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病院の恋(3)

「はい。飲みなさい。明日香ちゃんはどうする?」

 姉にミネラルウォータを渡され、私は受け取りながら休憩室の椅子に座った。仕事中ということもあって、どうにも落ち着かない。

【無関心】の能力を使っていないからかもしれないけれど、どうにも周りから注目されている様な気分になってくる。早々この職員がサボっていましたという報告はないだろうけれど……。

「私は何でも……」

「遠慮しないで。お茶、コーヒー、炭酸飲料。何が良いの?」

「あ、じゃあ、炭酸でお願いします」

 遠慮がちに明日香が言って、姉は自販機で購入すると手渡した。


「あの、お姉ちゃん。私は今仕事中だから……」

「5分、10分、大丈夫よ」

 もちろん姉は特に予定もないので大丈夫だろう。しかし私は仕事中。しかも姉に聞かれたくない話を抱えている状況。あまり心臓には良くない。

 私は憂鬱な気持ちのままペットボトルのふたを開けて水に口をつける。このまま【無関心】の能力を使って逃げてしまいたいが、後でアパート前で角を生やした姉に遭遇するのもまた憂鬱だ。

「それで。明日香ちゃんは、綾の掃除仲間じゃないわよね」

 言っていいものかどうかと隣に座った明日香から視線を感じる。勿論ここで私が嘘をついて話を合わせてもらう事ができるだろうが、そういう嘘は長続きしない。


「……明日香は私が協力者をやっている組織の職員なの」

「組織って、佐久間君が務めている、あの組織? まだ続けていたの? まさか、今回も?」

「えっと。危険な事はしてなくて、手伝い――」

「危険な事かどうかは私が判断するわ」

 危険じゃないアピールをしてみようと思ったが、スパンと姉に言い訳を絶たれる。しまった。危険でない事を訴えるのではなく、やりがいがあるなどの話にすればよかったと思うが後の祭りだ。

 今まで怪我したことなどを知られたら……。

「あの、お姉さん。今まで、綾のおかげで解決した事件が何件もあるんです」

「当然でしょう。私の妹だもの、何をやらせても優秀に決まっているわ」

「お姉ちゃん」

 明日香がちょっと大げさに言った事を真にとった上に、当然という姉に恥ずかしくなってしまい私は慌てて止めた。

 

「明日香ちゃんは、何クラスなの? ああ、紹介が遅れたわね。私は上垣内愛カミガイトアイ。Cクラスで、能力は【花嫁の眼差し】。そして綾の姉よ」

「私はBクラスで、【超脚力】です」

「そう。Bクラスなのね。で、綾。ここに、佐久間君もいるわけ?」

 ……答えにくい。姉は以前、私が佐久間に片思いしているのを反対していた。だけど、言わなくても、姉なら探し当てる気がする。

「患者役として……いるけど」

「患者役?」

 どう考えても、姉をかわせる気がしない。私は悩むのを止めた。

「今回、この病院に出るという幽霊を調べているの。事前に危険な幽霊はいないと調べは終わってる。私はその手伝い」

 危険かどうかを判断するのが姉だというなら、正直に話してしまった方がいい。

 勿論、今までに怪我をした事があるなど、言わなくていい事は黙っていようとは思う。でも今回の事は素直に話した方がたぶん姉の逆鱗に触れなくてすむ気がした。

「幽霊の噂ねぇ。それほど危険そうでないからいいけれど、組織の仕事って危険な事もあるんでしょう? 手伝いもほどほどにしておきなさいよ。清掃の仕事だけでも食べていけるわけだし」

「あ、うん。そうなんだけど……」

 どう伝えたらいいのだろう。

 給料の面で行くと、清掃の仕事は安い。でもそれで生活できないかと言われればそうでもなかった。実際に今までは清掃の仕事だけで生活していたのだ。


「でも、私がやりたいの。最初は佐久間の手伝いから始めたのだけど、私でも人の役に立てるんだと思うと、凄く嬉しいから」

 私がいなくてもたぶん、同じように佐久間達は問題を解決していくとは思う。でも自分が役立てていると実感できて……認められると存在を許されている気がして、掃除だけをしていたころよりも充実感はある。勿論、佐久間の手伝いをしたいというのもあるけれど、たぶんエディが言うほど私は誰かに尽くしてはいないのと思う。

「……綾は頑固だから、やると決めたらやるし、今回は許すけど。でも本当に手伝いはほどほどにしておきなさいよ。お姉ちゃんは、できたら綾には安全な仕事をしてもらいたいの」

「あの。綾は、組織の仕事に向いていると思います。友人としてだけじゃなくて、組織の一職員として見ても」

 姉がほどほどにと言った言葉に反応して、明日香がそう告げる。

 ちょうど明日香と佐久間から、組織の正規職員にならないかという誘いがあったタイミングだからだろう。今のところ保留でその書類は部屋で眠らせていた。

「綾の気持ちを尊重して――」

「綾の事をしっかりと見てくれてありがとう。でも家族はできるだけ危険な事に巻き込まれて欲しくないと思うものなのよ。それはうちの親も私と同じ考えよ。だから、綾。多少手伝いをする事は目を瞑るわ。綾も立派な社会人だもの。でもできるだけ危険な事はしないでちょうだい」

