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母校の恋(3)

『大体、綾はね、義理堅いのか、そうでないのかたまに良く分からなくなるよ』


 相談しに来たはずなのになぁ。

 何故だか、説教大開が開かれてしまった私は、とりあえず大人しく鏡の話に耳を傾ける。実際彼に会いに来るのは久々で、若干不義理な事をしている気がしなくもない。2つの仕事を掛け持ちしている状態で忙しかったというのは、私の言い分であって、彼にとっては言い訳にしかすぎないだろう。

『そもそもね。鏡を学校に置きっぱなしにして、僕を放置するというのはとても酷い話だと思うんだよ。前々から思っていたのだけど、家に持ち帰るという選択はないの? 実家だと問題だとしても、今はアパート暮らしをしているんだろう?』

「学校の備品を勝手に持ち帰ってしまったら、それは窃盗だと思うのだけど」

 能力を使って悪い事をしてはいけませんと昔から家で躾けられて育ったので、そういうのはどうにも抵抗がある。

 確かに彼を学校で長い事放置するのも酷いとは思うけれど……。

 しかしそんな私の言葉を、彼ははんと鼻で笑った。

『そんなの今更だと思うけれど。そもそも、綾の能力で僕は学校で誰とも話せない状態なんだよ。この学校で鏡の存在に気が付いているのは、【無関心】の能力の持ち主である綾以外誰もいないわけだし』

 音声を出す場所はないはずなのに、鏡は流暢に喋り続ける。時折どういう仕組みになっているか不思議になるが、【能力】というものがそもそも神様の物差しで作られたもので科学では解明できなかったりするのだから考えても仕方がないのだろう。

 そんな現実逃避めいた事を思うのは、私が彼に口で勝てた試しがないからだ。1年近く放置したことに対して自分も悪い事をしたなと少しは反省している。そのためいつもならその場を逃げ出して誤魔化すのだけれどそれも罪悪感からできず、ただ聞くしかない。

 確かに彼の言う通り、家にあればすぐに相談にものってもらえるわけで、悪い話ではない。ないけれど……やっぱり学校の備品を持ち帰るというのは……。


『それで、忙しくて仕方がない綾が久しぶりに会いに来てくれたという事は、何かお悩み相談なのかな?』

「あ、うん。そうなんだけど……」

『ふーん。まあ折角来てくれたのだし、ここは都合がいい時だけの友達が、聞いてあげようかな』

 うぅぅ。嫌味がぐいぐいくるなぁ。やっぱり、怒ってるなぁと思うと、自分が悪い分落ち込む。

『……冗談だよ。ちょっと困らせすぎてしまったみたいだね。ごめん、ごめん。綾が困っているならちゃんと助けになるよ』

 どうしようと困っていると、彼は苦笑いした。どこまで本当に冗談だったか分からないが、笑顔を見る限り、怒ってはいないみたいだ。

 でも皮肉屋だけど、基本は優しい彼がこんなにも嫌味をいうという事は寂しかったのは間違いない。

「私こそ、本当にごめんなさい。今度から、ちゃんと来るから」

『それで、綾の悩み事は何だい?』

 ポンと頭に佐久間の顔が浮かんで、私は首を振る。

 この相談から始めてしまうときっと動揺が大きすぎて、他の相談が上手くできなくなってしまう――というのは建前で、実のところ幼いころから私を知っている友人に対して恋愛相談をするのが気恥ずかしかった。

 なので私は相談しやすい別の事から話す事にする。

「あ、あのね。実は友人に組織で働かないかと誘われていて……。それと、自分の能力の見直しも申請した方がいいと言われて用紙を渡されたの」

 私は鞄から用紙を取り出し、二つ折りにしたそれを開いて鏡にみせた。

 ふと組織という単語だけでは彼は分かるだろうかと思ったが、分からなければ質問をしてくれるだろうと思い、読み終わるのを待つ。


『まず、綾はどうしたいの?』

「良く分からなくなってしまって。今は組織の仕事を手伝っているのだけれど、正規の職員になった方が、もっと友達の手伝いができるのかなと思ってみたりもしている。今のままだと、友達が仕事の手伝いをして欲しいと言ってくれないかぎりできないから」

 助けを求められない限り自分から佐久間や明日香を助ける事ができないというのが、今の状態だ。もしも仕事の手伝いをさせてくれなくなったら、きっと私は佐久間や明日香と会う事はなくなってしまうだろうし、彼らが大丈夫かどうかも分からない。

『能力の方はどう思っているんだい?』

「高いクラスの方が正規の職員になれるというならというぐらいで……あえて変えたいとは思っていない」

 折角私の能力を認めて助言してくれたのに申し訳ないのだけど、私は色々考えてみたがそこまでCクラスやBクラスになりたいとは思えなかった。勿論、Dクラスは不便だ。でも今更で、私は今の能力階級と上手く付き合っていると思う。

 逆にCやBになった時、何がしたいのかと言われてもピンとこない。

『なるほどね。僕も能力に関してはあえて変わる必要はないと思うよ。それに綾はCクラスやBクラスに、それほどいい感情は持っていないだろう? 自分の嫌なものにあえてなる必要はないんじゃないかな?』

