反逆者の恋(5)
一方の子供がこの世界を壊す――。
佐久間から聞いた私が養子に出された理由を考えて、重たい気持ちになる。
それは私が養子に出された事に対してでも、危険な予言を読まれた事に対してでもないと思う。たぶん私の兄弟が、その予言と一人で向き合うことになっている事を知ってしまったからと、その予言を佐久間に聞かされる前に、とても似た予言をエディから聞いていたからだ。
エディもきっと、この似通った言葉に気が付いたと思う。その事に対してどう思っただろう。ただの偶然か、それとも――。
「影路、大丈夫か?」
「えっ?」
「何か、いつもより怖い顔してる気がするというか……」
「怖い顔してた?」
私は表情が出にくいらしい。らしいというのは、自分であまり意識はしていないからだ。いつでも冷静にいようとはしているが……予言に動揺して少し冷静さを失っているのかもしれない。
「怖い顔というか……鬼気迫るというか。影路は俺より頭が良いから、何か先に気が付く事もあるだろうし、気になる事があれば言ってくれよな」
「はいはい、ラブコメは後でお願いしまーす」
エディは私と違い、普段と変わらない。なので聞いてみなければ、彼がこの共通点をどう思っているかは、私には分からないだろう。
それに私は、佐久間もエディも知らないもう一つの秘密がある。勝手に持ってきしまったものだから、あえて話す事ではないと思ってはいたが、秘密にしていたわけでもない。でも……今は話せなくなってしまった。学校から持ってきた鏡の入った肩かけ鞄を手で押さえる。すべてが一つに繋がりそうな言葉の数々が……怖い。
きっと私が勇気を出しさえすれば、今すぐにでも真実が分かる話だ。全部がただの偶然による類似だけで、繋がらない話だったらいいと思う。
でも導き出された答えが、もしも私が予想したとおり繋がってしまった時、私はどうしたらいいのか。
エディの手伝いはすると決めた。怪盗とも直接話して、彼を外へ出してもいいのか自分の目で見て判断しようと考えていた。
でも……本当に私は正しい判断をできるのだろうか。
そもそも、正しいとは何なのだろう。
「佐久間」
「ん? なんだ?」
名前を呼べば、佐久間はエディとの口喧嘩をやめて私を見た。
佐久間はとても真っ直ぐで強く、正義感がある。だからきっと、佐久間なら間違えないだろう。どんな事があっても正しい道を貫くと思う。
「もしかしたら、私は間違えてしまうかもしれない」
「は? えっと、影路だったら大丈夫だって。俺よりずっと頭がいいんだし」
佐久間の言葉に私は首を振る。
佐久間はどちらかといえばあまり深く考えないで、本能的に動いたりする事がある。でもそれがイコールで、私の方が頭が良いとは言えない。私はちょっとした事でぐらぐら揺れてしまう。だからこそ、間違えも侵す。
「ただ間違えても……佐久間の事が好きだから、裏切らない。それだけは信じて欲しい」
もしも選択を間違えてしまっても、私は佐久間だけは裏切らない。
裏切る気はない。それだけは、私の中の正解で、正義で、揺るがないものだと再確認する。この先何があったとしても。
「かかかか、影路。もう一回。もう一回っ!」
ん?
もう一回って何を?
「信じて欲しい?」
声が小さくて聞こえなかっただろうか?
