母校の恋(2)
氷柱のような尖った氷が俺の方へ向かってきた為、俺は風を使ってそれを弾き返す。跳ね返された氷は地面をはねて割れるが、アレが突き刺さったら、かなりの大怪我になりそうだ。
「こっちは、退院したばかりなんだぞ、この野郎」
明日香チョイスのホラー映画を見たことによりガタブルして一夜を過ごし俺は、ようやく今日退院して帰宅しようとしたところで、タイミング悪く最近ニュースで話題の通り魔と出くわしてしまった。
凶器は鋭くとがったものだけれどそれが何かが特定できず、また犯行が行われてすぐに、その場に居合わせた警官が通行人を全員止めてボディチェックをしたが、凶器らしきものが一切見つからなかったという謎の事件。
まだ犯人は殺人をしていない為、確かうちの部署の誰かがこの案件に関わっていた気がする。とはいえ、うちの部署が担当といっても、俺が頑張る必要はない。しかし運悪くその現場に出くわしてしまったのだから仕方がない。
どうやら犯人には好きな形の氷を作り出す能力があるようで、やたら尖った氷をこちらにぶつけてきたり、氷で短剣のようなものを作り出して振り回す。氷だったら確かに溝に捨ててしまえば溶けてしまい凶器は消えてしまうだろうし、俺も目の前で切りつけている姿を見なければ、彼が犯人とは思わなかったと思う。
それにしても、このタイミング……本当に何の嫌がらせだ。
「こっちは色々むしゃくしゃしてるのに、自由にしやがって」
ただの八つ当たりだとは分かっているが、氷が飛んでくるのを弾くのが、地味に面倒であり、寝不足も手伝ってイラッとする。雪合戦だって、危ないから固くした氷の玉を投げたらいけませんと先生から習わなかったのか。
ただ俺が寝不足になったのは、別に怖い話をされたからだけではない。
俺がとうとう勇気を振り絞って影路に告白をしたからだ。しかし告白をしたものの、影路が困ったような表情をしたため、フラれるのが怖くなり、俺はそれより先に踏み込めなかった。そして返事は今度でいいと言い、その話はそれっきりだったりする。
影路はどういう答えを出すのだろうかと思うと不安になり、眠れなかった。まあ結局は自業自得だったりするのだけど、そういう理由も相まって今の俺はピリピリしている。
「うっせぇ。お前は関係ないだろ!」
「確かに関係ないが、目の前で人が切り付けられて、バッグをとられているのを見て、はいそうですかとか言えるわけないだろうが。何で俺の目の前でそう言う事するんだ、馬鹿」
しかもあろうことか、この犯人は男のくせに、女に凶器を向けたのだ。これはさすがに無視するわけにはいかない。
とはいえ周りに人がいる事もあり、俺は【風使い】の能力をあまり使えなかった。鎌鼬のような攻撃を犯人の足に向かってする事もできるが、それにより一般人が怪我をしまったり、道路を走る車に当たって事故を引き起こしてしまう可能性がないとは言い切れない。
「怪我したくなかったら――あれ?」
再び氷が飛んでくるのかと思った瞬間だった。
犯人が手に作り出した氷が、そのまま霧散する。今度は霧状の細かい霰のような氷をぶつけて来るのかと思えば、雰囲気的にそうではないようだ。
焦ったようにあたふたとした後、男は踵を返し、一目散に走り出したが――。
「うほっ?!」
……うほって、ゴリラかよ。
間抜けな声を上げて、その場で転んだ。よく見ると、犯人の足元には落とし穴でも掘られたかのように、数十センチ下がっている。
「シンデレラ王子、確保っ!」
「お、おう」
誰かの声に、俺ははっと我に返ると、転んだ男を取り押さえ、何もできないよう腕をねじる。
「イタタタッ、放せよっ!!」
「放せって言われて放すわけないだろ。大人しくしろって」
ジタバタする男を取り押さえながら、俺は周りを見渡した。どうやら俺以外に、組織のメンバーがここに居るようだ。
「10時20分。犯人確保と」
「……犯人確保はいいけれど、俺の名前はシンデレラ王子じゃないっての」
「ご苦労だったな、シンデレラ王子」
まだ言うか。
俺は自分の近くまでやって来た同僚の女である、土方さんを睨んだ。とはいえ、この女に悪意はない。明日香の嫌味とは違う、ただの天然。だからこそ余計に面倒な人だ。
「土方さんが調査していたのかよ」
「ああ。だが、自分は運悪く犯人と巡り合えなくてな。お手柄だ。よくやった」
「なんでそんな上から目線なんだよ」
お手柄ってな。
土方さんは別に上司というわけでもない、俺の同僚だ。年齢も少し上なだけで大して変わらないし、勤めている年数に至っては、むしろ土方さんの方が短い。
でも、何故か偉そうなのだ。
「そうか? まあ、いいじゃないか。そんな小さい事を言っていると、チビのままだぞ」
「俺は十分伸びたし、もうこれ以上伸びないっての」
「うむ。そう言えば、そうだな」
……やりにくい。
そんな事を思っていると、突然背中に衝撃を受けた。俺が動いた事で、犯人のねじり上げている腕に負荷がかかってしまったらしく悲鳴が上がる。
「王子お兄ちゃん、久しぶりぃー」
「おうっ……えっと」
「なんだ。君たちは知り合いなのか?」
知り合いなのかと言われても、背中に重みを感じるだけで、誰なのかが分からない。
「そうだよ。王子お兄ちゃんは、私のうんめいの王子様なの」
「何と。そうだったのか」
「いやいやいや」
声と、背中にかかる重さからすると、俺の背中にのしかかっている子は、若いと言うよりも幼い。そんな子の話を冗談ではなく、真剣に受け取っていそうな天然相手だと、きっちり否定ておかなければ。そうでないと次の日俺は、ロリコンだという噂が流れそうだ。シンデレラ王子より酷い、ロリコン王子という二つ名で呼ばれだしたら、もう職場に行けない。
「よいしょと。だって、私王子様に夜のぶとーかいにさそわれたんだよ」
夜の舞踏会?
