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病院の恋(2)

「……何で俺が患者役」

 病人が着る服を着てベッドに転がりながら、無事に大学を卒業できるだろうかと遠い目になる。ある程度は考慮してもらえるとはいえ、また単位を落としてしまいそうだ。

「何? 夜中に何かあった時に、私や綾を危険にさらすき?」

「そういうわけじゃないけどさ」

 影路や明日香を犠牲にして、俺が安全な場所にいるのは何か違う気がする。明日香なら何があってもピンピンしていそうだけれど、だからといって積極的に危険なことを任せるなんてできない。

「明日香や影路になんかあっても嫌だし、危険なのは俺に回してくれていいよ。でもさー。幽霊って、俺は見た事ないんだけど」

 この病院では数か月前から、頻繁に幽霊が目撃されるようになったそうで、患者からクレームが来て困っているそうだ。


「相変わらず、格好つけのナルシストね。でもありがとう。幽霊は見えなくても、ポルターガイストなら分かるでしょ?」

 相変わらず明日香は一言多いと思うが、照れ隠しだとは分かっているので、とりあえず流す。

「ポルターガイストって、アレだよな。ミシミシ部屋で音が鳴ったり、ものが移動したりするやつ」

「ええ。綾が【騒がしい霊】という意味だって言ってたわ。ミシミシというのは、家鳴りで幽霊の仕業とは一概に言えないみたいだけどね」

「ふーん」

 影路は今回は病院の派遣清掃員として入り込んでいるので、この場には居ない。できたら白衣の天使な影路を見たかったが、それは無理というものだろう。

 それでも白衣の天使は男のロマンだと思う。

「でも俺は、目に見えないものは苦手なんだよな。幽霊って何かまだ分かっていないわけだし」

「あら? 佐久間ったら、幽霊が怖いの?」

「別にそこまで怖くはないけど。たださ、今回除霊系の子が呼ばれずに俺らに回されたという事は、人為的に誰かが何かをしているという事だろ?」

 

 少しからかいが入っていそうな明日香の言葉に強がっては見たものの、実際結構苦手ではある。ただ今回幽霊がみえる能力者が事前調査をして白と言っているので、人為的なものなら大丈夫だと思う。

「そうね。どうやら事前に見える能力者が見たそうだけど、特に悪さをしそうな凶悪な幽霊は居なかったらしいしね。ただ幽霊は変化しやすいから気を付けてはおいてと言ってたわ」

「……さらっと流しそうになるけど……居るの? ここに?」

 今、凶悪な幽霊は居ないと言ったが……その言い回しだと、凶悪ではない幽霊は居るという事になる。

「その子が言うには、幽霊がいない場所なんてないそうよ。私も見えないから良く分からないんだけど」

 急に部屋の中が寒くなった気がして、俺はブルリと震えた。……居るんだここ。

「あっ」

 明日香が指をさして声を出すので、ドキッとする。

 何? 何かいるのか?

「……なんだよ」

「ふふふふふ。佐久間がまさか、幽霊が苦手だったなんてねぇ」

「あーすーかぁ」

 嫌がらせか。

 これから、3日ほどここで泊まらないといけないのに。何てやつだ。


「ごめんごめん。冗談よ。ただ、ちょっと思い出してね。昔、幽霊事件の犯人が能力持ちの野良猫だった事があったなってね」

「……うわっ。また動物かよ」

「動物と分かったら早々に上司に指示を仰いで2階職員と交代するしかないわね」

 特殊能力系の動物を管理するのは2Fと決まっていて、昔からの流れで他部署の仕事をするとあまりいい顔はされない。俺らが所属する3Fに関してはある意味何でも屋的なのである程度は目を瞑ってもらえるが、動物だと分かったら、最初から彼らに任せた方が良いだろう。

 でも動物にしても幽霊にしても憂鬱だ。


 そんな感じで明日香と喋っていると、ドアがノックされた。

「はい」

 返事をすると、ぞろぞろと3人の看護師が入ってきた。……何で3人?俺がいる部屋は個室で、俺以外の患者はいない。

「失礼しまーす。佐久間さんお加減どうですかぁ?」

「お熱をはかりましょうか」

「何か分からないことがあったら、何でも聞いて下さいね」

 次々に話しかけられながら、俺は体温計を受け取り脇にはさむ。

 何か分からない事というか、色々幽霊については聞いておきたいところだからそうやって言ってもらえるのはありがたいけれど……一体なんなんだ?

