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病院の恋(5)

 どうしよう。

 屋上で、どうしたらいいのか分からなくて、私は動けずにいた。


 信頼していないわけではない。でもタイミングが合わなかっただけというのは、いいわけにしか聞こえないだろう。

 屋上からでは、風を操る事も、空を飛ぶこともできない私は、追いかける事ができない。

「綾、どうしたのよ」

「お姉ちゃん」

 心配そうな声をかけてきた姉に、私はどうしていいのか分からず抱き付いた。涙を見せたくなくて、その肩に顔を押し付ける。

「どう……しよう」


 泣いたって、なんの解決にもならない。

 分かっているのに、口からでる言葉は震えている。

「どうしようって、あの馬鹿男に何かされたの?」

 違う。

 佐久間が悪いんじゃない。

 私は必死に首を横に振る。


 私がしなければいけないのは、こんな姉に泣きつくなんて事ではない。

「行かないと」

 とにかく、階段を下りて、私も外に出なければ。そして何が起こったのかを確認しないといけない。これ以上仕事を放棄して情けない姿はみせられない。

「行かないとじゃなくて、お姉ちゃんにちゃんと話しなさい」

 私が姉から離れて壊れた扉の方へ移動しようとすると、姉が私の腕を掴んだ。

「何で泣いてるの?」

 何で……泣いているのだろう。

 別に佐久間に酷い事を言われたわけではない。佐久間は怒っては居たと思う。でもそれだけで、佐久間は決して私を傷つけようとはしていない。

 それは分かる。

 人を傷つけようとする言葉は、もっと鋭いものだ。そして私はそんな言葉に、全て無関心で今まで返した。誰かの言葉を受け止める事はしてこなかった。そんな事をしたら自分が壊れてしまいそうだったから。

「佐久間に……嫌われたくなくて。怖いから」

 でも佐久間の言葉一つ一つに対して、私は無関心で居られなかった。初めて、人から嫌われたくないと思った。それは好きになって欲しいの裏返しだ。

 エディに無欲と言われたけれど、全然無欲なんかじゃない。


「好きなの」

 好きだという心と、好きになって欲しいという気持ちは別物だと思っていた。

 でもいざ、嫌われるかもと思ったら、怖くなった。佐久間との縁は、切れてしまったらそれまでだ。私と佐久間が住んでいる世界は全然違う。

 今の関係で十分だ。多くはいらない。明日香と佐久間が付き合ったら素敵な事だと思う。

 そして私はこの関係を続けたいのは、1人で掃除をするだけの日々に戻るのが怖いからだと思ていた。でもそんな事より、ずっと佐久間に嫌われる事の方が怖いと今回感じた。

 怖くて怖くて仕方がない。佐久間には嫌われたくない。

「役に立ちたいの」

 高所恐怖症だって隠しているつもりはなかった。

 でも自分を少しでも役立つ人間だと見せようと何処かで思っていたのだと思う。佐久間は私を道具として見ているわけではないと分かっている。ちゃんと友人として扱ってくれている。でも役に立てれれば、もっと好きになってもらえるかもしれないという、浅ましい気持ちがあったのだろう。

 何もかもさらけ出したら、佐久間はきっと私を嫌いになると思ったから、だから言えなかった。

「……好きに……なってもらいたいの」

 普通ならその先に付き合うなどがあるのかもしれない。初めての事で分からないけれど。でもどうしていいのか分からない。


「綾にとってはあの馬鹿男でも初恋だものね。よしよし。泣かなくても大丈夫よ。その気持ちは別に普通の事だから。好きになったら、勿論好きを返してもらいたいわよね」

「でも、こんな事思ったら……迷惑かも」

「馬鹿ねぇ。大丈夫よ。人は1人で恋愛するのではないのだし。それに好きになって貰えなくても相手が幸せならいいとか、相手に好きになってもらいたくないとかいう人はただの強がりよ。まったくその願望がないなら、それは恋愛ではないわ。というか、迷惑だなんて思ったら、アイツが、恋する価値もなかった男だったと思えばいいのよ。私を振るなんてもったいない、馬鹿な奴って」

「お姉ちゃん、それは無理」

 私を振るなんてもったいないというか、普通に考えて、私を振る確率の方が世の中の男性は多いのではないだろうか。

 そもそもDクラスの私と友達でいてくれるだけでも、かなり低確率だ。というか、今思うと凄い事なんだなと思う。

「そんな事ないわよ。大体ね、恋愛の神様は、その子の能力なんて関係なしで、赤い糸を結んじゃうものなのよ。凄い子なんて、全部の指に赤い糸がある子もいるわ」

「えっ? 何そのあやとり……」

 というか、そんな風に見えているの? すべての指から赤い糸って、欲張りすぎではないだろうか。いや、でも結んでしまったのは神様か。

「でも、だとしたら、その子の結婚相手は誰?」

「気の多い子だったのよねぇ。たぶんその中の誰かだと思うわ。【花嫁の眼差し】はね、たぶんいくつもの確率の中で、一番強い思いに反応する能力なの。案外縁がない人でも、強く強く思えば新しく繋がったりもするわ。この能力のネーミングした人はかなりひねくれていて好きよ。【運命の赤い糸】だともう決まっちゃっているものを見る能力だけど、花嫁が誰を見ているかを見る能力だからね。運命も見ているのだけど、それだけじゃない。何もかもが決まっているより、よっぽど面白いと思わない?」

