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病院の恋(6)

「明日香!」

 俺は廊下で明日香を見つけて呼び止めた。

 今回明日香は今の所分かっている範囲で幽霊が出た事がある場所にカメラを設置し、確認をする係で、何か問題が起こるまでは待機となっている。

 エディがいればこういった作業はエディの役目となるのだが、生憎とエディはおらず、必然的に何か事件が起こるまでは特にやる事のない明日香が担当となった。

 まあエディがいても、幽霊と機械は相性が悪いから嫌だと言って断固拒否の可能性もあるけれど。


「この間いってた飛び降り自殺する霊を見たらどうなるんだよ?!」

「はあ?」

「だから、飛び降り自殺の幽霊と目が合ったら――とか言ってただろ?!」

「ああ。それがどうかしたの?」

 全く事態が呑み込めていない明日香が、訳が分からないという顔で俺を見た。

「というか、佐久間。そんなに幽霊が怖いわけ?」

「当たり前だろ」

 幽霊なんて、良く分からなさ過ぎてどうしていいのか分からないのだ。

 さっき影路たちは飛び降り自殺をした人を見た。でもそんな死体は何処にもなかった。つまり、影路達は幽霊を見た可能性が高いのだ。

 そう気が付いた時、俺は明日香の言葉の先がとても気になった。もしも影路達に危険が及ぶのだとしたら、何とかしなければいけない。組織に確認して、【除霊】の能力者に助けを求めるか、それとも――。

 どうしたらいいだろうと考えていると、突然明日香が笑い出した。しかも腹を抱えて。こっちは必至だというのに、何を笑っているんだと俺は睨んだ。


「ごめん。あんまり真剣だから。あの噂は嘘よ」

「へ?」

「ちょっとモテたから良い気になってると思ってね。あの怪談話を聞いたのは私が中学の頃だったと思うわ。目が合ったら死ぬとかそういうのじゃないから安心していいわよ。確か、ただ落ちるだけで話は終わっていたはずだから」

 嘘?

 えっ?

「出たんだけど」

「は?」

「いや、だから、出たんだって。飛び降り自殺する幽霊が」

「いつ?」

「今さっき」

 明日香は鳩が豆鉄砲でも食らったかのようにキョトンとした顔をしていたが、少しして意味が分かったみたいだ。

「どこでよ?!」

「俺の病室。俺は見てなかったんだけど、一緒にいた影路と影路姉と看護師3人が見たんだよ。飛び降り自殺する人を。でも急いで外に出たけど、そんな自殺者なんていなくてさ」

 中庭は、特別に変わった事があるような感じではなかった。能力者が俺みたいにただ地面に向かって降りたという可能性はなくはないが、屋上は鍵がしてあり、屋上から飛び降りたという感じでもない。


「馬鹿っ。何でそんな大切な場面をアンタが見ていないのよ!」

「仕方ないだろ?! 俺だって見たくなくて見てないわけじゃないんだからさ」

 本当にタイミングだと思う。そりゃ自殺する幽霊なんて積極的に見たいなんて思わないけれど、あの時正座して窓には背を向けていたから仕方がない。

「というか、綾、怯えてない? 大丈夫かしら」

「別にいつものクールな影路だったぞ」

 誰よりも早く窓ガラスに張り付き、更に自殺者を見る為にいち早く廊下へ出たのだ。怯えている様子は皆無だ。

 影路はいつもながらの、通常運転である。

「本当に馬鹿」

「何がだよ」

「綾はね、凄く我慢強いんだから。素直だから聞けばちゃんと答えてくれるけれど、もしも怖くても、普段から見せるわけないでしょ」

 そう言えば、さっきもそれで俺はショックを受けていたはずだ。

 影路が高所恐怖症だと気が付けなかった所為で、影路に酷い事をしてしまう所だったから。

「怖いなら怖いって言ってくれればいいのに。俺の事そんなに信用ないか?」

 仲良くなったと思ったのに。

「馬鹿じゃないの?」

「あのさ、さっきから俺の事馬鹿馬鹿言いすぎじゃないか?」

 俺だって傷つくぞ……それなりに。確かに俺は馬鹿だけどさといじけてみるが、たぶん誰からも慰められる事はないだろうなと思うと、つまらなくなってやめた。


「綾が我慢強いのは性格よ。信頼してないとか、そういう問題じゃなくて。佐久間も、綾の事が好きなら、それぐらい察しなさいよ」

「……なっ」

 何で俺が影路の事が好きなのを知っているんだ?