「私ぃ、実は明日、夜勤なんですぅ。もしも眠れなかったら、ナースコールで呼んで下さいね」

 パチパチッ。

 妙に間延びした喋り方をする一番若い看護師は、俺の方をじっと見て数度瞬きをした。……ドライアイなのだろうか?

「佐久間さんって、結構筋肉ありますよね。何かスポーツをやられているんですか?」

「へ? ……いや。特に」

「そうなんですか? でも、凄くモテそうですね。彼女はいるんですか?」

「か、彼女?」

 何だろう、この質問の嵐。

 勿論、彼女になってもらいたい子はいるけれど――。


「佐久間」

 俺が看護師の質問にたじろいていると、明日香が俺の名前を呼んだ。

 そちらを見れば……笑顔だけど、目が笑っていない明日香の姿があった。

「ごゆっくり」

「へ?」

 何で明日香が病室から出ていくんだ?

 大体の情報の交換はできたとは思うけれど、こんな唐突に出ていかなくてもいいだろうに。

「そうそう。佐久間」

「な、何だよ」

 さっきから明日香の雰囲気には迫力がある。こう、背後に仁王像を感じるというか……なんというか。

「ここの病院の幽霊は、失恋して飛び降り自殺した女の子で、その時間に窓の外を見ると落ちていくその子が見えるという噂があるそうよ。そして目が合うと……まあ、これ以上は言わないでおくわ。それじゃあ、ごゆっくり」

 パンッと明日香は引き戸を閉めて出ていった。

 えっ? 窓の外を見たら、そんな幽霊がみえるわけ? しかも目が合ったらどうなるんだよ。なあ。逆に情報が中途半端で怖いんですけど。今の話は冗談? それとも本気?

「あ、明日香?!」

 マジ? マジで行っちゃうの?


「佐久間さん、大丈夫ですよ。人はいつか死ぬんですから。あ、体温計もらいますね」

 ……患者にさらっと死ぬとか言うなよ。というか、目が合ったら死ぬという事?! なあ?

 体温計を手渡してきた一番仕事熱心そうな看護師は、スパンと嫌な事を言い放ち、熱はないですねとクールに言いながら検温した記録を書く。

 というか、飛び降り自殺した女の子は、一体何時何分に飛び降りてしまったのだろう。そして頼むからそんな紐なしバンジー何度も繰り返さないでくれよ。

「そうだ。夜怖くてトイレ行けなければ、尿瓶用意しますよ」

「……大丈夫です」

 俺はしばらく窓が見れないと思いながら、これからの憂鬱な入院生活に涙した。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「綾っ!!」

「……あっ、明日香?」

 病院の休憩室となっている自販機の傍を掃除していると、名前を呼ばれた上に抱き付かれた。一応体格的に明日香より小さく、力がない事を考慮して抱き付いてくれているみたいだけど、それでも踏ん張りが上手く効かずに少しよろめく。

「明日香、どうしたの?」

「あの女タラシ。すでに病院で、白衣の天使ハーレム作っちゃってっ!! あーもう。腹立つ!!」

 あの女タラシって……明日香が取り乱すのだから、たぶん佐久間の事だろうなと思う。そうか、看護師ハーレムを築いているんだ。

 確かに佐久間はAクラスな上、シンデレラ王子としても有名だ。ルックスもかなりいいと思う。恋心を抱いてしまっているからそう見えるというのもあるかもしれないが、若干ちゃらい雰囲気はあるものの、世間一般的に見てもイケメンに分類されると思う。

