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病院の恋(1)

「つまり、綾が会った赤目ゴスロリ少女は、怪盗の一味で、エディの知り合いって事? で、エディはその子に何か言われて、雲隠れしたと」

 明日香の質問に私は頷いた。

 同人誌即売会で事件があった後から、私はエディと会ってない。エディの携帯電話に私の携帯電話がつながらくなったのは、私がパンダと外に出た後すぐの事だ。

 その後メールを送ったりもしているが、今のところ返事は返ってきていない。

「詳しくは分からないけど、知り合いという事は間違いないと思う。女の子はドリームと呼ばれていて、【夢渡り】の能力らしい。能力は他者の夢への関与。私に組織に関わらなければ、今回の事件を解決させてあげると言っていた」


 あの後、同人誌の即売会の会場で爆発は起こる事なく3時を迎えそのまま通常の状態に戻った。朝のニュースでも、火災報知器の誤作動で、一時避難したという事がさらっと1回伝えられただけで大きな事件にはなっていない。

 爆発を防げたのは。ドリームが花園さんと板井さんに接触を図り、私をパンダと一緒に小麦粉まみれの会場から引きはがしたのが大きな要因の一つだと思う。

 でも私はドリームの提案に乗っていない。それなのにどうしてドリームが私を助けようとしたのか。【王冠】と呼ばれる私を殺したくないからというのも考えられるが……きっとエディがドリームの条件を飲んだからだと私は考えた。

 その条件が何かは分からないけれど、私たちの前からエディが忽然と姿を消した事は、間違いなく関係しているだろう。

「なら同じような条件をエディにも言ったのかもしれないわね。もしくは、エディは最初から知り合いなのだから、組織を抜けて自分の仲間になれぐらいの事を言っているのかも。……今朝、私の上司の方に、エディから組織の手伝いを辞めるとメールを送ってきたそうよ」

 辞める。

 その言葉に私は負い目を感じる。私がもしも上手くやっていれば……あそこで腰を抜かしたりしなければ、エディはそんな取引をしなかっただろうか。それとも、取引云々は関係なく、エディ自身が組織から抜けると決めた事なのだろうか。

 エディは出会った当初、自分を中立だと言っていた。それは、今はどうなのだろう。

「まっ、あの子の事だから、ほとぼりが冷めたぐらいにひょっこり帰って来るんじゃないかしら。そもそも、エディの場合は綾と違って手伝いを辞めたら少年院送りにされる可能性が高いし。辞表も上司が保留してくれているわ」

「えっ?」

 少年院? 

「ああ。聞いてなかったのね。Aクラス以外で組織で働いているのは、結構そういう訳ありも多いのよ。エディは、ハッキングで組織のデータを盗み出した事があってね、組織の仕事を能力使って手伝う代わりに警察沙汰にはしなかったの。勿論、組織に勤めるのは能力のスペシャリストが多いから、憧れて仕事を始めた子もいるし、綾みたいに知り合いが勤めているから不定期で協力者を務める子もいるけどね」

 組織の情報をハッキングって何でまたそんな無茶な事を。……それでもエディらしいといえばエディらしい。

 ただエディが捕まったという事は、組織にはエディと同じような能力者がいて、更に上手だったという事だろう。


「明日香はどうして組織でエイジェントをやろうと思ったの?」

「私の場合もエディと変わらないわ。どうしても短気な性格だから、喧嘩も多くて。警察に厄介になる事が多かったの」

「えっ」

 明日香は、その能力を買われてとかが理由だと思っていた為、出てきた言葉に驚く。聞いてはいけない事だったかと思っていると、私の心情を察して明日香は苦笑した。

「別に隠してないし、悪いことをして警察に捕まったわけでもないから。ただあまりに喧嘩の頻度が多いから組織を紹介されたの。で、そのまま働き続けて現在に至るというわけ」


「お待たせしました。紅茶のお客様は――」

 ウエイトレスが声をかけてきて、私たちは一時的に会話を止める。紅茶は私なので手を上げると目の前に置かれた。

 すべての注文の品を置いてから、ごゆっくりと言われたが話の腰を折られてしまった為、明日香の話には戻しにくく、私は一度紅茶に口をつける。

「そういえば、パンダのメイリンは元気?」 

 あの日会場に迷い混んだパンダの名前はメイリンというメスの子供パンダだった。動物園から脱走後は、組織の方で預かりになったと聞いたけれど、今はどうなっているのだろう。

「ええ。組織の2階は、メイリンみたいな、能力持ちの動物が何匹もいるし、飼育員もいるから安心して。よければ後で申請しておくから、一緒に見に行く?」

「うん。お願い」

 そういう専門の部署があるんだ。よく考えると、私はあまり組織の事を知らない。

「専門の部署があるという事は、能力持ちの動物は多いの?」

「それなりに居るわよ。基本的に見つかると組織が管理する事になるから、それほど一般的ではないけど。ほら、狐や狸が人を化かすとか、そういう伝説ってあるじゃない? あれは能力持ちの動物を見た人が伝承として語りついているものだし。ただ能力を持った動物は人の言葉を理解するぐらいに頭が良いから、野生の場合は独自のコミュニティーで隠れ住んでいるみたいだけど」

「えっ。そんなに頭がいいの?」

 そう言えば、佐久間がメイリンに話しかけていたなと思い返す。

 佐久間はどちらかというと、馬鹿――もとい素直に物事を見るので、メイリンに話しかけるという方法をとっていたのかと思った。心の中で、私の認識不足を恥、佐久間にごめんと謝る。

