コスプレーヤの恋(3)
『何故、携帯電話に出ないのかしら?』
明日香の携帯電話から聞こえる、女性にしては少し低い、そしてひんやりとした冷気を感じさせる声に、背筋が知らず知らずのうちに伸びる。
そういえば、急いで家から出たせいで、携帯電話はアパートに忘れてきた。
「すみません。家に忘れました」
俺は即座に素直に謝った。徹夜明けで眠いとか、影路のピンチだったんだとかという言い訳が、この上司にきく気がしない。
『女と遊び、本業を忘れていたわけではないのでしたらいいです。では本題に入りますが、数名の【予知】の能力者が、現在貴方たちがいる会場で、爆発が起こるという予知をしました』
「えっ? 爆発って、テロですか?」
『まだ、事故なのか、テロなのかは予知しきれていません。ただ、起きる可能性が高いのは午後3時です。その為、もしも特定ができなかったときは、午後2時の時点で中にいる人を全て外に出しなさい』
ここに居る、全員を?
周りを見渡して、これは上手くやらないと大混乱になるなと思う。
「あれ? でももしもテロだった場合、下手に人を外に出すと、犯人が逆上する場合もあるんじゃないですか?」
『そうです。ですから、慎重に行いなさい。こちらは引き続き、情報を集めてみます』
慎重にってむちゃくちゃな。
上司に鬼と文句を言いたいが、それで何とかなるものではない。むしろ俺の人生を縮めるしかない言葉でしかなのでその代りに素直に了解と言うしかない。
電話を切り、影路たちの方を見れば、明日香がすでに影路とエディに説明をしていた。
午後3時かぁ……。現在の時間は11時半ぐらい。全員を外に出すまで残り2時間ちょっとという所だ。とはいえ、犯人がいるかどうかも分からないし、いた場合は外に出すと絶対逆上させる。どうしろと。
「佐久間、明日香。組織の人が動くぐらいの【予知】は、どれぐらい高い精度なの?」
「えっ? 精度」
「そう」
こくりと影路が頷く。
精度と言われても、改めて考えた事はなかった。
「数値では表せないけれど、かなり高いと思うわ。【予知】の能力者の中でも、あまりに能力が高いと【予言】の能力者と呼ばれて、政府が管理すると聞くから。たぶん組織を動かしたという事は【予言】レベルの能力者だと思うの」
「ああ。【予言】の能力者は特別扱いだもんな」
俺も会った事はないけれど、【予言】まで行くとAクラスに分類され、更にその中でも特別枠だったと思う。ただ能力的にかなりの負担を負うようで【予言】の能力者は、短命だ。
まあそれもあって、隔離されるのだろうけど。
「方法は分からないけれど、爆発と時間が確かという事ならば、映像でその予言は捕えられているという事でいいのか、それとも違うのか知りたい」
「ん? 映像で?」
「【予知】の見え方は色々なパターンがある。文章でまるでストーリーを読むような感覚で予知する人。写真のような映像でとらえる人。動画の様にとらえる人。又は私の姉がそうなのだけど【花嫁の眼差し】の様に運命の赤い糸などがみえて特定の運命のみ感じる事ができる人もいれば、テレビで放映させる内容だけを予知できるなど、種類がとても多いから」
そういえば、以前怪盗の事件があった時に、影路は【予知】について色々調べていた。そこに今言ったような事が書かれているのかもしれない。
「えっと、その違いが分かると何が分かるんだ?」
「もしも映像で見ている場合は、どこか時計がある場所の映像を見たという事だと思う。火災ではなく爆発と言っているから爆発が場起こった場所に時計がある可能性がある。ただアカシックレコードタイプ……えっと、記録的に爆発を読んでいた場合は、違う可能性がある。でもアカシックレコードタイプなら、いつ、どこで、なにが、どうしたが揃っていると思うから、どういう風に予知したのか知りたい」
「へぇ。なんていうか、影路って、勉強家だよなぁ。凄いな」
組織の協力者という立場でしかないのに、ちゃんと能力者について独学しているだなんて凄いとしかいえない。俺は学校の勉強があって、中々調べたりできないのに。どうしてそこまで、仕事に真面目に取り組めるのだろうか。
性格の問題なのか、影路の頭が良いからなのか――。
「って、イタッ。何だよ、エディ」
思いっきりエディに足を踏まれて俺は叫んだ。
「何か、今、ものすごーくムカついたからね。とりあえず、その辺りは連絡すれば聞けるんじゃないかなー? 数人が【予知】または【予言】してるなら、正確にその言葉を教えてもらう事も可能だろうし。そうすれば調べる範囲も絞れるよね」
