表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/121

逃走者の恋(4)

 携帯電話のディスプレイが光って、俺は携帯電話を開いた。

 仕事で携帯電話を使う人も多いので、勤務中に見る事をとがめられる事はまずない。俺は中々集中できない報告書を打ち込む作業を止める。そして、メールの内容を見て静かに立ち上がった。


「佐久間、どうしたの?」

 離れた席にいる明日香が声をかけてくる。影路の為に何か動くのかという目線を投げかけてきた。

「ちょっと、メシ食べて来る。頭は働かねぇから」

「そう」

 俺はそう言って、外に出た。

 何食わぬ顔で建物の外へ出て、明日香に言った通り、遅い昼食を買う為に入ったコンビニへ入る。そしてそこでもう一度携帯電話を取り出し、メールボックスを開く。

 そこには最近まで一切連絡をしてこなかった、薄情ものからのメッセージが入ってきていた。

 題名は、【みっしょんいんぽっしぶるー(笑)】。……本気で舐めてやがると思うが、差出人がエディならば、こういうふざけたメールも仕方がないとも思える。


【影路ちゃんは預かった。返してほしいならば、僕の指示に従う事。まずは影路ちゃんの両親に本当の親が誰で、どうして影路ちゃんを引き取る事になったか聞きだしてほしい。ただしこの任務は誰にも言わず一人でこなす事が、影路ちゃんを返す条件だ。なお、このメッセージは自動的に消滅する】

 

 そんな一方的な本文に、一体アイツは何を考えているんだとため息をつく。組織の情報を盗んだおかげで、追われているんだぞと言いたいが、アイツは変人のオタクだが、馬鹿ではない。きっと今の状況も十分分かっているだろう。その上でのメールだ。

「一体、どこに居るんだ」

 そうメールを送り返しておくが、ちゃんっと連絡が来る気がしない。自分勝手な自由人め。しかも、影路の本当の親と引き取られた理由を調べろとか、意味が分からない。

 そして常識的にに考えて、なんとも聞きにくい内容だ。影路本人相手でも聞きにくいのに、さらにその両親に聞けって……。これは俺を影路の親に嫌わせる為の巧妙な嫌がらせかと言いたくなる。


 偶然にも春日井部長に、影路を組織に勧誘するにあたって、影路の両親に説明しろと命令を受けている。ある意味、ついでと言えばついでだが……どう聞けと。

 コンビニでお茶とおにぎり、それにから揚げ、肉まんを買い外に出て、俺は肉まんをかじった。かなり空腹だった為、肉まんが胃に染みた。

 寝不足な上に空腹とかどんな苦行だとため息が出る。

 茶のペットボトルを開けて飲んでいると、再び携帯電話のバイブが鳴った。どうやらまたメールらしい。

 どうやら今度もエディからのようだ。

 慌てて開いた題名は【無理を言ってごめん】。

 無理って何だよ。

 ただ、なんかエディらしくないようなメール題名だなと思い本文を開く。


【エディのパソコンから送ってます。無理を言ってごめん。ただ、エディが、ここから電話をするのは禁止してるから、親とかお姉ちゃんに私から連絡できなくて。父親の携帯番号が――】


 影路っ?!

 いや、……影路のふりしたエディの可能性がないとは言えないよな。アイツなら、ネカマとかも普通にやっていそうだ。

 ただ両親と姉の携帯の番号、さらに家の固定電話の番号は、嘘ではないだろう。影路だったら確実に知っているはずし、エディもこれぐらいの事ならすでに調べていそうだ。

【――後、このメールは一定の時間で消えてしまうみたいだから。早めにお願い】

 消える?

 そう言えば、さっきのエディのメールにもそんなような言葉が入っていたような。題名に合わせてのネタかと思ったけれど――。

 ふと前のメールを見ようとして、メールがなくなっていることに気が付いた。

 おいっ。マジかよ。どうやってるんだよ。

 俺は慌てて、メールに書かれた電話番号をポケットに突っこんでいたボールペンを使って手の甲にメモする。


「って、これ、電話できそうなの一人しかいないだろ」

 俺は手の甲に並んだ4つの電話番号見て、憂鬱な気持ちになる。

 流石に面識のない影路の両親にぶつけ本番で、影路の出生についての電話をかける勇気はないわけで、となれば必然的に面識がある人物……影路姉になるが……、俺は影路姉に目の敵にされている気がするので気が重い。

 電話をしても、会ってもらえるかどうかも怪しいが、……やるしかないんだよなぁ。

 色々考え出すと、一歩も進めなくなりそうだ。でも不安や、悩みや色んな事を飲み込んで一歩踏み出さなければ始まらない。俺は踏ん切りとつける為、肉まんを全部口の中に入れて、お茶で一気に飲み込む。


「うっし、少し元気出た」

 そう自分に言い聞かせ、携帯に影路姉の電話番号を打ち込み、通話のボタンを押す。

 電話に出て欲しいような、出て欲しくないようなそんな中途半端な気持ちでコール音を聞いた。この状況の打破には、影路姉の協力が必要だけれど、かなり影路に対して過保護な姉に対して、どう説明すればいいものか。

『もしもし』

「っ……あ、もしもし」

 どうする、どうすると考えている間に、本当に電話が繋がり、心臓が飛び出そうなぐらい驚く。マジで繋がった。

 いや、繋がらないといけないんだけど。弱気になっている場合じゃない。男は度胸だ。

「突然すみません。影路の友人の佐久間です。あの、少しお姉さんのお時間をいただけませんか?」

 俺はありったけの勇気を出して、声を出した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 ファミレスに入って、俺はとりあえずドリンクバーから炭酸ジュースを持ってくる。

