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逃走者の恋(5)

 ザァァと水音を立てながら、私はシャワーを浴びて、とりあえず頭を一度リセットするように努める。

 エディから貰った情報は、あまりに大事おおごとすぎて一度自分の中での整頓が必要だった。またエディが外に出る事を禁止した為、仕事を休むことになってしまったこともあり、なんとなく落ち着かない。普段だったら、熱を出しても仕事を休んだりしないのに。

 かといってDクラスだから仕事を休むことはできないとは、事が大きいために言い出せなかった。エディも仕事の方は何とかすると言ってくれたので、諦めるしかないだろう。


 キュキュッと音を立てて蛇口を捻りシャワーを止める。そしてバスタオルで頭を拭きながら私は外へ出た。もしかしたらどこかに監視カメラがあってエディに裸を見られているかもしれないが、私の裸なんか見たところで何の楽しみもないだろうと思い、あえて考えないようにする。恥ずかしさはあるが、安全の為だろうから仕方がない。

 とりあえず今日は15階で泊まるようにと言われ、エディは14階へ移動してしまった。電気代も勿体ないし別に一緒でも構わないと言ったのだが、エディには佐久間にパンダのミンチにされるから止めておくと言われ断られていた。

 佐久間もエディの事を弟の様に思っているから大丈夫だと思うけれど……でもやっぱり、高校生の年頃の男の事一緒に寝るのは不味いか。

「……なんだか、凄い一気に色々な事が起こっている気がする」

 タイミングがいいのか悪いのか。

 そもそも小学校に行ったのは、佐久間に告白された事と、自分の今後の職業について相談に行ったからで、どうしてこんな時に――。

「――あっ」

 私はバスタオルを体に巻き、慌てて脱衣場の外へ出た。


「ごめんっ! 鞄に入れっぱなしにしてっ!!」

 テーブルの下に置きっぱなし鞄を開けると、大慌てで鏡を取り出す。そしてテーブルの上に置いた。どうだろう。狭いところは苦しかったりするのだろうか? もしも違う世界と繋いでるだけの便利グッツだったらいいのだけど、鏡男が鏡の精的な感じの可能性もなきにしもあらずだ。

『まったく、突然真っ暗にして本当に綾は隠れドSだよ。これじゃあ、学校の美術室の方が――……てっ』

「本当にごめん」

 やっぱり怒ってる。

 なんだか久々に再開してから怒らせてばかりだと憂鬱になる。

『なんて格好しているの?!』

「ああ。シャワー浴びてたから。鏡男の事思いだして慌てて出てきたんだけど」

『いいよ。1分、2分、遅くなったって。だから、服をまず着なさい!』

「服……何かあるかなぁ」

『はあ?!』

 自分の家からは、勿論服なんて持ってきていない。

 備えつきの洗濯機と乾燥機があったので服は今は洗濯中だ。エディは部屋にあるものだったら何を使ってもいいと言っていたので私はクローゼットを開けてみる。

『ちょ、綾?! 今、どこに居るの? 綾の家じゃないのかい?』

「友達の家だよ。私のアパートはこんなに広くないよ」

『友達?! 誰? 男? 女?』

「男……の子? 時々パンダだから大丈夫だし、何というか、弟みたいだから」


 エディは危険な感じがしないから、ぽんと忘れていたけれど、よく考えると男。エディの事を知らない相手が突然聞いたらびっくりするかもしれない。

『パンダ?』

「そう。……あ、あった」

 Tシャツとズボンを見つけて私は取り出した。

 ズボンはゴムだけどちょっと大きすぎかもしれない。やっぱりエディも男だ。とりあえず丈ができるだけ長いTシャツを借りて上から着て、タオルを腰に巻いてスカートのようにする。

『で、そのパンダ君は?』

「別の部屋だよ。下の階に居る」

『そう。……一応男として言っておくけど、まったく興味がない女でも、チラチラ裸を見せられたら気になるから気をつけなよ。それに、部屋に居なくったって、もしかしたら監視カメラとかつけられて、覗き見されてたらどうするんだい?』

