母校の恋(7)
「つまり、テストをカンニングしたと勘違いされて、担任に野球の道具が入った倉庫の鍵を取り上げられたというわけでいい?」
私は【百目】の能力の少年である三浦君とその友人少年と向かい合わせになるように椅子に座った状態で、彼らの話を聞き、確認をした。
「俺は別にカンニングなんてしてないからな」
「だとしたら、何故カンニングをしたと先生は思ったの?」
三浦君の能力はCクラスだが、目を書いた場所の光景が見えるなら利便性は高く、カンニングにはもってこいだ。私もカンニングに向いているタイプの能力なので、疑われた経験がないわけでもない。
でもこの場合は、疑いでなく断定になっている。
「はめられたんだ。あの目は俺の目じゃないけど、そんなの証明しようがないし」
「えっと。誰か別の人が三浦君の目をまねて書いたことによって、カンニングをしたと勘違いされたという事?」
「そうなんだよ。全然俺の話聞いてくれないし。な、楓」
「うん」
大人しそうな少年が、こくり頷く。
「貴方も野球部なの?」
「ううん」
楓と呼ばれた少年は首を横に振った。
「楓は野球部じゃないけど、俺の友達だから手伝ってくれてるんだよ。あーどうしよう。朝の準備ができないとコーチに怒られるっ!」
三浦君は立ち上がると頭を抱えてクルクルと回る。対する楓君は動かず困ったように三浦君を見るだけだ。なんだか正反対の性格の友達のようだなと思うが、私の友人の明日香や佐久間だってそうだという事を思いだし、似ているから友達とは限らないのかとも思う。
でもこんな朝早くに、野球部のような理由もなく外出したら、親が心配するのではないだろうか。
「楓君は、親に学校に行く事を伝えたの?」
「……えっ。あの……」
「楓は親がいないんだよ」
私の質問に楓君ではなく三浦君が答えた。親がいない? 何処か親戚のうちに預けられているのだろうか。それとも――。
「ぼ、僕、Dクラスだから」
何処か恥ずかしそうに、楓君は答えた。ああ。この子もDクラスである事を理由に、孤児施設に引き取られたのか。そしてそれを恥じている。
誇れる事ではないから。
「私もDだよ」
でもDクラスという事を恥じる必要はないと思う。Dクラスと分けられた瞬間からとてもこの世界は生きにくいけれど、この能力も間違えなく神様から貰ったものできっと何か理由があると思う。この能力のおかげで、友人を助けられたことだったあるのだから。
「えっ……」
「私は【無関心】の能力で影を薄くする能力だから。楓君は?」
「……【シール】」
「シール?」
「紙ならどんなものでもシールの様にくっ付ける事ができるんだよ。でも、何だ。女盗賊って、Dクラスなのかぁ」
三浦君は残念そうにぼやくと、手を頭の後ろで組みながら、再び椅子に座った。
「あ、でも。もしかして、今ニュースでよくでてくる、怪盗Dだったり? って、そんなわけないか。絶対違うし」
「確かに違うけれど、どうして違うと思うの?」
「だって、怪盗Dは隠れるつもりがないから、カッコイイんだぜ。女盗賊みたいにこそこそ盗みなんてしないって」
確かに。言われてみると、今世間を賑わせている怪盗はあえて犯行予告を警察に出してみたりとかなりの目立ちがりやだ。まるであえて世間に存在を知ってもらおうとしているかのように、派手に盗み出していく。
一度だけ、佐久間が請けおった事件で関わったけれど、不思議な人だった。私からすると、本当に盗む気はあるのかという気はする。本当の目的は別の所に――。
「あ、それかも」
「それ?」
「担任は、野球部の顧問という事はある?」
「ないよ。アイツ、ウンチだもん。な?」
「うん。先生、走るの遅いし」
ウンチ……ああ、運動音痴の事か。
野球部の関係者でないとすると、やっぱり――。
「先生が鍵を隠しているというのが嘘で、本当は最初からいつもの場所から移動してないのかも」
「えっ?」
野球部全員に迷惑がかかる事ならば、たぶん事前に担任は野球部の監督に連絡をとっているはずだ。でも一人の失態だけで練習を中止なんてできるわけもない。だとしたら、言葉だけの可能性がある。
鍵を取り上げられて野球の練習ができないと思わせるのが、三浦君には一番辛い罰で反省させられると考えたとしたら、そのポーズだけで問題ないのだ。
「どうしたら鍵を返すかを言っていなかった?」
「……本当の事を言ったら返すって言ってたけどさ。俺は嘘なんてついていないし」
もしかしたら、今日、担任は来るつもりなのかもしれない。担任は鍵が欲しいのではなく、鍵を取り上げる事だってできると思わせたいだけなのだ。
ただこんな早い時間にこの子達が来るとは思っていなかっただろうけれど。
「いつもはどこに鍵は置いてあるの?」
「宿直の先生に言ったら出してくれるけど、教頭先生の席の後ろにあるよ」
「確認はした?」
「してない……でも、嘘つくとか、ひでぇよ。本当に、アイツ最悪」
嘘は良くないとは思うけれど、ちゃんと生徒の事をよく見ている先生だとは思う。三浦君が野球が好きで、一番こたえる罰は何かを知っているのだから。
普通なら無理やり聞き出そうとしたり、親に即電話だ。
