切れてしまうのではないかと思うぐらい、心臓がドキドキと鳴っている。やっぱりこれは経験のなさが悪いんだろうなと思う。
これが明日香なら、こんな風に佐久間に気を使わせずに、ちゃんとこれがデートの誘いだと気が付いただろうし。少しだけ自己嫌悪になる。
「えっと。影路。分かっていると思うけど、俺は影路が好きなんだからな」
念押しまでされて、自分の無神経さに、更に落ち込む。佐久間の真剣な告白を私が忘れていると思ったのだろう。でも今のやり取りは、そう思われても仕方がない。
「でもって、そのデートで影路の答えが聞きたいんだけど……いいか?」
「そんなに後でいいの?」
私の気持ちは決まっている。後は少しの勇気だけだ。
その後に来るだろう、明日香への罪悪感私が請け負うべきものだと思う。色々考えたけれど明日香とは、これからも友達でいたい。けれどそれは多分私が遠慮すればいいだけの話ではないし、もしもそんな事をすれば、正義感が強くてまがった事が嫌いな明日香は私の事を軽蔑するだろう。
「そりゃ気持ちとしては、今すぐ聞きたいけど。どういう結果だとしても、絶対この後仕事にならないし。だから終わった後に、正直な気持ちが聞きたいんだ。俺がAクラスだからとか、そういうので遠慮はいらないから」
佐久間にきっぱりと言われてしまったら、私も返事ができない。
でも確かに、これ以上動揺が大きくなってしまったら、能力維持なんて無理な気がする。今までこんな動揺している中で能力を使った事がなかったので、今ですら結構未知なる挑戦なのだ。これ以上というのは、不安が大きい。
「話は変わるけど、そういえば影路って、いつ血を媒介にして能力の付与が出来るって知ったんだ?」
唐突に話を変えたのは、きっと佐久間のやさしさだろうなと思いつつ、そのやさしさに乗っかる形で、私は昔を思い出す。
「えっと、何歳だったかは覚えていないけれど、お姉ちゃんと遊んでいる時に野良犬に襲われた事があって、その時だったと思う」
「野良犬?! 大丈夫だったのかよ」
「うーん。腕を噛みつかれたけど、食いちぎられはしなかったから」
「いやいや、十分大事だろ」
確かに姉はいつでも強気で泣く事がなかったのだけど、私が病院から帰ってきたら、よほど怖かったらしく、ものすごい泣かれた。まあその後私が泣かない分代わりに泣いているのだと堂々と言われたけれど。
ちゃんと腕はくっ付いているし、障害も残らなかったからあまり気にしてはいない出来事だったけれど、今思い返すと結構大事だったんだろうなと思う。
「影路って、能力だけじゃなくて、自分のことに対しても結構無関心なんだな」
「そう?」
「普通怪我をしたら、まず自分優先だし、噛みつかれたら大事だって。能力って、性格に似ている所があるよな」
「性格に似てる?」
能力は神様がくれるもので、性格との類似とかは気にした事がなかった。
「ほら。明日香はキレると手が付けられないし。だからあいつの能力も、攻撃重視だろ? 逆にエディは、ビビりだから情報を事前に集めようとするタイプで、実際それにぴったりな能力じゃん?」
「確かに」
言われてみると、能力と性格は似通っているというか、必要なところに必要な能力を与えられている感じだ。
能力に合わせてそういう性格になるのか、それとも神様が望んだ所に望んだ能力を与えているのか。こればっかりは神様に聞いてみなければわからないけれど、後者の方が夢があって、私的には好きだ。
「もしも性格を考慮してるなら、神様って凄いね」
「だよなー。しかも能力って日本の中では上手く使えても海外では使いにくくなるから、能力を使った戦争を起こして混乱することもなかったわけだし」
そういえば、今までの大和の歴史でも、能力を使って外国を攻撃する事はなかった。大和内に攻め込まれた時は神風と称して台風を起こしたりして追い返した事はあったけれど。能力をくれるのは大和の神様だから国内だけでしか力を発揮できないのだと思ていたけれど、案外神様はお見通しなのかもしれない。与え過ぎず、バランスがいい所で止める。
「でも、そもそも神様は、なんで能力を与えようと思ったんだろう……」
大和以外では上手く使えなくても、国内では能力を使った内戦が歴史の中で何度も起こっている。生まれた時からあるものだから、能力がない生活というのはあまり想像できない。でも能力は良き友人であるけれど、使い方によっては悪魔ともなる。
「この国の人が好きだからとかじゃないか?」
「えっと。神様だよ?」
ただ好きだから能力を与えるとか、そんな、子供みたいな単純な理由は流石にないんじゃないだろうか。
「そっか? 結構神様って単純で人間くさいんじゃないかと思うけどな。案外そこまで深く考えずに能力とかも与えて、後であっちゃーとか思ってそうな。おっと。誰か来るみたいだな」
佐久間のおかげで気まずい雰囲気もなくなった所でエレベーターが動き出した。
2階で扉が開き、私は佐久間の手を握って開いた扉の向こうへ向かう。佐久間が何か言いたげな目をしていたが説明は後だ。
私が降りた後に、鳥が入れられた籠と職員が3名ほどエレベーターの中へ入り、扉が閉まった。どうやら1階へ向かったらしい。
「どうしたんだよ」
「たぶん今のインコ、【無効化】の能力が付いた籠に入っていたと思う。もしかしたら一緒にいた人の中に、【無効化】の能力者が居るかもしれない」
【無効化】の能力をエレベーターの中で使われたら、私たちの存在に気が付くだろう。別に私も佐久間も組織に追いかけられているわけではないので、気が付かれたからすぐに何かがあるわけではないけれど、出来るだけリスクは下げておきたい。
「流石影路。……にしても、相変わらず凄いなこの部署は。この間も金魚が飛んでたんだぜ」
動物の鳴き声がいたるところからして、ペットショップのような雰囲気がある。でもここに居る動物は、全て能力を持った動物だ。
「空飛ぶ金魚って……どうやって呼吸するんだろ」
「えっ。普通にするんじゃね?」
「金魚は水呼吸だけで皮膚呼吸はできないと思う」
能力がそれを可能にするのか、それとも何かしらの進化を遂げているのか。以前知り合ったパンダも佐久間と会話が成立する程度に知能が高かったので、能力が身に付いた事により何らかの進化をとげた可能性はありえる。
それにしても、能力って色々謎が多い。
「パンダの時も思ったけれど、能力って色々不思議だね」
そして神様は色々自由だなと思う。
本当に佐久間が言う通り、好きだから能力を与えるとか、そういう自由な事もしてしまいそうだ。
「そう言えば、あの時のパンダってさ……あんな感じじゃなかったっけ?」
佐久間が指さした方からはカリカリカリカリと壁を引っ掻く音が聞こた。まるでこちらを見ろと言わんばかりの音に顔を向ければ、まるで私たちに気が付いているぞと言わんばかりに、ミャッとパンダが鳴き声を上げた。