「ええ。頭が良いとそういう能力を持つのか、能力を持っていると頭がよくなるのかは分からないけれど、最低でも小学生ぐらいの知能はあると思っていいわ。下手したら佐久間よりも頭がいいかも」

「えっと、それは言いすぎじゃ――」

 それでいくと、佐久間が小学生――いやいや。いくらなんでもそれは言いすぎだ。

 カランカランと入口の鈴が鳴り、ふと入口の方を見れば、こちらへ佐久間がやって来るのがみえた。

「――明日香」

 伝えようとするが、その前に佐久間がたどり着いてしまい、さらに明日香の口も止まらない。

「どう言おうと、佐久間が馬鹿なのは変わりないわよ。事実は事実としてちゃんと受け止めないと」

「明日香ぁ。何で影路に、そういう事を吹き込むんだ。お前はエディの回し者か?!」

「あら? 遅かったわね」

 ちょうど佐久間の話をしていたタイミングに本人がやって来てしまったが、明日香はシレッとした様子で返す。

 でもきっと内心は大慌てなんだろうなぁと思い、もっと早く伝えられなくてごめんとアイコンタクト送ると、明日香が大丈夫だと首を横に振った。


「女性を待たせるなんて、いい度胸じゃない」

「うっ。仕方ないだろ。こっちも色々忙しくてだな」

「どうせ、補習でしょう? 出席日数が危険ならせめてテストの点で稼げばいいのに、それができないから馬鹿なのよ」

 マシンガントークで明日香に言われて、しくしくと手で顔を覆って佐久間は明日香の隣に座った。

「明日香、酷い。俺のHPはもうゼロよ。影路の前で言わなくてもいいだろ」

「取り繕ったって、馬鹿だって事はいずれバレる事でしょうが。あ、もうバレているわね。ごめんなさい。それで、書類は持ってきたの? まさか忘れてないわよね」

「謝るところちげぇ。……勿論、持ってきたよ」

 そう言って、佐久間は肩に引っかけていたショルダーバックから、封筒を取り出した。A4サイズの茶色の封筒を机の上に置く。


「決めるのは影路だし、強制じゃないからな」

「仕事の話? 今回は難しい仕事なの?」

 今日は佐久間から仕事を手伝って欲しいと連絡があって、事前打ち合わせの為に喫茶店で集まったのだ。この喫茶店は、組織の関係の人が経営している会員制の喫茶店で、打ち合わせに良く使われる。

「ああ。協力者として手伝ってほしい仕事もあるんだけどさ、上司から言われてさ」

「上司?」

「ほら、一度だけ会った事あるだろ。【雪女】の能力というか、まんま雪女みたいな感じの春日部部長だよ」

「ああ」

 そう言えば、初めて仕事をして、拳銃で撃たれた時に、お見舞いに来てくれた人に、そんな感じの人がいた気がする。


「正式に組織の職員になりたいなら、この書類に必要事項を記入して欲しいんだ。もちろん書いたから即採用という事はないし、影路も体験したと思うけど、査定が毎年行われる」

「……私はDクラスだけど」

 先ほど明日香が、組織は訳ありが多いと言っていたが、一般的にエリートには変わりない。組織があるビルに来た時に感じたのは、私には想像もつかないような攻撃性に優れた能力者や、感知能力が優れている人が大多数を占めるという事だ。

 その中にDクラスである私がいるのは場違いな気がする。

「今まで綾が解決してきた事が認められたの。たぶん必要事項を記入して書類を提出すれば、綾の能力がDクラスというのも見直されると思うわ」

「見直し?」

「ええ。能力のランク付けって見直される事がないわけじゃないの。綾にとっても良い話だと思うわ。……ただ、協力者の時は仕事を拒否する事もできるけど、職員になればできないから、危険な事も増えると思う。でも給料はかなり上がるわ。副業として清掃の仕事もしなくてもいいはずよ」


 ……見直し。

 私がDクラスではなくなる?

「でも本当に強制じゃないからな。ただクラスが適性かどうかの審査だけでも受けた方が良いと思うんだ。影路の能力は低く見積もられすぎてると思うし」

 佐久間の話が、あまりに現実からかけ離れすぎていて、上手く自分の中に噛み砕いて落とし込む事ができず混乱する。

 ずっと、変わらないと思っていた根柢の部分が変わるかもしれない。いい方向のはずなのに、何故だろう。実感がわかないからか、嬉しさがあまり湧かない。

「俺は勿論以前言った通り、影路とペアが組めたらいいなと思ってるからさ、できたら受けてもらいたいけど」

「……うん」

 書類に視線を落としながら、戸惑う。


「あ、そういえば。あの時のパンダ元気みたいだぞ」

「その話、もう私が綾にしたわよ」

「げっ、マジ?」

 私が必要以上に動揺してるのを悟ったらしい佐久間が、この話は終わりだとばかりに話を変えてくれた。ありがたいが、ちゃんと向き合った方が良いだろう。これからどうしていったらいいかは。

「佐久間、明日香。この書類は少し考えさせて」

 ありがたい話なんだとは思う。

 ただどうするかは、今すぐは答えられない。

「それで、今回の仕事は何?」

 私を呼んだのはこの書類の件だけではない。元々仕事の手伝いがメインのはずだ。


「実は、この近くにある市立病院なんだけどさ。これが出るから何とかして欲しいって言われてさ」

「これ?」

 佐久間は右手と左手を前に出して下にたらし、手の甲を見せる。……何のポーズだろう。

「幽霊よ、幽霊。どうやら、その市立病院は幽霊が出るみたいなの」

 幽霊?

 私は明日香の口から飛び出した予想外の言葉に目をパチパチと瞬かせた。

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