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逃走者の恋(2)

 組織にやって来た俺と明日香は、自分のIDカードを入り口の機械に通す。IDカードが入口で読み込まれ、青ランプが点灯した所で俺らは中へ入った。

 しかし特に機械が異常音を発することはない。


「とりあえず、盗聴器を仕掛けられてはないみたいね」

「一応だけどな」

 組織の中には盗聴器等は持ち込めない仕組みとなっている。逆に言えば、盗聴器が仕掛けられていたら、入口で気づくことになるのだ。勿論、すべてが確認できるわけではない。

 それでも、ここで確認する事以上の対応は俺や明日香ではできないのでこれでよしとするしかない。


「明日香、一度外に出ないか? 俺、まだ昼ごはん食べてなくてさ」

「えぇっ。今着いたばかりなのに。仕方がないわね」

 何となく、若干棒読みのような会話になるが、昼ご飯を抜いているのは嘘ではない。退院して、家で食べようと思っていた所で通り魔と鉢合わせしてしまい、その後千春ちゃんを送り届ける事になってしまったのだ。

 外に出たい本当の理由は、エディや影路の事を話す為。千春ちゃんが、誰に内緒で影路の事を伝えてくれたのかは分からない今、信用できる相手だけで話したい。

「おっ。シンデレラ王子」

「こんな時まで、そんな風に呼ぶなっ!!」

「こんな時?」

 やっべっ。

 組織の中に入って早々とっさに反応してしまったが、影路がエディと一緒に行動しているという事はここでは内緒にするんだった。

 明日香からとても馬鹿にした冷たい視線を感じ、俺は目を逸らす。でも仕方がないじゃないか。反射的に言ってしまったものは。


「何だ。お前らの方にも、もう連絡がいっていたのか」

 しかし近藤さんは俺の行動に何ら不思議がる様子もなく、近づいてきた。少しだけ気の毒そうな顔をしている。

「連絡?」

「ほら、エディの件でここへきたんだろ? 仲良かったもんな」

「エディが何かしたのか?」

「私たち、実はまだ詳しい事は聞いていなくて」

 明日香が俺の言葉に付け加えをした。

「そうか。……仕事場に行けば嫌でも聞かされると思うが、どうやらあの馬鹿、組織の重要機密事項の情報を持ち出していったらしいんだよ。まあ、あいつらしいといえばあいつらしい悪戯だけど、流石に今回はまずいみたいでな」

 組織の重要機密事項?

 どんな情報がそれに当たるのかわからないが、突然影路と行動を開始したエディ。……本当にただの悪戯だろうか。一体2人は何をしているのだろう。

「重要機密事項って何ですか?」

「さあ。俺みたいな医務室担当が知っているわけないだろ。お前らの部署に行けばもう少し詳しい事が分かると思うぞ?」

 俺は明日香と顔を見合わせる。

 聞きに行くべきか、それとも先に外で話し合いをするべきか。3Fの部署まで行けば、すぐには帰れなくなりそうだ。

 俺と明日香はエディと仲が良すぎる為、エディを追う仕事が回されることはないだろうけれど――。


「おや。佐久間君と瀬戸君も来たのか。2人で来るとは、相変わらず仲がいいな」

「土方?」

 偶然3階から降りてきたらしい土方が、エレベーターの方から歩きながら声をかけてきた。仕事の報告は終ったのだろう。

「君に千春ちゃんを任せてしまってから、君が送り狼にならないか心配したのだよ。どうだい、幼女とのデートは? 新しい自分が開発――」

「されないから、適当に話を盛るな」

 この女は。

 人に仕事を押し付けておきながら、どうしてそういう話になる。

「佐久間、土方さんと今日会っていたの?」

「ほら千春ちゃんを施設に届ける前に、偶々通り魔事件に鉢合わせて、そこで会ったんだよ」

「瀬戸君、心配しなくていい。佐久間君の馬鹿な部分は私の好みから逸脱している。よって、例えこの世界の男が佐久間君だけになったとしても、彼を私のパートナーに選ぶことはありえない」

