コスプレーヤの恋(6)
「あっちゃー。佐久間が、動いて、悪い方に向かっているみたいだねー」
エディが映す画面上では、何故かたくさんの人がパンダを追いかける姿が映し出されていた。
でも佐久間は元々注目を集めやすいタイプな上に、シンデレラの王子の恰好をしている。だから佐久間がパンダを追いかければ、こうなる事は最初から予測できた事。それなのに、慌てて佐久間にお願いしてしまった自分のミスだ。せめて、無関心の能力を佐久間に付与しておけばと思うが、もう後の祭りである。
あの女の子は、パンダは【繊細で寂しがりやで臆病】と言っていた。だとしたらこの状況はどうなのだろう。
あのパンダがエディがいうとおり、能力を持っているとしたら、パンダが怯えて能力で人を傷つけたりもするかもしれない。パンダの能力が熱関係であるとすると、爆発の原因にもなるわけで。早急にパンダを安全な場所に保護するべきだとは思うが、どうしたらいいのか。
「お姉ちゃん、まだ外に出ていなかったんですね」
画面を見つめながら、どうすると自問していると、背後から声をかけられ振り返る。
「……あの時の」
「パンダは繊細で寂しがりやで臆病だから扱いには気を付けてと言ったのに。本当にこの国の人はみんな馬鹿ですよね」
くすくすと笑いながら喋る赤い瞳のゴスロリ少女からは、悪いというよりも嘲りに近いものを感じる。まるでこの状況が楽しくてたまらないといっているかのようだ。
「もうすぐ、大パニックが起こって、外に出るのが大変になりますよ。我先に自分だけ助かろうとして。だから早めに外へ出て下さい」
「貴方も予知能力者なの?」
でも、今回聞いた話は、組織から聞いた話よりも、ずっと具体的な気がする。明日香から聞いた時はパンダのパの字も出てこなかった。
「いいえ。僕はそんなつまらない能力じゃないですよ。ねえ、エディ?」
何の発言もせず、じっと聞いていたエディの名前を少女は呼んだ。エディは明るいようで同い年ぐらいの子を前にすると人見知りをするから、今回もそうかと思ったが、どうやらこの女の子はエディを知っているらしい。
「エディは知っているよね、僕の能力も、僕の名前も」
エディは何も言わない。ただ少女を見つめるだけだ。その顔がどうなっているのかも、紙袋がある為見る事ができない。
「大和に帰って来ていたんだね」
その言葉に対して、エディの体がビクリと動く。
……怯えている?
体格で言えば、絶対エディの方が大きくて、少女を怖がる要素などない。もしもこの少女が攻撃性に優れた能力だった場合は別かもしれないけれど。
一歩づつ少女が近づくと、エディは私を盾にするかのように後ろに隠れた。
「エディとはどういう知り合い?」
エディは私に危害が加えられそうな場合は、私を盾にはしない。エディと付き合ってまだ1年にもならないけれど、エディはそこまで薄情な人間には見えなかった。つまり、この少女の能力は攻撃性に優れたものではないという事だ。となればエディが怖がっているのは、少女の存在自体という事だろう。
「家族みたいなものですよ。ねえ、エディ。僕は何もしないよ」
そう言って、少女は手を上げて更に近づく。
「エディは、僕が君の事を恨んでいると思っているのだろう?」
恨む?