 

 姉の言葉を私ははねのける事ができなくて頷く。

 姉も私の両親も、私がDクラスである事で、少し過保護な部分がある。Aクラスの佐久間が好きな事を嫌がるのも、きっとAクラスは危険な事に巻き込まれやすいからだと思う。

 勿論佐久間がAクラスであるのは、佐久間の所為ではないし、姉の言い分を全て聞き入れるつもりはない。それでも、大切に思ってくれているからこそだという事も分かる。

 私にとって家族は、たとえ一緒に暮らしていなくてもかけがえのないものだ。特に優しい姉の言葉を無為にはできない。

「分かってる。危険な事はしないから」

 私も怪我をしたくてしているわけではない。

 この言葉が嘘にならないよう、注意していかなくてはいけないなと思う。

「よろしい。そうだ。私もその幽霊探しに協力してあげるから、佐久間君がいる病室に案内してくれないかしら?」

 姉の厚意に私はこくりと頷いて、立ち上がる。姉は純粋に私の事を思って言ってくれているのだろうし、中々手に入りにくそうな産婦人科での噂話を聞いてきてくれるのはありがたい。

 この病院は外科や内科、小児科など様々な科が存在する為、情報源が多いのは助かる。


「明日香。じゃあ、また後で」

 私はそう言って、姉と一緒に佐久間の部屋へ向かう。佐久間はお腹が痛いという設定で、現在内科に検査入院中だ。

「明日香ちゃんっていい子ね」

「うん」

 姉の言葉に私は頷いた。明日香は少し分かりにくい所があるけれど、正義感が強いし、友達思いで、私の友人には勿体ないぐらい素敵な女性だ。

 姉に褒められて少し嬉しい。

「でも私はそこに綾の友達がいても、組織の協力者を続けるのは応援できないわよ」

 姉には組織に誘われている事は言えないなと思う。今のままだと、たぶん頭ごなしに否定をされてしまうだろうから。

「もしも……もしも、私がDクラスじゃなかったら、お姉ちゃんを安心させられた?」

 明日香や佐久間から勧められているのは、組織の職員になる事だけでなく、クラス変更の申請もだ。申請したからといって変わるとは限らない。でももしかしたら、変わるかもしれない。もしも私がDではなくなれば、姉や両親は安心できるのだろうか。

「馬鹿ね。綾がDクラスだから心配してるわけではなくて、私が綾のお姉ちゃんだから心配してるのよ。もしも綾がAクラスだったとしても、心配する事には変わりないわ」

「うん」

 私がDクラスであることで姉が嫌がらせを受けた事があるのを知っている。たぶんそれは姉だけだはない。それでも私を妹と思って、心配してくれる姉には感謝しかない。


「そういえば、綾。お姉ちゃんとの約束覚えてる?」

「約束?」

「血をつけたら【無関心】を他者にも使える事は誰にも言わないという約束よ」

 そう言えば、そんな約束をしたなと思い出す。

「言ってないよ」

 この事を知っているのは、佐久間と明日香、それとエディだけだ。

「たぶんそれを伝えれば、綾はDクラスではなくなると思うわ」

 もしかして、能力の見直しを申請しようとしてるのを見抜かれているのだろうか。姉の勘はかなり鋭い。……特にそんな話をしていないけれど、案外怪我をした事もバレてそうな気がしてならない。

「でも言ってはダメ。これだけは本当に守って。お願いだから」

 何でとも聞けない有無を言わせない空気に、私は頷く。

 

「あっ。佐久間君の部屋はここね」

 姉が私が伝える前に、佐久間の表札に気が付く。

「うん」

 私がノックをしようとする前に、スパンと姉が目にも止まらぬ早業で、扉に手をかけて開けた。

 姉が開け放った扉の向こうに居たのは、佐久間だけではなく、数人の看護師さんだった。……そういえば、明日香がそんな事を言っていたなぁと思い出す。

 こうやって目にすると、確かに衝撃的かもしれない。佐久間って、本当にモテるんだなぁと思う。

「えっ?! かかかか、影路っ?!」

「そうだけど」

 私の名前を叫ぶ佐久間に首をかしげる。

 一応無関心の能力は使っていないし……ドッペルゲンガーが病院に出るとは聞いていない。そこまで驚かれる登場をしただろうか?

「いや。あの。これは――」

「天誅っ!」

 私の横を通って、目にもとまらぬ早業で何かが飛び、佐久間の顔面に当たる。同時に痛そうな音がなった。

 コロッと佐久間の顔面で跳ねて地面に落ちたのを見れば客用のスリッパだった――えっ?

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