「えっ。たぶん監視カメラはあるよ?」

 私は鏡男の前まで行って頭を傾げる。

 エディがそういう仕掛けしてない方が変な感じだ。私が逃げ出さないようにというよりは、外部からの不審者を防ぐためだと思う。


『ばっ、馬鹿なのかい?! 何なの? 能天気にもほどがあるよ』

「何だか、今日はいつもよりハイテンション。遠足気分はほどほどにね」

『分かっていて言ってるのかい? 言ってるんだね』

「エディを疑うのはやめて欲しいから。それより、鏡男は、やっぱり男でいいの? 鏡だけど」

 なんだか、今日の鏡男は私の姉の様に過保護だ。

 私と昔は変わらなかったくせに、にょきにょき背丈が伸びたようだから、勝手に兄気分になっているみたいだけど……私も子供ではない。

『別に鏡を媒介にして話しているだけで、鏡の精とかじゃないよ』

「やっぱりそうか。急いで出して損した」

『いい度胸だねぇ。それで、何で友人の、しかも監視カメラがある部屋なんかに綾はいるわけ?』

 鏡男はそう言ってため息をついた。

 どうやらエディを危険と言う事は諦めてくれたらしい。


「何で……えっと、話し始めると、長くなるんだけど」

『いいんじゃない? ここは学校じゃないから、時間制限もないしね』

「あ、そうか」

 鏡男と話す時は、的確に話す内容をまとめておかないとと思っていた。そうでないと言いたい事も言えずに時間が終わってしまうから。

 特に鏡男は喋る方だから、無駄話は最低限するように心がけていた。

『ね? 俺をお持ち帰りすると、いいことあるでしょ? もっと早くお持ち帰りしてくれればいいのに』

「そう言うわけには……盗難は駄目だと思う。本当に欲しいなら、悪い事をして貰ったら駄目だよ」

『うーん。僕は違うと思うなぁ。本当に欲しいなら、何を犠牲にしても、悪い事をしても手に入れるべきじゃないかな。そこまでしないなら、そこまでの事だと思うよ』

「危険思考」

『僕は悪い男だからねぇ』

 真面目な話をしていたっぽのに、悪戯っ子っぽくにやりと笑った。どこまで本気なのだろう。


「それでここに居る理由だけど、エディが私にある事をして欲しいからだと思う。……結論から言うと」

『ある事?』

「エディは幼馴染の、たぶんドリームと呼ばれている子を助けて欲しくて、私に協力してほしいと言ってる」

『ちょっと待って。状況が分かりにくいから、順を追って聞きたいのだけど、綾がそこに居るとその子を助けられるのかい?』

 どこから説明すればいいものなのか分からないけれど、勘違いされてはいけないので、私は首を振り丁寧に説明をする事にした。

「ううん。違うよ。今、私は組織と怪盗に追いかけられている状況らしくて、捕まってしまったら助けられないから、ここで隠れているの。エディはどちらの味方に付くのも、つかないのも自由と言っていた。それを私が決めるまではどちらにも手出しをさせないって……。でもその代りに、【夢渡り】の能力を持っていて、怪盗Dに体を貸し出しているドリームを解放する為に、怪盗Dが監禁されている場所から連れ出してほしいって言ってた」

『体を貸してる?』

「エディはその場面を見た事があるらしくて。ドリームじゃなくて、怪盗Dがドリームの体を動かして盗みなどをしているらしい。だけどエディは、ドリームが他人に体を貸している状況が良くないと思っているの。今、怪盗Dをしているのはドリームで……だからできるだけ早く、ドリームを怪盗Dから引きはがしたいらしい」

