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病院の恋(9)

 大体、病院で起こっていることに対する仮説がまとまった私は、佐久間の病室で明日香や近藤さんを交えて、私の仮説を聞いてもらう事にした。


「つまり、最近の騒ぎは、赤ちゃんの能力が引き起こしていると?」

 私は佐久間の質問に、こくりと頷いた。

「うん。母体が不安な気持ちになったりするのを感知して、能力を使ってしまっているのだと思う。佐久間の部屋に現れた幽霊は、たぶんお姉ちゃんが【Dクラスが生まれたら孤児施設への引き取りも可能】という話を産婦人科の看護師にされていて、その看護師を見た瞬間に不安な気持ちになって赤ちゃんが能力を発動してしまったのだと思う」

 元々私がDクラスを理由に養子に出されたことを知っている姉は、そういった話題に敏感だ。昔から私にその手の話題を極力聞かせないように振る舞ってきた所がある。

 だからそういった話をする看護師と同じ空間にいる事で、潜在的な不安が溜まり、最終的にお腹の子が暴走したのではないだろうか。

「たぶんお姉ちゃんの子供は幻視系の能力。姉の記憶を使って、姉が怖いと思ったものを見せて怖がらせようと試みたのかと。でも姉のイメージだけでは情報が足りなくて、顔があいまいな飛び降り自殺の幽霊が現れたのだと思う」

 あの部屋に居たのは、私と姉、看護師3人と佐久間以外に、姉の子供もいた。まだ生まれていないので、なんとなく除外をしてしまっていたけれど。


「佐久間の部屋に出た幽霊がそれだとしたら、今まで出た幽霊とは別件という事なのかな? ただ、そうだとしても胎児の状態で、幽霊を作り出せるほど能力が強いというのは、とてもレアなケースだと思うけれど」

 近藤さんの言葉からすると、なくはないけれどと聞こえるが、やはりこの仮説が正しいとしたら、稀なケースではあるのだろう。

 実際、いろんな偶然が重なってできていると思う。

「なので他の赤ちゃんの情報を確認しました。その中で、未熟児として生まれて2ヵ月ほど入院している子の能力が、【増幅】と【夢渡り】でした」

「2つという事は、2人居るって事か?」

「うん。彼らは双子。【増幅】の能力は、他者の能力を増幅させるもので、Bクラスの能力に指定されている。そして【夢渡り】は人の夢を行き来できる能力でDクラスの能力」

 【増幅】の能力は1人だと危険ではないのだけど、別の誰かが隣にいると一気に危険さを増すものだ。偶然にも双子の片割れが【夢渡り】という毒にも薬にもならないとされている能力だったので、今のところ引きはなされずにすんでいた。


「たぶん【増幅】の能力で【夢渡り】の能力がかなり増幅されて、赤ちゃんは胎児のうちから外の世界に干渉可能だったのだと思う。そして他の赤ちゃんに【夢渡り】で干渉し、場合によっては【増幅】の恩恵を他者へ渡す橋渡しの役目もおっていたのかと。胎児が夢を見るかどうかはまだ証明されていないけれど、眠る事はすでに証明されているから、【夢渡り】は使える可能性が高いと思う」

「なるほどね。確かに俺が調べてきた幽霊に実際に会った看護師は、大半が産婦人科所属だったから、確率は高そうかな」

「でもその双子は、何故そんな事をしているのかしら?」

「最初は、母体を不安にさせるものを撃退しようと思っていたのだと思う。【夢渡り】の能力で母親の夢にも干渉できるから、相手の特定もできたのかと。そして今は片割れと引き離されないように、抵抗しているのだと思う。【夢渡り】の能力はDクラスだから、母親は今後どうするか迷っているらしい」

 元々早産で、更に双子。その為、ちゃんと赤ちゃんを育てられるか分からず不安になり、何度か看護師に相談をしていたようだ。それを敏感に察知して、赤ちゃんは自分たちを引きはがそうとする看護師に抵抗していたのだろう。