「じゃなくて、その前の言葉」
「私は間違えてしまうかもしれない?」
「のぉぉぉぉぉぉっ!!」
「佐久間煩いっ!」
エディが佐久間の膝を蹴り飛ばした。運動神経だけでいえば佐久間の方が上なのに、エディの蹴りを上手く避けられないなんて調子が悪いのだろうか。
そう言えば、少し隈のようなものがあるかもしれない。
「一応、組織の中でも人気が少ない場所にいて、影路ちゃんの【無関心】を使ってもらってるけれど、一度見つかったらそこで試合は終了なんだからね」
間違いない。
現在は、佐久間にも私の血を付けて【無関心】を発動し、組織の中に忍び込んでいる状態だ。あまり大きな声を出したりすると感情が揺れ、能力の効力が薄なる。それはつまり、誰かに気が付かれる可能性があるという事だ。
「無意識な影路ちゃんも影路ちゃんだけど。でも僕としては、リア充爆発しろ的な。とにかく、2人でエレベーターに乗って5階まで行って、鍵をとって来てよ」
私は何か変な事を……。
思い返して、はっと気が付いた。あれ? 今私……もしかして――。
「えっと、佐久間」
――もしかしなくても、佐久間に告白をしたのだろうか。
いや、先に佐久間に告白されているので返事? 的なものになるのかもしれないが。
「とりあえず、エレベータの中で5階に行く奴を待ってればいいんだな」
何か伝えなければいけないと思ったが、私が上手く伝えられないばかりに、今の話はなかった事にされてしまった。
残念なような、少しだけほっとしたような微妙な気分になる。しかしまずはエディの作戦を成功させなければと、気持ちを切り替えた。
「そう言う事。5階には監視カメラがあるからねー。機械を通すと、【無関心】の効力は薄くなるって、遊園地でアップロードされた動画で証明されているし。まったく効いていないわけではないから、多少は大丈夫だけど、ずっと留まったりして極力注目されやすい状況を作るのは避けた方がいいと思うんだよねー」
遊園地といえば、佐久間がシンデレラ王子のバイトをしていた時の事だろう。
私は確認していなかったけれど、エディがそう言うなら、そうだったのだと思う。それにパンダの事件の時も、【無関心】の能力を使っていた私を画面上から見つけ、【位置交換】の能力で小麦粉が舞う部屋から移動させられたことがあった。
あの時はもう駄目だと思い動揺していたので、能力がどこまで持続していたかは分からない。しかし機械を通した時の方が効力が弱くなるのはあり得る話だ。
「エレベータの中の映像ぐらいならハイジャックも簡単だし、適当なものに切り替えておくから5階へ乗る人が来るまで、ずっと乗っていて大丈夫だよー。ただ5階の入り口にあるパスワードは、前にデーターを盗んだ時に変えられちゃったし、かなり警戒されていると思うから、影路ちゃん達で直接確認して入って欲しいんだ。後はできるだけ短時間で外に出るの事が成功の鍵かな?」
「鍵はどういうもので、どの辺りにあるのか分かる?」
「ちょっと待ってねー」
エディはカタカタとノートパソコンのキーボードを叩き、私の方へ画面を向けた。
「鍵はカードキーになっていて、欲しいのは10962のナンバーが書かれたもの。場所は、部長のデスク裏にまとめてかかっていて、特にそこに細工はないよ。だから見つけしだい素早く抜いて戻るのがいいかな。鍵のチェックは勤務終了の18時からだから、それまでは気が付かれないと思うし」
画面の中には、天井から部屋の中を写したような写真が映っており、更にそこに誰のデスクかが書かれていた。部長と言うのは、どうやら入って左奥の席の人らしい。
「良く調べられたね」
一般の人は入れない部署だといっていたのに、良くここまで調べたものだと思う。相変わらず、エディの情報収集は凄い。
「監視カメラの情報は、比較的簡単にアクセスできちゃうんだよ。特に重要な情報扱いされていないみたいだからね。それに組織のエイジェントの情報もこの間全部貰ったしー、後は地道に照合していけばいいだけだからね。といっても、僕が出来るのはここまでで、実際にとって来るのは、影路ちゃんに任せるしかないんだけど」
エディは苦笑して、唇だけでごめんねとつぶやいた。本当なら、エディはすべてを自分でやりたかったんだろうなと思う。エディは我儘で、自由なようで、実のところ人一倍周りの目を気にしている。着ぐるみを着て動くのは、たぶんその現れだ。
ただしエディの能力は情報収集にかけては誰よりも強いが、実際に動くとなると、サポートには長けていても実行力は低い。もしも誰にも頼らないという選択をすれば、失敗ができない状況なのに、リスクがどんどん上がっていく。
「大丈夫。佐久間もいるから」
私1人だと不安でも、佐久間もいるならきっと大丈夫だ。
「……影路ちゃんて、本当に罪な女だよねー」
「罪?」
何か悪い事を言っただろうか?
エディの目線が私ではなく佐久間の方を見ているので、私も佐久間を見上げる。
「いや……えっと。行こうぜ」
佐久間の顔が赤い。
私はまた何かおかしな事を言っただろうか?
「とりあえず、節度は守りなよ、佐久間。じゃないと、本気でリア充爆発させるから。あと、明日香姉さんにも報告するから」
「……分かってる」
何やら佐久間とエディが男同士の会話をしているようだが、半分以上エディの冗談だろうなと思う。佐久間はとても正義感にあふれていて紳士だし、告白をしたのに、その答えすら無理強いをしなかったぐらいできた人間なのだ。
そもそも私は姉のような美女ではないし、魅力の乏しいDクラスだから、突発的な間違いなんてまず起こりようもない。これが明日香みたいな美女だったらまた別なんだろうけどと思いつつ、ある意味良かったような悪かったような中途半端な気持ちのまま、私はエレベーターへ向かった。