 待ち人はまだ来ない為、中々落ち着かない。携帯を開いてメールをチェックするが、あれ以来メールは来ていない。

 しかも最後に来たメールは、保護をかけておいたにも関わらず消えてしまい、影路姉に見せて納得させるという方法も取れなくなっていた。はたしてちゃんと、俺の話を聞いてくれるだろうか。

「こちらになります」

「ありがとう」

 携帯電話をいじりながら時間を潰していると、頭上で声が聞こえた。

「こんにちは」

「あ、こんにちわ。お姉さん、すみません来ていただいて。何飲みます? 持ってきますよ」

 椅子から立ち上がって俺は挨拶をする。影路姉のお中はかなり大きく、歩くのも大変そうだ。

「オレンジジュースを頼めるかしら」

「はい」

 俺はドリンクバーへ行き、オレンジジュースをとって席へ戻る。

 さて、ここからが勝負だ。


「どうぞ」

「ありがとう。気が利くわね。でも私は綾の姉であるだけだから、貴方にお姉さんと呼ばれる筋合いはないわよ」

「うぐっ」

「冗談よ。なんだか、貴方女性の扱い方慣れているみたいだし、ちょっとからかいたくなっただけ」

 そう言って、影路姉はおしぼりで手を拭くと、オレンジジュースを飲む。妊婦だけど影路とは違い、爪には綺麗にマニキュアが塗ってあり、手の先までお洒落に手を抜いていない。

 男慣れしているのはどっちだよと言いたくなるが、影路姉の場合モテたい為というよりをただ単に自分自身を磨きたいという意味合いが強い気がする。余り男に媚びを売るようなイメージはない。

「慣れなんかないですよ。ただ俺が居た施設には、女も結構いたから。そもそも俺はモテからは程遠かったし」

 姉のような人達に遊ばれる事はあってもモテた試しはない。

 ちゃんと告白したのも、もしかしたら影路が初めてかもしれないなぁと思う。

「ふーん。それで、唐突に私を呼びだしたのは何で?」

 何でか……。頭に色々なパターンの言い訳が浮かぶ。会話の中でうまく聞き出すのが無難といえば無難な方法だ。

 でもそれでは誠実さに欠けている気がして、俺は直球で勝負する事にした。


「影路が、貰われっ子……えっと、養女だと影路から聞きました。それで、本当の親は誰で、何で影路の家が影路を引き取る事になったのか教えて欲しく――って、ちょっと待って下さい」

 立ち上がって行ってしまおうとする、影路姉の腕を俺を慌てて掴む。

 ここで影路姉に怒って帰られたら万事休すだ。

「綾に聞かずに、私こそこそと聞いてくるなんていい度胸ね」

「いや、影路も知らなくて」

「なら貴方がきくのではなくて、綾が私に聞いてくるのが筋じゃないの?」

「影路は、今聞けない状態になっていて。……頼むっ!」

 俺は今何が起こっているのか分からない。

 でも影路がエディと行動をしていて、エディが組織の情報を盗み出して組織から追いかけられて、そして影路の携帯からは連絡が取れない状態で――。何が起こっているか分からなくても、何かが起こっている事だけは分かる。

 千春ちゃんからの手紙も気になるし、とにかく影路に会いたいのだ。近くに居られなければ守るに守れない。


「どういうこと? 綾が聞けない状態って」

「俺も良く分かってないんだけど――」

 俺は現状を隠さずに影路姉に話す事にした。

 流石にエディが組織の情報を盗み出した事だけは守秘義務がある為黙っておくが、それ以外の突然エディに連れ去られるように影路が車に乗せられた件、それ以降影路と連絡が取れなくなった件、千春ちゃんからの手紙など、分かっていることは喋る。

 ひとしきり喋った所で、影路姉はソファに深く座りなおした。

 そしてつけまつげで縁取られた眼力のある目でじっと俺を見る。特に悪い事もしてないのに、強すぎる眼力にギクッとするが、俺も目をそらさずに見返した。

「すべてを信じ切れる話ではないわね。貴方は組織の人間だから、きっと隠している事もあるだろうし……」

 鋭い。

「……でも、分かったわ。それが分かれば、綾の為になるのね」

「おう」

 絶対かどうかは、分からないけれど。

 でも今はこれしかない。


「私もすべてを知ってるわけじゃないし、ちゃんとした事はうちの両親に聞くべきね。私もちょうどいいタイミングだし、中途半端に知っているのは色々モヤモヤした所もあったから、ここに両親を呼ぶわ」

「えっ。マジで?」

「ええ。やるなら徹底してやるわよ。とりあえず、私が知ってるのは、綾の親はうちの父親の妹で、私の叔母に当たる人よ。小さいころに会ったきりだけど」

 あ、血のつながりはあったのか。

 影路は姉とまったくの他人だと思っている感じがしたけれど、叔母の子供という事は、影路姉と影路の関係は従姉妹になる。

「そして、私がAクラスな嫌いな理由の相手でもあるわ。綾の親はねAクラスの人間で、まだ赤ん坊だった綾をDクラスを理由に捨てたの」

 影路姉は、綺麗な顔を苦々しげな表情に歪めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