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病院の恋(7)

 幽霊、ケース1。

 廊下ですすり泣く少女。

 廊下の隅でうずくまっている少女がいて、声をかけると顔を上げ、看護師の方を見て笑いすぅぅっと消えてく。


 幽霊、ケース2。

 鳴り響く足音。

 誰もいない病室で、子供が走り回っている様な足音が聞こえる。ただし扉を開けると消える。


 幽霊、ケース3。

 トイレの少女。

 いわゆるトイレの花子さん。トイレで会話をしていると、勝手に話に入ってくる。でもどこにもその姿はない――。


「――という感じで、どこまでが本当か分からないけれど、かなり噂はあるんだよな」

「へぇ」

 佐久間が聞いた噂話は、私が【無関心】の能力を使っていた時はあまり聞けなかったものだ。にしてもなんだか――。

「何処かで聞いた事のある怪談のような?」

「そうなんだよなぁ。だからどこまでが本当なのか怪しい感じもあってさ」

 ほらっと言って、佐久間が聞いたものを手書きしたらしい、怪談リストを私に渡す。

 そこには、ルーズリーフの枠からはみ出た男らしいダイナミックな文字で怪談話が書かれていた。文字は性格が出るんだなぁと思いつつ目を通す。

 そして、やっぱりなんだかどこかで1度は聞いた事がありそうな怪談が多いなと思う。

「【無関心】で聞きまわった時はあまり話している人がいなかったから、ないのかもと思ったけれど、潜在的には怪談話が多い?」

「俺は乗っかりじゃないかなと。ほら、病院で入院して思ったけど、暇なんだよなあ。で、今回俺が飛び降り自殺をする幽霊を見たから、入院患者が楽しげに自分も知っている怪談を話していったという感じで。実際に見たという患者はいなかったし。あ、でも。看護婦さんの何人かは実際に見た事があるらしいぞ」

 やはり幽霊を見るのは看護師だけ……。この病院にいる【幽霊】は【看護師】に何らかのこだわりがあるのだろうか。

「……そう言えば佐久間が調べてくれた怪談に出て来る幽霊も、女か子供なんだ」

 読み進めて、ふと女や子供の話ばかりなのに気が付いた。そう言えば近藤さんが確認してくれたものもそうだったなと思い出す。

「幽霊と言ったら、やっぱりそう言うものなんじゃないか?」

「よくある系な話なら、軍人や侍の幽霊が現れるものがあってもいいのかなと思うから」

 昔は軍人が入る病院だったや、合戦場になったことがあるなどの、どこまで信憑性があるか分からない過去の話と絡めて、そう言った幽霊が出るというのは結構オーソドックスなものだと思う。でも偶然なのかそういった怪談話はなく、全て女性、または子供関係なのはある意味共通点かもしれない。


「確かにな。確か近藤さんの奥さんも、子供の幽霊を見たとか言っていたし。ここに居るのは、女の子の幽霊なのか?」

「えっ? 近藤さんの奥さんもここで働いているの?」

「そうなんだよ。あのおっさん、思いっきり仕事で公私混同してるんだよなぁ。それなりに優秀だから誰も文句言わないけど。確か、産婦人科の看護師やっているはずだぞ。その関係で、今回の事件に立候補したはずだし」

 産婦人科の看護婦……。ふと、別の接点がみえた気がして、私は考える。

「そういえば、あの時一緒にいた看護師さんも産婦人科だったはず。これで内科の看護師が2名、産婦人科の看護師が2名。その他で実際に幽霊を見た事がある看護師は、何科に所属しているんだろう」

 近藤さんがもう少し具体的に幽霊を見てしまった人を調べてくれているので、そこから法則が見からないだろうか。もしかしたら特定の科がターゲットになっている可能性はある。


「悪い。そこまで確認していなかった」

「ううん。大丈夫。近藤さんにも調べてもらっているから。後は、幽霊が何なのかだけど……もしも能力を使ったのだとしても、1種類の能力だけじゃないような気がする」

 飛び降り自殺は幻覚系の能力で再現できそうだけれど、すすり泣く少女の泣き声や、鳴り響く足音、トイレで会話に入って来る少女は少し難しい。泣き声や足音なら【念力】でも再現できそうだけど、会話となるとまた違う種類だ。