「幽霊が出始めた当初ではなく、どうしてこのタイミングで組織へ幽霊調査の依頼が来たのかも、たぶん幽霊が出る頻度が高くなったからだと思う。近藤さんが集めてくれたデータでも、双子が生まれた2ヵ月ぐらい前から幽霊の出現率が格段に増えていたから」

 赤ちゃんとしては多分悪い事をしている気はないはずだ。

 2人にとっては引き離すという話をする方こそ、悪なのだから。


「……妻には、【無効化】の能力をその赤ん坊にかける様に伝えておくよ。それで、騒動が収まってこれば、原因がその赤ん坊で間違いないという事になるからな。それで駄目なら、また引き続き調査をするか」

「よろしくお願いします」

 私はそう言って、近藤さんに頭を下げた。

 これはまだ私の仮説の域を出ていないが、実際にそうなのかどうかは、犯人が喋る事ができないので、彼らの能力を【無効化】し、様子を見るしかないのだ。

「……えっと、それで。もしも赤ちゃんが、本当に犯人だとしたらなんですけど」

「勿論、未成年だし、この場合は大人の配慮が足りなかった部分もあるからね。ちゃんと、その辺りは考慮して事後に当たるさ」

 近藤さんの言葉に、今度こそ私はほっとして、肩の力を抜いた。同じDクラスだからというわけではないが、何の罪もない赤ちゃんが一方的に裁かれたりするのはやはり心が痛む。母親がもしかしたら今回の事で、本格的に手放す検討をするかもしれないし、やはり引き離してはいけないと踏みとど待ってくれるかもしれないし、そこはどうなるか私では分からない。でもできれば、引き離されたくないという赤ちゃんの意志は尊重して欲しいなと思う。


「よっし。じゃあとりあえず、俺は一度退院してもいいんだよな? 後は近藤さんの奥さんの報告まちだし」

 佐久間はそう言て、ベッドの上でぐっと背伸びをした。

「一日中ベットの上だと体動かせないから、辛かったんだよなぁ」

「夜に1人でトイレに行くのが怖かっただけじゃないの?」

「そ、そんなわけないだろっ?!」

 あっ。そんなわけあるんだ。

 微妙に佐久間の声が裏返っている。どうやら本当に、幽霊などが苦手なそうだ。

「じゃあ、折角だから、とっておきのホラー映画見る?」

「おっ。いいな。俺も、見たかったんだよな。折角個室だし、最近DVDが出たばかりのホラー映画の鑑賞会するか」

 明日香の意地悪な冗談に、近藤さんがノリノリで相槌を打った。その様子に、佐久間がギョッとした顔をする。

「嫌がらせか?! 退院したくても、早くて明日なんだぞ?!」

「良かったじゃない。もしかしたら今夜は本物に会えるかもしれないわよ」

 明日香……楽しそうだなぁ。

 ニヤニヤと笑いながら佐久間をいじっている。こうやって見ていると、やっぱり佐久間と明日香はお似合いだ。能力も2人とも攻撃型だし、話も合うだろう。


「さてと。じゃあ、私は近藤先生と面白そうなDVDでも借りて来るから、それまで綾は佐久間の相手をしていてちょうだい」

「えっ。私が行くよ?」

「綾は、あまり映画とか見ないでしょ? 私が超怖くて泣いちゃうようなセレクトをしてくるから待っていて。さあ、近藤先生行きましょう」

「泣いちゃうってマジで?!」

 明日香は佐久間のツッコミを無視してさっさと近藤先生が部屋から出ていってしまった。

 残された私は、佐久間との会話に困って……とりあえず黙る。仕事の話ならばスラスラと言葉が出てくるのだけど、そうでないと、何を話していいのか分からなくなる。

 でもとりあえず何か話をしないと。特に屋上の一件以来、佐久間の事を意識してしまっている為、私は内心焦る。無駄な沈黙を作って、佐久間の居心地を悪くしたくない。

 とにかく楽しい話題……せめて無難な話題をふらなければ。

「あの――」

「あのさ」

 佐久間と同時に口を開いてしまい、私は言葉を止めた。

 