そんな事を思っていると、背中から重みが消えた。どうやらどいてくれたらしい。
「うむ。ロマンが詰まっているな」
「土方さんはいちいち納得しないでくれ」
「だが、この少女の目は嘘を言っている目じゃないぞ?」
「ウソじゃないもん。ゆーえんちで、うんめいの出会いをしたんだもの」
遊園地……あっ。
その単語と、王子様という単語で、ようやく俺はこの突如現れた少女が誰なのかが分かった。
「もしかして、千春ちゃんか?」
「ぴんぽーん! やったとわかったー?」
今度は俺の目の前にしゃがみこんだ、ツインテールの女の子は、えへへへと笑った。
千春ちゃんは、以前遊園地での事件で関わった少女だ。確か【気化】の能力だと聞いている。
「千春嬢は施設の中でも能力の扱いがかなり優秀でな。今回、もしかしたら氷を扱う能力者ではないかと考えてな、協力をしてもらっていたんだ」
「へぇ。そうなんだ」
確か千春ちゃんに会ったのは今年の春だったはずなので、まだ1年も経っていない。しかし既に優秀と言われているならば、かなりのものである。
「千春嬢の能力範囲は大きくはないが、反する能力ならば大抵は千春嬢が勝つぞ」
「凄いな、千春ちゃんは」
「えへへへ」
少しもじもじしながらも、はにかむ様に笑う千春ちゃんは、いたって普通の子供だ。しかし犯人の氷を作り出す能力を上回るのだから、大したものである。
「俺が悪かった。警察に行くから、頼むから、俺の上で話すな。いや、話さないで下さい……いてててっ」
俺の足元で、犯人が半泣きのような声で訴えてきて、そう言えば腕をねじり上げたままだった事を思い出す。
「ふむ。では自分が警察へ届けよう」
土方さんはそう言って、俺と交代をし、犯人を立ち上がらせた。
一瞬犯人が男の俺ではなく、女の土方に変わった事で、顔を変える。これなら逃げるかもと淡い希望を抱いたに違いない。
なので、俺は少しだけ親切心を出す事にした。主に、犯人に。
「土方さんから逃げようと思うなら、止めておけよ」
「なっ。俺はそんな事――」
「この人、拷問マニアだから」
「は?」
犯人の顔がキョトンとしたものになった。
しかし事実は変わらない。
「自分はそれほどマニアではないと思うぞ。むやみやたらと収集癖があるわけではないく、心惹かれる拷問器具しか集めないからな。それに危険な凶悪犯でないと、組織が使わせてくれないからな。この辺りもきちんと守っている。だから、もしよければ逃げてくれないだろうか? 先日購入したアイアンメイデンのレプリカがなかなか使えなくてな――」
淡々と話す言葉に犯人の顔色が悪くなっていく。
「――というのは冗談だ。アイアンメイデンと言うのは、鉄の乙女でな。アレに刺さると、流石に死んでしまうから観賞用として置いてあるだけだ。もしも自殺したくなった時は言ってくれ。貸し出せると思う」
貸して欲しいと言ったら本当に貸し出してしまいそうな人だ。
だから大人しくしておけと、ぽんと肩を叩くと、犯人はビクッと肩を震わせた。土方さんの底しれない不思議さん度にビビっているようだ。
「そうだシンデレラ王子。自分はこの犯人と警察に向かうため、これから千春嬢を施設へ送ってもらえないだろうか」
「えっ、俺が?」
「なに。旅は道連れ、世は情けだ。気にするな」
「お前が言うな」
気にするなと言うのは俺のセリフだろ。
つかみどころのない、土方さんに、俺はがっくりと来るが、確かに小学1年の女の子をここで放置するほど人でなしでもないつもりだ。
それに最近施設に顔を出していなかったから、たまには遊びに来いとも言われている。
「でもまあ、分かったよ。じゃあ、千春ちゃん行こうか」
「うん。あのね、王子お兄ちゃん。私ね、またお空のたびがしたいの」
千春ちゃんは嬉しそうに笑う。
ロリコンではないが、小さい女の子に懐かれて嫌な気はしない。ただ――。
「OK。じゃあ、折角だし空を飛んで帰ろうか。ただな。お兄ちゃんの名前は、佐久間だからな」
というわけで、王子お兄ちゃんは止めなさいと、俺は恥ずかしい呼び名をいい加減止めるよう伝えた。