反逆者の恋(1)
「すみません。ごちそうさまでした」
流れで影路の親に驕ってもらう形になってしまい、俺は影路母と父に頭を下げる。
「いいのよ。綾と仲良くしてくれている佐久間君だし」
「えっ」
ふ、深い意味はないよな。
今が夜で良かった。周りが暗くなっている為、変な妄想をして顔が赤くなっても隠してくれる。もしもそんな妄想をしている事がばれたら、影路姉から鉄拳が飛んできそうだ。
「あ、……そうだ。あの。実は組織で一緒に働かないかと、影路を誘っています。なので一応お伺いをしておきたい――」
この話は言っておかないと絶対怒られる。
うちの上司にも、影路一家ににも。
うっかり忘れていた為、慌てて伝えると、影路一家は全員が全員ぽかんとした顔をした。そして、真っ先に元に戻った影路姉が、俺の頭を叩く。自分で言うのもなんだがかなりいい音が鳴った。
「いってぇっ!!」
「何言ってるの?! 綾にそんな危険な事させる気?!」
「……そりゃ危険ですけど、影路の力を見込んでの誘いだし、強制じゃなくて影路が最終的に選ぶ事だから。ただ影路は来月まで未成年だから、親に伝えろって春日井部長が――」
あれ?
来月なら、もうあと少しだ。わざわざ俺が説明しに来るまでもないんじゃないか。
これを言いだしたのは、春日井部長。……だとしたら本当の意味はそれじゃない。
これは、春日井部長が影路の親、自分の兄にあてたメッセージではないだろうか。
「真冬は他に何か言ってなかったか?」
影路父も俺と同じことを思ったらしい。
春日井部長が話していた事を思いだそうとするが、影路を組織に誘え的なこと以外は思い浮かばなかった。
「特には……すみません」
そもそも、遠ざけた娘を同じ職場に呼ぶことにどんなメリットがあるのだろう。影路に会いたかった?
まあ、里子に出すことが不本意なら、会いたいと言うのも分かるし、後ろめたいなら本当の母だと名乗れないのも分かる。でも本当にこのタイミングでそれだけか?
「……あっ、そういえば、影路の能力をしきりに気にしていたような。ちゃんと申請するべきとか言ってた気が」
「それは変ね。予言があるからか綾の事は、政府から隠しておきたい雰囲気だったのに。だから私達もあえて綾の能力見直しを申請しなかったのよ。今は目をつけられないように遠ざけるより、自分で守った方がいいと思ったのかしら?」
影路を守りたい?
何から?
「でも綾の事なら、綾自身が結論を出すのが一番かしら。なんだかんだ言って、この家で一番賢いのは綾だし、自立心もお姉ちゃんよりずっと高かったから」
「へ?」
「綾の高校の時の成績は主席クラスよ。Dクラスを理由に大学へ行かない事を嘆く先生も居たわ。私だって綾には、いい大学に行って欲しかったわよ。私より頭がいい自慢の妹だもの」
主席クラスって……影路、そんなに頭が良かったのか?! いや、今までも確かに頭良いんだろうなとは思ったけど。
でも生まれもった頭の良さだけで主席になれるわけではないので、それは影路の勉強に対する努力の賜物もあるわけで。
「クラス分けって……」
能力の差ってそんなに大切なのだろうか。能力の差は神から与えられたもので、いわば運みたいなもの。勿論使いこなすには努力も必要だけど、その他の努力を蔑ろにできるほど能力の優劣は大切なのか?