「えっと、何?」

「影路が先に」

 何故か、お互いに譲り合いの精神が出てしまって、やはり会話が始まらない。

 私には誰かを楽しませるような話術がないので、ここに明日香やエディがいてくれればと思ってしまう。

 明日香は佐久間と一緒に居てと言ったけれど、近藤先生と交代して、私もついていけばよかった。

 たぶん佐久間を意識しすぎているのが上手く話せない原因だ。前なら、もう少し上手く話せた気がする。もう少し、心の整理が付けばまた変わるだろうけれど――。

「えっと。喉は渇いてない? ジュースか、お茶を買って来ようかと……」

 映画を見るなら、何か飲み物があった方が良いかと思い、私はそう提案する。今は佐久間と2人っきりなのが、嬉しい反面苦しかった。

「あのさ、影路」

「何?」

 聞き返すと沈黙が落ちる。どうしたのだろう。何か言いにくい事なのだろうか?

「……俺は、炭酸がいい――って、違うだろ、俺」

 沈黙したかと思うと、突然ゴンゴンと壁で頭を叩くという奇行を行う佐久間に、何と声をかけていいのか分からず固まる。

 そしてしばらくすると、深く佐久間はため息をついた。

「影路が……その。養子だって聞いてさ。えっと、Dクラスだから、そういうのも仕方がないみたいな感じだっただろ?」

「あっ、うん。でも、本当に不幸じゃないよ。あの時も言ったけど、お姉ちゃんもお父さんもお母さんも、優しいから」

 私の話なんて面白い話ではない。

 屋上の一件もあって、色々内緒にしておくのは良くないかと思って喋ってしまったが、佐久間が気にするならば喋るべきではなかったと思う。

 なかなか、話した方がいいものと話さない方がいいものの線引きは難しい。気分を悪くしたなら申し訳なかったと思いながら、正直な思いを伝える。

「うん。それは、知ってる。影路の姉ちゃん、本当に影路の事が好きだからな」

「そうかな」

 愛されてるとは思うけれど、実際に口に出して言われると、嬉しい反面恥ずかしいものだ。お礼を言うのも変だしと思いつつも、頬が緩むのを上手く止められない。

「俺も影路の事好きだから」

「えっ」

 しかし続いて佐久間からでた言葉に、私は固まった。ゆるみかけていた頬もそのまま石化する。

「だから、影路が生まれてきてくれて、本当に良かったと思う」

 好き?

 えっ? 誰が? 誰を?

 それは、どういう意味で? 友人として?


 頭の中が飽和するぐらいの疑問が浮かぶ。

 心臓が佐久間に聞かれてしまうのではないかというぐらい高鳴り、私は自分の都合のいい方へ捕えようとする心を必死に抑える。

 落ち着け私。とにかく落ち着かないと。

 佐久間の好きは、きっと明日香やエディや近藤さんや、とにかくそういう周りの人に対するものと変わらないはずだ。特別という意味ではない。

 そう一生懸命自分に言い聞かせる。期待はしてはいけないと。

 ただそれでも、佐久間に友人としてでも好意を向けてもらえたのはとても――。

「俺と付き合って欲しいんだ」

「つ、つきあう?」

 付き合う……付き合うって何?

 落ち着きだしたところで、再び爆弾を投下されて、私は目を回しそうになる。

「自販機まで付き合って欲しいとか、そういうボケは要らないからな」

 そう佐久間は前置きして、私をまっすぐ見た。その目から、目がそらせない。


「俺は影路の事が好きだから、付き合って欲しいんだ。返事は今じゃなくていいから。でも覚えておいて欲しい」

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