でももしも生徒をよく見ている先生なら……本当に三浦君がカンニングをしたと思ったのだろうか? この少年は基本的に、嘘をつけないタイプだと思う。良く言えば素直、悪く言えば無配慮。周りがどう受け取るかを考えない言葉が多い。
「一度三浦君、職員室を見に行ってきてもらってもいい?」
「ええっ」
「三浦君が書いた目で宿直の先生がどこにいるか確認しながら行ってくれると嬉しい。三浦君にしかできない事だから」
「仕方ないなぁ。じゃあ、楓、行ってくるな!」
君にしかできない事と言う言葉に、分かりやすく顔をにやつかせると、三浦君は走るように教室を出ていった。
彼の行動力を見る限り、火災報知機を鳴らそうと言ったのも、早朝に忍び込んで奪い返そうと言ったのも、きっと三浦君なんだろうなと思う。
ただ三浦君はカンニングはしていない。だとしたら、誰が三浦君の目をまねて書いて、更にタイミングよくテスト中に気が付かれるようにしたのか。
「楓君」
私が声をかけると、ビクッと肩を揺らした。ただの人見知りの可能性もあるけれど、この少年がビクビクしているのは、本当にそれだけだろうか。
「先生は本当の事を言ったら返すと言っていたけれど、本当の事って何だと思う?」
「そ、それ……は」
「楓君は、どうして鍵を取り返すのを手伝っているの? 施設でも、あまり早く出てきてしまうのは、本当は駄目ではないの?」
楓君が三浦君の友達だから。三浦君を助ける理由は、確かにそれでも十分ではあると思う。Dクラスの子にとって、友達になってくれるような子は、本当に大切な相手だろうだから。
「私の憶測だけど聞いてくれる?」
楓君はうつむいてしまい、【うん】とも【ううん】とも言わない。まるで死刑宣告を受け入れる死刑囚の様に、ただ耐える様に、無言で一点を見つめている。
「楓君の能力なら、事前に書いた目を紙で隠す事ができると思う。そしてテストの時間にはがしてしまう事もできると思う。もしかしたら罪悪感があって、三浦君の無茶な計画に付き合ってると思ったのだけど、どう?」
先生が反省をさせたかったのは三浦君ではなく、楓君だったのではないだろうか。本当の事というのは、【楓君が悪戯をした】ということ。
楓君が辛い状況は、自分の所為で友達である三浦君が辛い状態になる事だと思う。
「どうしてか教えてもらってもいい?」
「……怒らないの?」
何も言わなかった楓君が顔を上げた。その顔は不安と疑問が入り混じっている。
「怒られたいの?」
「お、怒られる事をしたから」
「そこにある理由を聞かないと私には判断できないから」
結果は勿論叱られるべきものだろう。
でもそこへ至るまでの過程は、そうとは限らない。そして彼は結果に対して十分反省していると思う。だとしたら楓君に必要なのは許し。
そうでなければ彼は、この場は上手く過ごせても、きっと心のどこかでずっと三浦君に謝罪し続ける事になる。
「ユウちゃんはすごくいい奴で……僕とも友達になってくれて……」
「うん」
そうだろうなと思う。デリカシーがあるかどうかは、ちょっとアレだけどDクラスというだけでイジメの対象になりやすい楓君と友人でいる事は、中々できる事ではない。
「でもあんまり僕の話を聞いてくれない時があって……僕だってもっとユウちゃんと遊びたいのに……。だけどユウちゃんが野球が好きなのは知ってるから、それをじゃましたいわけじゃなくて」
「ちょっとした仕返しのつもりだったの?」
「ごめんなさい」
しょんぼりとして楓君は謝る。
たぶんこんな大事になると思ってはいなかったのだろう。自分の方を見てという楓君の声にならない叫びで、些細な悪戯だったのだ。いわゆる出来心というものだろう。
「謝るのは三浦君に対してで、楓君の気持ちはちゃんと伝えた方がいいと思う。声に出さなければ伝わらないから」
「でも……きら……嫌われたら……やだから」
ぽろぽろと楓君は涙をこぼして、それを服の袖でぬぐう。不安で不安で仕方なくて、辛く苦しかったのだろう。
「三浦君にちゃんと話して、謝って、それでも許してくれないほど、三浦君は心が狭いの?」
「そんな事ない! ユウちゃんは、優しいよ!」
「なら、話すべきだと思う。それから、楓君も野球をやってみたらどう? 三浦君に来てと言ってばかりでなくて」
スポーツは試合中能力を使う事を禁止されている。そうでないと、ルール無用な大乱闘になるからだ。だからDクラスという事で多少のハンデはあるが、できなくはないと思う。
まあ自分から動かなくてはいけないのは、私にも当てはまる事。あまり人の事ばかり言ってられないけれど。
「親がいないから……」
あー。確かにクラブ活動はお金もいるし、親の協力が必要だったりする。お金は楓君の本当の親が死んでいなければ出してくれる気もするけれど、親の付き添いは交渉次第だ。
「担任の先生に相談してみるといいかも」
たぶん生徒思いの先生な気がする。
なにか、いい提案をしてくれるのではないだろうか。
「どちらにしても、まずは三浦君の所へ行こう」
話すなら早めがいい。
そう思い、私は楓君と手を繋いだ。