ムカついたって、何にという感じだけど、今ここで喧嘩をしても何の得にもならないと思い、年上である俺が我慢をする。
それに、これからエディの力をフル活用してもらわなくてはいけないだろう。この会場内にも監視カメラは設置されているはずなので、それをハイジャックしてもらい、不審人物がいないかのチェックをする事になる。ただし、具体的にこの人というものがないので、かなり根気がいる作業だ。
「……そういえば。もしかしたら、何か知っているかもしれない子に会った」
「へ? 何か知っている子?」
なんだそれ。
「えっと、腰にまでつくぐらい長い髪の子で、赤いカラーコンタクトをしている、私よりも小柄な子。ゴスロリっぽいフリルがたくさんついた黒色の服を着ていた……エディの知り合いかと思ったけれど」
「うーん。今日の僕の知り合いの中には居ないかなぁ。でもそれだけ特徴があると、着替えていない限り見つけやすいかも」
「ねえ。その子とどこでどうやって知り合ったの?」
もしかしたら、爆弾か何かを仕掛けた犯人かもしれないと思ったのだろう。明日香が影路に尋ねる。
「たまたま、ここに居たら一緒に写真に映ってほしいと頼まれて。で一緒に映ってくれたお礼に良い事を教えてくれると言って、早めにこの会場からは出た方が良いと言われたの。とても込み合う事になるから」
「えっと。その言い方だと、ただの【予言】の能力者かもしれないよな。エディと知り合いと思ったのは何でだ?」
その子がテロの犯人だったら分かりやすくていいが、それだけだと爆発した時に込み合う入口を予知したという可能性もある。
「パンダは意外に繊細で、寂しがり屋で臆病だから、可愛がって欲しいと言われて。パンダっと言われて思い浮かんだのがエディだったから」
「なんかその表現エディっぽくな――あたっ。だからお前は。口で言え、口で。足を踏むな」
「佐久間が、酷い事言うからだろー。繊細で寂しがり屋で臆病。うんうん。僕の事に違いないよー。というわけだから、影路ちゃん。今回も僕とタッグを組もう!」
「って、おいっ。何で、エディと影路のタッグなんだよ」
俺が教育実習生の時は仕方がないと思たのだけど、今日は別に俺と影路がペアーを組んで動いてもいいはずだ。
「えぇー。だって僕と影路ちゃんは、【飛べない鳥 reverse】のコスプレで、佐久間と明日香姉さんは【戦う王子様】の服だろう? ジャンルって大切だと思うんだよねー」
「おい、待て。準備したのはお前だろうが」
「いやん。僕の仮面に手を出さないで」
ハンバーガーの袋を被った奴に言われると、そうでない奴に言われるのの倍で腹が立つ気がする。仕事とジャンルがどう関係するっていうんだよ。
「私もエディに賛成」
「影路ぉ」
いつも通りクールな影路は、俺の純情な男心を無視してエディの意見に賛成する。
「もしもを考えると、お客をできるだけ外に出した方が良いと思う。その為にはこの会場の運営の人に協力を貰う必要があると思う。爆発の内容をお客に伝えると混乱が起こると思うから、まずは外でのイベントか何かを行って順次人を外に出すといいと思う。後、入場制限がかかりましたと言って、中への入場は一時やめてもらって、その人達も外のイベントの方へ誘導する。これらの事は、たぶん明日香や佐久間の方が上手にできると思うから」
確かに、組織の名前を出せば運営の人の協力は得やすいだろう。
またDクラスの影路の話を聞かない奴は居る可能性が高いし、エディはそういう人と関わる仕事には向いていない。
「分かったわ。でも、綾。いつも言っているけれど、絶対無理はしないで。それができないなら、私が綾と組むわ。佐久間一人でも話は通じるでしょうし」
「明日香、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。今回は怪我をしないように気を付けるから。それに、佐久間は携帯を持っていないから、明日香と一緒の方が良いと思う」
俺の言いたかったことを全て奪ったような言葉を明日香が影路の手を握って言ってしまって、俺は慌てた。
「えっ、ちょ。俺も心配してるんだからな」
「佐久間、二番煎じー」
言われなくても分かってるよ。
エディにからかうように言われるが、完璧出遅れた。
「えっと……佐久間も、ありがとう」
でも影路は良い子だよなぁ。はにかむように言われて、きゅんとしてしまう。
「なんかさー。僕は、百合属性はなかったんだけど、明日香姉さんと影路ちゃん見てると、ありかなと思えてきたよー」
「お前はもう少し、真面目に仕事しろ」
とんでもない言葉をいうエディを俺はこついた。