エディとこの少女の間に何があったのか。
「ぼ、僕は――」
「僕らはエディを恨んではいないよ。子供である僕達にはどうしようもない事だからね」
いつもなら、本心を隠すかのように饒舌なエディだが、今は上手くしゃべる事もできないようだ。そしてエディは確実に彼女を知っていて、さらにエディは恨まれていると思っている。
「絶対傷つけないから、少しだけどいていただけませんか?」
少女に言われ、私はエディを振り返る。エディは首を横に振ることなく、じっとしていた。……エディは痛いのは嫌いといい、素直に嫌な事からはちゃんと逃げる。だから怯えているからといって、嫌な事を嫌だと言わない事はないだろう。
なので、そっと私は横にずれた。
「エディ、僕は怒っていないよ」
そう囁くように喋りながら少女はエディを抱きしめた。そこには恋愛のような色っぽさではなく、母と子、もしくは兄弟や同士のような雰囲気があった。
「だから君がどこにいても僕は決して君を恨まない。……いつか僕のところへ帰って来てくれると知っているからね」
それだけ伝えると、少女はエディから離れた。
「……私はDクラスの影路綾というのだけど、貴方は誰?」
この少女は誰なのだろう。
彼女はエディが昔大和にいた事も知っている。
「今は、ドリームと呼ばれていますよ、お姉ちゃん」
ドリームというのは彼女のあだ名だろうか。名前から由来しているのか、能力から由来しているのか。
「良ければ今回の事件、手伝ってあげましょうか?」
「……勿論手伝ってくれるのは嬉しいのだけど、どんな見返りが必要?」
優しさから申し出てくれるならば、もっと早くに言ってきたはずだ。そうではないのだとしたら、そこには何か理由が存在する。エディがいたからという事はないだろう。
「そんな難しい事じゃないですよ。お姉ちゃんが組織に関わるのを止めてくれたら、僕が今回の騒動を上手く止めてあげます」
「私が組織に関わると何か問題があるの?」
私が組織に関わらなくなる。
それは、佐久間や明日香との繋がりを切るという意味に近い。勿論彼らとは友人だからすぐに縁が消えるわけではないだろう。
それでも、私と彼らが繋がっている基盤は組織であり、それがなくなれば次第に連絡をとる事はなくなっていくはずだ。彼らはクラスも能力も学校も仕事も何もかも違う人達なのだから。
「Dクラスのお姉ちゃんは、あの組織に協力なんてする必要はないと思いますから。お姉ちゃんは、【王冠】。あの組織には勿体ないですよ」
【王冠】と言う言葉に私は目を見開く。
その言葉は、私とエディ、それに佐久間だけが知っているもの。それ以外で、私をそう呼ぶとしたら――。
「貴方は怪盗Dなの?」
「正解でもありますし、不正解でもあります」
……これは怪盗が1人ではないという意味でとらえればいいのだろうか。
彼女は怪盗でもあるけれど、彼女だけが怪盗ではないと。でも彼女の年齢は多分高校生ぐらいな気がする。どうしてこんな若い子が犯罪に関わってしまっているのだろう。
「どうしますか? 僕の予想では、爆発は早まると思います。本当は、お姉ちゃんが僕たちの仲間になってくれたら手伝いますという条件にする方法もあったのですが、それは少しハードルが高いかと思いまして。ただ関わらなくなってくれればいいんです。Dクラスであるお姉ちゃんが居なくなったところで、あの組織はその穴にすぐには気が付きはしませんし」
……きつい事を言ってくれる。
確かに、ドリームが言う通り、組織にとって私はいてもいなくてもそれほど関係はないだろう。惜しんでくれるのは、佐久間や明日香ぐらいだとは思う。私はエディとは違い、組織への出入りもほぼした事がないぐらいなのだから。
確かに私がいなくても大きく何かが変わる事はないだろう。
変わってしまうのは、私だけだ。
「私は――」
飲めば、この事件は多分解決する。それは佐久間や明日香の為にもなる事だ。そして組織に関わらなくなるだけだから、犯罪に手を貸すわけでもないので悪い事でもない。
でも――。
「影路っ!! 良かった、最初の場所から動いてくなくて。携帯がないから中々連絡とれなくて困っていたんだよ」
迷う私の前に佐久間が飛びながらやって来た。
たぶん人を避ける為だろうが、人の頭より少し上を飛ぶ姿は……意外に微妙だ。
マントをたなびかせる姿は、何だか小さいころに見ていたアニメのア○パ○マンを思い出させた。
「まさかのパトロール中かよ。佐久間は、どちらかというと虹色の橋を封鎖したい方だと思っていたけど」
どうやらエディも私と同じものを、頭に浮かべたらしい。そして結構精神的に参っていても、そんなツッコミをつけるぐらい佐久間の動きはツッコミを入れたくなるものだったようだ。
「虹色の橋を封鎖?」
「佐久間、ああ見えて、刑事ドラマ好きだからさー。推理じゃなくて、足で稼ぐところもそっくりだし」
「どういう意味だよ。とにかく、影路。手伝ってくれ」
「あっ。うん」
佐久間に腕をとられて、私は女の子の方を見た。
「組織は分からないけど……佐久間を舐めたら駄目」
「えっ?」
佐久間なら絶対守ってくれる。だから、私が諦めるわけにはいかない。たぶんこんな取引をしたと知ったら悲しむと思う。
「佐久間は解決してくれる――っ!!」
唐突に体を持ち上げられ、足が 地面から離れた。……離れた?!
「佐久間?」
「時間がないから、ごめんな」
ごめんなって、ごめんなって――ふぎゃっ?!
更に自分の体が地面から離れていく。目を閉じながら私は【無関心】の能力を発動させ、一つだけ後悔した。
佐久間はヒーローだからきっと何とかしてくれると信じている。でもきっと私が高所恐怖症だという事を伝え忘れた事までは、流石に察する事が出来ないだろうと。