「ああ、そうかよ、俺も拷問オタクは好みじゃないから安心しろ」

「……君は酷い事を言うな」

 突然寂しそうな顔で言われて、俺はドキッとする。

 やべぇ、何か地雷を踏んだだろうか。土方だって女だ。やっぱり、いくら冗談で趣味が拷問と言っていても、それを理由に好みじゃないとか言うのは良くなかったかもしれない。

「拷問オタクでは、拷問にしか興味がないような言い回しではないか。私は死んだ後の死体にもちゃんと興味がある。勿論、新鮮なサンプルの方が――」

「頼むから、好きになるのは生身の人にしてくれ」

「――と言うのは、冗談だ」

 土方の冗談は相変わらず分からない上に、斜め上に突っ走っている。俺はその受け答えに疲れ、肩を落とした。


「ただ、女として忠告をするなら、好きな女性が居るなら、それ以外の女性と2人きりになるのは避けた方がいいと思うぞ」

 土方に女心が分かるようには思えないが、それを否定するのもなんだかアレだ。

「はいはい。分かりましたよ」

「佐久間。とりあえず、仕事場に行くわよ。土方さん、近藤さん失礼します」

「おい、ちょっと待てよ」

 スタスタと明日香が先に進んでしまうので、俺は慌てて追いかける。

 エレベーターボタンを明日香が押すとすぐさまドアが開いたのでそのまま乗り込む。

「閉まるを連打したって、すぐに閉まるわけじゃないと思うぞ」

「分かってるわよっ!!」

 明日香が俺に怒鳴り、同時にドアが閉まる。俺と明日香の2人だけを乗せて、3階に向けて動きだした。

「何カリカリして――」

「いい?3階についたら綾の事は何も話すんじゃないわよ」

「えっ。ああ……」

「土方さん。どこかから私たちの事を見てたわよ。入ってすぐ私達近藤さんと一緒になったから、たまたま3階から降りてきただけなら2人きりで居たことは知らないわ」

 

 あっ。

 そういえばそうだ。俺と明日香は中に入ってすぐに、近藤さんに会った。だから、タイミング的に、たぶん俺と明日香が2人で入って来た場面を土方は見ていないはず。

「千春ちゃんの言葉忘れないでよ」

「もちろん」

 影路は何らかの危険にさらされている。そして、千春ちゃんはそれをこっそり手紙でしか伝えられなかった。だから……例え組織でも疑ってかからないといけない。

 チンという音と共に扉が開く。

「まだ2階よ」

「……おう」

 あぶねっ。

 扉の向こうでは、金魚が空を飛んで、職員が網で追いかけていた。何やってるんだよ……。

 とりあえず、この光景は3階ではない。

「失礼」

「あ、すみません」

 2階から乗り込んできた七三分けの男は俺の隣から手が伸ばし、5階のボタンを押した。もう一度扉が閉まり、今度こそ、3階でエレベーターが止まる。


 俺と明日香は、エレベーターから降りると黙ったまままっすぐに仕事場に向かった。エディが情報を盗み出したから、もう少し大騒ぎになっているかと思ったが、元々全員が揃う日がないような部署だ。

 少し慌ただしそうだが、普通だ。

「佐久間さん、瀬戸さん。少しいいかしら」

 仕事場に入って早々、春日井部長に呼ばれた俺らは、自分の席に着かず春日井部長の席の前へ向かう。

「あれ? もう帰っていたんですか?」

「ええ。貴方に会った後、すぐにここへ戻ったので」

 ツンツンと明日香が俺の脇腹に肘を当てた。ああ。そう言えば、伝えてなかったな。

「さっき、千春ちゃんを施設に送った時、学校の受付で会ったんだよ」

 そう言えば、どうしてあそこに春日井部長は居たのだろう。

 ……千春ちゃんは、春日井部長がいたから喋れなかった可能性もある。でも、春日井部長の事を千春ちゃんがなんで知っているんだ?

 影路を危険にさらすのは春日井部長? もしそうだとしたら、どう言った理由で?

 

 あぁぁぁ。んなこと知るか。考えるのは俺の仕事じゃないだろ。


 考えてもさっぱり分からず、ガシガシと頭を掻き毟りたくなるがなんとか堪える。

 それに考えるのが苦手とか言っている場合じゃないのだ。俺は考えなければいけない。最近影路やエディにそういう事は任せっぱなしで、俺や明日香は攻撃だけでいいと思っていたけれど、今はそれじゃ駄目なんだ。

「あの場では言えませんでしたが、実はエディがこの組織が重要機密としている情報を盗み出しました。パスワードなどの情報は既に書き換えが完了していますが、その他の情報が流出するのは避けたいところです」

「……だからエディの居場所を俺にきいたんですね」

「ええ。盗み出した理由が分からない為、エドワード・ウォーカーの追跡命令が、正式に組織の上層部から下されました。もしも連絡があった場合、ならび居場所が分かった時はかならず私に報告をしなさい」

「追跡は誰がやる事になったのですか?」

「土方明美さん、井上つむぐさんの2名を中心として当たってもらいます」

 やっぱり俺らにはまわってこないか。分かってはいたけれど。

「今は何かエドワード・ウォーカーについての情報はありませんか?」

「いえ、ないです」

「私も知りません」

 花園と会った学校に現れたのはパンダの着ぐるみで、エディとは言いきれない。だから嘘ではない。

 俺はそう心の中でそう言って誤魔化す。そうでないと、春日井部長の氷の眼差しで、ゲロってしまいそうだ。

「ならいいです。では席に戻り、今回の病院での事件についての報告書をまとめなさい」

 春日井部長の話が、比較的簡単に終わり、俺はほっと息を吐いた。


「そういえば、影路さんの件ですが」

「えっ、はい」

「佐久間さんから親御さんに連絡し、組織での勤務について説明しておいて下さい。彼女は今年で20歳になりますが、今はまだ未成年ですから」 

「えっ、俺が?」

 こういうのって、上司の仕事じゃないのかよ。それに、俺は今忙しいんだけど。

 そう思ったが、春日井部長の氷の眼差しに俺は負け、すぐさま白旗をふる。

「……いや、はい。分かりました」

 もしかしたら、影路の親なら影路から何か聞いているかもしれないし、いい機会だ――と思う事に俺はした。

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