『……とりあえずここまでで、まず何個か質問があるけど、その怪盗Dを連れだしたとして、そのドリームという子は体を貸すのを止めるのかい?』

 鏡男の質問はもっともだ。

 例え怪盗Dを監禁されているという場所から連れ出したところで、本人が進んで体を貸しているのならば、それを止める事は難しいと思う。

「そこは、正直分からない。でも、エディは怪盗Dにどうしても体を貸さなければならない状態にならなければ、それでいいと思ってるみたい」

『ふーん。まあ、それでいいなら、いいけれど。じゃあ、質問2個目。綾はどうして組織と怪盗から追いかけられているって思ってるの? 追いかける理由は何?』

「組織が私を追いかけている理由は分からなくて、今調べ中。でも、エディが組織の情報を調べた限りでは、もう動き出しているのはたしからしい。私が組織への勧誘をされたのもその一環だって」

 佐久間がそれを調べてくれているはずだから、私は信じて待つだけだ。

「怪盗の方も同じくエディが動向探って、そう判断したって。ここからは私の推測だけど、怪盗の方はエディと同じで親玉を監禁場所から奪還する為に私を使いたいんじゃないかなと思う」

 私の能力はあまり役には立たないけれど、何かを盗み出すには向いている能力だと思う。怪盗がもしも本当にエディが言う通り、革命と言う名のテロを起こして王様になろうとしているならば、私は怪盗を王にする為に外へ出す道具。怪盗を王様にする道具は王冠。私の呼び名の辻褄も合う。

 ただどうして私の能力の使い方をそこまで把握しているかは、やっぱり分からない。何らかの能力者がとも思うが、基本的に怪盗Dの仲間はDクラス。私が血を媒介に能力を渡せることを知れる能力者がいるようには思えない。

『ん? それだとエディがやろうとしている事と同じじゃないかい?』

「たぶんやる事は同じだけど、理由が違うから、最終的な目的が違ってくると思う。エディが行った場合は怪盗Dへの貸しになるから要求を言いやすくなる。でも私が怪盗側についていって行った場合、ただ単に怪盗が得するだけ」

 それはエディの目的を達成する為には、大きな違いだ。

 ドリームを解放したいならば、ドリームを説得するだけではなく、怪盗Dにも要求を呑んでもらわないといけない。


『なるほどね。それで綾はどちらにつくにしても、エディの手助けはしたいという事ね』

「うん」

 エディは私を騙して私の能力を使う事もできたと思う。でも、助けて欲しいと言った。だから、私は助けたい。

 エディは友達なのだ。

『じゃあ質問3つ目。その怪盗は何で捕まっているわけ? 警察に捕まっているわけじゃないよね』

「エディは、不吉な予言を読まれたからと言っていた」

『不吉?』

 エディは怪盗Dについて詳しい。ドリームが体を貸している所を見たと言っていたので、知り合いなのだろう。

 エディは怪盗Dの事をどう思っているのかとふと思う。

「怪盗Dは生まれた時に、この国を壊すと予言を受けたって。だから監禁されて育っているらしい。たぶん怪盗Dが閉じ込められているのは、彼が悪い人だからというわけではないと思う」

 それはどれだけ酷い予言だろう。生まれたばかりの赤子に滅びの予言が読まれるなんて。

 そしてそれを信じてしまう大人がいるなんて。

 

 そう言えば、以前エディは予知や予言は嫌いと言っていた。

 予言があったから、それが現実になるのか分からないからと。……もしかしたら、嫌いな理由は怪盗Dの境遇を思っての事かもしれない。だとしたら、たぶんエディにとって怪盗は複雑なのだろう。同情と脅威、そして親愛。色々ごちゃまぜになっているような気がした。

『綾は、その予言についてどう思う? 怪盗Dは外に出てもいい? もしかしたら本当に世界を壊すかもしれない。今、綾がやろうとしているのは、その手助けだよ』

 もしかしたら、そうかもしれない。これは世界を壊すと読まれた予言に繋がる行動ではないとは言えない。

 私は――。

「――正直分からない。世界を壊されるのは困るし。だから、怪盗Dと話しをしてみたい」

 彼が本当に世界を壊そうとしているのか。そもそも、本当にテロを考えているのか。

 話をしたところで嘘をつかれるかもしれない。でも私が怪盗Dを判断できるのは、その後な気がした。

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