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母校の恋(8)

「楓、どうして来たんだよっ!」

 職員室に向かって歩いていると、その手前の所で柱の影に隠れている三浦君に会った。とはいえ、隠れているといっても私たちの方からは丸見えで、なんというか詰めが甘そうな子だなと思う。

「あ、あのね――」

「今、担任が来てるんだよ。とりあえず、楓は帰れ。俺が後は何とかするから」

 まるで死地にでも向かうかのような雰囲気に私は何だか微笑ましいような気分になる。そういえば、学生の時は、学校の生活が自分の世界の大半でそれ以外はないような気持ちになっていたよなぁと思う。卒業すると、学校の事なんてそれほど大したことではないと分かるけれど、そうでない時は確かに先生に叱られに行くなんて、死地に向かうようなものかもしれない。

 

「もしも生きて帰れたら、また遊ぼうな」

 なんだか変なフラグを立ててるような気がする。こう、エディが使いそうな言い回しだ。そういえば、私の事を女盗賊とかいうぐらいだし、ゲームとかが好きなのかもしれないなと思う。

「そうじゃなくて、聞いてっ!!」

「馬鹿、声がでかいって」

 慌てて、三浦君が楓君の口を塞いだ。でも、たぶんこれは聞こえたよなぁ。

 私は【無関心】の能力を使って影を薄くし、少し彼らから離れる。彼らは勝手に学校の中へ入った事や警報機を鳴らした事など叱られればすむが、私は叱られるだけではなく警察のご厄介になる可能性が高い。女盗賊という単語を笑っている場合ではなくなるのは正直困る。

「お前ら……」

 やはり私が想像した通り、職員室から教師が現れた。

 眼鏡をかけている男性の先生は、いかにも厳しそうにみえる。フレンドリーで人気な先生という雰囲気はないので、彼らがビビるのも何となく理解できた。

「先生、楓は悪くなくて、俺に付き合ってくれただけなんだって!」

 慌てて、三浦君は楓君を庇うが……それは明らかに、自分は悪い事をしましたと言っている様なものだ。野球部の朝練に来ただけだと言えばいいのに、本当に嘘がつけない子である。

「違うっ!」

 楓君は口を押えていた三浦君の手を振りはらって、叫んだ。

「悪いのは、ぼっ……僕ですっ!! ごめんなさいっ!!」

 三浦君に庇われて、楓君の中で決心が固まったらしい。

 たぶん怒りはするだろうけど、三浦君ならサバサバと許しもしそうだなと思う。これで一件落着だなと思い、私はそっと彼らの隣を通って外へ出た。


 外に出ると既に少年野球に所属しているらしい子達が集まってきていた。少し長居をし過ぎてしまった。楓君が何とかここで馴染めるといいなと思いながら、校門へ向かう。

 しばらく歩き、校門を出たところで、はっと気が付いた。

「……しまった」

 一件落着じゃない。

 私は一体何しに来たんだっけと考えて、鏡男に色々相談しに来たことを思い出す。その相談は火災警報器のおかげで半分しかできていない上に、来た時よりも微妙に重さが増したような気がする鞄の中に、例の鏡が入っている事を思いだした。

 これでは本当に女盗賊ではないか。

 戻るべきか、一度借りるという事にして後日返しに来るべきか。


 少し考えて、私は【無関心】の能力を解いて、帰る事にした。もう一度中に入ってもいいが、今頃盛大な友情物語が起こっているだろう。

 それに、少しだけ気になっている事もある。私の血が付いている場合、私の【無関心】の能力は効かない事を以前佐久間に使った時に気が付いた。でも唾液の場合はどうなのだろう。実験なしで試すにはリスクが大きい。

