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逃走者の恋(1)

「……ちゃん。影路ちゃん?」

「あっ。何?」

「着いたよー」

 放心状態で車に乗っていた為気が付いていなかったが、確かに既に車は停止し、エンジンも止まっていた。

 ドアを開け外へ出ると、少しだけ足元がふらつく。車酔いはしにくい性質だったが、エディの運転では流石に少し酔ったらしい。安全運転という言葉が最初からないような運転だった為、何というか無料で安全ベルトなしのジェットコースターを楽しんだ気分だ。とりあえず、2度目はないと思う。


「ここは?」

「車の中で言った通り、僕の別荘その3さ。ただし、名義は違うけどねー」

「……お金は?」

「僕を誰だと思ってるんだい? 今の世の中なら、僕の能力はすごくいいお金になるんだよねー」

 親のお金と言うかと思えば、そうではないらしい。エディの能力は【電脳空間把握】……。

「ウイルスソフトとか。ちょっとしたゲームアプリとか、色々ね」

「なるほど」

 なるほど言っているが、それがどれぐらいの利益が出るものなのかは分からない。ただしパソコンのソフトが高額で、携帯の無料ゲームはとてつもない市場になっているぐらいは聞いた事がある。

「エディの部屋はどこ?」

 目の前にそびえたつマンションは結構高層で高級感漂う。何階に住んでいるのだろう。

「13、14、15階だよー。今、入口のロック解除するねー」

 そう言って、小走りで先にエディが入口へ向かう。

 えっと……、もしかして、エディってかなりお金持ち? 今部屋の場所を聞いたはずなのに、何故かフロアーを教えられた。しかも3つも。

 言い間違いじゃないよね?


「ほらほら、影路ちゃん、早くー」

 パンダがぴょこぴょこと手招きをした。……見た目で判断をしてはいけないというが、パンダの着ぐるみを着ている人がお金持ちとはどうしても思いにくい。

 まあそんな詮索をしても仕方がないかと、私も入口へ小走りで進む。

 エディが既にロックを解除してくれたおかげで、着くと同時に自動ドアが開く。エディに続いて中に入り、エレベーターへ向かった。

「えっと、もう一度確認するけど、部屋は――」

「13階と14階と15階だよー。15階は最上階だから、音とか気にしなくてもいいから楽なんだよね」

 やはりフロアーまるっとエディの家らしい。私のアパートの何倍の広さだろうかと考えたが……比べたところで私が虚しくなるだけだと気が付き止めた。

 エレベーターでたどり付いた15階は……なんというか、高級ホテルではないだろうかと錯覚する部屋だった。もっとも、私は高級ホテルに宿泊した事はないので、想像上のものでしかないけれど。


「つい最近までここに居たの?」

「違うよ。この間までは別荘その2に居たんだ。でも同じ場所に長い事留まっていると、見つけられるリスクが上がるからね。定期的に移動してるというわけさ」

「見つけられるって、誰から?」

 そろそろ話してくれないものだろうかと聞くが、エディは無言で部屋の中を進む。やっぱりダメか。でも、話してくれないと、私も何が何だか分からない。

「ここで待ってて」

 大きなソファーとテーブルがあるところでそう言われて、私は立ち止まった。

 いきなり雲隠れしてしまった事、私を突然ここへ連れてきた事……全ては赤い瞳の少女が現れてからの様に思うが、それは私を主軸にした時の考えだ。元々エディは何の為に日本へ戻ってきたのだろう。

 そもそもエディが組織で働くようになったのは、何か組織のデーターを盗もうとしたから。ただの好奇心による気まぐれでそんな事をしたのだろうか。それとも――。


「座っていてくれて構わないのに。というか、座って。それと、ごめんねー、ペットボトルの飲み物しかなくて。影路ちゃんはミネラルウォーターが良いんだよね」

「あ、うん」

 取り入ってそれが好きというわけではないが、能力の妨げにならない飲み物なので、比較的選ぶことが多い。それに経済的にも他のジュースより安いのが、財布事情が辛い身としてはありがたいというのもある。

「僕が逃げているのは、組織と、僕が昔育った施設からだよ」

 答えてもらえないと思っていたが、ちゃんと話は聞いていてくれたらしい。エディはペットボトルのふたを捻りながらそう答える。

「ただ、施設の名前はまだ聞かないでくれる? ……うーん、怪盗Dが支配している場所というのは教えてあげられるけれど、中には無関係な子もいるようだから。影路ちゃんがそっちにつくなら教えてあげるけれど、佐久間達の方につくか、僕の様にどちらにもつけない場合は、彼らが不利になる可能性もあるから」