「別にそれほど嫌ではないけれど……」

『自分を苛めた人間と同じになりたいと思うのかい?』

「別に全員がそというわけではないよ。お姉ちゃんはCだし、友達の明日香やエディはBだし」

 彼らが嫌な人かと言えば、そうではない。私にとっては大切な人達だ。

 ただ彼の言う通り、私を苛めた子達はCやBだったのも事実ではあるけれど。

『うん。どの階級だってすべてが悪人だったり、すべてが善人という事はないからね。Dクラスだって、お金欲しさに犯罪をする人もいるのだし。でも綾の友人は能力を見直さなければ組織の正職になれないとは言っていないんだろう? だとしたら、このままでもいいんじゃないかな?』

「うん」

 相談してよかった。

 明日香や佐久間は私がDクラスではなくなるのが一番いいと思っている。姉も能力は隠せと言ったが、Dクラスから抜け出せる事はいい事だと思っていると思う。

 でも実際Dクラスとしてずっと生きてきて、私は変わりたいと思えなかった。Dクラスに愛着というのもあるのかもしれないし、CやBになっていつかDクラスを蔑んだりする、そんな自分になりたくないという思いも強いのかもしれない。

 だからDクラスを選んでしまう自分が間違っていないと肯定してもらえると、ほっとする。

 

『それと正職になるかを悩んでいるのは、何か理由があるんだろう?』

「やっぱり危険だから。お姉ちゃんや、両親に心配はかけたくないという思いもある」

 自分の力を試してみたいと思う瞬間もあるけれど、同時に誰かに心配されてまでするべきことなのだろうかと思ったりもする。

「それに私が助けたいのは、明日香や佐久間だけで、彼らのような正義感はあまりないから」

 自分が悪人だとは思っていない。でも根っからの善人でもない。そんな人間が組織の正職を目指していいのかと思うと、首をかしげたくなるのだ。

『あそこにいる人達が、綾みたいに色々考えているとは思えないけどね。人それぞれ、色々な思惑があると思うし』

「そう言えば、相談しておいてあれなのだけど、組織の事を知っているの?」

 彼がこの世界の人物かさえ知らない私は首をかしげる。

 やはり彼もこの世界の人なのだろうか。子供のころ、Dクラスである事で苛められ【無関心】の能力を乱用するようになった私は、鏡と出会った時、彼が何かを知るのを怖がった。そしてそれっきり聞いていない。もしも彼がCクラスやBクラスだった時、あの頃の家族以外が敵にしか思えなかった私は、唯一の友達がそうだという事実を受け止めきれなかっただろうから。

『うん。知っているよ。あれだろう? この世界の必要悪というものだね』

「えっ、違うよ。組織は警察が解決しきれない難事件を取り扱う、凄い人達の集まる場所」

 やはり彼と私では情報に違いがあるのかもしれない。彼が並行世界の私だとしたら、並行世界での【組織】はそういうものかもしれないわけで。

 ちゃんと説明してから話せば良かったと思う。友達の友達が友達とは限らないけれど、佐久間達が悪い人だと思われたくない。

『ふーん。なら聞くけど、組織に勤めているクラスは何が多いんだい?』

「えっと、Aクラスかな? でもBも多いのかも」

 以前佐久間から、Aクラスは大抵が学校卒業後組織に関わると言っていた。でも人口数で言えば、Cクラスが多く、続いてBクラスで、AクラスとDクラスは数が少ない。となると、能力の高いBクラスの人がAクラスより多い可能性もある。


『だとしたら、不思議じゃないかい? AクラスはDクラスと同じで人数が少ないのだろう?』

「不思議?」

『つまりAクラスは幼い時は施設に入れられて教育されて、大きくなったら迷わず組織の手伝いをするようになるという事だよね。いや、大きくなる前から手伝いをする子もいるかな。彼らはそれをしなければならない義務だと思っているから。そもそも、Aクラスは国の防衛も任されていて強制的に戦闘に参加させられるんだよね。誰一人、その事を拒否したり、否定する人はいない』

 ……佐久間はいつから組織の手伝いをするようになったと言っていただろうか。ふと考えて、私は首を振る。

「施設に入るのは、能力のコントロールが難しいからだよ」

 というか、上手くコントロールできなかったときの被害が大きいからだろう。私の【無関心】が上手くコントロールできなくてもさほど被害はないが、佐久間達は違う。

 だから別に変な教育が行われているわけではない。

『それもあるね。でも親以外は会わせなかったり、与える情報は制限していると思う。それを人格が作られる幼少期に行うって、僕は色々歪んでいると思うけれど。そしてそんな彼らが大人になったら入る場所が【組織】という名前になる。つまり【組織】は誰かにとって都合のいい兵器を作っている場所じゃないかな? 常に危険にさらして能力を磨かせて、でも従順にする為の教育も忘れない』

「違うよ。……私が知っている人達は、そんな人じゃない」

 きっと彼がいる場所は似通っているけれど違う世界なのだ。

 確かに彼が言っている事と私の世界は似通っている。でも佐久間や明日香は、【兵器】ではない。ちゃんと血の通った人間で、とても優しい人だ。

『なら一度――』


 ジリジリジリジリッ!


 唐突に火災警報器の音が鳴って、私はビクッと肩を震わせた。

 続く、火事です、火事ですという放送音に、とっさに鏡を掴んだ。

「逃げないと」

 偶々来たのに火事だなんて、タイミングが悪い。誤報かどうかは分からないけれど、私がここに居る事を知っている人はいない。だから逃げ遅れた場合、誰かが助けに来てくれる可能性は低いだろう。

 鞄に中に鏡を入れると、急いで私は玄関へ向かった。 

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