 さっきは三浦君の気が動転していたから、私の移動に気が付いていなかっただけの可能性もある。もしも大声で呼び止められたら、【無関心】の能力は消えてしまうだろう。


「あれ? 影路先生!」

 しまったなぁと落ち込んでいると、声をかけられて、はっと振り向く。

「あっ、花園さん」

 振り向いた先には、夏にイベント会場で会った花園さんの姿があった。特に連絡先の交換などをしていないのに、彼女とは偶然会う事が多いなと思う。

「今日は1人なんですか」

「ええ。花園さんも?」

「はい。私の家、この近くなんです」

 意外なところで接点があるものだなぁと思う。

「すごく偶然ですね。私先生に会えて嬉しいです。先生もこの近くに住んでみえるんですか?」

 私はこくりと頷いた。もしかしたら、花園さんもこの小学校が母校なのかもしれない。

「実家が近くて、私はここの小学校の出身なの」

「そうなんですか。実は今、私の弟がこの学校に通ってるんです。……あ、あの。実は影路先生に次に会えたら、お願いしたい事があって」

「お願い?」

 改まって、何だろう。私で何とかなる事なら力になるけれど……。

「できたら連絡先の交換をして下さい」

「あ、うん。いいけど……ちょっと待って」

 私の連絡先なんかきいてどうすんだろうと思わなくもなかったが、慕われて悪い気はしない。鞄から携帯電話をとりだして、電源を切ってあった事を思い出す。

 そういえば学校の中で携帯電話が鳴ったら困るので、電源を切っていたのだ。


 携帯電話の電源を入れると、唐突にメールが入って来た。

「ごめん。少し待って貰っていい?」

「大丈夫ですよ」

 あまり携帯電話を使わないので、メールが届いたりすると慌てる。メールという事は、明日香か佐久間だろうか。そういえば、佐久間は今日が退院だと言っていた。

 あ、でも時間がこんなに早かったら違うか。

 まだ携帯電話の時間は8時50分を指していて、9時にもなっていない。退院は10時以降だと言っていたし。

 えっと、どうやって自分の電話番号とか出すんだっけとボタンを押すとメールボックスが開いた。これじゃなくて――。

 しかし開いたメールボックスを見て、私は手を止めた。新しく届いたメールは、今まで音信不通になっていた、エディが差出人となっていた為に。

【なお、このメールは、自動的に消滅する】。

 慌てて本文を開いたのに、本分の内容は意味が分からない。どこかのスパイ映画みたいだけれど……何故、スパイ映画? そもそも本分がメールの消去ってどういう事?


 首をかしげていると、突然私の隣に車が止まった。

「影路ちゃん乗って!」

 窓が開いた先にはパンダの着ぐるみ。……一応手だけは取ってある為、パンダから人間の手が生えている状況だ。色々……うん、コメントしづらい外見だ。良くその太い外見で運転席に乗れたなというか――。

「エディ?!」

「違うよ。僕は皆が大好きパンダさんだよ。とにかく、今は何も言わず付き合って」

 うーん。皆が大好きパンダさんはこんなに怪しくないと思うのだけど……。エディがいつもこういう格好をしている事を知らなかったら、たぶん何も言わずに付き合う事は出来ないだろうなと思う。

「花園さん、ごめん。連絡先はまた今度で」

 今までどこかに行ってしまっていた友人のエディが再び現れた。そしてその友人が、頼んできているのだ。たぶん優先しなければいけない事だと思う。

「影路先生?!」

 私は車の助手席に乗り込んだ。すると、シートベルトを付ける間もなく、走り出す。


「エディ。久しぶり」

「……うん。久しぶりだね。皆が大好きパンダさんがいなくて寂しくなかったかい?」

「寂しかったよ。私だけじゃなくて、佐久間や明日香も心配してる」

「わお。相変わらず、直球ぅ。パンダさん困っちゃう」

 エディの名前に反応しているのに、あくまでパンダさんで通すらしい。シートベルトを装着しながら、私は色々言いたい事を頭で纏める。

「今まで、どこに居たか聞いてもいい?」

「うーん。場所は教えられないけど、僕の別荘のどこかかな。僕は中立だからね。一歩引いた場所で色々情報を集めさせてもらったよー」

 中立。

 そういえば、以前もそんな言葉を聞いた気がする。

「エディは、組織と怪盗の間の中立なの?」

「近いけど、ちょっと違うかなぁ。それに中立ではあるけれど、僕は影路ちゃんや明日香姉さんと友人だからねー。一応あのリア充爆発しろ男も」

 リア充爆発って……まあ、きっと佐久間の事だろうけれど。エディは佐久間が私に告白をした事を知っているのだろうか。

「とりあえず影路ちゃん、携帯電話の電源を切ってもらっていいかい? 僕みたいに、逆探知する人がいると困るからねー」

 携帯電話を切るという事は、何かあった時に助けを求めにくくなるという事だ。

 少し考えて、エディを信じる事にした私は携帯電話の電源を切った。エディは中立と言いながらも友人と言ってくれている。だから私もそれに答えよう。

「そういえば、さっきのメールは何?」

「ああ、影路ちゃんの現在地を割り出す為のメールだよ。ちなみに1時間後には自動的に消えるプログラムを組んであるのさー」

 あ、本当に消えるんだ。

 相変わらず機械に関してエディは天才である。未成年で私より年下なのに本当に凄い。――あれ? 忘れがちだけどエディって未成年だよね。


「……あのさ、エディて、運転免許証持っていたっけ?」

 確か運転免許証が取得できる年齢って18才の誕生日が来てからだったような気がする。だけどエディはまだ17歳ではなかっただろうか。

「アメリカで乗り回していたから大丈夫さー。エドワード・ウォーカー、改造車、行きます!」

「えっ」

 あれ? アメリカってもっと早くに免許がとれたっけ? 

 なんだか色々法律違反をしている気がしたが、エディがアクセルを踏んで車のスピードが上がる。パンダであるという設定を忘れているよと言うツッコミができないぐらいに。

「ちょっとスピード出すから、到着後にゆっくり話そうねー」

 たぶんちょっとの基準が私とは違う気がする。しかし改造車はエディーによって暴走車となり、私はそれが霊柩車にならない事を切に願うしかなかった。 

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