「不利という事は、エディは怪盗Dに勝って欲しいの? ……そもそも、どんな勝負をしているのかも分からないけれど」

 今起こっている事の全体像が上手く見えない。その為、組織と怪盗Dが争っているのすら初耳だ。以前、佐久間と一緒に追った事はあったけれど、それは怪盗Dが王冠を盗もうとしたから、それを阻止するために居たに過ぎない。

「どうなって欲しいのかは、正直分からないんだよねぇ」

 パンダの被り物が遮って、エディの表情は見えない。でも、本当に困っている様な表情をしている気がした。

「それにまだ何も始まっていないよー。でもこの国をひっくり返す為に、着々と怪盗Dは進んでいる。この国の人口は一億人のうちの約5%がAクラス。Bクラスが約30%、Cクラスが約60%、Dクラスが約5%の配分になってるのは影路ちゃんも知っているよね」

「まあ、授業で習うから」

 正確な数字は違うけれど、大雑把に言えばそんな感じである。AとDが少なく、一番多いのはCクラス。

「でももう少し詳しい分け方をすると、Aクラスの中でも、危険で扱う事ができないとして閉じ込められている人が5分の1ほど居るんだよね。彼らはAクラスより上と揶揄されたりもするけれど、そういう分類はないから名前はAクラスになる。そこまで危険視はされていないけれど力を佐久間の様に使いこなせないのは5分の2……いや、3ぐらいいて、彼らは普段は能力封じをつけていなければならないし、大抵は施設に残るかな。自分の力で怪我して下手したら死んでしまうからね。つまり実際にこの国で動き回われるAクラスは全人口の1%程度って所さ。目立つからもっと多い気がするけどね」

「へぇ」

 それがどんな話につながるかは分からないが、やはり佐久間はかなり優秀らしい。

 もしかしたら私たちがAクラスは凄い能力者だと思っているのは、能力を使いこなす事ができる人達としか見る事ができないからかもしれない。

「逆にDクラスは約5%がまるっとこの国で動き回れる。大半が能力は使えても、使い道が分からない人が多いけどね。でも誰も見向きもしなかったからこそ、ぎょ、ぎょくせき――えっと、まあ、宝石も混じっているわけ。影路ちゃんの他者へ自分の能力を与える事ができるようなものは、たぶん本当に未知のもの。というかDクラスの能力なんて大抵が未知さ。未知は凄いよ。宝石ではない石だって、石炭とか役立ったりするし。でも石炭を使う道具がなかったころはただの黒い石でしかなかった。今はそれと同じことさ」

 たぶん玉石混淆と言いたいんだろうなと思うが、言葉がでてこなかったらしい。それでも十分意味は伝わる。

「そして怪盗Dは、Dクラスをまとめあげ、更に閉じ込められているAクラスもたらし込み、革命を起こしたがっているんだよ。物騒な言い方をすればテロ? かな。その為にまずは自分を知ってもらおうと、怪盗という非効率な方法で宣伝を兼ねた、資金集めをする。勿論それだけで集まる資金なんてたかが知れているし、盗品を売りさばくのも楽じゃない。だから別の市場も開拓している。ほら、以前僕はDクラスだったって言ったでしょ。だからパソコン関係の能力者の中には、彼らに協力する人達が結構いるんだよね。今後覇権をとるだろうと予測した先物買い、CクラスやBクラスに対する個人的な恨み、Dクラスの中の人に対する個人的な恩とか、理由は様々だけど」

 エディは、このマンションを見るかぎり、かなりのお金を稼いでいるようだ。だからエディと同じような能力の人は、同様にお金を持っている可能性はある。

「怪盗Dが争おうとしているのは、組織ではなくこの国で、この国は多分自分を守る為に組織を使う。だから組織と怪盗が争うと言うのも間違ってはいないけれど、実際はただの内戦だよ」

「ないせん?」

 パッとその言葉の意味が分からなかった。それとも分かりたくないというのが本音かもしれない。私の手に余るような恐ろしい単語だから。

「ただ、僕にもまだいろいろ分からない事があるんだよね。例えば、何故影路ちゃんが自分の能力を盛大に発表していないにも関わらず、怪盗と組織の両者の取り合いが始まってしまったのかとかね。まったくもって理解不能さー。影路ちゃんはDクラスだから勧誘があったっておかしくないけど、僕が納得できる理由が揃いきっていない。だから、色々ここでおしゃべりをしようと思ったわけ。その代り、僕も影路ちゃんが後悔せずに選べるだけの情報を先に上げるから」

 そう言って、エディはパンダの着ぐるみの頭を外し、汗だくの髪をタオルで巻いた状態で笑った。

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