 さらっと言われたが俺にとっては爆弾発言だ。ここで、影路の事なんて好きじゃないと子供っぽく誤魔化す事は出来るが、それをしたら、何となくだが今後二度と影路とのフラグが立たない気がする。

 かといって、堂々と病院の中心で愛を叫べるかといえば、恥ずかしくてそれもできない。

 その結果、俺は中途半端に固まる事となった。

「……あのアピールで、気が付かない人はいないわよ。よっぽど綾みたいに卑屈じゃない限り。とりあえず、ムカつくから殴っていい?」

「何でだよ?!」

「蹴飛ばされないだけ良かったと思って、大人しく殴られなさいっ!!」

「つっ?!」

 殴っていいって、確認じゃなくて、もう決定事項じゃないか。

 思いっきり腕に拳を入れられて、地味に痛い。指先の骨にまでジンジンと威力が響く。明日香の能力は【超脚力】で腕力を上げる事は出来なかったはずだが、一般女性より絶対強いと思う。一撃が、かなり重たかった。


「何するんだよ」

「とにかく、佐久間が馬鹿なのは今後も変わらないけど、本当に好きならちゃんと綾を見てあげて。綾は佐久間じゃないんだから」

「さりげなく、毒を混ぜるなよ」

 影路は俺とは違う。言っている事は影路の親友からのありがたい助言なんだけど、照れ隠しなのか何なのか。馬鹿であることをかなり強調されている気がする。というか、今後も変わらないとまで言われた。しかも拳付き。

 意味が分からない。

「とりあえず、佐久間の病室にも、カメラを設置しておくわよ。女を連れ込んだら、逐一綾に伝えるから」

「しねーよ」

 というか、そんな相手いないから。

「あ、いないか。そんな相手」

「わざわざ声に出して言わなくていいから。……なんか、やけに突っかかるな」

「女性はそういう気分になる時もあるのよ――、今、下ネタを言ったら、踵落としするから」

 恐ろしい奴。

 月に1度のアレの日かなんて聞いたら、俺の命の灯はあっけなく終わりを迎えそうだ。なので、俺は賢くその事には触れないという選択をして、明日香と一緒に病室へ戻った。






◇◆◇◆◇◆◇◆






「あの日、佐久間と一緒にいた看護師は、野原登美子、小林和代、磯野恵美の3名。野原さんと小林さんは、内科の看護師、磯野さんが産婦人科の看護師。ちょうど体調不良者がでて人手が足りないから、他部署の看護師がヘルプで入っていたみたい」

 翌日影路は、昨日の事なんて何もなかったかのような雰囲気で俺の病室へやって来た。

 いや。あれの所為でぎくしゃくするのも嫌だから、大人な影路の対応はありがたくはあるんだけど。でも何もなかったかのような対応も、微妙に傷つく。

「佐久間?」

「あ、いや」

 じぃぃぃぃと影路の様子を見ていたために、いぶかしんだような声で俺の名前を呼んだ。


「説明、分かりにくかった?」

「いや。大丈夫だけど。えっと、でも何で看護婦さんを調べてるんだ? 幽霊を調べるんだろ?」

 幽霊だったら、生きている人ではなく、ここに恨みを持って死んだ人ではないだろうか。もしくは、無念な思いを持って死んだ人とかそれっぽい。

「飛び降り自殺をする幽霊が危険な幽霊に含まれないのかもしれないけれど、この病院には危険な幽霊はいないという事を前提にしているから。だから幽霊の仕業ではない可能性を1つづつ潰そうと思ったの。看護師の能力は、野原さん、小林さんが【手当て】、磯野さんは【子守唄】。磯野さんは少し珍しいけれど、歌で相手を落ち着かせて眠りに誘う能力で、Bクラス」

「へぇ」

「姉が【花嫁の眼差し】という運命の赤い糸を見る能力だから、あの部屋には幻覚を見せたり、人形を操ったりする能力者はいないみたい」

 影路はそう言って、肩をすくめる。

 流石影路。あの後、そんな事を調べてたのか。対する俺は、明日香がカメラを設置するのを手伝い、幽霊が出たという噂を聞いてやって来た野次馬な患者や看護婦と、この病院の怪談話をしていただけだ。

 ……あれ? 俺あんまり何もしていない? これで、俺を信頼しろとか……ちょっとおこがましかったか? まさか俺が頼りないから、弱みを見せられないとか。

 いやいや。弱気になるな俺。明日香も、影路が我慢強く色々話さないのは性格だと言っていたじゃないか。

「あの……えっと」

 俺が考え事をしていると、影路が俺の服の裾を引っ張った。そして、少しだけ困ったような顔をして俺を上目づかいで見てきた。

「佐久間の事は信頼してるから。私はあまり相手に自分の事を話すのが得意ではなくて、それで不快な思いをさせてしまったのは申し訳ないというか……」

 

 俺が考え事をしているのを、俺が怒っていると勘違いしたようだ。なんだ。分かりにくいだけで、影路もちゃんと俺の言葉を気にしてくれていたのか。影路の表情はあまり変わっていないようだが、それでも困ったような空気を感じる。

 影路は俺ではない。

 だからこの分かりにくさも影路で、我慢強いのも影路。頑固なのも影路で。人に弱みを見せられないのも影路なのだ。

「それが影路なんだよな」

「えっと」

 俺の周りにはあまりいない大人しい子で、でも芯は強くて。

「俺もちゃんと影路を見るよ。俺も気が付けるよう努力するな。昨日は一方的に言ってごめん」

 好きなら、ちゃんとありのまま受け止められるように、俺も努力しなくちゃいけないよな。影路に変われと言っているだけではなくて。

「じゃあ、俺が病院で聞いた怪談話もするな」

 俺はすっきりとした気分で、これまで聞いた怪談を話した。  

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