 姉は、私よりずっと恋多き人だった。

 自分自身も他人も。今も、結婚相談所で色々な人の恋心を見ているのだろう。


「Aクラスなんてとは思うけど、好きは思ったようには止められないものだし、仕方がないわね」

「なんで、Aクラスは駄目なの?」

「価値観が違いすぎるからかしら。でも綾が好きなら、仕方ないわ。そして大丈夫よ。綾が誰かを好きになった事は、絶対悪い事ではないから。いってらっしゃい。仕事なんでしょう?」

 姉が掴んでいた手が離れる。

 そうだ。仕事をしなければ。

 先ほどの飛び降り自殺が飛び降り自殺でないならば、私たちは幽霊を見たという事ではないだろうか?色々他の部屋からの目撃情報なども欲しいところだ。

「うん。頑張る」


 やれる事をやって、そして謝ろう。私が佐久間を信頼していないわけでなくて、私が弱いから言えなかっただけだと伝えよう。

「お姉ちゃん、ありがとう」

 私は姉にお礼を言って、階段を駆け下りた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 中庭までやって来たけれど、やはり飛び降りがあった形跡はなかった。そして中庭に居た人達の中にも、飛び降り自殺の幽霊を見た人はいなさそうだ。つまり私と佐久間、そして姉と3人の看護師だけが見たという事だ。

 私は佐久間の病室の真上の部屋を【無関心】の能力を使って様子を伺い、やはり見ていない事を確認した後、清掃の仕事に戻った。佐久間は違う場所に移動しているらしく中庭で会う事は出来なかった。

 そして再び、無関心の能力をといて、廊下のモップがけに専念する。組織の仕事も仕事だけど、清掃の仕事もまた私の仕事なのだ。手抜きはできない。

 今回、危険な幽霊はいないという話。果たして、霊感のない人に対して姿をはっきりと見せられるレベルの幽霊は危険に含まれないのだろうか。

 

 そもそも幽霊というのは、幽霊をはっきりと見る事ができる【見鬼】の能力者や【除霊】、【浄霊】などの霊を退治する能力者が存在するから、いるという事になっている。でもその霊というのが何なのかは、今の科学では証明できていない。

 また【見鬼】の能力者でなくても、幽霊がまったく見えないといえばそうでもない。タイミングや波長が合たり、幽霊の強さなどで、一般人の目にも映る事がある。

「やあ、影路ちゃん」

 黙々と仕事をこなしながら幽霊について考えていると声をかけられた。

「近藤さん。お疲れ様です」

 以前会った時のようなひげはなく髪も佐久間よりも暗い色だが、茶色をしていて、幾分か若く見えた。

「早速幽霊に会っちゃったらしいな。大丈夫か?」

「はい。……えっと、佐久間に聞いたんですか?」

「看護師の間で、今回の飛び降り自殺する幽霊が出たって騒ぎがあってな。部屋番号聞いたら、佐久間の部屋だし、一緒に妊婦と清掃員がいたっていうからさ」

 近藤さんは基本、救護室担当でこういう調査には加わったりしない。そもそも近藤さんの能力が、【手当て】というものだからだ。

 ただ今回は近藤さんの方から志願したらしい。

「元々働いていたことがある職場だからな。これぐらいの情報収集は頑張るさ。影路ちゃんは何か面白い情報はあったか?」

 近藤さんの言葉に、私は首を振る。

 

 今のところいい情報はない。

 もう少し幽霊の噂話があるかと思ったが、患者の中ではあまり話題に上がらない。

「まあ、そうだよな。実際に幽霊を見た事があるのは看護師ばかりらしくてな。患者で目撃している場合は、影路ちゃんみたいに看護師と一緒にいた時らしいんだ。だから影路ちゃんはかなりレアな体験ができたみたいだぞ」

「そうですか。そう言えば、私がみた幽霊は女の方だったのですが、他で現れている幽霊はどうですか?」

 看護師を中心に幽霊が現れるという事は、看護師の方に何らかの原因があるという可能性が高い。看護師は病院に居る時間が長いからとも考えられるが、長時間病院に居るなら、入院患者だって負けない。むしろもっと長かったりするのではないだろうか。

「男という話はないな。今のところ聞いたのは女か子供だな」

「そうですか。私がみたのは、若い感じではありましたが、細部までは見ていなかったので。髪は長かったと思います」

 病院なので、実際ここで死んだ人という可能性はなくはないが、多数いすぎて調べるのが大変そうだ。せめて範囲を絞り込めればいいのだけど。

「そう言えば、幽霊は昔から出たのですか?」

「俺がいたころは、そんな噂はなかったな。噂自体、ここ1年ぐらいでという感じみたいだし」

「そうなんですね」

 期間がそれほど長くないのならば、人為的という可能性もある。

 今回の幽霊も、幻覚系の能力者なら再現できそうだし、誰かが人形を吊り下げて真下の階で回収という事もできる。……ああ、でも屋上から人形を垂らすというのはむずかしいかもしれない。屋上に出るドアには施錠がしてあり、佐久間が能力で開ける事で私は出る事ができたのだから。

 ただ犯人がいるというならば、何故私たちに幽霊を見せたのだろう。犯人がいなくても、幽霊は何故あの部屋に現れたのか。 

 偶然と言う可能性は無きにしも非ず。でもそこにどういうメッセージがそこにあるのかが分かれば、おのずと答えがみえてくるのではないだろうか。

「もう少し具体的に、誰がどこで見たのか調べてもらえませんか?」

 私はそう近藤さんに伝えた。

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