いや、でも、うーん。不必要と言い切るには、俺らの能力は扱いが難しいしなぁ。やっぱり危険な能力は危険で、適切に教育しなければいけないだろう。スパンと、クラス分けはいりませんと割り切れない事情があるのも事実。
「この国が決めた事をとやかく言ても仕方がないわよ。とにかく、組織の件は綾の気持ちに任せるわ。もしも相談したい事があるなら直接連絡しなさいと言っておいて。じゃあ、お父さん帰るわよ」
「ああ。……佐久間君」
あまり喋らなかった影路父が、低い声で俺を呼んだ。
「はい」
「娘を頼む」
……影路が何かに巻き込まれている事に気が付いているのだろうか。
影路と連絡がとれない件は、あえてこの両親には伝えなかった。でも、突然俺が影路の影路自身さえも知らない過去を聞きに来たら、何かあったと勘づくだろう。
「はいっ!!」
「いい返事ねぇ。ちゃんと盾ぐらいにはなりなさいよ」
「盾っ?!」
「冗談よ」
バシッと背中を影路姉に叩かれる。
「綾を泣かせるんじゃないわよ。じゃあね」
「バイバイ、佐久間君」
影路姉と母が手を振り遠ざかっていく。……認められたのか?――って、違う。そんな場合じゃなかった。
嬉しがっている場合じゃないと頭を振り、俺は慌てて携帯電話を取り出すと、邪魔が入らないように切ってあった携帯電話の電源を入れる。
すると携帯電話に、留守電とメールが何件も入ってきた。エディか影路だろうかと確認するが、宛名はすべて明日香だった。
「やべっ」
ちょっとご飯に出ると言ってから、数時間は経ってしまっている。
慌てて俺は明日香に電話をした。
「もしも――」
『今、どこで、何やってるのよ?!』
繋がると同時に怒声が聞こえ、俺は電話を耳から遠ざけた。
「悪い。ちょっと、影路の親と会う事になってさ――ほら。影路を組織に誘っている事を親に伝えろって春日井部長から言われてただろ」
エディから影路の過去を探っている事は誰にも言うなとメールに書いてあったのを思いだし、俺は適当に誤魔化す。
『とりあえず、テレビを見て、急いで帰って来て』
「は? テレビ?」
『いいからっ! 空飛んででもいいから、とにかく返ってきなさい!!』
一方的に怒鳴りつけられ、通話はプツリと切られた。
空を飛んででも帰って来いって、一体なんなんだよ。
確か、携帯電話でテレビで見れたよなと思い、アプリを起動する。
テレビを起動すれば、左横に特別番組の文字が書かれていた。……これでいいのか?他のチャンネルにも回してみるが、ほとんどの番組がニュースに替わっている。
『――怪盗Dとは一体何者なのか、これまでの動きを追います』
「怪盗D?」
それって、あのふざけた奴だよな。顔を変な仮面で覆って、色々予告を出して、美術品とかを盗んでいくふざけた奴だ。
俺も何度かアイツにしてやられて、一度だけ影路のおかげでリベンジができた。
確か、まだ捕まってはいないと聞いていたが、特別番組を組まれるほど、大騒ぎするようなものを盗んだのだろうか?
怪盗Dがこれまでに盗んだものの説明に入ってしまったので、俺は別のチャンネルに切り替える。
『――全国で相次ぐ、怪盗Dの予告。怪盗Dとは何者で、何が目的なのか。今、この大和で何が起ころうとしているのか。今日は予定していた番組を中止し、特別番組をお送りしていきます』
何かとんでもないものを盗んだのだろうか。
画面上には、【自衛軍基地にも怪盗。一体何故?!】の文字。
とりあえず片っ端からテレビを確認し、ニュースサイトをチェックして分かった事は、突然全国各地で怪盗Dからの予告が警察に届いたという事だ。しかも今まで盗むものは美術品に限られていたのに、自衛軍や警察、組織まで、美術品の取り扱いとは程遠そうなあらゆる場所に対する予告。そして美術品のない場所に関しては、武器などが盗む予定の対象物になっていた。
多数の場所で行われる犯行から見て怪盗Dと言うのは1人ではないだろう事、愉快犯とするには既にやっている事が逸脱し始めている事がニュースに取り上げられる。さらに実は武器などは既に盗まれていて政府が隠蔽しているのではないかという憶測や怪盗DのDはクラス名を表しているのではないかという噂。
ニュースが既に混乱している。
事実や憶測や、噂。そんなものがごちゃ混ぜになって、意見が飛び交っていた。
一部のテレビ局では、Dクラスはできるだけ外出を控え、無関係ならなおの事、巻き込まれないようにするよう呼びかけが入る。
でも他のテレビ局では、学者のような人がDクラスは低学歴で素養もない大和の恥の人種だと言い切り、彼らはモラルが低い為このような事をするかもしれないとコメントしていた。そのコメントに対して、BクラスやCクラス、又はエリートであるAクラスがしてやられる事はないのかと意見が飛び交い――とにかく危険なものは一ヵ所にまとめた方が良いのではないかと勝手な持論が繰り広げられる。
何だこれ。
何なんだよ。
テレビで知った顔をしている学者を殴ってやりたい。何でDクラスで低学歴者が多いのかと。どうして本当は頭がいい影路が高卒しかできなかったのかと。
そういう風に、仕向けたのは誰なんんだと。
そして同時に恐ろしくなる。これではまるでDクラスはこの国の敵みたいじゃないか。まだ怪盗DがDクラスと決まったわけではないのに。いや、例えそうだったとしても、全てのDクラスが関わっているわけではないのに。
ザワッと鳥肌が立つ。
国が、人が、おかしな熱を持ち始めている。色んな鬱憤が、弱い方へ向けられ、そこからすべてが壊れる亀裂の入る音が聞こえた気がした。
明日香の言う通りだ。
とにかく、組織へ戻って怪盗を止めないと――。でもその前にエディへ連絡か? 影路も心配だけど、このままじゃこの国はどうなるんだ?
優先事項がどれなのか分からなくなりそうな状況に、俺は頭を掻き毟った。