「そういえば、明日香が、昔こういった事件では能力持ちの野生動物が絡んでいたことがあるって言っていたぞ。ほら、狐が化かす的な」

「この間のパンダみたいな子が?」

「そうそう。流石にパンダは一匹だけだったけどさ、能力持ちの動物は、それぞれにまとまって生活しているらしいし」

 なるほど。そういう事例もあるんだ。

 何匹かの能力を組み合わせれば、今回の幽霊を再現する事も可能ではある。……ただ何故動物がわざわざ病院で幽霊を見せようとしているのだろうか。

 幽霊を見せて人を驚かせる時、一番の目的で考えられるのは、出ていってほしいからというもの。この病院で幽霊騒ぎが起こっているならば、病院から出ていってほしいという事だけれど……病院で生活しているのはなにも看護師だけではない。

 患者もいれば、医者もいるし、他にも様々な職種がひしめき合っているのが病院という場所だ。だから看護師だけを追い出しても何も利益などないようにも考えられる。

 後は看護師の誰かに恨みがあって、同じ制服を着ている人を脅かしているかだけれど……果たして動物がそういう事をするのだろうか?


 佐久間と話していると、病室の扉がノックされた。

「失礼します」

 そして看護師が中に入って来る。昨日会った看護師3人ではない、また別の看護師だ。名札には、近藤の文字が――。

「こんにちは、佐久間君。うちの、旦那がいつもお世話になっています」

 噂すれば、影だ。

 タイミングよく、近藤さんの奥さんが会いに来てくれた。茶色の髪の毛を1つに束ね、後ろでお団子にした看護師は、想像していたよりも若い。

「あっ、初めまして。こんにちは」

「こんにちは」

 佐久間が挨拶しなのに続いて、私も挨拶をする。


「えっと、貴方は――」

「初めまして、影路と言います」

「ああ。貴方が影路ちゃんね。旦那から噂は聞いているわ」

 噂?

 どんな噂だろう。それほど近藤さんとは親しい間柄ではないので、お見合い会場で話した時の事をだろうか。

「あの、産婦人科なんですよね」

「ええ。そうよ。今は休憩中だから、何か協力できないかと思って来たの。……でも、お邪魔だったかしら?」

「いえ。助かります」

 実際に幽霊を見た事がある人の証言はとても貴重だ。それに看護師なので、他の情報も色々知っているかもしれない。


「……なんというか、頑張りなさいね」

「はぁ」

 何故か励まされて私は内心首をかしげる。勿論解決に向けて頑張るつもりはあるけれど。

 なんだか文脈がおかしい気がする。

「うぃっす。頑張ります」

「あっ。精一杯、解決に向けて頑張ります」

 佐久間が答えるのを聞いて、私も答えた。今のところ怪我人はいないけれど、幽霊騒ぎで不安だろうし、佐久間を見習って私も相手を安心させてあげなければ。


「あの。それで、少し幽霊を見た時について聞きたいのですが、いいですか?」

「ええ」

 何故か笑いをこらえている様な顔で頷かれた。

「えっと、幽霊を見た時よね。私が見たのはつい最近よ。確か休憩時間に入った時だったわ。廊下を歩いていたら、廊下の片隅で座り込んでいる女の子がいてね。気になって声をかけたのよ。そうしたら、すっと消えていったのよね」

 あっ。佐久間が聞いた話の一つだ。

「女の子は泣いていたんですか?」

「私は泣き声は聞こえなかったけれど。ただ女の子の幽霊が出た廊下は、赤ちゃんがいる部屋から近かったから、その声で聞こえなかっただけかもしれないけどね」

 どうやら、【泣く】というのは、後から付け加えられた可能性もありそうだ。もしくは赤ちゃんの泣き声がする場所でという言葉とくっついたのかもしれない。

「その時は1人でしたか?」

「もう1人同じ産婦人科の看護師がいたわ。その人も見たから、幽霊は私の勘違いではないと思うの」

「あ、すみません。疑っているわけではなくて、いろんな可能性を考えているもので」

 気分を悪くされてはいけないと思い、私は慌てて謝る。


「別に気にしてないから安心して。影路ちゃんはとても頭が良いとうちの旦那から聞いているから。私の話で何か分かる事があるなら何でも話すしね」

「その幽霊を見た場所って、勝手に行ってもいい場所なのか?」

「ええ。別に大丈夫よ」

「なら、影路。行ってみようぜ」

 確かに。その場所に関しては、話を聞くより、実際に見てみた方が分かりやすい気がする。

「良ければ案内するわ」

「よろしくお願いします」

 私は佐久間の提案に乗り、近藤さんに頭を下げた。

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