 将来有望、若い、イケメンとくれば、確かにちやほやされるだろう。


「少しは自粛しろっていうのよ! 個室なのに3人も看護師が来るなんて、変でしょう?!」

「そう。だとすると、看護師からの情報は佐久間に任せていいかも」

 看護師には男もいるが、基本は女職場だ。そして女職場は噂話の宝庫でもある。無関心の能力を使ってナースステーションで立ち聞きしてみようかと思ったが、とりあえず佐久間に探りを入れてもらってからでもいいかもしれない。

「……綾は冷静ね」

「そう? 佐久間がモテるのは前からだし。むしろ短期間で調査をするなら、人から好かれやすい方が好都合かと。医者の方は、遠藤さんが潜入してくれているし、私は引き続き地道に立ち話を聞いていこうと思う」

 今回は、以前お見合い会場で知り合った、遠藤さんと佐久間と明日香、それに私の4人で協力しながら調べる事になっている。

 立ち話を聞くだけだとかなり地道な作業となるが、それによってどれぐらいの人がこの幽霊騒動を知っていて、関心を持っているかが分かる。

 中には目撃例があるかもしれないし、ないかもしれない。でもそれによって、幽霊はただの噂にすぎないのかそれとも本当に何かそんな事象が起こっているのかを確認もできる。


「確かにアイツが女にいい顔をするのは、昔からね。言われてみれば今更だわ。そう言えば、綾って幽霊とか怖くないの? 佐久間はかなりビビってるみたいだったけど」

「とくには。怖い幽霊に会った事がないからかもしれないけれど」

 佐久間、幽霊が苦手なんだ。

 Aクラスは怖いものなんて何もないような気がしていたから、何だか意外である。

「それに犯罪を犯すのは、幽霊ではなくて人が圧倒的に多いと思う。だから幽霊だからといってこれといって怖いとは思わない」

「まあ、確かにね。本当に怖いのは人間って、良く小説なんかでありがちだけど、実際その通りだものね。それで綾は今回の事件、人為的なものだと思う?」

 明日香に言われて私は、今回の幽霊騒動を思い返す。


 今回の幽霊騒動は、幽霊が出るという噂から始まっている。飛び降り自殺する少女、勝手に動き出す車椅子、夜中に徘徊する子供の霊とありきたりといえばありきたりなのだけど、そのうわさが無視できないレベルで多くなっているというのだ。

 そこで除霊系の能力者が一度派遣されたが、悪さをするような霊は居ないという事で撤退。そして今回は、再派遣という形で、解決というよりもまずは調査目的で派遣されている。

 市立病院である為、あまり悪いうわさが立つのはよくないそうだ。

「正直なところ、まだわからない。でも噂があるなら、何らかの形で種はあるのだと思う」

 火のないところに煙は立たぬという事で、何かきっかけとなる事があったのだとは思う。ただ、それが何かと言われると、まだわからないだけで。


「綾?」


 不意に、明日香ではない別の女性に名前を呼ばれ、私はそちらを見た。

「えっ? お姉ちゃん?」

 そこには、だいぶんとお腹が大きくなり、一目で妊婦だと分かる姉の姿があった。そして私に気が付いた姉がずんずんと近づいてくる。

 妊婦になっても相変わらずばっちりメイクをし、体型もそれなりに保っていて、姉が歩くとその姿を周りの患者が目で追っていた。

「綾ってば、今は病院で清掃員やっていたの?」

「えっと。今回偶々欠員が出て、一時的だけど」

 姉には、組織での手伝いを続けている事は言っていない。

 以前心配されたからだけど……明日香や佐久間にちゃんと口止めしてない事を思い出し、内心焦る。

「お姉ちゃんは、何でここに」

「定期健診よ。ここ、産婦人科もあるからね」

 そう言って、姉は一回り以上大きくなったお腹を撫ぜた。そう言えば、姉が通っている産婦人科は確か市立病院だと以前言っていた。

「それで、そちらは? 綾の友達?」

「あっ。瀬戸明日香といいます。綾には仕事でもお世話になっています」

「仕事?」


 ……やっぱりそうだよね。

 今の明日香のの言葉に、姉の目がキラッと光った気がする。

「綾? 少しいいかしら?」

 仕事中だからという言葉なんて簡単にはねのけそうな力強さで、姉はそう私に言った。 

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